軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-7 駿河 今川館2-4

気にしたら負けだ。

孫九郎はお世辞にも穏便とは言えない太郎殿と幸との空気をスルーした。

このふたりが初対面から険悪になるなど想像もしていなかった。こういうのを相性が悪いというのか?

この年頃の子供は専門外なのだ。果たしてスルーするのが正解なのかもわからない。

ピリピリとした空気で黙っている二人を従えて、普段からの散歩経路にある池に向かう。

すれ違う者すべてが、孫九郎ではなく年少の二人組を見てぎょっとした表情をする。

そそくさと顔を背けて立ち去る者たちを羨みながら、溜息を飲み込んだ。

「御屋形様」

すました幸に呼びかけられて、無視する事はできずに振り返る。

「このところ兄上がひどいのです」

「幸松が?」

「鍛錬の相手をしてくれませぬ」

「ああ……うん」

女だからとか、そういう言い方はしたくないのだが、この時代の武家の、特に幸のような身分の娘は、武芸をたしなむといってもさわりだけのことが多い。

だが幸には才能があった。馬の扱いなど兄弟の中で一番だろうし、刀も弓もかなりのレベルだ。なかでも最も得意とするのは槍だ。薙刀ではなく長槍。父の影響だろうが、見事なものだ。

結構なことだ。才能がある子供を見るのは楽しいし、兄として本当に誇らしい。

年相応とはとても言えないその腕前に、「男子であれば」と噂され、本人はそれを誉め言葉だと思っている。

だが……そう、「だが」だ。

幸松が付き合ってくれないのは、誰かから忠告されたからだろう。このままだと、嫁の貰い手がない……と。

いいじゃないか。嫁に行くだけが女の生き方ではない。

そう言ってやれたらいいのだが……。

「幸松は何と?」

問うと、幸は「ふん」と威勢よく鼻を鳴らした。

「忙しいそうです」

「そ、そうか」

これは要相談だな。とはいえ誰に相談すればいい? 間違っても父ではない。八郎殿の正室の妙殿か? あるいは……谷に嫁いだなつめ殿はどうだ。いや駄目だな。ふたりとも身重だ。

年頃の少女の扱いは本当に難しい。

とりあえずその場は、池の鯉に餌をやることで乗り切った。

「……はぁ」

気のない声でそう返してきたのは勘助だ。

この男に相談してどうすると自分でも思うが、直後に顔を見たのだから仕方がない。

「好きになさればよろしいのでは」

まったく興味がなさそうな口ぶりで、すでに視線は新しい城の縄張り図に向けられている。

まあ勘助だし。年頃の少女の話題を振ってもな。

孫九郎は仕方がないと肩を落とした。

「それよりも、武田です」

勘助はこちらに目も向けずに、ぼそりと言った。

「村上殿が北信濃に戻るのと時をあわせて、きな臭い動きをしています」

孫九郎は眉間をぐいぐいと揉んで、「それなぁ」と息を吐く。

村上殿がいないからといって、村上衆が退いたわけではない。そんなことすらわからないのなら、機を見る以前の問題だ。

まさか武田がそこまで愚かな行動をするとは思いたくないが、短絡的な者はどこにでもいる。

「まあ、むしろ膿が抜けて好都合」

勘助は、刀傷と火傷で無残に歪んだ顔になお一層陰惨な笑みを浮かべた。

「こちらは静観一択です」

これはアレだ、余計な情で動くなという忠告だ。

思いっきり釘を刺されて、そっと視線を泳がせた。

勘助の意見は正しい。不穏分子は早めに炙り出した方がいい。

だが頭の片隅を、太郎殿の顔がちらつく。

わかっている。なんとかしてやりたいなどと考えてはいけない。甲斐は今川の勢力下に入ったが、完全にではない。いつまた離反するかわからないのだ。

「申し上げます」

廊下から声を掛けてきたのは藤次郎だ。視線を向けて、そういえばこの男が甲斐で負傷して、復帰できるようになるまでかなりの時間がかかったのだったと思い出す。

そうだ。情に流されるな。守るべき優先順位を間違えてはならない。

藤次郎がなかなか用件を言わずにこちらを見ているので、外聞を憚る話だと察して手招く。

美しい所作で一礼して、すべるように入室した藤次郎は、表面上のきわめて涼やかな好青年ぶりでニコリとほほ笑んだ。

「朝比奈様よりご使者が来ておられます」

朝比奈家の領地は、伊豆より北側の、今川の国境を広くカバーする領域だ。

そこで何か動きがあったか。

正直、あのあたりは、いつ何が起こってもおかしくない。

すだれが揺れて、その向こう側に平伏している人影が見えた。

はっきり顔は見えないが、随分と小柄な男だ。

「棚田殿」

藤次郎が呼んだ名前には心当たりがあった。本人ではない。家門の者かとじっと見ていると、おずおずと顔を上げるが、視線はまだ床だ。

「お、お久しぶりにございます。棚田彦助にございます」

「彦助」

思い出した。朝比奈家重臣棚田の嫡男だ。

小柄な男ではなく、まだ元服したての少年だった。二年前にしばらく係わったことがある。

だが、旧交を深めている場合ではない。

緊張した様子の彦助は、旅装を軽く改めただけの身なりで、見るからに急いでいた。

すっと頭が冷える。

元服を済ませた新人として使者になった、というのならいい。

本当に深刻な問題ならば、本職の急使か忍びに走らせるだろう。

つまりは差し迫ったものではないはずだが……。

「主君より御屋形様に直接手渡すようにと申し付かっております」

ゴトン! とやけに大きな音がして、ビクッと肩を揺らした。孫九郎だけではなく、室内のほとんどが、わざとらしく義足の位置を変えた勘助に目を向ける。

驚かすなと苦情を言おうとして、飲み込んだ。

勘助の隻眼が、ぎろりと孫九郎と視線を合わせる。

瞬き一回分だけ考えて、改めて彦助に目を向けた。