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姉が聖女になった

作者: 高月水都

本文

わたくしの姉――この国の第一王女が聖女になった。

「わたくしが聖女になったので聖女としてすべきことを優先させます」

姉の宣言に、父である王の一言は。

「そうか」

だけだった。

「お姉さま」

姉の宣言を聞き、真意を尋ねようと呼びかけたが、

「聖女で未来の女王なんてすばらしいわよね。メイサも応援してね」

とこちらの話を聞かずに一方的に告げてしまう。それに一言も返す言葉が浮かばない間に、了承してもらったと判断した姉は意気揚々と王城から出ていき、神殿に向かう。

「――メイサ。 抜(・) け(・) た(・) 分(・) お前に公務をしてもらう」

「……………」

「王妃は今は大変な時期。お前も幼い。本来ならそれを長子がすべきことなのだが……」

父の嘆くような呆れるような言葉。

「了承しました。わたくしも未熟者ですが王族の一員。すべきことを行います」

子供のわたくしにどれだけのことができるか分からないが子供だからという甘えは許されない。わたくしは国を守る王族の一員なのだからと了承する。

それからの日々は大変だった。父の代理としての外交。病院の視察に戦場の慰安。状況によっては前線で戦う必要があったのでそれに備えての訓練。

貴族との交流を深めるためにお茶会。夜会こそ子供だからという理由で早々に帰ることは許されたが、それでもできる限り参加をして。その合間合間に帝王学で足りなかったことを学習して、時間を作ってはその道の第一人者に話を聞く。

姉から時折文が届き、**国の地鎮祭に参加した。とか。○○国の儀式に呼ばれたとか様々な話が書かれている。

そんな手紙を馬車の中で返事を書き、孤児院にてお忍びで視察を行い、その孤児院の運営資金を運営者が着服しているのを確認して、後日正式な訪問を行いきれいに掃除されている施設を横目にその割に栄養が足りないで痩せ細って、服も何日も洗っていないような恰好をしている割に運営者の質の良い服に対して物を申し、部下に命じて沙汰を下すようにして、その間の子供たちの預かり先を探すように指示を出す。

子供たちの中には虐待されていた痕のある子もいて、医師を派遣することも決める。

「ありがとうございます……」

ずっと子供たちを守って、全身に鞭の痕のあった子供が涙をぼろぼろと流してお礼を述べたけど、それに対して首を横に振り、

「お礼を言われる立場ではありません。――わたくし達国を守るものはあのような運営をするものを運営にした時点で護るべき民を蔑ろにしたのですから」

逆に謝るのはこちらだ。

国を……民を守るのが王族の務め。その為に耳目や手足となる人材を見極める必要性があるのにその手足となるべき人材を間違えたのだ。

王族は民を守るための歯車。国の奴隷でありながら民を導く指針となれ――。

ずっと教え込まれてきた帝王学。それに反する行いだった。

「どう言う意味……ですか……?」

不思議そうに尋ねる少年と視線を合わせて、

「わたくしがきちんとしていなかったから辛い目にあわせてしまった。ということです」

ごめんなさいと伝えると少年はじっとこちらを見て、

「王女さまは俺と同じくらいなのに?」

「年齢は関係ないわ。すべきことをする責任者はわたくし達王族なので」

責任は王である父でもあり、国を支える王族全ての責任ともいえるだろうと説明すると。

「よく分からないけど、完璧な人はいないよ。完璧になれないから支え合うものだと死んだ母さんが言っていた。だから、大人になったら王女さまを支える立場になります」

それまで待っていてくださいと笑って告げてくる少年に、

「――ええ。待ってます」

わたくしを支えてくれるそんな言葉が嬉しくて頬が緩む。王女らしくないと言われそうだが、その気持ちが嬉しかった。

それから何年か過ぎた。

ずっと公務から一線を置いていた母が公務に専念できるようになり、わたくしの負担が減った時にあの時の少年が見習いの騎士になったという話を部下を通して教えられた。

そして、

「お姉さまは相変わらずね……」

聖女として日々過ごしている姉はあれから一度も帰ってきていない。父から話があると言われても聖女の仕事が忙しいと返事をして顔を出さない。

きちんと読んでいれば顔を出すと思っているが、気にしていないのか。

弟が産まれたのに。

ちょうど弟のことを考えていたら弟の姿が見える。

「姉さま~♪」

わたくしを見付けたのが嬉しくて乳母の手を握っていたのを離し、こちらに走ってくる弟王子。その愛らしさに顔が緩みそうになるがそれに耐える。

弟が転ばないか心配そうに護衛が動こうとするのをそっと手で制し、

「あら、フランツ。危ないでしょう」

そんなことを言いながらフランツを抱っこするためにしゃがむわたくし。

母が公務から遠ざかっていたのはフランツを妊娠していたから。

姉は自分が女王になると思っていたが、それも嫡男が生まれるまでの暫定的なもの。弟が生まれたからという報告にも返事はない。

「聖女として一生尽くすつもりなのかしら……」

弟を抱っこしたまま呟く。

姉は弟が産まれるまで王位を継ぐ者として育ってきた。だけど、母が妊娠のため……姉がいる時はただの体調不良だと思われていたけど、公務が増えたタイミングで神殿が一般広報で出した聖女募集の記事に飛びついて聖女になってしまった。

あの時は止める暇も誤解を解く暇もなかったが、一般広報で募集される聖女は、かつて魔王を封じた聖女を讃えるための喧伝聖女。

いわゆる宣伝用の聖女で本物ではない。そして、非常事態の際に本物の聖女を守るための囮になることもある。

その覚悟がある者を一般で募集するのだ。

(神殿は驚いたでしょうね……)

そんな非常時には危険を伴う立場に王族が志願したのだから。志は聖女と思われたから聖女になれたのだろうけど、王族がなるのはよほどの覚悟が必要だ。

宗(・) 教(・) は(・) 国(・) を(・) 跨(・) ぐ(・) も(・) の(・) という考えなので一国の王族が神殿関係者になる場合は 王(・) 族(・) の(・) 権(・) 利(・) を(・) 放(・) 棄(・) するという前提条件があった。

いくら、本物の聖女がいない間の神殿が聖女の素晴らしさを喧伝するための宣伝聖女であっても同じこと。

神殿はどんな身分でも受け入れて、家族に冷遇されている者を保護する役割もあるので家族の許しを得ないで神殿に勤められるという決まりがあるので聖女になると告げて出ていく姉を留める権利はなかった。

そんな姉の行いは弟王子が王位を継ぐために身を引いた美談として宣伝させてもらっていたが……。

「聞いたわよっ!! 竜退治の英雄が褒美に王女を求めたんですってね」

そんな姉がいきなり帰ってきた時は驚いた。

数か月前にどうやら恋の季節でメスを争っていたが負けてしまったオスが腹いせに人間の町を襲い掛かってきて、多くの被害が出た。

神殿に救援を要請したのだが、色よい返事がもらえず王の名代としてわたくしが前線に出て軍を指揮する必要性が出たのだが、その際に竜を討伐した英雄が現れたのだ。

その英雄の褒美に求めたのは王女との結婚。

「お姉さま。いつお帰りに……」

「今さっきよ。本当は聖女として龍討伐に加わりたかったけど、聖女は多忙でね~」

その姉直々に竜退治など危険なことはしたくないと報告されたと聞いたので呆れてしまう。

「で、その英雄は。どこ……」

「――ここにいますが」

ずっと後ろに控えていたわたくしの護衛。

彼はわたくしが前線に出る際にわたくしの憂いを晴らしてきますと他の護衛にわたくしを託したと思ったらあっという間に竜を討伐した。

「民を案じる殿下の手足として当然のことをしただけです」

と告げてくるのはかつて孤児院で子供たちを庇い続けて鞭を打たれていた少年だった。彼はそれから騎士になり、わたくしの手足になりたいと護衛を志願したのだ。

だが、憂いを晴らすためというだけで竜すら退治するとは思わなかった。

「年下なのね。まあ、いいわ。わたくしが結婚して……」

「いえ。――メイサ姫殿下と結婚を希望していますので」

「お姉さま。聖女のお勤めはどうされましたか?」

尋ねつつ真相は知っている。

世界の危機に聖女は覚醒する。此度の竜の襲撃で聖女が覚醒したのだ。

竜の繁殖期がしばらく続くから同じような事件は起きるだろう。それに対応するための聖女の目覚めか。

本物の聖女が現れた時点で姉は 聖(・) 女(・) の(・) 影(・) 武(・) 者(・) 。 聖(・) 女(・) の(・) た(・) め(・) の(・) 囮(・) になる。

それが嫌で戻ってきたのだろう。

「聖女のお勤めも大事だけど、そろそろ国のために戻ってきたのよ。英雄も第二王女よりも第一王女であり、聖女であるわたくしの方が褒美として相応しいでしょう」

だから、わたくしにしなさいとばかりの発言に呆れるしかない。

「………そう言えば」

英雄が口を開く。

「自分のいた孤児院の管理。あれが、メイサ姫殿下が視察する以前は第一王女殿下が管理していたとか。そして、運営者を選んだのも……」

「なんのこと?」

姉は何を言い出すのか理解できていないようだが、あそこの孤児院の運営者は出世の足掛かりとして、役職を欲して賄賂を送っていたとか。

その賄賂の割りに孤児院の経営などたかが知れている仕事に就かされた腹いせもあったとか。姉がそこまで関与しているとは思えないが、姉が担当していた時点で姉の手足が育っていなかった事実。

対応が冷たくなるのも当然だ。

「神殿にお帰りください。お姉さま。お勤めの方が大事でしょう」

神殿関係者が迎えに来たという報告がもたらされたのを聞き追い払う。

「ぞっとしました」

あの方が褒美になるなんて。と困ったように告げる様に、くすくすと笑う。

わたくしの手足になると宣言して、ずっとわたくしを支えてくれたあの日の少年は、今もわたくしを支えたいと、努力を続けてくれた。

そんな彼が望んでくれたのだ。わたくしも譲る気はない。

「安心して、ロバート。わたくしは喜んであなたの元に輿入れするのよ。わたくしも丁重に断るわ」

微笑んで告げると彼は嬉しそうに顔を赤らめた。