軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10-6 相模 小田原城2-6

釣書の選別に辟易して数日。さらなる追加がやってきた。

しかも見るからに量が多い。

追加のつづらを運んできた代表者の口上を受けつつ、遠い目をしてため息をつく。

その文官とは孫九郎がまだ福島姓だった頃からの仲なので、取り繕うことなく申し訳なさそうな顔された。

わかっているとも、こいつが悪いわけではない。……そろそろ戻ってこいという奥平からのメッセージだ。

現状、相模は落ち着いている。孫九郎が駿河に引き上げてもよさそうなタイミングではある。

だが時折届く関東の戦況が、「もう少し」と思わせるのだ。

ほんの少し針で突いただけでも、流れが変わりそうな不安定さ。それが真横で起こっているので、目が離せない。

孫九郎が相模に来てひと月を越えた。

風の温度が、真夏の気配を伝えてくる。

そろそろ蝉が鳴き始めるのかもしれない。

孫九郎は、滔々と口上を述べ終えて頭を下げた文官に頷きを返し、風に流れる雲に視線を移した。

ふと、視界に弥太郎の姿を捕えた。

普段は近い距離にいる男が、庭木の松の傍で片膝をついている。

視線が合った。

思わず、肘を脇息から浮かせた。

「三好様より書簡が届いております」

別室に移り聞いた報告に、ぐっと奥歯を食いしばる。

それを今川館の文官ではなく、八雲でもなく、弥太郎の口から聞かされたことに、異変を察知した。

畿内の動きは忙しない。

最新の情報を得ようとしても、それを受け取った時には既に過去のことになっているなど往々にしてある。

三好殿は、今川家最大の危機だったあの時、阿波細川軍の総大将を務めていた。

そののち京で新しい将軍の後見役になり、幕府の有力者として権力を握った。

だが、孫九郎が気付いた時には失脚していて、そののち阿波に戻ったと聞いたが、一年後にはまた京で復権していた。

油断ならない、やり手な男だ。

かつては敵だった。味方だったことは一度もない。

弟に殺されそうになった件を含めて、油断してはならない相手だというのはわかっている。

なので、真っ先に感じたのは警戒だ。

とうとうあの男が敵対してきたのか。だとすれば、どう仕掛けてくる? 三河か? ……いや。

孫九郎は、一足飛びに飛躍する思考を戒めた。

三好殿の本領は畿内ではない。京での勢力といっても、自力の軍というわけではない。

細川家の兵を使って、今川家に仕掛けてくる状況でもない。

心を落ち着けるために深呼吸する。

孫九郎が先に書簡を出したのだ。小笠原家について、何か知らぬかと。

それについての返答だと考えるのが一番妥当だ。

弥太郎の手から、直接孫九郎の手元に書簡が渡る。

ズシリと重い。厚みもある。

かすかに折れがあるその封書の表書きを見て、無意識のうちに唇を噛んでいた。

折り曲げられている上下を開く。

指で触れた紙に、少し湿気を感じた。

油紙に包まれて、水に触れたのかもしれない。

折りたたまれた紙をさっと開いて、一読した。

眉間にしわが寄った。

もう一度目を通して、宙に視線を据える。

孫九郎は無言のまま、隣に座っている勘助に書簡を渡した。

勘助の表情も、孫九郎と大差ない動きでしかめられた。

やがて承菊も最後まで読み、「……これはこれは」と息を弾ませた。

小笠原家が京にいた理由は、幕府の権威を借りて、村上討伐の名分を得るためだった。

簡単なことではない。小笠原家は信濃守護ではあるが、年々勢力を落としているし、村上家の勢いは軽視できるものではないからだ。

だが通った。

幕府に赴いて訴訟を行い、将軍の裁定を得たのだ。

結果、山内上杉家の現当主に宛てて、村上家追討の御内書が下された。

「現当主に正統の名分ができました」

承菊は他人事のようにそう言って、笑みに歪む口元を手で覆った。

これで山内上杉家の現当主は、京の公方と古河公方、両方から正統だと後押しされたようなものだ。

家臣らがそれをどう見るか。少なからず、支持する勢力が増えるのは間違いない。

「村上家は厳しくなるな」

「多少は」

孫九郎のつぶやきに、勘助が渋い表情のまま言った。

「ですが御内書が出された時には、山内上杉家に内紛が起こるなど、誰も思うておらなんだはずです」

つまり小笠原家は、幕府の権威を得て形勢の打開を図ったものの、時を同じくして山内上杉家の内紛が起こってしまった。

小笠原家にとっては間の悪い、村上家にとっては悪運の強い流れだ。

この結果がどう転ぶかは、まったくもってわからない。

ますます、信濃・関東一帯の行く末が混迷していく。

孫九郎は、再び手元に戻ってきた書簡に目を落とした。

「……八雲はどうした」

こんなことを聞いてはいけない。わかっていても、抑えきれなかった。

珍しく、弥太郎の返答がなかった。

「死んだのか?」と、直接そう問いかけることはできなかった。

孫九郎はさっと顔を上げた。

弥太郎の静かな目が、こちらを直視していた。

「務めを果たしました」

それは、ほぼ死に近い意味合いに聞こえた。

孫九郎はぐっと奥歯を食いしばった。

「宝をお守りいたしました」

「……宝?」

書簡を運んでいたはずの八雲が、宝を守った?

意味が分からず問い返すと、弥太郎はまたも数秒間黙った。

ドクドクと嫌な音を立てて、心臓が大きく脈打つ。

「一条家の姫様です」

孫九郎は大きく目を見開いた。