軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6-1 相模 小田原城10

パッと目が覚めた。

孫九郎は眉間にしわを寄せ、はっきり木目模様が見える天井を見上げた。

外はもう明るいが、たぶん眠りについてからそれほど経っていない。吹き込む風は湿度が高く、今日も暑くなりそうな気配がする。

そして、起き抜けに見るには覚悟がいる顔が枕元にあった。

「……承菊?」

これほど近くにこの男がいる意味が分からず、横になったまま名を呼ぶと、承菊はにこりと、さわやかな朝日よりも眩しい笑顔を返してきた。

「ずいぶんとごゆっくりですね」

それは紛れもない皮肉だったが、この笑顔で言われると、気づかない者の方が多いのだろう。

孫九郎は身体を起こし、ガシガシと頭を掻いた。

「至急お伝えせねばならぬことがあり、参りました」

だからといって、寝起きドッキリのような真似をするなよ。心臓に悪い。

職務を思い出した小姓たちが動き出す。

身支度を整える間、承菊はその急用とやらを伝えようとはせず、何を考えているのかわからない笑顔でこちらを見守っていた。

……嫌な予感がする。

覚悟を決めて向き直ると、承菊は大仰に頷いた。

「愚弟が虫の息の使者を見つけました」

「なんだって?」

「愚弟が……」

そこはいい。なんだ、虫の息って。

「山賊にでも襲われたのでしょう、ひどいありさまでございました」

寝起きでよく回らない頭が、軋みながら動き始める。

孫九郎は眉間に指を押し当て、冷静になろうと深呼吸した。

「……どこからの使者だ」

「古河公方様にございます」

しれっと、何の引っ掛かりもない返答だった。

油断していたら、同じように流してしまいそうだが、もちろんそういうわけにはいかない。

……やったのか? そう口にしそうになったが、飲み込んだ。

承菊のこの満面の笑みが答えだ。あるいは、そんな価値はないと言う意味かもしれないが。

「生きているのだろうな」

「今のところは」

古河公方は連合軍に号令をかけ、小田原を囲おうとした。つまり、相模に進出してきた今川家をよく思っていない。

そんな公方が次にやることと言えば、想像はつく。

「書簡は持っていたのか?」

「さあ、川にでも流されたのではないでしょうか」

……まさか処分したとか?

非常にあり得そうだと思い見返すと、承菊は読み取りにくい表情でニコリと笑顔を返してきた。

孫九郎は溜息をついた。

「勘助を呼べ。左馬之助殿と渋沢もだ」

すっと背筋を伸ばした端正な姿勢で座っている承菊が、問い返すように首を傾ける。

「その前に使者とやらに会う。同行するように」

「……はい」

嫌そうに言うな。お前が連れてきた厄介ごとだぞ。

虫の息の使者とやらは、板の間に敷かれた臥所の上で、意識もうろうとしていた。

もとは立派な身なりをしていたのかもしれないが、治療のために素っ裸にされ、全身を布でぐるぐる巻きにされている。

「息があるのはひとりか」

「はい」

孫九郎の問いに、丁寧にそう返事をして頭を下げたのは、今川軍の従軍医だ。弥太郎ほどではないが、優れた薬師であり、金瘡医でもある。

「おひとりだけ奇跡的に命を拾われました」

「生き延びそうか?」

「それはわかりません」

たった一人生き残ったその男は、意識がなく、高熱で全身が真っ赤だ。

怪我そのものよりも、感染症が心配なタイプか。

孫九郎が顔を覗き込んだ瞬間、男が唸った。

その目が一瞬開いたような気がしたが、大きな動きではなかった。

やはり意識はないようだ。

……生き延びるかは半々だな。

孫九郎は、無言で指し出された男の所持品に目を落とした。

血で染まった着物。水没してしまった刀。

どちらも金の装飾が多く、高い身分をうかがわせる。

濡れた刀を手に取り、じっくりと鞘の形状を確認してから、先端を下げて手前に引いた。

すっと抜けた鯉口の部分から、いくらかの水滴が滴って落ちる。

鎺(はばき) は金色で、刻印が刻まれていた。家紋だ。

さして珍しい家紋ではないが、この刀があれば身元がわかるだろう。

孫九郎は、少しだけ引き抜いた刀を元に戻した。

二の丸にある病室を出てしばらく歩いたところで、渋沢に出会った。

相変わらずの黒ずくめ、相変わらずの色男だ。

渋沢が孫九郎に丁寧に頭を下げ、動かない表情で承菊を見る。

孫九郎の周辺が承菊に向ける、警戒の混じった目だ。

承菊は気づいただろうに、軽く会釈をしただけで、にこやかな表情を崩さなかった。

背の高い二人にはさまれて、ひと際子供の気分を味わいながら更に歩く。

二の丸には今川衆が多く配備されているので、不穏な気配はない。

だが、時折向けられる視線にはもの言いたげなものが混じっていた。

それは、義足を大げさに鳴らして歩く勘助が合流したことでなお大きくなった。

理由はわかっている。

この男たちのひとりひとりが、強烈な個性を放っている。にもかかわらず、それを率いている孫九郎が、いかにも頼りなげな少年だからだ。

「……ふん」

勘助が盛大に鼻を鳴らした。

孫九郎はちらりと横目でその顔を見上げたが、あえて無言を通した。

視線は、一行が二の丸の奥の部屋に入るまでついて回った。

中では、珍しく先に到着していた左馬之助殿が、下座に座って待っていた。