軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8-2 相模 竜宝寺2

大人二人は、現れた孫九郎に目もくれなかった。

意図しての態度か、それともこのふたりが実際に敵対関係なのか。

どちらもありえそうだな……と思いつつ、孫九郎は古びた寺の本堂へ足を踏み入れた。

堂内は狭いが、人は多い。

今川側の人員が増えて、なお狭苦しくなった。

今川の供回りが二十に、公方方の供回りも二十。

どちらも武装を解いた体裁を取ってはいるが、腰の物がなくなるわけではない。互いを見る視線は鋭い。

調停役の太田家側は、明らかに人数が少なかった。

太田殿の背後に二人と、開け放たれた御堂の外の幾人か。

数で何かをしようとする意図は見えない。

公方側と調停役側が共謀した場合はさすがに不利かと思っていたが、その心配はなさそうだった。

「お揃いか」

孫九郎は立ち止まり、ぐるりと堂内を見回して言った。

どう頑張っても、その声は少年のもので、集まっていた者たちの間にざわめきが走った。

笑い損ねた息が漏れる、あの感じだ。

子供が背伸びをして喋っていると、そう言いたいのだろう。

まあ、そう思いたいならそれでいい。

孫九郎は黙って、用意された空席に座った。

敷物があるわけではないので、ひんやりとした板間の冷たさが足に伝わる。

席次は二番目だ。

年齢的にはともかくとして、孫九郎と古河公方側のどちらが上座に座るかは難しいところだ。

身分的には孫九郎が最上座で間違いないのだが、赤黒い顔をしている男は公方の名代という名目でそこに座っている。

孫九郎はそれについて言及しなかった。文句を言っても、相手が公方の名を盾にしてくるとわかっていたからだ。

周囲の者たちは、孫九郎が何も言わなかったことに肩透かしを食らったような顔をしている。

こちらが癇癪を起すとでも思っていたのだろうか。

正直どうでもいい。

気になるのは席次ではなく、上座と下座の間に漂う、刺々しい空気のほうだった。

孫九郎が来る前に、すでに一度、やり合ったようだ。

板間に、まだその空気が残っている。

孫九郎は席について、まず上座を見た。

年齢は五十代ぐらい。中肉中背。短気なのは表情だけで分かる。鼻の脇に大きなほくろ。折烏帽子の端から覗く髪は白髪交じりだ。名は確か……大森殿。

公方軍の総大将を名乗るにしては、身なりが良いとは言い難い。

寺に入る前に遠目に見た幟は、きらびやかで派手だった。あれは公方からの借り物だろうか。

続いて下座。

太田殿は足を崩し、立てた膝に肘を置いて座っている。行儀が悪いというより、取り繕う気がないように見える。

そして……烏帽子をかぶっていないむき出しの頭。

これは僧形といっていいのか。ちょっと口に出すのを憚られる事情なのか。

視線を感じたのか、太田殿は頭を撫でた。いや撫でたというより、豪快にガシガシ掻いた。

その手の動きで孫九郎は気づく。ぎこちない。

膝を立てているのも、癖や見せかけの態度ではなく、身体的な事情があるのかもしれない。

太田殿が、掻く手を止めた。

「揃ったようだから進めるぞ」

吐き出された声は、門のところにいた息子とよく似ていた。だが息子の三倍は不遜で、投げやりな色が強い。

「事前に言うておく。公方様のご威信に障るような真似はするな」

怒りの表情で何かを言い返そうとしたのが上座の大森殿だ。

太田殿はそれを待たずに、淡々と続けた。

「堂内では刃は抜くな。抜いた瞬間、話は終いだ」

言い切ってから、軽く目を細める。

「抜いた者は……公方様の面目の敵だ」

太田殿が出した公方の名を聞いても、大森殿は退かなかった。

「面目だと? それは結構。ならさっさと終わらせよう。玉縄はわれらが預かる。今川は兵を引け。駿河へ戻れ」

武蔵の国人衆が、気を取り直したようにどっと笑った。賛同の空気だ。寄せ集めの烏合の衆でも、声だけは揃う。

孫九郎の背後で、側付きたちが、我慢の限界とばかりに腰を浮かせる気配がした。

普段は冷静な藤次郎までもが、握った手を怒りで震わせている。

孫九郎は軽く手を上げ、その怒りをいなした。

これはよくない。

太田殿が言った通り、刀を先に抜いた方が終わり。理屈で負ける。

事前に、相手に先に抜かせろと言い聞かせて来たが、そういえば孫九郎のまわりは脳筋ぞろいだった。

今はまだ、「待て」が効いている。だが、いつまでもつかわからない。

「公方様は相模の平穏を望まれている」

「戦はおままごと遊びではない」

「いつまでもその傍若無人が続くと思うな」

公方陣営のそんな言い分を、孫九郎は口を挟まず、ただ聞いた。

大森殿の声が大きくなるほど、その場にいる者たちの呼吸が浅くなる。指が、鯉口の位置を確かめている。

それは、今川方の怒りをまともに浴びての反応だろう。

それでも大森も太田も、孫九郎に視線を向けない。

少年の総大将など、視界の端に置いたままだ。

太田殿が、孫九郎のほうを見もしないで口を開いた。

「玉縄を渡せ、か」

ふっと笑った。軽い笑いではなく、暗いものを含んだ笑みだった。

「城を明け渡せなどと、どの口が言う」

空気が止まった。大森殿の顔色が一段、濃くなった。

自分たちの言い分を無下にされた。面子を潰されたと思ったのだろう。

太田殿は声を荒げない。

「今川軍が退く代償に何を差し出す」

大森殿が怒鳴り返そうとして、言葉に詰まった。代わりの算段など最初からないのだろう。あるのは面子だけだ。

太田殿はそこで、はじめて孫九郎のほうに視線を向けた。挑発ではない。だが逃げ道もない見方だった。

「北条は城を燃やして退いた。井戸も埋めたと聞く。……今川が玉縄に固執する意味はないと思うが如何か」

国人衆の何人かが顔をしかめた。玉縄を“預かる”と主張していた勢いが目に見えて削げる。

太田殿が続ける。

「今川は玉縄から退く。その代償に、相模川より西の領地を安堵。それでよいのではないか」

「何を勝手に!」

「ではこのまま戦うか。今川勢のほうが優位に見えたが」

次の瞬間、大森殿の手が刀に伸びた。