軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

191 営業再開の路地奥店にて(5章始まり)

東地区の路地奥にて――。冬の魔物騒動からの営業縮小、そして祝宴に伴う臨時休業をしていたアイス屋が、いよいよ営業再開を果たした。

一階の排水管も無事に修理されて、二度に渡って外された玄関扉も、しっかり元の位置に収まっている。

新たな守護聖女を迎えた 件(くだん) の祝宴の後から、アルメは諸々の事情によりバタバタと忙しくしていたが、あらゆる予定をテキパキとさばいていったのだった。

……――何かから目をそらすかのように、それはもうガツガツと、仕事に取り組んでいる。

本格的に営業を再開して一週間ほどが経ち、アルメは多忙の中で、店の現状について思案していた。

(祝宴で広まった評判を活かして集客して、営業縮小期間に落ちていた売り上げを取り戻す――……って、予定だったけど、どうしたものかしら)

期間と数量を定めて、祝宴で出したのと同じ、つぶつぶ 霰(あられ) アイスを店で出す。タニアに新しい宣伝看板の製作も頼んであるので、大きな集客につながるはずだ。

――と、あれこれと考えていたのだけれど、そういう集客の策を講じるまでもなく、路地奥店は客であふれかえっていた。

(予測が甘かったみたい。こんなにお客が殺到するとは。『お城のパーティーに品を献上する』って栄誉は、とんでもないネームバリューになるのね)

街の人々は、どこからか仕入れたらしい情報に乗っかって、早速アイス屋に押し寄せてきたのだった。

(加えて、もう一つ客寄せの要因が……)

祝宴効果ももちろん、大きいけれど……人々がこれほどまでに、路地奥店に詰め寄せているのには、とある相乗効果までもが働いているからだろう。

集客の予測を乱した原因となる人物――茶髪に茶色の目をした、やたらと目立つ美貌の『一般人』は、カウンター席に堂々と居座ってアイスを頬張っている。

店を訪れた人々は、もはや遠慮もそこそこに、その男に視線を向けてヒソヒソ声を交わしていた。

『――ほら見て、あのお方。似てるよね。白い騎士服をお召しになって、何度かアイス屋に出入りしてたって話よ』

『やっぱり噂通り、そうなんじゃない?』

『でも髪の色とか違うじゃん』

『なんかこう、魔法とかでどうにかしてるんじゃないか?』

『きっと偉い人には、便利なお忍び用の魔法があるんだよ』

耳に届く人々の小声に、アルメは眉間を押さえて渋い顔をした。

(……もう六割方、いや、七割方バレているような……)

注目の的となり、客寄せに寄与しているその男――ファルクは、アイスを一皿ペロッと食べきると、のん気におかわりを所望してきた。

「今日も暑いので、アイスを食する手が止まりませんね。追加で白鷹ちゃんアイスとチョコミントアイスをいただきたく」

「……あの、一応、お忍びでのご来店かと存じますが……隠れる気あります?」

アルメは空になった器を受け取りながら、コソッと小さな声をかける。

この男、ファルクは、店が営業再開を果たすと同時に、もう混雑時だろうが何だろうが、来店時間を選ぶことなく訪れて、居座るようになったのだった。

その理由は、やはり先日の一件が関係しているようだ。アルメは新たに盛りつけたアイスを渡し、代金を受け取ると同時に、またヒッソリと声をかける。

「今日はお仕事は……?」

「休みを取りました」

「一昨日も同じことを言って、店に入り浸っておられたように思いますが……」

「上手くやり繰りをしているので、ご心配なく。アルメさんがいつお心を決めてくださってもいいように、なるべく多くの時間を側で過ごしたく思います」

「……うぅ……急かしの圧が……」

『先日の一件』とは、彼に想いを告げられた一件である。アルメはファルクに愛の告白を受けて、あろうことか、婚約の話をもらったのだった。

互いの将来に関わる大きなことだし、さすがに反射のように即決で返事をするというのもどうかと思って、少し間をもらっている――というのが、今の状態だ。

『アルメが心を決めるまで、返事はいくらでも待つ』とのことだったが……ものすごく圧を感じるのは気のせいではないだろう。

忙しさにかまけているうちは、その圧から逃れられるような心地がするので、この繁忙には感謝をしたいところだが――……それにしたって、この客入りの忙しさはなかなかだ。

従業員たちがクルクルと動き回る中、アルメも早々と会話を切り上げる。客から受け取った空の食器類をまとめて、奥の調理室の流し台へと運んだ。

ミキサーをまわしてアイス液を作っていたエーナに声をかけられた。

「今日もお客さん、すごいね! ストックの減りが早いから、どんどん作っていかないと」

「祝宴の効果を甘く見ていたわ。……あと、予期せぬ相乗効果も。この先の予定も見直さないといけないわね」

「――あ、そうだ。冷凍庫の氷魔石、魔力が尽きそうだから、補充しておいた方がいいかも」

「あら、了解! 教えてくれてありがとう。危うく冷凍庫が解凍庫になるところだったわ」

店の表のアイスカウンターの氷魔石にばかり気を取られて、冷凍庫に気がまわっていなかった。

魔道具は魔石の魔力によって動く機械で、冷凍庫もその一つ。氷魔法の冷気によって保冷されている。

使う度に魔石をセットするミキサー類とは違って、冷蔵庫や冷凍庫は常時起動状態で放置しているものなので、状態確認がおろそかになりがちだ。

アルメは冷凍庫の奥にあるケースを取り出して、中にゴロゴロと収められている氷魔石を確認した。氷魔法を発動し、魔石に手を当てて魔力を流し込んでいく。

氷の魔力をたっぷりと注ぎ足すべく、ググッと魔法の出力を上げた。――が、その瞬間、急に視界がチカチカとし出して、強い眩暈に襲われる。

氷魔石のケースを取り落とし、アルメは床にしゃがみ込んで手をついた。エーナが声を上げて、慌てて駆け寄る。

「アルメ!? ちょっと、大丈夫?」

「びっくりしたぁ……視界に星が散ったわ。魔法を使い過ぎたみたい」

「あぁ……最近、一日中氷魔法を使ってるものね」

どうやら魔法を使い過ぎて、疲れが出てしまったようだ。足りなくなってしまった魔力を無理に捻り出そうとすると、こうして具合が悪くなってしまう。

分別のつかない子供の頃ならいざ知らず、大人になってから魔法疲れを起こすのは久しぶりだ。

エーナと話しつつ、散らばった魔石を拾い集めようと手を伸ばしたら、指の付け根に痛みが走った。床に手をついた時に痛めてしまったみたい。

「どうしたの? ぶつけた?」

「なんだか変な風に手をついてしまったみたい」

「――あ、ほら、不幸中の幸いじゃないけれど……ちょうどよく、よい人が覗いてるわよ」

苦笑するエーナが視線で示した先――調理室の入り口あたりを見ると、ファルクがヒョイと顔を出していた。

「大丈夫ですか? 失礼してもよろしいでしょうか」

「ええと、はい」

「お邪魔します」

もはや『アイス屋の関係者です』と言わんばかりの、躊躇いのない歩みで寄ってきて、彼はアルメの手を取る。手のひらをさすって様子を見た後、治癒魔法を使ってくれた。

エーナとの会話を聞かれていたらしく、ファルクはたしなめるような声音で言う。

「お店の繁盛は良いことですし、仕事に一生懸命になられるのも結構ですが……身に宿る魔力は有限です。無理をなさいませんよう」

「返す言葉もありません……」

治療を終えた手を確かめながら、ファルクは言葉を続けた。

「そのうちにお伝えしようと思っていましたが、アルメさん、 空(から) 魔石への氷魔法補充のお仕事をお辞めになられてはいかがでしょう?」

アルメはアイス屋としての仕事の他に、神殿の空魔石への魔法補充業も請け負っている。去年の夏の始まりに、ファルクからの紹介で始めた、在宅の副業だ。

元々は収入の足しにするために励んでいた仕事だが、本業が軌道に乗った今、この副業は役目を終えたとも言える。

「もうあなたには、副業の収入などは必要ないようにお見受けします。こうして本業にも支障が出ているようですし。状況を見て、手にしているものを放す、というのも賢明な選択ですよ」

「そうですね……考えなければいけませんね」

アルメも薄々、気が付いてはいたのだが……補充士の仕事が負担になってきていることは事実だ。が、なんやかんやと目をそらしてきた。

それというのも、神殿との空魔石のやり取りに際して契約をした、荷守り精霊スプリガンとの別れが惜しかったからだ。

アルメはおもむろに立ち上がり、調理室の端に置かれている荷箱を手に取って、かけられている錠前に触れた。宿っているスプリガンが応えて、キラキラとした光の粒子を放つ。

「……でも、スプリガンさんとの別れが惜しくて。彼は色々な場面で私を守ってくれた 騎士様(ナイト) ですし……」

「なっ……! ここにもっとよい騎士がいるではありませんか! 姿の見えぬ小さき精霊を頼らずとも! ここに! 大きな鷹の騎士が!!」

「声が大きいです……」

精霊との別れを惜しむアルメに、ムッとした顔をして、ファルクが大声を発した。

調理室の入り口のほうには、首を伸ばして中を覗き込もうとする人影がザワザワと揺れている。

その中の一人――真っ赤な口紅で美しく唇を飾っている、グルメライターのミランダは、サラサラと手帳にペンを走らせていた。

遠い目でその姿を見遣りながら、アルメはまた渋い顔をする。

(ミランダさんって……グルメライター、なのよね?)

なんだか別のメモを取っているように見えるし、色々とバレているような気がするのだけれど……考えるのはやめておこう。

アルメは拗ね散らしているファルクから距離を取りつつ、思案する。ともあれ、仕事量の見直しが必要だ。精霊との別れも覚悟しなければ。

スプリガンにも気持ちが伝わったのか、錠前を撫でると、しおしおとした光が垂れ落ちた。