作品タイトル不明
158 ブライアナの愚痴
賑やかな試食イベント会場にて。
一時期、アルメの平穏を大いに乱してきた相手――ブライアナと、再び遭遇してしまった。
ばっちりと視線が交わってしまった。
ギクリと身を固くしたアルメに、ブライアナはソロソロと歩み寄ってきたのだった。
「……お久しぶりでございます、アイスの……女神様……。……本当に、白鷹様と仲がよろしいのですね」
「ええと……お久しぶりです」
二人でおずおずと挨拶を交わす。何とも言えない気まずい空気が流れる。が、思いがけず、メルシャが割って入ってきた。
「あら、ブライアナちゃんじゃないの。ちょうどよかったわ。あたしのお店、新しくアイスクレープを出すことになったの。試食していかない? 今日はお母さんは一緒じゃないのかい?」
「お母様は……今日は具合がよくないみたい。お散歩をする気分じゃない、って」
ブライアナはしょんぼりと、そう呟いた。
以前の彼女は、いつも令嬢二人を連れていた。魔物騒動の最中、最後に会った時にも麗しい男性二人を連れていたのだけれど。今日は一人きりだ。
前までは、さながら大衆劇の高飛車な悪役令嬢のような印象だったのだが……今目の前にいる彼女は、何だか小さく見える。
メルシャとの会話を聞くに、彼女は何度か神殿に来ているみたいだ。察するに、母親の見舞いか何かだろうか。
アルメは迷いつつ、小ぶりなフルーツアイスクレープを作った。皿に乗せてブライアナに差し出す。
「あの……、もし小腹などに余裕がありましたら、いかがでしょう」
「女神様、ご転職をなさいましたの?」
「ちょっとアルバイトを。――というか、その女神様という呼び方はおやめください。私はそのへんの普通の人間なので……」
「普通の人間、ですって? まぁ! よく言いますわね! 白鷹様とあんなに仲良くお喋りをしている時点で、普通とは言えないでしょうに!」
(わ……調子が戻ったみたい)
ブライアナは以前のような、高圧的な喋り方に戻った。アルメはなぜかホッとしてしまった。
彼女はクレープ皿を受け取ると、端っこのカウンター席にドカリと座った。
「まったく、呆れますわね! 揉め事のあった元客相手に、こうやって甘いことをして。余計なご機嫌取りをしていると、すぐに付け込まれるわよ。……我が家みたいに」
フンと鼻を鳴らして、クレープをむしゃりと頬張った。彼女はアルメにピシャリと命令する。
「ちょうどいいから、食べ終わるまで、わたくしの相手をしなさい。むやみに甘やかした責任を取って、わたくしの愚痴に付き合ってちょうだい」
「は、はぁ……」
彼女の話に付き合わされることになってしまった。
ブライアナはついでにコーヒーを注文した。これは何やら長い話になりそうだ。
メルシャにも笑顔で肩を叩かれてしまったので、ひとまずクレープの試食会は彼女に任せることにする。アルメはブライアナへと向き合った。
話の初めに、ブライアナはアルメに謝罪をしてきた。
「……まずはあなたへの無礼の数々を改めてお詫びするわ。アイス屋では、色々とお騒がせしました……ごめんなさい。一応、謝りはするけれど、わたくしのことは許さなくていいから。はなから、後で許してもらおうなんて覚悟ではやっていないことだから」
「はぁ、じゃあ、保留ということにしておきますけれど……迷惑行為のご自覚あったんですね。どうして私の店に……」
「そりゃあ、我が家がそういう命令を受けていたからよ。競合するアイス屋があったでしょう? あそこのオーナーの家に、わたくしの家は支援を受けていたから。頼まれ事をされたら、断れない立場だったの」
「と、言いますと、デスモンド家ですか?」
「えぇ、そうよ」
ブライアナが言うには、デスモンド家が水面下でアルメを潰そうとして、執拗な嫌がらせを命令してきたのだそう。
「本当はデスモンド家からの支援なんて、屈辱でしかないのだけれど。家がグラグラに傾いているから、仕方なくですわ」
「なるほど、お家のご事情が……」
「我が家は荷の遠方運搬を生業にしていますの。でも、よりによって大仕事の時に魔物の災に遭ってしまって……大損害を出して、この様よ」
ブライアナの家は代々、魔石行商を生業にしていたのだとか。そこから運搬業へと転じて成功したそう。
厳密には貴族ではないが、成り上がり富豪として、貴族的な位置にいる家なのだとか。
けれど数年前に災害に遭って、荷と馬の多くを失い、家が傾いてしまったらしい。
「借金まみれになって、お父様が弱ってしまって。あろうことか、怪しげな神へと縋り始めて」
「こ、怖……! 怪しげな神!?」
「どこから情報が漏れるのだか。傾いた家とか、小さな貴族家とか、弱い家にはそういうおかしな勧誘が来るのよ。貴族男はプライドが高くて、自分でどうにかしようとするから、引っかかりやすいのでしょうね」
「それは……お父様は大丈夫だったんですか?」
「まぁ、どうにか。お母様が引っ叩いて正気に戻して、社交界を駆け回って、他家の支援を取り付けてくださったの」
それはよかった、とわずかにホッとしたのも束の間。ブライアナは暗い顔で話を締めた。
「でも、支援を取り付けた家がデスモンド家で……結局ケチなお金でいいように使われて、さっさと縁切りをされてしまったわ。お母様は相手を間違えた、とお嘆きになるあまり、体を悪くしてしまって」
「それで神殿に……?」
「えぇ、そういうわけ。落ち着くまで入院ですって」
アルメは渋い顔で口をつぐんだ。横で聞いていたメルシャは、ブライアナのカップにそっとコーヒーのおかわりを注いだ。
クレープを食べきって、彼女はツンと顔を上げる。
「我が家には男子がいないから、わたくしがこのガタガタな家を継ぐことになっているの。先が真っ暗すぎて、いっそ清々しいくらいですわ」
「前にお連れになっていた 騎士(ナイト) の方々に、力を貸していただくということは――」
「あれはただの屋敷護衛よ。もう雇うお金ももったいないから、とっくに暇を出しました。ちなみにアイス屋通いの供にしていた小間使いの娘二人は、今はもう別のご令嬢にべったりしています」
「ええと……何と言いますか……」
「同情はしないでちょうだい。貴族周りの人間関係なんて、そんなものよ」
そう気丈に吐き捨てたブライアナに、アルメは甘納豆も勧めておいた。
「同情するなと言われましても、聞いてしまったらもう……。それにしても、デスモンド家は何というか、そういう感じのお家なんですね……。関わるとぐったり疲れてしまう、というお気持ちは、少しわかる気がします」
「知ったような口をきかないでちょうだい。あなた、あの家に縋りついてお金を借りたことありまして?」
ブライアナはじとりと睨みつけてきた。調子合わせの薄っぺらい同情だと思われたのだろう。
そんな彼女をよそに、アルメは遠い目をしてボソリと言う。
「借りたことはありませんが、手切れ金を押し付けられたことはあります」
「ふ~ん、そう。手切れ金をねぇ――……え、何の?」
「前にデスモンド家のご令嬢に、婚約者を盗られたことがありまして」
「……お待ちなさい。詳しくお話しなさい。盗られたとは?」
「ある日、職場の扉を開けたら、私の婚約者とデスモンド家のご令嬢が口づけを交わしていましてね」
「そ、そんなことってある!? 泥棒猫にやられてしまったってわけ!? 当然、その場で引っ叩いてやったんでしょうね!?」
ブライアナが前のめりになる。隣で聞いていたメルシャが、今度はアルメにコーヒーを出した。
ミルクを足しつつ、今度はアルメの身の上話が始まってしまった――。
アルメとブライアナ、そしてついにはメルシャも加わって、三人で話し込んでしまった。
気の強いブライアナのスッパリとした物言いは小気味よくて、お喋りの時間は思いの外、楽しいものとなった。
最後の方はもう、遠慮のない女子会みたいになっていた。
そうして話に区切りがついた時に、ちょうど昼の鐘が鳴った。ブライアナはハッとして席を立つ。
「あぁ、いけない。もうこんな時間だわ。わたくし、そろそろ屋敷に戻らないと」
「色々と大変かと思いますが……どうぞ、ご自愛くださいね」
「えぇ、あなたも。また面倒なお客に絡まれないよう、お気をつけて」
「ブライアナさんがそれを言いますか」
「ふふっ、それもそうね。ごめんあそばせ。――あぁ、そうだ。これを渡しておきましょう」
ブライアナは鞄から革のケースを出し、中から紙を取り出した。
差し出されたのは名刺のカードだった。家の名前や住所、家業などが書かれている。飾りの金の箔押しがキラキラしていて綺麗だ。
彼女は澄ました顔でちゃっかりと言ってのけた。
「崖っぷちの我がオードル家に支援をしたくなりましたら、どうぞこちらまで。景気の良いアイス屋店主さんと、よいご縁をいただけますよう」
「そんな明け透けな……」
「これくらいガツガツしていないと、跡取り娘なんてやってられないのよ。それじゃあ、良い一日をお過ごしくださいませ。メルシャさんに、アイス屋のアルメさん」
ブライアナはスカートを持ち上げ、優雅に挨拶をして去っていった。
お喋り前には、何だか小さく見えた彼女だが、去る背中は凛としていた。
彼女を見送った後、メルシャはホッとしたように笑っていた。
「あの子、お母さんのお見舞いに来た後、いっつもホールの端っこでしょんぼりしていたの。一人で、何だか思い詰めた顔をしていて……心配してたのよ。でも今日は初めて、元気な姿を見られたわ。あんなにペラペラと喋る子だったのね」
かつて、そのペラペラとしたお喋りによって、疲れ果てたこともあったけれど。
今日は調子を取り戻した様子のブライアナを見て、アルメもホッとしてしまった。
彼女にもらったカードは、手帳に大事に挟んでおこう。