軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

170 選定会とお喋り幼聖女

厨房近くの一部屋にて。

祝宴のテーブルに並べる品を定めるべく、十数人の選定員たちが難しい顔をして、あふれんばかりの菓子へと目を向けていた。

部屋の中央にある長いテーブルの上には、候補の品々がズラリと並べられている。厨房で作られたものをこの部屋へと移し、菓子の種類ごとにざっくりと分けたところだ。

ケーキ、焼き菓子、飴細工、フルーツ、などなど――。その他、分類できないような風変わりなお菓子も少々。

選定員たちは自由に歩き回りながら、テーブルを囲ってあれこれ意見を交わしていた。

品定めをするのは城でそこそこの身分を持つ者たちだ。主に中年の男性たち。数人、高年の女性選定員もいるよう。

ちまちまと試食をしながら、手元の書類やらへと目を走らせている。時折、こちらへとチラチラ視線を向けながら――。

選定会場となっている部屋の隅っこで、白鷹ファルクは室内装飾品に紛れて、様子を見守っているのだった。

もちろん、手にアイスのグラスとスプーンを持ちながら。

上位神官という自身の高い身分を濫用して、コッソリ紛れ込んでみた。……コッソリとはいかずに、先ほどから痛いほどに視線をもらっているけれど。まぁ、気にしないでおく。

選定の場を乱しに来たわけではなく、純粋に新作アイスを食べたくて来ただけなのだ。さらに本音を言うとアルメの顔を見たくて、ちょいと仕事を抜け出して厨房へとお邪魔した。

アルメは厨房では緊張している様子だったが、アイス作りに集中している姿は、今日もこの上なく素敵だった。

その姿を無事に見届けることができたので、次は新作アイスへと意識を向けている次第である。

ファルクはグラスへとスプーンを差し込んだ。モザイクカラーのつぶつぶ 霰(あられ) をすくって、まじまじと鑑賞する。

(なんと風変わりなアイスだろう)

粒の色合いは美しく、キラキラと上品な光を放っている。この輝きは妖精光粉によるものだ。

見た目を楽しんだ後、パクリと頬張る。

途端に口の中に冷たさが広がり、同時にフルーツの爽やかな味わいが弾ける。甘くまろやかでいて、後味もすっきりとしている。

(美味しいっ!!)

厳粛な雰囲気の選定会場の端で、ファルクは一人キャッキャとはしゃいでしまった。当然ながら、心の内で、だけれど。

パクパクと食べ進めながら、独自にアイスの品評をする。

(面白くも美しい見た目に、この味と冷たさ。どう考えても至高のお菓子だ。聖女様もきっとお気に召されることだろう。選ぶのならばこの『つぶつぶ霰アイス』しかない! どうか、このアイスを選んでくれ!)

選定員たちへと念を送るが……残念ながら、人心を自在に操る魔法なんてものはない。この想いは届きはしない。

選定員たちの会話を聞くに、無難なお菓子を選ぼうとしているようだ。彼らの年齢や身分がそうさせるのか……遊び心というものがまるでわかっていない。

――まぁ、自分もアルメと交遊する前は、遊びなんてものとは縁のない人間だったのだけれど。でも今の自分には、多少は遊びの心がわかる。

ルオーリオは陽の気が満ちた、明るく楽しい街だ。で、あるならば、外から来た聖女をもてなす品には、街を体現したような『楽しさ』を感じるものがベストであろう。

遊び心にあふれた、この面白いつぶつぶのアイスこそ最適であると思う。お菓子の代表として選ばれるべきだ。

そう、個人的には思うのだけれど、選定員たちには伝わらなくてもどかしい。表面上はあくまで涼しい顔を張り付けているので、仕方ないが。

――なんて、涼やかさを保ちつつ、背景の一部に徹していたつもりだったのだが。いくらか表情の圧が強まっていたらしい。目が合った選定員が、大袈裟に身をすくめながら声をかけてきた。

「あっ、っと、あの……ラルトーゼ様は、どういう品が適しているとお考えでしょう? よろしければご意見をおうかがいしたく」

「俺のことは構わずに。適否を判ずるのは選定の資格を持つあなた方です。どうぞあなた方の思うままに、厳正なる審査を」

さらりと言葉を返しつつも、心の中では大声で叫んでいた。『絶対つぶつぶ霰アイスがいいと思います!』、と。

そんなやり取りを終えた、すぐ後に。

ふいに部屋の扉からコンコンと、ノックの音が響いた。

気が付いた近くの者が扉を開けた――と、同時に、来訪者に対して、慌てて胸に手を当てて敬礼をした。

「聖女様ではありませんか……! 何用でございましょう?」

「ちょっと遊びに来た」

部屋を訪れたのは四歳の幼き聖女、ルーミラだった。

高価な人形のような愛らしい容貌に、銀糸の髪をサラリとなびかせて転がり込んできた。付き人の中年の女性たちが、困ったように笑っている。

付き人の長が、ルーミラの言葉を補足した。

「お邪魔をしてしまい申し訳ございません。ルーミラ様がどうしても見学をしたいとおっしゃいまして。少しだけ、テーブルの品を見させていただいてもよろしいでしょうか」

「えぇ、どうぞどうぞ……! あぁ、テーブルの上が見えませんね! お椅子をご用意いたしましょうか?」

突然の思わぬ来訪者に、選定員たちがアワアワと動き出した。

ルーミラは端っこにいたファルクのもとへと駆けてきて、足元に引っ付いた。

「椅子はいい。白悪魔、抱っこして」

「かしこまりました。なんなりと」

ファルクはアイスのグラスをテーブルに置き、ルーミラをヒョイと抱え上げた。

つい今さっきまでは、この部屋の中で最も高い身分を持つ者は自分であったが、あっという間に立場がひっくり返ってしまった。

部屋の主となったルーミラは、テーブルの上に所狭しと並んでいるお菓子を見て目を輝かせた。

「わ、お菓子いっぱいある!」

「祝宴ではルーミラ様もお召し上がりいただけますよ。気になるお菓子はございますか?」

「わたしチョコのやつがいい」

ルーミラを胸元に抱えながら、チョコケーキとして分類されたお菓子の近くへと移動する。選定員たちが何やら手元でメモを取っていた。

厳密に言うと祝宴の主役はルーミラではなく、来訪する聖女なのだけれど。尊き身分は同じなので、彼女の好みも考慮されることになりそうだ。

長いテーブルの周囲をぐるりと歩いてお菓子を見てまわる。そうして一周したところで、ルーミラが問いかけてきた。

「白悪魔はさっき何食べてたの?」

「俺はアイスを食していました。そちらに並べられている、グラスの」

分類不明として括られているお菓子群の、アイスの近くへと移動する。ルーミラはつぶつぶ霰アイスを覗き込んで、おぉ、と声を上げた。

「かわいい。チークみたい」

ポロリとこぼされた彼女の感想を聞いて、周囲の選定員たち――中年の男たちが、顔を見合わせていた。

「チーク……?」

「って、何でしたっけ?」

「女性の化粧品の名前ですよ。頬紅のことです」

ポカンとする男たちに、高年の女性選定員が答えた。

ルーミラはペラリとお喋りを続ける。

「こういうの、お母様がお化粧に使ってる。ボールチーク、今流行ってるんだよ。おじさんたちは知らないかもしれないけど」

容赦のない幼女の言葉に、選定員の男たちは、うぐっ……、と呻き声をこぼした。

ファルクの顔を覗き込んでルーミラは言う。

「白悪魔は知ってるでしょ? ボールチーク」

「……も、もちろん、存じておりますとも。俺は若いお兄さんですから」

大噓である。たった今知った。目を泳がせながら答えると、周囲のおじさんたちからじとりとした視線を感じた。

ルーミラの言葉を聞いた女性選定員たちは、アイスのグラスを手に取って、間近でよくよく見直していた。

「そう言われると、似ていますねぇ。この輝きと色合いの感じ、それに粒感も。今、若いお嬢さん方に流行っているというお話も耳にしています」

「乙女好みの品は良いかもしれませんね。数品、こういう風変わりなお菓子を選ぶというのもよいのでは? 若者の興味を引くようなものを」

その意見を聞いて、他の選定員たちも、ふむと考え込む。

「確かに、聖女様はありきたりなお菓子にも退屈しておられるでしょうからねぇ」

「乙女心というものは、男の私にはさっぱりわかりませんが……お好みになられるようなものがあるのなら、候補としておきましょうか」

彼らの言葉を聞いて、ファルクは胸の内で思わず叫んだ。『わーい! やったー!』と。

そんなファルクの顔をチラと見て、ルーミラが言う。

「何はしゃいでるの?」

「はしゃいでなどおりませんよ。恐れながら、どうしてそのように思われたのか、皆目見当もつきません」

「なんか『わーい! やったー!』とか思ってそうな顔してた」

「神官は例え心の内でも、そのような俗な言葉を使ってはしゃいだりはいたしませんよ」

澄ました顔でしれっと答えておいた。幼き聖女の鋭さに、背中に冷や汗をかきつつ。

そうしてひとしきりお菓子を鑑賞した後、付き人がルーミラに声をかけた。

「ルーミラ様、そろそろお暇いたしましょう。あまり長居をしてしまいますと、皆様のお仕事が進まなくなってしまいますゆえ」

ルーミラはファルクの胸元にしがみついたまま、悩んだような声を返した。

「料理作るとこには入っちゃだめ? ちょっと見たいから」

「おや、お菓子作りにご興味がおありですか?」

ファルクが言葉を返す。微笑ましいなぁ、なんて和やかな気持ちでいたのだけれど……続く言葉を聞いて、固まることになった。

「ううん、違う。白悪魔の好きな子来てるんでしょ? その子見たい」

ペラッと発せられた言葉が室内に響く。周囲がざわ、と妙な音を立てて、静まった。

部屋の主ルーミラは気にもせずに、堂々とお喋りを続ける。

「さっき会ったルーグ様が言ってた。白悪魔、好きな子に会いたくて仕事サボってるって」

「ええと……皆様に誤解を与えてしまうようなお言葉選びは、ご勘弁を。友人が来ていたので、俺は挨拶を、と少し顔を出しただけですよ。もうお帰りになられましたけれど」

努めて涼しい声音でサラッと話を流す。周囲も納得したのか、一瞬おかしくなりかけた空気が解けてゆるんだ。

――が、幼女は手強かった。

なんてことない顔をして、ペラペラとお喋りを繰り出してきた。攻撃力の高すぎるワードを連ねて。

「なんだ……ちょっと来るの遅かった。白悪魔がデレデレしてるとこ見たかったのに」

「面白いことをおっしゃいますね。友人相手にデレデレなどいたしませんよ」

「ふ~ん。でも前に、その子にチューしたいって言ってたけど」

再び、場の空気がざわ……と揺らいだ。

「すご~くデレデレした顔で言ってたでしょ。大好きだからいっぱいチューしたいし、されたいって。チューされたら嬉しくて死んじゃうかもって言ってた」

変な空気のまま静まり返った室内と、全員から向けられている視線――。

自分は従軍神官として、戦地で幾度となく修羅場に対してきた身であるが、逃げ出してしまいたいと思ったことは一度もない。

だというのに。今、この胸の中は『逃げたい!』という強い気持ちが占めていた。

ファルクはルーミラを抱えたまま、早足で部屋の扉を目指した。

「……さ、ルーミラ様、お暇しましょうか」

追ってくる付き人たちを振り払う勢いで、ファルクは部屋を後にした。

背後からは選定員たちのざわめきと、こらえた笑い、咳払いなんかが聞こえてくる。

今の時代に公開処刑というものはないけれど……今、まさにそのような処刑をくらった気分である。

四歳児の前でデレデレと惚気やら願望やらを語ってしまった過去の自分を、思い切り殴り飛ばしてやりたい……。