軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163 やらかしサプライズプレゼント

中央神殿の旧玄関ホールには、憩いの時間を過ごす人々の姿があった。

休憩所になっている旧玄関ホールと、連なる飲食店の広間。少し前まで閑散としていたエリアだが、じわじわと、人の流れを取り戻しつつある。

こちらのエリアには『白鷹を唸らせた、神殿限定アイスクレープ』なるお菓子がある。――という口コミが囁かれ、日々順調に、興味を持った人たちを誘い込んでいる。

そんな穏やかな賑わいの中心地――メルシャの軽食屋に、アルメはヒョイと顔を出した。納品するアイスと諸々の買い出し品を抱えて。

「こんにちは、メルシャさん。お届けに上がりました」

「ありがとう。確認をするからちょっと待っててね。――あ、そこの食器を棚に戻しておいてもらえると助かるわ」

「了解です。ゴミもまとめて出してきちゃいますね」

アルメはアルバイトをてきぱきとこなす。食材を届けるのに加えて、細々とした店の手伝いなんかもしている。

メルシャの手伝いは、何だか祖母と過ごした時間を思い出して楽しいのだ。

とはいえ、自分の店のこともあるので、ごく短い時間ではあるけれど。

今後のことを考えて、アイス屋の従業員たちにも軽食屋のアルバイトを募っておいた。

ごく軽い、お小遣い稼ぎのようなアルバイトだが……逆に時間の都合をつけやすくてちょうど良い、と、数人が手を上げた。

ひとまずアルメの短期アルバイトが終わった後も、安定して店をまわしていけそうだ。

食器を棚へと戻し終えたところで、ふいに視界の端に白い姿をとらえた。ファルクとルーグだ。

ホールの人々が遠慮がちに目を向け、ざわついている。神殿の主たる二人は気にもせず、涼しい顔で悠然と歩み寄ってきた。

白い優美な神官服が揺れ、軽食屋の端に収まった。

ファルクとルーグはそれぞれ声をかけてきた。

「こんにちは。今日も賑わっておいでですね」

「活気があって何よりじゃな。また甘納豆を一袋、お願いしたい」

メルシャに甘納豆の作り方を教えたのは、ついこの前のことだが。彼女は早速たっぷり作って、店に置くようになったのだった。思っていた以上に、気に入ってくれたらしい。

そして大神官ルーグもまた、ハマってしまったようで。仕事中のつまみとして買いに来るようになっていた。

カップで甘納豆をすくい、小ぶりな紙袋に入れて渡す。

代金を受け取りつつ、アルメはチラと話を切り出した。――昨夜の、城からの不審な手紙についての話を。

「あの、ちょっとお二人にご相談したいことがあるのですが……お急ぎでいらっしゃいますか?」

「まったく問題ありませんよ。場所を移しましょうか」

「いえ、この場で大丈夫です。実は昨夜、おかしな出来事がありまして。詐欺か否かの判断がつかずに困っていて」

「詐欺……?」

話し始めると、途端にファルクが顔をしかめた。この白鷹の容姿で厳しい顔をされると、圧があって怖い……。

身をすくめながら、アルメは鞄をあさって手紙を取り出した。

「こういう手紙が届いたんです。城からの手紙だとか……。届けてくれた使いの方の身なりも立派だったので、受け取ってしまったのですが……身に覚えのない内容でしたし、やはり警吏に相談するべきでしょうか」

「あ……いや、その手紙は詐欺ではなく……あの……」

アルメが言葉を連ねるほどに、なぜかファルクの背中が丸まっていった。厳しい表情は、あっという間に情けないものへと変わっていた。

隣のルーグが呆れた目でファルクを見ている。口をつぐんだ彼に代わり、ルーグが会話を繋いでくれた。

「まず結論から言うと、その手紙はもちろん、詐欺ではない。近く、城で聖女様の歓待の祝宴があるのじゃよ」

「その祝宴に乗っかった詐欺ではなく? 私の元に連絡が来る理由など……」

「招待されるのは主に上位の公人やらと、その家族。そして推薦を受けた者。その中には、ルオーリオの発展に貢献している一般の民たちもいる。アルメ嬢はその枠に入ったのだろう」

「なぜ私がそんな大層な枠に……? 一体誰が推薦なんて――……って、まさか」

アルメは小さくなって顔を背けている神官男を、ジロリと睨んだ。ファルクは金色の目を思い切り泳がせて、小声を寄越した。

「……ええと、アルメさんのアイスがなかったら、俺はルオーリオの暑さに絶望していたところなので……立派な功績かと思い……推薦を……」

「そ、そんな理由で貴重な枠を私に……!? 絶対叩かれるじゃないですか……!」

『しょうもない理由で招待された人』、なんて、周囲から冷めた目を向けられるのではなかろうか……。想像して、アルメは頭を抱えた。

渋い顔をしたアルメに、ファルクはアワアワと言葉を付け足す。

「それだけが理由ではありません……! ええと、ほらっ、チョコアイスの件も大変な功績ですし……!」

「チョコアイス……? って、確か幼い女の子への服薬に使うとか言っていた、あれですか?」

「はい……! おかげさまでチョコアイスは、幼き聖女ルーミラ・エテス・グラベルート様の、大のお気に入りのお菓子となりまして……っ」

「なっ!? あれ聖女様のためのアイスだったんですか!?」

ギョッと目をむいて、裏返った声を出してしまった。

以前、『薬をアイスに混ぜてはどうか』と、チョコアイスを提案したことがあった。の、だが。思いもよらぬタイミングで、真相を知ることになってしまった。

上位神官の患者なので、きっとお相手はそれなりに身分の高い子なのだろう、とは思っていたけれど。まさか王族に並ぶ、尊き身分のお方だったとは。

『先に言ってくれ!』と、頭の中で雑な言葉でツッコミを入れてしまった。チョコアイスの件もそうだが、今回の推薦の件もそうだ。

「推薦してくださることを、なぜ、先に話してくれなかったんです?」

「……サプライズの……お誕生日プレゼントにしようかな、と……」

アルメは真顔で目をパチクリさせた。そういえば、もうすぐ自分の誕生日だ。

前に誕生日の話をした時に、『プレゼントを考えておきます』と、彼は言っていた。どうやら、アルメはその答えをもらったみたいだ。

想像もしていなかったプレゼントを受け取ってしまった。……つい今さっきまで詐欺を疑ってハラハラしていた手前、リアクションを取りづらい。

とりあえず言葉を返しておいたが、淡々としたものになってしまった。

「そうですか、サプライズ……ありがとうございます。驚きすぎて詐欺かと思いました。変な事件に巻き込まれたのかと、気がかりで眠れず。ものすごく寝不足です」

「…………ごめんなさい……」

アルメに詰め寄られて、ファルクは震えるヒヨコと化してしまった。

ぷるぷるしているヒヨコの隣で、ルーグが詳しく説明をしてくれた。

まだ確定ではないそうだが、新しい守護聖女は、女神の祝祭日にルオーリオ入りする予定なのだとか。そのうち城から正式に布告が出るだろう、とのこと。

そうして聖女を迎え、その祝宴が開かれるのは一ヶ月後。当日までに、パーティーに並べられる品々の選定があるそう。

ずいぶんと日が近く、慌ただしいが……この前の魔物騒動の関係で、予定が早まったのだとか。聖女の結界の強化を急ぐことになったのだろう。

「歓待の祝宴では、主役となる者の 嗜好品(しこうひん) をズラリと並べて、もてなしの席を作るのが習わしだ。人によって、酒であったり、茶であったり、果実であったり、吸い香であったり。菓子、なんてのも定番じゃな」

「お菓子……」

「うむ。迎える聖女は十五歳のうら若き乙女じゃ。年相応に、甘い菓子を好いているとか。 此度(こたび) の宴にはルオーリオ中の菓子が並んで、圧巻じゃろうて」

ルーグはアルメにウインクを飛ばしてきた。……察し始めたアルメは眉間を押さえた。眩暈をこらえながら、続く言葉を待つ。

「パーティーの主役は用意された品々を堪能し、これをもって人々への礼とする。城での大きな宴なんかでは、形式的に、あらかじめ選んでおいた数品を召すのが通例じゃ。近いうちに、その名誉の数品を選定する会が催される」

「いただいた手紙の案内にも、そのようなことが書かれていました……選定会への 諾否(だくひ) の返事を早めに、と」

一つ、大きく呼吸をする。なるほど、自身の身に起きている事態が飲み込めてきた。

アルメは神妙な声で確認を入れた。

「話をまとめると、聖女様の祝宴で並べられる品々――お菓子の候補に、私のアイスも入っている、ということでよろしいのでしょうか」

「そのようじゃな。そしてもし、アイスが選定会を通ったならば、聖女様が実際に食する名誉の一品となり得る、と」

「そういうとんでもない話だと言うのに、私は初耳だったわけですが……」

思い切りじとりとした目でファルクを見る。彼はもう、ちょいと突いたら泣き出しそうな表情で縮こまっている。

アルメはやれやれ、と深く息を吐いた。

「本当にもう……どうして早く言ってくださらなかったのか……。こちらにも、こう、色々と準備というものが……」

「気持ちはわかるが、そう厳しいことばかりを言わないでやっておくれ。この白ヒヨコはずいぶんと悩んで、一番よいものを、アルメ嬢への贈り物として選んだのだから」

「そう、ですね……。……ひとまず、お礼の言葉をお伝えしたいので、ちょっとだけ白ヒヨ――、白鷹様をお借りしてもよろしいでしょうか?」

ルーグが頷くのを見て、アルメは軽食屋から歩き出た。しょんぼりと背を丸めるファルクを伴って旧玄関の外に出る。

人目のない、玄関の大柱の陰に身を隠した。

何か言おうとして口を開いたり閉じたりしているファルクに、正面から向き合う。

ファルクはしょぼしょぼの顔をして、蚊の鳴くような声をこぼした。

「……あの……本当に……申し訳ございませんでした……。思慮が至らず……ご心配と、ご迷惑をおかけしてしまい…………」

「色々と、言いたいことはありますが。まぁ、それは置いておき――」

アルメは周囲を確認して、両腕を大きく広げた。

そして、そのままガバリと、腕の中にファルクを閉じ込めた。

「――ひとまず今は、お礼をお伝えしたく思います」

満面の笑顔へと表情を変えて。それはもう豪快に、力一杯、抱きしめてやった。

「これ以上ない素晴らしいプレゼントをいただきました。お城にお招きいただくなんて、こんなに光栄なことはありません……! 本当に、心から、嬉しくてたまりません! ありがとうございます! ふふっ、ファルクさん大好きです! 本当に夢みたいだわ……!」

事態を飲み込んだと同時に。アルメの胸には大きく浮き立つ気持ちも湧いていたのだった。

だって、庶民が城に上がることなんて、一生に一度あるかないかという夢のような話なのだ。

――いや、『ない』方が圧倒的である。ファルクはとんでもない機会をプレゼントしてくれたのだ。

『お城から素敵なパーティーの招待状が届く』なんて、この世界で少女時代を過ごした者なら、誰もがときめくシチュエーションであろう。

少女心ではしゃぐのは恥ずかしいので、抑えていたけれど……ここには人目もないし、せっかくなので素で喜ばせてもらうことにした。

もちろん、喜びの理由は少女心だけではない。

自分が頑張って作ってきたアイスに、素晴らしく光栄な機会をもらえたことが嬉しくてたまらない。

間違いなく、最高の誕生日プレゼントである。――サプライズはさておき。

アルメは全力の抱擁でお礼と喜びを伝えた。

胸元に顔を寄せているので、ファルクの表情は見えないが……ギュウギュウと抱きしめているうちに、ふと気がついた。

――ファルクが息をしていないことに。

「あれ? ファルクさん? えっ、ちょっと、どうしちゃったんです?」

アルメは抱擁を解いて、ペシペシと胸元を叩いた。ハッと我に返って、ファルクは大きく息をし始めた。

「……し、死ぬかと……思いました…………こういう不意打ちは、いけません……心臓が壊れるかと……」

「そんな大袈裟な。締め落とせるほど私の腕力は強くありませんよ。失礼な冗談を」

そんな言葉を返したけれど、ファルクは本当に苦しげな顔をしていた。顔を真っ赤にして胸を押さえている。

けれど、口元だけがふにゃりとゆるんでいた。何ともおかしな表情だ。

未だ整わない息のまま、彼は揺れる瞳でアルメを見つめた。

「ええと、それで、あの……プレゼントは、受け取っていただけるということでしょうか……?」

「もちろんです! 心から感謝申し上げます。選定会も精一杯、頑張りたく思います」

そう伝えると、ファルクは大きく息を吐いて脱力した。

短い会話を終えて。ささっと柱の陰から出て、また軽食屋へと戻る。

白いヒヨコが赤いヒヨコになって戻ってきたのを見て、ルーグは愉快そうに笑っていた。

「すみません、お待たせしました。白鷹様にお礼をお伝えしてまいりました」

「それはよかった。やらかしたサプライズの説教は、ワシからしておくことにしよう。――では、甘納豆も手に入れたことだし、そろそろ仕事に戻るかのう」

ルーグは甘納豆の包みを大事そうに抱えると、ファルクを引っ張って歩いていった。

執務室へと戻る道中、ファルクはゆるみきった笑い声をこぼし続けていた。

「大好き……んふふっ……大好きですって……えっへっへ」

「上位神官がだらしのない笑い方をするんじゃない。ほれ、ふにゃふにゃしていたら足を踏み外すぞ」

「……ッ!?」

階段を踏み外し、ファルクは転げ落ちていった。

ルーグはチラと見ただけで、這いつくばっている鷹の横を素通りする。

低い階段なので、まぁ平気だろう。打撲と足を挫く程度の怪我は、負ったかもしれないが……自力で治すといい。

この鷹は神へと大きな対価を捧げて、人一倍強い魔法を得ている神官なのだから。

ルーグは鼻歌を歌いながら、さっさと歩き去った。鷹はこの期に及んでまだ、ゆるんだ満面の笑顔を保っていた。