軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175 白い鷹のプレゼント

結局、式典が終わってからもあれこれと忙しくて、予定をすべて消化した頃には日付が変わっていた。

すっかり夜が深まった時間となってしまったが……どうにも気持ちがおさまらず、ファルクは街へ出ることにした。

さっと適当な服に着替えて、荷物を抱えて馬車へと乗り込んだ。そうして向かう先はもちろん、アルメの家だ。

妹のリナリス対策として、最近は彼女の家に寄ることがなくなっていた。が、誕生日前後の数日の間、妹は外泊の予定なのだとか。

ということは、今宵、アルメは家に一人。誕生日という特別な日に、想い人が家に一人でいる――……行かない、という選択肢を取る男が世の中にいるだろうか。

……全然まったく、断じて、不埒な下心などは持っていないが。

路地の入口で馬車を降りて、大股で歩き出す。

空からはまだ少しだけ光の加護が降っている。散り終わりの花のようにチラホラと。

歩いているうちに、今更ながら、変姿の首飾りを忘れてきたことに気が付いた。

ここ最近、姿を変えて街に出る機会が少なくなっていたこともあり、うっかりしていた。浮かれて気がそぞろになっていた、というのもあるけれど。

そうして浮ついた気持ちのままに、家の前まで来てしまったが……ファルクは改めて考え込んだ。

(――さて。来たはいいが……どうするか)

二階の明かりは消えていた。アルメはもう寝ているみたいだ。と、なると、この荷物――プレゼントの山を直接渡すことは叶わない。

(ポストに入るだろうか?)

郵便受けを開いて紙袋を押し込んでみたが……入りきらない。

サプライズプレゼントで余計な心配をかけてしまったお詫びとして、新たに色々と用意してみたのだけれど。選ぶのが楽しくて、つい買いすぎてしまった。

どうしたものか、としばしの間、ポスト周りでウロウロガサガサと試行錯誤をしていたのだが……ふいに、頭上からガタンと音がした。

驚き、目を向けると、なんとアルメが窓を開けてこちらを見ていた。――思い切り怪訝な顔をして。

あれは完全に不審者を見る目だ。思わず両手を上げて、警吏を前にした罪人のようなポーズをとってしまった。

「あっ、こ、こんばんは……! 怪しいものではありません!」

「え……? ファルクさん!?」

じとりとした目は、途端にパチクリとした驚きの目へと変わった。

「えっ、っと、あの、ちょっと待っていてください!」

アルメは即座に窓から離れて、部屋の奥へと下がっていった。

チラと見えた彼女は寝間着姿だった。どうやら起こしてしまったようだ……申し訳ない。

罪悪感に背を丸めながらも、寝間着のワンピース姿は密かに目に焼き付けつつ、ファルクは玄関先でアルメを待った。

アルメは大急ぎで着替えて、階段を駆け下りた。

(こんな時間に会えるなんて……! 起きててよかったわ)

なんとなく寝る気になれなくて、ベッドの上でゴロゴロしながら夜空の光を観賞していたのだけれど。ダラダラとした夜更かしは大正解だったみたいだ。

……不審者かと思って睨みつけてしまったことは、まぁ、許されたい。

急いで玄関扉を開けると、姿を変えないままのファルクがいた。

「ファルクさん、こんばんは! 新年おめでとうございます」

「こんばんは。今年もアルメさんが良き加護に恵まれますように。それと、お誕生日おめでとうございます!」

満面の笑みで言いながら、ファルクは紙袋を差し出してきた。

「夜中に来てしまい申し訳ございません。どうしてもお祝いをしたくて。お会いできてよかった」

「お疲れのところ、すみません……お気遣いをいただきありがとうございます。こちらの紙袋は、ええと」

「お祝いの品です。どうかお受け取りください。お菓子と服飾小物と、室内飾りと――」

「す、すみません、色々と……」

次々紹介される品を前にして、アルメは喜びながらも顔を引きつらせた。ありがたさと申し訳なさで感情が忙しい。

「あとこちらは化粧品です。ほら、アルメさんがお作りになったつぶつぶ 霰(あられ) アイスとよく似た、あの」

「あっ、もしかしてボールチークですか? 開けてみてもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」

アルメは玄関先でプレゼントの包み紙を解いた。空から降る加護の光を頼りにして、チークの入ったガラスケースを見る。

コロコロとした粒が可愛らしい品だ。パールの感じは妖精光粉とよく似ている。思わぬタイミングで現物を見ることができて、はしゃいだ声を上げてしまった。

「わぁ! 素敵ですね! ありがとうございます! 女性の化粧品なのにご存じとは、さすがファルクさんですね」

「え、えぇ、まぁ……! アルメさんこそ、流行をよく見ていらしてさすがです! まさかアイスに取り入れるとは」

「ま、まぁ、それほどでも……!」

褒め合っているというのに、なぜか二人とも視線を大きく逸らしていた。

不思議とアワアワとした雰囲気になってしまったが……空気を切り替えるように、ファルクが咳ばらいをする。

そうして彼は改めて、アルメに向き合った。

「実はもう一つ、プレゼントがありまして」

言いながら、ファルクはうやうやしく胸に手を当てて敬礼をした。得意げに、そして妙に力のこもった声で言い放つ。

「白い鷹を一羽、アルメさんに差し上げます」

「え!? っと、それは……いただいたところで、手に余すと言いますか……ど、どうすればいいのでしょう?」

思いもよらぬプレゼントにアルメは目をまるくした。困惑のままに、プレゼント当人に用法を聞いてしまった。

「鷹はもうあなたのものですから、自由にしていただいて構いません。部屋に飾っていただいたり、連れ歩いたり、お財布代わりにしていただくのもよろしいかと。寒い夜には、抱き枕なんかにしていただいても――」

「しませんよ! しません! ルオーリオは万年、暖かい街ですから!」

ピシャリと言い放つと、ファルクは涼しい顔でスイと目を逸らした。

まったく、とんでもなく珍妙で、悪戯なプレゼントだ。遠慮して受け取らない、という手もあるけれど……きっとそんなことをしたら、鷹は途端にヒヨコになってしょげてしまうに違いない。

アルメは迷いつつも、プレゼントを受け取ることにした。

さらりと妙な使用用途を挙げられたが……一つだけ、ちょっと気になる言葉もあったので。

「でも、『連れ歩く』というのはちょっと魅力的ですね。あの、今から少し二人で街を歩く、というのも、ありだったりするのでしょうか?」

「それは、夜のデートのお誘いですか?」

「まぁ、ええと、はい……新年を迎えたことですし、初遊びとしてご加護の光を一緒に楽しめたら、と。……――いや、でも、ファルクさんはお仕事の後で疲れていらっしゃるでしょうし、そういう遊びはまた落ち着いた頃にしましょうか。もうこんな時間ですし――」

ちょっと思い切って夜の街歩きでも、と思ってしまったのだが。この時間まで仕事をしていたであろう人を連れまわすのは、やっぱり気が引ける。

思い直して言葉を変えた。が、話を遮るようにして、ファルクがおもむろに両の腕を伸ばしてきた。アルメの背の後ろ――玄関扉に両手をついて、彼はアルメを囲う檻を作った。

腕の檻に囚われた状態でファルクに顔を寄せられた。額の髪が触れそうな距離で、色をまとった金の瞳がアルメを見据える。

「夜遊びに誘われて、逃がす男などいないよ」

低い声で囁かれて、アルメは慌てて言いつくろった。

「いやっ、あのっ……! そういうアレではなく……! 不埒なお誘いをしたわけでは断じてなく……っ! ちょっとお散歩をしたいなぁ、なんて思っただけでして……っ」

ブワリと頬を火照らせて、口早に言葉を連ねる。

そんなアルメを捕えたまま見下ろして、ファルクは金色の目を細めていた。……どことなく楽しげな様子なのが腑に落ちない。

何やら人を観賞するように、たっぷりと間を置いてから、ファルクは腕の囲いを解いた。まとっていた雰囲気を軽いものへと変えて、笑いながら言う。

「ふふっ、わかっていますよ。冗談です。まだ加護の光が綺麗ですから、街歩きをしながら楽しみましょうか」

アルメは檻から解放されて息をつき、氷魔法の冷気で顔の熱を冷ました。

(び、びっくりしたぁ……口づけでもされてしまうのかと思ったわ……)

前にエーナが貸してくれた恋物語の中で、夜のデートの最中に恋人たちがキスを交わすシーンがあったが……今、ちょっとだけそういう雰囲気を感じてしまった。

(……――って、私、何を考えているのだか……っ、そんなわけないのに……)

真夜中という時間帯は人を妙なテンションにさせるものだ。今宵はそんな夜の魔法に加えて、天から舞い落ちる幻想的な光の魔法も心を浮つかせる。

雰囲気にあてられておかしなことを考えないように、しっかりしなければ……。

頬をパタパタと仰ぎながら、アルメは気を取り直して場所の提案をした。

「……ありがとうございます。お疲れでしょうから、少しの時間だけ……お付き合いいただけたら嬉しいです。それで、ちょっと行ってみたいところがありまして」

「どちらでしょう? どこであろうとお供いたします」

「空の祈り場なんですが……聞くところによると、祝祭日の夜は景色がとても綺麗らしくて」

「それは素晴らしいですね。向かいましょう」

「紙袋だけ置いてきちゃいますね……!」

アルメはプレゼントの紙袋をさっと家の中に置いて、改めて外へと出てきた。

扉に鍵をかけ、二人並んで夜の街へと繰り出す。

歩き出してすぐに、ファルクが手を絡めてきた。こうして手を繋いで街を歩くのは久しぶりだ。――が、アルメはハッとして、そういえば、と気になっていたことを口にした。

「ファルクさん、変姿の首飾りはどうしたんです? そのままの姿で街を歩くのは……」

「いけませんか? 忍ぶことなく、あなたとデートをしたいのですが。――というか、部屋に忘れてきてしまいまして」

「あら、そうでしたか。暗い中ですし、人目に付くことはないとは思いますが……でも、念のため、ちょっと離れて歩きましょうか。変な噂とかを流されてしまうと、白鷹様の名に傷がついてしまうかもしれませんし」

先ほど二階から見下ろした時、パッと見ではファルクの髪色などに気が付かなかった。が、予防線を張っておくに越したことはない。

手を繋いで夜のデートをしているところを見られたら、変な噂を流されそうだ。『友人として街歩きをしていた』と主張するためには、適度な物理的距離が大事――……。

と思って提案したのだが。あろうことか、ファルクはアルメの思惑を跳ねのけるように、ガシリと肩を抱いてきた。

「あなたとのデートで傷など負いませんよ。万が一無礼な噂を立てる輩がいたら、不敬罪で牢の中へと放ればいいだけです」

白い鷹は爽やかな笑顔でサラッと言ってのけた。

疲れているであろう仕事終わりのお偉い様を、夜の街に引っ張り出して連れまわす――というアルメの行為は、罪になったりしないだろうか……。

牢屋に放り込まれる想像をして、思わず身をすくめてしまった。