軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

176 星空の下でダンスを

アルメとファルクは路地奥を進んで空の祈り場へと向かう。

もう日付が変わって半刻ほどの時間だが、夜中でもそこそこ人出がある。夜空の光を楽しむべく、夜遊びに繰り出している人々が多いみたいだ。

ファルクの腕は未だにガシリとアルメの肩を拘束していて、人とすれ違う度にヒヤヒヤとしてしまう……の、だが、当人はのん気なもので、むしろこの状況を楽しんでいるかのようにも見えた。

空の祈り場は街の外周りに数か所ある。家から一番近いところを目的地にして、小声でお喋りをしながら歩いていく。

話題はこの前の選定会の話だ。ひとしきりつぶつぶ霰アイスの話をした後、お城の話へと移っていった。

アルメは城内の景色を思い返して、楽しげな声を上げた。

「ルオーリオ城は外から見ても立派で圧倒されますが、中もとんでもなく素晴らしくて! 煌びやかで感動しました! 素敵な場所への招待状をいただき、本当にありがとうございます」

「お楽しみいただけたようで幸いです。――お気に召したなら、城への出入りの機会を増やす、良い方法をお教えしましょうか」

「え、何かパスのようなものでもあるのですか?」

頭の中にパッと、前世の遊園地の年間パスが思い浮かんでしまった。

城内歩きは観光感覚だったので、ついそんなものが思い浮かんでしまったのだけれど、ファルクの言う方法は現実的なものだった。

「日頃、城に出入りをしているような公人と縁を結ぶのです。そうすればパーティーや式典の際にパートナーとして添い、城に上がることになりましょう。華やかな舞踏会で踊ることだって叶いますよ」

ファルクは笑みを浮かべながらアルメの顔を覗き込んできた。口元は笑っているが、不思議と目だけは真剣な色をたたえているように見える。

そんな視線につられて、アルメもふむ、と真面目に考え込んでしまった。

「――なるほど。でも、観光気分では楽しめますが、そういう公的な立場でお城に入るとなると胃が痛くなりそうな気もしますね」

考えを口に出してみたら、ファルクは眉を下げて困ったような顔をした。

「そう、ですか……。でも、人は慣れる生き物ですし…………」

何やら小さな声でごにょごにょと言っていた。

そうしてお喋りをしているうちに空の祈り場へとたどり着いた。

祈り場は円柱形をした石造りの建物だ。八階建てくらいの高さがあり、中には商業施設などが入っている。

屋上が開けた展望台になっているのだが……そこまでは延々と階段を上っていくことになる。

「よし……! 上りましょうか」

「疲れてしまったらおっしゃってくださいね。背負って差し上げます」

「子供じゃあるまいし……自力で頑張りたく思います」

気合を入れつつ、玄関口から中に入った。早速階段を上っていく。

――が、半分もいかないうちに、アルメの足は早々と悲鳴を上げたのだった。

ヒィヒィ言いながらどうにか上り、七階を越えた頃には、生まれたての子鹿のようにプルプルしていた。

背負われるところまではいかずとも、結局ファルクに手を引っ張ってもらうことになってしまった。

「もう少しですよ。頑張ってください」

「ひぃ……明日、絶対筋肉痛になる……」

「ご安心を。治して差し上げますから」

アルメを応援しながら、ファルクはチカチカと魔法の光を放った。痛んだこの足の筋肉を修復してくれているようだ……。

なんとなく、従軍神官の魔法を受けながら戦う軍人たちのことが頭をよぎった。戦には及びもしないが……神官と軍人は、現地でこういう感じのやり取りをしているのだろうか。

魔法の補助を受けつつ、引っ張られながら階段を上り切り、ようやく最上階までたどり着いた。

息を整えながら展望台の外に出る。

開けた視界には夜の街の景色と、美しい星空が飛び込んできた。天からは散り終わる前の、最後の加護の光がチラホラと舞い落ちている。

絶景を前にして、二人で感動の声を上げた。

「わぁ、綺麗ですねぇ……! 昼の景色もなかなかですが、祝祭日の夜景がここまでとは!」

「素晴らしい眺めです! この絶景は階段を上り切った褒美ですね!」

「途中でめげなくてよかったです!」

星の光と、舞う加護の光。そして街明かり。視界一杯、あらゆるものがキラキラと輝いている。素晴らしい景色だ。

街を見渡して、二人で大いにはしゃいでしまった。

――と、しばらくは風景に夢中になっていたのだけれど。少し落ち着いた頃に、今度は祈り場にいる人々へと意識が向いた。

それほど混雑しているわけではないが、少なくもない、という人の数だ。

祈り場は夜空を楽しむ人々のために、火魔石ランプの灯りが最小限となっている。暗くて顔などはよく見えない。けれど、人々の雰囲気はばっちりと認識できる。

この場にいるのはほとんどがカップルだ。

集まった恋人たちに贈り物をするかのように、路上演奏者が弦楽器を奏でている。この街の定番、『人生は気楽に、愛は真心のままに』のアレンジ曲が、祈り場の空気をゆったりと揺らしている。

雰囲気のあるしっとりとした音楽に合わせて、カップルたちはダンスを楽しんでいるよう。

ペタリと体を重ねて、抱き合うようにして踊っている。昼間の陽気なダンスとは異なる、色をまとった恋人たちの夜のダンス――。

なんとなく目のやり場に困って、アルメは苦笑をこぼした。

「その……何と言いますか、大人な雰囲気ですね」

「ふふっ、大人ですから問題はないでしょう」

「まぁ、そうですけれど」

「皆と同じように、俺たちも踊りませんか」

ファルクは手を差し出してきた。

「ええと、普通のダンスでしたら……」

「えぇ、普通のダンスとやらで構いません。さぁ、お手を」

流れのままに手を取ってしまったが、アルメはそもそも、ダンスらしいダンスなんて踊ったことがない。

子供の頃、学院のクラスメイトと手を繋いでキャッキャとふざけて踊ったくらいだ。大人の男女が楽しむダンスの知識などはない。

「恥ずかしながら、私、ダンスのダの字も知らないような人間でして……まったく踊れませんが」

「適当に音に合わせて、体を揺らしていればいいんですよ」

「わっ、ちょっと……っ」

悪戯な笑みでそう言うと、ファルクは手を引いてアルメの体を寄せた。右手を繋ぎ、背中には彼の大きな手を添えられる。

「ええと、私は左手をどこに添えれば!?」

「俺の腕か、胸あたりへどうぞ」

楽に添えられる位置――胸元に置かせてもらうことにした。添え置くというより、しがみつく形になってしまったが。

アワアワとしているうちに、ダンスが始まってしまった。メロディックな音楽に合わせて、ゆったりと体を揺らす。

社交場での本格的なダンスとは程遠い、のんびりまったりとした踊りだ。これくらいならアルメでも問題なく踊れそう。

「ね、適当でも踊れるものでしょう?」

「ファルクさんが上手に操ってくださっているから」

ファルクはダンスを知らないアルメに合わせて、リードしてくれている。

自分は導かれるままに体を動かすだけ。そうしているだけなのに、ちゃんとそれっぽい動きになる。魔法みたいだ。

そうしてゆるやかなダンスを楽しんでいるうちに、ふと道中での会話を思い出した。

「――さっきチラッと『お城の舞踏会でダンスを~』というような話をしていましたけど、ファルクさんもそういう場で踊ったりすることがあるんですか?」

「えぇ、ごく稀にですが」

「すごいですね。舞踏会ではもっとこう、動きの大きなダンスを踊るのでしょう?」

「そうなりますね。かしこまった場ではマナーとして、それなりにしっかりと踊る必要がありますから」

やはり、ファルクはばっちりダンスの心得があるようだ。

城の華やかな舞踏会で踊る白鷹は、さぞや麗しいことだろう。煌びやかな衣装をビシリと着こなして、パートナーを導き、優雅に踊るファルク――。

素敵な一場面が容易に想像できてしまった。きっと素晴らしく格好良いに違いない。

(ファルクさんは素敵な人だから、きっとお相手の方も、彼とお似合いの――……)

相手の女性をイメージしようとして、ふいに、おかしな考えが胸をよぎった。

――似合いの相手が、自分だったなら。

もし彼と城でダンスを踊れたならば、どんな心地がするのだろう――……。

そんなことを、つい考えてしまった。

(……いや、いちいち胃を痛めるような庶民女じゃ、まず踊るに至らないけれど)

しょうもない空想はさっさと散らしておく。

自分は手の置き方すらもわからない民草だ。そんな相手を伴って舞踏会に出たら、笑いものもいいところである。

彼が踊る相手は自分ではない――……。

(きっとファルクさんは、お城でとびきり素敵なお相手と踊るのでしょうね)

束の間の空想を振り払って、密かにやれやれとため息をついた。

意識を現実へと戻したところで、ファルクがこちらをじっと見つめていることに気が付いた。

何だか拗ねたような顔をして、探るようにじとりとした目で覗き込んできた。

「何か考え事をしておいでですか?」

「え? まぁ、ちょっと……」

「ダンスの最中に他に意識を移すのはマナー違反ですよ」

「す、すみませ――」

思わぬ注意を受けて、謝ろうとした瞬間――。

ファルクはアルメの背中に添えていた手を腰へと移して、グイと力強く抱き寄せた。

一瞬のうちに、二人の距離がすっかりなくなってしまった。体をピタリと合わせる体勢になって、アルメは湧き上がった照れと焦りに呻いた。

「なっ……あのっ……!?」

「さぁ、ダンスの続きを」

ファルクはアルメを強く抱き寄せたまま、体を重ねて踊り始めた。この体勢は、まわりのカップルたちと同じ状態だ。

彼は周囲と同じように、色を帯びたダンスへとアルメを導いた。

体を触れ合わせたまま、音に合わせて揺れ動く。互いの衣が擦れ合い、体温が直に伝わってくる――。

……このダンスはまずいのではなかろうか。誰かに見られてしまったら、もはや言い逃れができないような体勢だ。

アルメは真っ赤に染まってしまった顔を上げて、ファルクを仰ぎ見た。小声の早口を飛ばす。

「おおおおふざけもほどほどに……っ! 普(・) 通(・) の(・) ダンスをって言ったじゃないですか……!」

「ここでの普通はこういうダンスのようですが」

彼はしれっとした顔をしてペラリと言ってのけた。ぐぬぬ……と呻きながら言葉を返す。

「というか周りの目が……! 見られたらどうするんです……!? 雑誌とかにあることないこと書かれてしまいますよ!」

照れの熱にあえぎながら、首をまわしてギクシャクと周囲をうかがう。暗い中ではあるけれど……万が一にも、誰かに見られたらまずい。

ファルクは気にもしない様子で、再び注意を寄越した。

「他に目を移すのもマナー違反です」

「うっ、すみません……で、でもっ!」

腰を拘束する手はそのままに、彼はもう片方の手――アルメと繋いでいたほうの手を解いて、頬へと添えてきた。

「ほら、目を移さない。俺だけを見て」

そのまま耳元へと顔を寄せて、甘く乞うような声音で言う。

「よそ見をしないで。他のことなど何も考えないで。俺だけを見て、俺だけを想っていて、アルメ」

名前を囁かれた瞬間、耳が痺れるような心地がした。

おかしな痺れが胸へとまわって、締め付けられるような感覚に支配される。

「えっ……っと、あの…………っ」

喉からは言葉にならない声しか出てこなかった。

猛烈な照れによって、一瞬で体の調子がおかしくなってしまった。とりわけ胸の音の騒がしさがとんでもないことになっていて、祈り場に流れている音楽よりもずっと速いテンポを刻んでいる。

……――いや、この胸の鼓動は、照れによるものだけではない。

もう見て見ぬふりもできないくらいに膨れ上がってしまった、ある想いによって、高鳴っているのだろう。

(……む……胸の奥が痛い……この感じ……もう…………私……ファルクさんの、ことを――……)

――好いてしまっている、みたいだ。

友人としての好意を超えて……ファルクに、恋をしている。

好きでたまらない相手に、たまらない言葉をもらったから、たまらない気持ちになっているんだ――……。

気付かぬふりをし続けてきたが、もういい加減、認めなければいけない。

ここ最近、事あるごとに心が騒いでいたのだけれど……ついに今日、この場で、心の容量に限界がきてしまったようだ。

アルメは照れと焦りと、気付きによる呆然とした心地の中で、高鳴る胸へと手を当てた。

このおかしなほどの胸の音も、顔に上ってしまった熱も、心に満ちるときめきも。しょうもない空想も、期待も、嫉妬心も――。

全部、全部、ファルクへの恋心から生じている現象だ。

自分はもうどうしようもないほどに、彼のことを好きになってしまっていた――……。

いつ恋に落ちてしまったのだろう。ぼんやりとしているうちに転げ落ちていて、もうすっかり深い大穴の底にいたような心地だ。

もはや這い上がることすらできない場所にいる――……。

アルメは制御不能に陥っている胸の鼓動を感じながら、そんな悟りを得てしまった。自身の心の状態を、はっきりしっかりと理解し、ついに認めるに至ってしまった……。

気持ちを整理する間もなく、ファルクに――恋する人に誘われるまま、またダンスへと導かれていく。

アルメを抱いて踊るファルクの体は、酷く熱く感じられた。火照り切った自分の熱が、彼に移ってしまったのだろうか。

この人は暑がりだと言うのに、申し訳ない。心の大騒ぎが治まらなくて、今のアルメは氷魔法にも集中できない……。

(ちょっと、一旦休憩を……気持ちを整理する時間をください……! ……あぁ、おばあちゃん……どうしよう、私、とんでもない人を好きになってしまっていたみたい……)

アルメはファルクを仰ぎ見て、何か言おうと口を開けたり閉じたりを繰り返す。休憩を求めようと思ったのに……上手く言葉が出てこなかった。

白い鷹は金の目を細めて、アルメをまっすぐに見つめていた。

彼の後ろに広がる空に、星がシャラシャラと流れていった。まるで真っ赤になっているアルメのことを笑うかのように。

――もしくは、応援するかのように。