軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

150 地下にて、三者三様の遭遇

週末の休みの日、珍しくリナリスが一人で出掛けて行った。ようやく仕事探しを始めたのかもしれない。

服装や髪型が普段のアルメとよく似ていたのは、少し気になったけれど……まぁ、目をつむっておく。

静まり返った家の中で、アルメはホッと息を吐いた。

久しぶりに訪れた、家での一人きりの休日だ。特に予定もないので、のんびりできる。

の、だが。その『予定が無い』というところに少々落ち込んでいた。

休日の予定が合う時には、いつもファルクから遊びの誘いが来ていたのに。今回はそれがなかった。

(前回の街歩きで、勝手に解散してしまったことを怒っているのかなぁ……。はぁ……大人げないことをしてしまったわ)

アルメとファルクとリナリスの三人で街歩きをした時、アルメは一人でしょげて帰ってしまった。その勝手な行動で、ファルクを怒らせてしまったのかもしれない。もしくは呆れられたか。

考えるほどにどんよりと気持ちが沈む……。

ソファーで脱力しながら窓の外を見た。灰色の空からはパラパラと雨粒が落ちている。今日は天気まで陰鬱だ。

やれやれ、と立ち上がり、髪を結い直した。このままグズグズとしていたら、次々と余計なことを考えてしまいそう。

「……また地下街でも歩いてこようかな。この前はあまりゆっくりできなかったし」

気分を変えるために家から出ることにした。

先日リナリスを案内した時に、久しぶりに地下宮殿を見てまわって楽しかったので。きっと気晴らしになるだろう。

アルメは支度を整えて、一階へと降りていった。

ファルクは地下宮殿の入り口で、辺りを眺めながら人を待っていた。雨除けの薄手の外套を手に抱えて、ひたすらぼうっと。

我ながら、傍から見たらずいぶんとぼんやりとした立ち姿だろうと思う。

すっかり気が抜けている自覚があるが、仕方がない。アルメにデートの誘いの手紙を出したのに、返事が来なかったのだ。

今、待っている相手はもちろんアルメである。

(果たして彼女は来てくれるだろうか……)

最近のあれこれを思い返すと、期待が薄れていくのを感じる。なんだか、アルメに避けられているような気がしてならないので。

今日のデートも来てくれないかもしれない。

(今日だけでなく、もしかしてこれから先も……?)

さらに悪い方向に考え出すと、体温がスゥと下がる心地になる。

いつもであれば涼しく心地良いはずの地下街の空気が、今は嫌な寒さに感じられる。

「……どうして、最近こうも上手くいかないのだろう……」

深いため息と共に独り言をこぼしてしまった。

――と、その時。

目の端にアルメに似た姿をとらえた。途端に、冷えていた胸が喜びに沸く。

……が、一瞬のうちに、熱はサッと引いてしまった。

地下の暗がりの中、アルメの形をした人影は、アルメのような所作で手を振ってきた。

「こんにちは、ファルクさん」

「……リナリスさん、こんにちは」

「えっ、あれ!? よく私だとお気づきになられましたね」

「気付くもなにも、間違えようがありませんから。ところで、どうしてあなたがここへ?」

リナリスはギクリと体を固くして、それでもおずおずと歩き寄ってきた。

ファルクは落胆を隠して、努めて涼しい顔を作る。が、リナリスの言葉で、平静はすぐに取り払われてしまった。

「その……お姉様は最近、お体の具合が優れないようでしたので、代わりに私が街遊びのお供をさせていただけたら、と」

「アルメさん、お加減が悪いのですか!? 今は家に?」

「いや、ええと……」

「家にはいらっしゃらないのですか? まさか仕事で出歩いているなんてことはないでしょうね」

ファルクは険しい顔で低い声を出した。表情を取り繕いもせず、リナリスへと口早に告げる。

「お教えいただきありがとうございました。彼女を探してみます。せっかくお声がけをいただいたところ、申し訳ないのですが……今日は失礼させていただきたく思います。では――」

「あっ、ちょっ……! お待ちくださいませ! ファルクさんがお姉様をお追いになられたら、みんなが困ってしまうんです!」

「……どういう意味でしょう?」

リナリスは慌ててファルクの袖を引っ掴んで、勢いに任せて言い放った。ファルクは動きを止め、怪訝な顔で振り向く。

アワアワと言葉を付け足す。

「これを言ったら、きっとファルクさんを傷つけてしまうことになるかと思います。けど……ファルクさんとお姉様、お二人のためにも、お伝えしておきます。お姉様は殿方様と、何やら大切な約束をしておられるようなのです。たぶん……」

「大切な約束?」

「はい……。お姉様は知らないふりをして、はぐらかしていましたが。きっと素敵な約束があるに違いありません」

先日の占い屋でのやり取りを思い返して、リナリスはうんうんと頷いた。年頃の娘の『大切な約束』といったら、愛の約束と相場が決まっている。

リナリスの考えていることは、すぐにファルクにも伝わった。ファルクは愕然として固まってしまった。

(大切な約束……? それは最近交わされたものだろうか。もしかして、その約束によってアルメさんの様子が変わったのか……?)

約束とやらが、誰かとの愛の約束――婚約のようなものだったとしたら。ここ最近のアルメの変化に説明がつく。

最近、手紙の返事がやけに短く雑なのは、そのせいかもしれない。街歩きに妹を連れてきたのも、男女二人での遊びを避けるためか。

贈ったアクセサリーを一つも身に着けてくれなかったのは、妹がねだったから、という話だったが……本当は、婚約者ができたから 躊躇(ためら) ったとか。

(抱擁を避けられたのも、手を繋いでくれなくなったのも……全部、そういう理由で……?)

ファルクは震える手で顔を覆い、うつむいて奥歯を噛んだ。

その様子を見て、リナリスは胸の内で『よし!』とガッツポーズをした。

失恋で傷心中の相手にアタックをかけるのは、さすがに少し胸が痛むけれど。でも、このチャンスを逃すわけにはいかない。

項垂れたファルクに向き合って、とびきり優しい声音で話しかけた。

「ファルクさん……ごめんなさいね。でも、お姉様もきっと困っておいででしょうから、お伝えしておかなければと思って。……それで、あの、私でよければ街歩きでもお食事でも、お供いたします。心のお痛みの慰みに、私をお使いくださいませ。どうか、お顔を上げてください」

泣いているのだろう、と思って、リナリスはハンカチを取り出した。顔を上げたファルクに、そっと差し出――そうとしたのだが。

手を伸ばすことはできなかった。ファルクの表情が、想像していたものと真逆だったので。

ファルクは闇の悪魔のごとき 獰猛(どうもう) な顔をして、地鳴りのような低い呻き声をもらした。

「一体どこで虫が付いたのか……どこのどいつが……っ。払い落としてやる、完膚なきまでに……っ」

強く握りしめられた拳はわなわなと震えている。岩をも殴り砕きそうな様相だ。

ギョッとして、リナリスは身を縮こめた。

(ヒッ……! ファ、ファルクさん、こんな怖いお顔をする方なの……!?)

物腰柔らかで、ぽやぽやとした優しげな紳士――という印象だったのだが。今、目の前にいる男は、さながら敵を殺さんとする猛禽だ。

ファルクにアルメを諦めてもらえたら……と思って話を持ち出したのに。どうしてこうなったのか。

怯みながらも、リナリスは食い下がった。

「あ、あの……っ、 お姉様は、その……白鷹様と、よい仲なのです……! 約束のお相手も、きっとそうなのかな、って! そのお方、すごく偉い神官様なのでしょう? 恋敵にするのは、どうかと……。それならば、私とお遊びになった方が楽しいではないですか! ほ、ほら! 私、お姉様とお顔も髪型も一緒ですし……!」

「あなたはあなたでしょう。アルメさんではありません。俺はその『白鷹とよい仲のアルメさん』と遊びたいのです!」

(略奪愛に燃えるタイプなの……!?)

とんでもないことを言い切ったファルクに、リナリスは再度ギョッとした。草食系の殿方だと思っていたのに、イレギュラーな愛に燃える肉食系だった……。

言葉をなくしているリナリスなど気にも留めずに。苛立ちに顔を歪めたまま、ファルクは半ば独り言のように吐き捨てる。

「というか、今、約束の相手は白鷹とおっしゃいましたか? どういうことだ……?」

何か、話が食い違っているような。ファルクは首をひねった。が、考え込む前に、リナリスへと告げる。

ファルクに睨まれたように感じて、リナリスは後ずさった。

「事情はアルメさんから直接うかがうことにします。リナリスさん、申し訳ございませんが、あなたと二人で遊ぶことはできません。俺はここで失礼します」

そう言って、踵を返そうとした瞬間。

ファルクの視界の端に、再びアルメに似た人影が入り込んできた。――いや、今度こそ間違いなく本人である。

反射的に顔が動き、バチリと目が合った。

アルメの方もばっちりと、ファルクとリナリス二人の姿を視界に入れていた。

そして数瞬の間、固まった。

気晴らしに来た地下宮殿だったが……まさか、思いもよらぬ知り合いたちと遭遇することになろうとは。

薄暗い地下宮殿は、秘密のデートの名所である。そこにファルクとリナリスがそろっているということは、つまりそういうことか。

理解した瞬間。アルメは弾かれたように叫んだ。

「わっ、あっ、えっと!! おおおお邪魔しました――っ!!」

裏返った声を飛ばすと同時に、全力で逃げ出した。

アルメが逃げた瞬間に、ファルクも事態を察した。アルメを追い、全速力で駆け出した。その動きは、上空から急降下する鷹に劣らない速さだった。

あっという間に、リナリスは一人ポツンと残された。二人が姿を消した方向を見てポカンと立ち尽くす。

「なんか……こういう光景、見たことあるような……」

そうだ。地元の村で見たことがある。鷹がネズミを狩る時のそれだ。

こんな街のど真ん中で、大自然の営みを感じることになるなんて……。リナリスは肩を落とし、思い切り深く、気の抜けた息を吐いた。