軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7-3 相模 玉縄城付近 谷戸2

人が隠していることを暴くのは、本当は趣味ではない。

だが安全を考える側付きたちの気持ちはわかるし、同時に、庄屋らの決死の覚悟もわかる。

「も、申し訳……申し訳……」

真っ青な顔で額を土間に押し付けている庄屋夫婦。その背後で、固まって震えているのは数人の女性と子供。妊婦もいる。赤子もいる。

身を隠していたこの者たちを見つけたのは、忍びのひとりだ。

それが弥太郎に伝えられ、弥太郎が孫九郎に報告したのも間違った行動ではない。

だが、固まって震えている村人たちの姿に、胸が痛まないわけではなく、孫九郎はそれが、己の甘さだとも自覚していた。

ひとり、こちらをすごい目つきで睨んでいる童子がいる。五、六歳だろうか。

ちょうど幼いころに出会った忍びの子供たちを思わせる年頃だった。

孫九郎と目が合い、さらにいっそう憎々し気にきらめいた双眸は、まるで獣の子のようだ。

その腕に抱えられているのは、もはや泣く元気すらない様子でおとなしくしている赤子。

村の皆が痩せている。中には骨と皮ばかりの者もいる。

建物や着ているものはそれなりでも、今、食うに困っているのは明白だった。

孫九郎は腕組みをして、首を傾けた。

「この村に米はないのか?」

「ああっ、後生でございます! どうか、どうかこれ以上はっ」

その問いを誤解した庄屋が、滂沱の涙を流しながら懇願してきた。

……これまでどんな理不尽を耐えてきたのだろう。

孫九郎は、今川軍が奪うと信じて疑わない村人たちに腹を立てるより、彼らのそんな状況が悲しくなった。

だが、表情は保った。わずかばかりの同情をしても、意味はない。

これは 政(まつりごと) の問題だ。

領内の者たちを飢えさせず、安全に暮らしてもらう。それが領主の務めのはずだ。

玉縄城を預かっていた者がちゃんとしていなかったとは言わない。

廃城になって、働き手を奪われて、もしかすると米も持ち去られたのかもしれない。あるいは、野盗などに目をつけられたのかもしれない。

北条がこの地を去ったのなら、次の統治者が早急に手を打つべきだった。

左馬之助殿か? 荒事なら得意分野だが、必要なのはそれだけではない。飢えている村に配給をするなり、年貢の免除をするなり、やるべきことは他にもある。

これは勘助が、孫九郎が……北条を追い払った今川家が考えておくべき問題だった。

相模の国人衆は、おそらくこの状況をわかっていたはずだ。報告をしてこなかったのは意図的か。自分たちの領地ではないから黙っていたか。

勘助はどうだ? あいつも察していただろう。あえて言わなかったのか? どういう意図があって?

孫九郎はガシガシと頭を掻いた。まだ髪を結っていないので、遠慮なく掻ける。

……犯人捜しをしても仕方がない。

「腹が減った」

唐突なその言葉に、その場に落ちたのは沈黙だ。

孫九郎は気にせず、腹をさすった。

「みそ煮粥がよい」

「はい」

真後ろで、弥太郎が返答した。

村人たちの中に刺客がいた場合に備えて、近くにいたのだろう。

同じく護衛をしていた谷が無表情に腹をさすり、いろんな箇所で腹が鳴る音がした。

ほどなく、軍はこの村を野営地にして、煮炊きを始めた。

たちまち漂ってくる味噌の匂い。

身を寄せ合っている村人たちが、生唾を飲み込んでいるのがわかる。

女たちは俯き、子供は泣き出し、年寄りは諦めたように目を閉じる。

心配しなくても、この村の米を使った訳じゃない。

「いつも多めに作りすぎるのだ」

孫九郎はそう言って、村人たちにもふるまった。

焚火のオレンジ色の明かりが照らす中、がつがつと粥を掻き込む童子。

先ほどまでは飢えた獣の子のような目をしていたのに、今はお椀に夢中だ。

年寄や女たちは遠慮しつつ口に運ぶが、子供たちは目先の食べ物しか見ていない。

たくさん食べろよ……と、内心でつぶやきつつ、孫九郎も毒見が澄んだ粥を腹に納めた。

彼らとの距離はかなりあって、遠目に表情がわかる程度だが、いくらか緊張が解けてきたのが見て取れる。

わかっている。こんなことは一時しのぎ。解決にはならない。

だが同じ釜の飯を食うのは、信頼構築のためには有効な手段だ。

「失礼いたします」

先ほどまで、村長たちの近くにいた土井が、戻ってきた。

「いくつか話を聞き出せました」

「……申せ」

「庄屋は若いころに、城の切掘りをつくる役目についたそうです。尾根を利用して複雑に入り組んだ城の外郭をよく知っているとか」

それは有望な情報だ。もちろん真実かどうかは話半分に聞くべきだが、地元の民なら知っていてもおかしくはない。

「それから、城を作るときに掘った井戸で、まだ使えるものがあったとか」

廃城になった時に、城にあったすべての井戸は埋められてしまったが、もちろん水脈が枯れたわけではないので、掘りなおせばまた水は沸く。

だが、それは非常に手間な上、すぐに使えるわけでもない。

武士たちが忘れた井戸があるのなら、当面はそれを使うのは理にかなっている。

「どこぞの誰かのように、毒を撒いていなければよいが」

孫九郎は、小田原でせっせと蜘蛛の巣をはっている勘助の顔を思い出しながら呟いた。

周囲の男たちが一斉に顔をしかめた。

ありえない話ではない、と思ったのだろう。