軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

192 契約の解消と恋占い

魔法疲れを起こしたアルメは、少し長めの休憩をもらうことにした。調理室の奥で魔石の荷箱を抱えて、やれやれと息を吐く。

「この先も、かなりの客入りが見込めそうだし、近く求人を出して従業員を増やすことにするわ。それから、補充士のお仕事にも区切りをつけることにします」

隣にいるファルクと、作業に戻ったエーナに向かって、アルメは今後についての話をする。

名残惜しいけれど、ファルクにはっきりと言われたことで踏ん切りがついた。空魔石への氷魔法補充の副業は終わりにして、これからは本業一本でいこう、と。

「ちょうど納品予定の魔石もあるし、今から直接、神殿に届けに行ってくるわ。間を置くと、またスプリガンさんとの別れが惜しくなりそうだから、もう話をしてこようかと」

「行ってらっしゃい。お店のほうはまわしておくから、ゆっくりとどうぞ」

「アルメさん、お供しますよ」

魔法の疲れを癒しつつ、アルメは神殿へ向かうことにした。

納品する魔石の荷箱を抱えて店を出て、通りで馬車に乗り込む。

中央神殿への道中、アルメは荷箱の錠前を労うように撫でて、しみじみと物思いにふけっていた。

(荷を盗む不届き者をこん棒で殴り飛ばす精霊――なんて、物騒な話を聞いて、恐々契約を結んだのだっけ)

神殿で初めて精霊と対面して、少々怯みながら契約を結んだのだけれど……今となってはそれも良い思い出だ。

あれから精霊スプリガンは、店に来たフリオを追い払ってくれたり、発生した魔物を撃退してくれたり、荷守りの仕事以外にもアルメの力になってくれた。

他愛もないお喋りの聞き役にもなってくれたし、アイスの味見もしてくれたのだ。普段は姿の見えない精霊だが、すっかり情が移ってしまっている。

「本当に、今までありがとうございました。スプリガンさん」

未だ拗ねた顔をしているファルクを横目に見つつ、アルメは精霊に言葉をかけて、別れを惜しんだ。

そうしているうちに中央神殿にたどり着き、ロビーのカウンターで事情を話して奥に通してもらった。

業務を担当している中年の女性と話をして、契約解消の手続きを進める。事務室の端に置かれたテーブルの上に、数枚の書類が並べられた。

「またご都合がつきましたら、いつでも復職をお待ちしております。それでは、最後にこちらにサインを」

「はい。お世話になりました。スプリガンさんにも……」

渡された書類にサインを入れて、最後にスプリガンの宿る錠前に向けて、指先を差し出す。――別れの握手を求めて。

スプリガンは金色の光を散らしながら姿を現した。拳大の小さな精霊だ。強面で、こん棒を携えている。

アルメの指先を、両手でキュッと握って、最後の握手を交わした。――の、だが。彼はそのままガシリとしがみつき、離れようとしない。

「え? あら? ちょっと、精霊さん……!?」

軽く手を振り回してみても、精霊はペタリとくっ付いたまま離れない。困惑するアルメに、担当の女性とファルクは苦笑をこぼした。

「あれまぁ。ティティーさん、もしかして血の他にも対価をお与えになられましたか?」

「アルメさん、アイスを与えていましたね」

「え……私、まずいことをしましたか?」

精霊との契約に際して、アルメは一滴の血を与えたのだけれど……その後もアイスなどのお菓子を与えていた。

良くない行為だったのか、とヒヤヒヤしていると、担当の女性が説明してくれた。

「精霊によっては、新たな契約の対価だと勘違いをしたり、懐いてしまったりするんですよ。そうすると、こうして離れなくなってしまうので……精霊払いの魔法で強制的に縁を断つか、もしくは精霊代をいくらかいただく形になりますが、お引き取りを――」

「引き取り!?」

「アルメさんはお店をお持ちですし、資格さえあれば問題ないかと」

この国では、精霊は事業等で必要な場合のみ有することができる。個人で所有するには、資格と届け出が必要だ。

アルメは少し考え込んだ後、すぐに返事をした。

「精霊払いの魔法をくらわせるのは可哀想なので……ええと、では、引き取る方向でお願いしたく思います。……大変申し訳ございません、余計なことをしてしまいました。大切な精霊をいただくことになってしまい……」

「いいえ、たまにあることですから。祝祭日を迎えた後ですし、今は精霊の多い時期ですからね、こちらのことはお気になさらず。精霊所有のご資格はお持ちですか?」

「いえ、これからです」

「そうしましたら、ひとまず補充士の契約を延長させていただき、ティティーさんの手続きが済み次第、契約解消ならびに精霊の引き取り、という形にするのはいかがでしょう」

「お心遣いに感謝いたします。そのようにお願いします」

深々と礼をして、アルメは指示に従い、契約解消の書類に斜線を引く。ひとまず延長ということで、精霊の宿る錠前は手元に戻されることになった。

神殿の事務室を後にして、アルメはその足で役場に寄って、諸々の手続き書類やらを手に入れた。

精霊所有の資格を得るためには、試験を受けないといけないそう。役場の人曰く、ごく軽い試験だそうで、教本としてもらった冊子も薄いものだ。

とはいえ、試験は試験である。受け取った申込書をまじまじと見つめて、つい低い声をこぼしてしまった。

「試験勉強なんていつぶりかしら……不安になってきました」

「大丈夫ですよ。この手の試験は暗記で乗り越えられますから。冊子をまるっと覚えてしまえばいいんです」

ファルクはサラッと言葉を返してきたが、アルメはじとりとした目を向けてしまった。その暗記作業が大変だというのに……雲の上の神官男にはまるで伝わらないので、もどかしい。

――と、そんな雲の上の人ではあるが、何の因果か、上空から転がり落ちてきてアルメのもとにいる、というのがこの男だ。

役場を出たところで、ファルクはアルメの肩をガシリと拘束してきた。

「さて、この後はいかがいたします? 休憩時間はまだ残っておいでかと思いますが」

「えぇ、魔力の戻りもいまいちですし、もう少しお休みをいただくつもりです」

「ではでは、俺と時を過ごしてくださいませんか。甘やかなひと時を――」

ファルクは耳元に顔を寄せて誘いの囁きを寄越した。……最近、隙あらばこういう戯れを仕掛けてくるので困ったものだ。

「共に時を過ごすのはいいとしても……あの、例のお返事は、まだもう少し間をいただきたく……」

「えぇ、えぇ、構いませんよ。まったく急かしておりませんから。お返事はいくらでも待ちます。ごゆ~っくり、お心を決めてください。――ですが、その間何もしないとは言っておりません。あなたを魅了するあらゆる策を講じていく所存です」

「こ、怖っ……! それは初耳ですが……!?」

目をむくアルメの手を取って、ファルクは甲へと口づけを落とす。

鷹に捕らわれたネズミは抵抗する間すら与えられずに、街歩きのデートへと引っ張られていった。

そうして結局、日差しを避けて地下歩きをすることになり、二人で店を覗きながら歩いている。

休息も仕事の内――と、自分を納得させつつ、ひと時を過ごすことにした。

地下街には魔石ランプのほのかな灯りが揺れていて、今日も怪しく幻想的な景色が広がっている。

狭い通路を身を寄せ合って歩いていくと、星の刺繍が施された三角テントの店へとたどり着いた。――老婆タタククの占い屋だ。

あてもない気ままな地下散策で、こうして占い屋にたどり着いたのも、何かの縁であろう。

そういうわけで、二人はタタククを訪ねてみることにしたのだった。

テントの中に入って椅子に座り、ファルクは開口一番、頼みたい占いを口にする。

「恋愛運を見ていただきたく」

「イッヒッヒ、承知した。そちらのお星様は?」

「じゃあ、私も恋愛運を……。いや、待ってください、もう少し具体的に見ていただくことはできますか? 『見目も身分も金銭感覚も合っていない殿方と、将来の縁を繋いでいけるのかどうか』を、占っていただきたく」

「……具体的すぎませんか……?」

アルメが神妙な顔でペラペラと口をまわすと、ファルクが怯んだように身を縮こめた。

タタククは了承して、まずアルメの占いから始めた。テーブルの上にゴロゴロと置かれている石の中から二つを選ぶように指示されて、アルメは目に留めた石を指差す。

二つの石を手に取って、タタククはガツンと打ち付けた。途端に魔法の煙が上がって、お告げがもたらされる。

「ふむ、精霊はこう言っている。 真(ま) の心はあらゆるしがらみを越える。心のままに、身を動かす時が来る――と」

アルメの占い結果だが、ホッと気の抜けたような息を吐いたのは、隣に座るファルクのほうだった。

アルメは神妙な面持ちを保っているが――続けて、占いはファルクの恋愛運へと移る。彼もまた同じように、テーブルの石を二つ選んだ。

石をぶつけて、タタククは精霊と交信する。

「精霊はこう言っている。誇りも体裁も、何もかもを投げ打って情けない姿を晒し、地に這いつくばって泣き縋れば、想いは成就するやもしれぬ。 己(おの) がすべてを懸けた、大きな博打となろう」

結果を聞いて、アルメはファルクへと真顔を向けた。

「店の前で這いつくばって泣き喚いたりしないでくださいね」

「それで良いお返事をいただけるのであれば、辞さない覚悟です。神殿のロビーで幼子のように泣き転がったって、一向に構いません」

「やめてください、心から」

ピヨピヨと泣いて転げまわるヒヨコの姿を想像してしまい、アルメは痛み出したこめかみを押さえた。

そうなる前に気持ちを固めて、しっかりと返事をしなければ――……と、密かに胸の内で覚悟を決める。

けれど、そのあと一歩の勇気が出ないというのが、悩みなのだが……。

やはり最後は、プライドを投げ打ったファルクの駄々こねの泣き落としが、決め手となってしまうのだろうか――。

不可思議な占い結果に首を捻りながら、アルメは未来のことを考えて、険しい顔をしてしまった。