軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-7 駿東 興国寺城1

草と思われる者たちは、全員確保した。

弥太郎にはほかに集中してほしい仕事があるので、尋問はやはり田所家に任せることにする。

幾人かを吉原宿に残して、逃亡と口封じに気を配るよう指示をした。

そして翌朝、孫九郎たちは早々に出立した。

次なる目的地の興国寺城は、駿東一帯を預けた朝比奈家の主城だ。

腹をすかせた男たちは、素晴らしい速さで軍をすすめた。

大勢が土を踏む音と、ガチャガチャと武具が擦れる音、馬の蹄の音や嘶き。

それらは戦を連想させる物々しさなのに、孫九郎は白桜丸の背中に揺られウトウトしてくる。

状況に慣れているというよりも、夕べろくに眠れなかったせいだろう。

「見えてきましたよ!」

土井がそういって指さす先に、興国寺城が見えてきた。

孫九郎はあくびを噛み殺しながら頷いた。

城の前に張り付くように広がる町が、前に来た時より大きくなっていて、それはつまり、朝比奈家の治世が安定していることを示している。

この後、軍は補給をするので、本日の移動はここまでだ。

やるべきことはいくらでもあるが、とりあえず安全な場所でひと眠りしたい。

「棚田様じゃないですか?」

街道と町との境目のあたりに、武士らしき一団がいる。出迎えのようだ。

それが誰かはまだ判別できる距離ではなかったが、目のいい土井にはわかるようだ。

孫九郎は頷き、眠気を振り払うべく大きく息を吸った。

実務的なことは藤次郎らに任せるが、話し合うべき重要なことが他にもある。

距離が近くなっても、孫九郎の目には棚田がどこにいるのかわからなかったが、一団の中に子供が混じっていることだけははっきり見えた。

城に入り、早々に部屋に入り旅装を解いた。

ここは本丸御殿の、普段は城主である朝比奈殿が使っている部屋だ。

早速運ばれてきた膳には、白い米と汁物と副菜がいくつか。この時代にしては十分に豪華な食事だった。温めなおした汁物にはまだ湯気が立っていて、いい匂いがする。

毒見は済んでいるそうなので、孫九郎は遠慮なく箸を手に取った。

腹が減っていたというのもあるが、孫九郎が食事を済ませないと、目の前で緊張して座っている子供がいつまでもそのままで待たされることになる。

膳を運んできてくれたのは、棚田と一緒に出迎えてくれた子だ。名は惣次郎。去年朝比奈殿の養子になった。

もともとは弥三郎殿の嫡男として面識があり、おそらくは孫九郎との相性も見ての養子縁組だったのだと思う。

すまし顔で控えている護衛のほうから、雷のように大きな腹の音がした。

その爆音に驚いてきょろきょろしている惣次郎は、顔に痣はないが実父とよく似ていて、一見気弱に見えるがかなりの暴れん坊だと聞いている。

……釣りは好きかな。

小姓たちと同世代の少年を見ると、ついそう尋ねてみたくなるが、今回はぐっと我慢した。

孫九郎の食事が終わるのを、棚田や他の朝比奈衆が待っているからだ。

「吉原宿に兵を向かわせました」

膳が下げられてすぐに、棚田が現れた。相変わらずのちょび髭を見ると安心する。

「街道に見張りを立て、万が一にも逃さぬようにいたします」

逃亡する忍びが街道を使うとは思えないが。

孫九郎はそんなことを思いながら、食後の白湯を飲み干した。

「そのほうらが頭を下げることではない」

朝比奈家の支配領域で毒が盛られかけた。その事実に大騒ぎになったのはやむを得ない。

棚田はしきりに謝罪してくるのだが、責任を問うつもりはなかった。

草たちはもう何年もあの寺にいたようで、なんなら棚田とも面識があった。

住職は周囲の者から徳のある僧だと敬われ、慕われてもいた。

そんな者が領内に潜入していた忍びだと聞かされて、冷や汗どころではないのはよくわかる。

「忍びはどこにでもいる」

「で、ですが」

孫九郎が、この話は仕舞いだと身振りで示すと、もう一度丁寧に頭を下げられた。

「それよりも、北条と武田との話が聞きたい。あれからわかったことは?」

棚田の嫡男が急使となって知らせてきた、北条家から武田家にむかった使者の件だ。

それにより太郎殿が甲斐に兵を向けた。朝比奈殿をはじめ駿東の兵も、そちらに注力している。

今思えばだが、それこそが北条の狙いだった可能性がある。

目的はもちろん、駿東から兵力を退かせるためだ。

「武田の分家は、どうやら本家を食うつもりではと」

それはそうなのだろう。今川の支配が気に食わない層が一定数以上いるのはわかっている。それはこれから時間をかけて、世代を経ることでしか解決できない問題だ。

「わが殿は、北条と武田が手を結び、仮に北条が扇谷上杉家を下した際には厄介な勢力になるやもしれぬので、早めに手を打つべきと申しております」

今の状況で、北条が扇谷を下すのは難しいと思うが、可能性はゼロではない。

仮にだが、武蔵や房総の中小の国人領主たちを取り込むことが出来たら……無理筋な話ではない。北条家は再び無視できない勢力に返り咲くだろう。

そういう手段は、あの童顔僧侶が最も得意とする戦い方だと思う。

「他にわかったことは?」

孫九郎の問いに、棚田は不安そうに視線を伏せた。

「このたび武田の分家に婿入りするのは、齢六つの若君です。ですが北条家に三男という話は聞いたことがございませぬ。いやおるのやもしれませぬが、ご正室の御子ではないでしょう」

「そのあたりは左馬之助殿に聞いた方が早そうだが……」

「さっそく飯を食いに行くと、町に繰り出したようでございます」

すかさず答える藤次郎の声は、ピリリと辛口だった。

そう聞いても誰も不思議に思わないし、腹を立てても激怒とまではいかないのは、あの男のよくわからない人徳のお陰だろう。

「つれもどしますか?」

孫九郎の表情を見て、藤次郎が尋ね返してくる。

「……いや。戻ったら来るようにと伝えてくれ」

刺客の心配はあるが、あの男なら難なく回避しそうだし、エンカウントしたとしても護衛の忍びがなんとかするだろう。