軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鴨川中洲 1-5

中洲に上がって、真っ先に目に入ったのは鈴だった。

背後の茂みを守りながら、仁王立ちになっている。

彼女の背丈は仲間のたいていよりも低いが、この時ばかりは腰をかがめている者たちよりも大きく見えた。

「鈴」

そう声を掛けると、鈴はさっと与平の肩越しを見てから頷いた。

「着替えは?」

与平は振り返り、中洲の葦の間に乗り込ませた小舟から荷を下ろした。

まだ水から上がってそれほど時間は経っていないので、鈴の髪も着物もびしょぬれだ。しかし、忍びの感覚だと、“そのうち乾くが、目立つから着替えても良いかな”程度。人目がないなら素っ裸になって木につるして乾かしていただろう。

だがお姫様と若君はそういうわけにはいかない。

筵の下に隠した荷は、大きめの布で包まれていた。中は急遽用意した古着の着物だ。地味な色合いの小袖と袴で、女物ですらない。だが今は、濡れた着物を脱いで、目立たない姿にすることが重要だった。

「女衆は連れてこなかった」

「大丈夫、だと思う」

鈴は背後を気にしながら囁いて、包みを受け取った。

「絶対に見たらだめだよ」

念を押すように言われて、ぎょっとする。まさか盗み見をするとでも思ったのだろうか。

鈴は鋭い目つきで男たちを見回して、着替えを持って踵を返した。

ふと、血の臭いがした。

川の泥の臭いが強いが、忍びの鼻はごまかせない。

小舟で運んできた青年は、浅手だが怪我をしている。与平の仲間たちの何人かも、手傷を追っている。

一条家の護衛は壊滅状態だし、こちらも人数を減らした。

早朝の空はどこまでも青く、鴨川は普段通り、何事もなかったかのような顔をして流れているが、まったくもって楽観できる状況ではない。

「八雲は」

小声で問うと、仲間が何かを言いかけて躊躇った。青年の視線に気づいたからだろう。

追っ手の目を引きつけるために、お姫様の桃色の着物を裂いて下流方面に流した。お姫様たちを襲った連中について調べている者もいる。

そのどちらかに、八雲も向かったようだ。

大事な書簡を懐に抱えたままなのだから、前に出ないで欲しいのだが……いかんせん人手が足りない。補充が見込めない以上、今ある数でなんとかするしかない。

カサリと茂みがかき分けられた。

男たちが気まずく顔を背けている場所から、軽い足音が聞こえてくる。

「小次郎」

「……っ、若様!」

心細げな子供の声に、小舟で連れて来た青年が感極まった風に答えた。

「ようご無事でっ」

「あねさまは麿を庇うて」

ひくっと嗚咽が漏れ聞こえる。

たまらず数歩前に出た青年の腕が、若君を抱きとめる。

「姫様はお怪我を?」

「……いいえ」

再び葦の茂みが揺れて、しっかりと芯のある若い女の声がした。

いや女などと言ってはいけない。背中を向けているのでわからないが、きっと一条のお姫様だ。

「何という格好を!」

おそらくお姫様は、与平が持ってきた着替えを着ているのだろうが、内容を把握していなかった青年は驚愕の声を上げた。

もう着替えたのなら大丈夫だろう。

与平はそう思って振り返る。

そして、息を飲んだ。

お姫様は、頬に当て布をして、顔の半分ほどをぐるぐると巻いていた。

そういえば火傷を負われたと聞いた。お顔の怪我だと。

だが、火事はひと月も前のことだ。当て布が必要だというよりも、火傷のあとを隠しているのかもしれない。

そして、後頭部でひとつにまとめられた髪が、ひどく短かった。身分ある姫君が、これほど髪が短いなどあり得るのか?

まさか影かと訝ったのは一瞬。その大きな目がこちらを向いて、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。

「小次郎、かもじが流れてしもうた」

斜めに横切る布の隙間から、諦めに似た苦笑がこぼれるのが見えた。

「……姫様」

「わたくしのことはよい。なんとしても万千代を土佐に」

顔の半分が痛々しく隠されていても、髪が男のように短くても。

背筋をピンと伸ばしているそのお姿が、まがい物には見えなかった。

「やはり大殿様をお頼りしたほうが」

「間に合わぬ」

事情はまったくわからない。他家の忍びが介入していいものだとも思わない。

だがその細い手は細かく震えている。布の隙間から見える顔色の悪さが、お姫様の内心の怯えを伝えてくる。

無理をしてでも立とうとしているそのお姿が、かつての御屋形様と重なった。

「大殿様って、寒月様のこと?」

こそっとそう聞いてくる鈴の声は小さかった。だが、近くにいる者には聞こえる音量だ。

お姫様がギクリと身をこわばらせてこちらを見る。

鈴は、なんにもわかりませんという顔をしてニコリと笑った。

「姫様、この者たちは……」

ひどく警戒した様子のお姫様に、小次郎様が御屋形様の名を伝えた。今の御名ではなく、かつての幼い日の呼び方で。

はっと吸われる細い息が聞こえた。

青白い唇が震えて、カチリと歯が鳴る音がする。

「……ああ」

ふらりと、お姫様の身体が揺れた。

誰もが同時に、そのお身体を支えようとしたが、御身に触れることを躊躇っているうちに、さっと鈴が背中に手をまわした。

「あにさま」

与平の耳に、小さなささやきが聞こえた。

本当に小さな、泣きそうな声だった。