軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8-1 相模 竜宝寺1

調停のための話し合いは、玉縄城から少し離れたところにある寺で行われることになった。

先だって谷戸の女子供を避難させた藤沢ではなく、鎌倉でもない。

玉縄城から東に少しいったところにある、曹洞宗の寺だ。

古河公方側が最重要視したのは、周辺に伏兵を置けない場所での対面だった。互いに決められた人数のみしか同行を許されない。当然の用心だと思う。

最初は渋沢が向かうはずだった。

だが古河公方側は玉縄城に孫九郎がいることを知っていて、直接の話し合いを求めてきた。

もちろん、側付きたちは反対した。

わかりやすすぎる罠だと、怒りを隠しもせず刀に手を当てる者までいた。

「ここで行かねば、臆病者だと誹られる」

孫九郎がそう言うと、そこかしこから不快の表情が返ってきた。

「誹らせておけばよろしいのでは」

言いにくいことをズバッと言うのは次郎三郎で、古くからの側付きたちは総じて同意見のようだ。

その通りではあるのだが、孫九郎の意見は違った。

「谷」

声を掛けると、黙って護衛に徹していた男がこちらを見る。

「対面する使者殿が刺客だったとして、防げるか」

「はい」

谷の返答は単純明快だった。

曰く、相手を殺しても構わないなら、まったく問題ないとのことだ。

互いに弓兵などの伏兵を置けない。長物の持ち込みも禁止。

帯刀は双方ともにするが、そうなった場合に谷ら護衛が考えるのはいかに間合いに敵を入らせないようにするかだ。

問題なく。と谷は答える。

孫九郎はそれが、肉壁を前提としたものだと察していたが、無言で頷きを返した。

「それでも、反対致します」

藤次郎がはっきりした口調でそう言った。

「今川家は、御屋形様を失うわけに参りません」

「失う?」

孫九郎はふっと笑った。あからさまに失笑になった。

藤次郎は口ごもり、「ああ」と次郎三郎が納得したように頷いた。

「わざと刀を抜かせるのですね」

そこまでは言っていない。言っていないが……悪くない策だと思わないか?

これで敵を完膚なきまでに叩く理由が出来る。

「やはり反対です」

側付きの多くが納得しかけているのに、藤次郎は頑として譲らなかった。

「ならばそのほうも同行すればよい」

「もちろんでございます」

説得が面倒になってそう言うと、あっさりそう返してきた。

渋沢と同じで、孫九郎が動くのなら藤次郎は留守番役になるはずだった。

……結局一緒に行きたかっただけかもしれない。

対面の場は、街道沿いにある小さな鄙びた寺だった。

荒れてはいないがあちこちに修繕が必要そうなお堂があって、竜宝寺と名が刻まれている。

曹洞宗の寺にありがちな名称だが、完全に名前負けだ。

強風が吹くだけで屋根が吹き飛びそうなボロ屋で、あちこち壁に穴が開いているところもあった。

孫九郎は白桜丸の背からするりと降り立ち、斜めになってカタカタ鳴っている看板を見上げた。

寺の門はなんとか立っているだけといった有様で、敷地を囲う柵は幼子が蹴飛ばしても壊れそうだ。

ここよりも谷戸の庄屋の家のほうが良かったかもしれない。

そんな事を想像していると、門の中から声を掛けられた。

「今川治部大輔様であらせられましょうか」

太い、恫喝を含んだ声だった。

孫九郎は上げていた視線を落とした。

同時に、ずれそうになった折烏帽子の位置をすっと正す。

「そうだ」

以前ほど子供子供した高音ではないが、完全に声変わりが済んだともいえない少年の声だ。

相手は少し戸惑ったようで、無言でこちらを見てきた。

孫九郎のほうも、男を観察する。

大きな男だった。この時代の日本人は平均して小柄だが、時折こいつのように飛びぬけた巨漢がいる。父や幸松や信濃の村上殿のように。

身体だけではなく、顔のパーツも手足も全体的に大きく、いうなれば巨人族と呼んでもよさそうだ。

小柄代表、谷が、威嚇をするように低く唸った。

男はそこで初めて孫九郎から目を離し、ぐるりと一行を見回してから、最後に谷をギロリと睨みつけた。

「……大変失礼いたしました。太田源六と申します」

太田氏か。北条と競って江戸城を取られた家門だな。

もちろん、同じ姓でも関係者とは限らないが。

「扇谷上杉家のご使者か」

訪ねると、太田源六は角ばった顎を大きく上下させた。

「いえ、それは父です」

随分と不愛想な返答だ。こちらの素性を疑っているのかもしれない。

孫九郎は露骨なその不審をスルーして、頷いて返した。

太田源六が、わざとらしい咳ばらいをする。

「約定により、長物の持ち込みはお控えくださいますよう。護衛の数も二十までとさせていただきます」

「見ればわかるであろう」

苛立たし気にそう言ったのは、藤次郎。

「それよりもはよう通せ」

ぽたり、と烏帽子の上に雨粒が落ちた。

また雨だ。

右を見て、左を見る。

もう一度右を見て、首を傾げる。

孫九郎が広間に入る前から、その場の空気はピリついていた。

片や、古河公方の陣営。

片や、扇谷上杉家からの使者。

公方陣営は、扇谷上杉家の使者に対して敵意をむき出しにしていた。寸前まで刀を交えていた今川家に対してよりも露骨に。

……どういうこと。

こういった話し合いが穏やかに進まないのは予想できた。

だが、調停者の態度が不遜すぎるというのはいかがなものか。

扇谷上杉家からの使者殿が座っているのは下座だ

だが片膝をたてた胡坐で、だらりと肘をついている。

とてもではないが、戦の仲裁をしにきたようには見えなかった。