軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14-3 遠江 高天神城2

翌朝、孫九郎が身支度を整えるのを待って、静殿が来室した。

高天神城留守居役、倉辺も一緒だった。

部屋に入り一礼した静殿が、懐から折りたたまれた文を取り出す。

それを息子に手渡す際、一瞬ぐっと指先に力がこもるのが見えた。受け取った次郎三郎も神妙な顔をして、孫九郎へ取り次ぐ。

両手で丁寧に運ばれてきた文は、清書されたもののようには見えなかった。

折り皺が細かく入り、それをまっすぐに整えられただけのようだ。

上等な紙ではない。書かれている文字も小さく、墨も掠れている。

内容は個条書きにされていて、しかも細かかった。

一晩で集めた情報ではないと、ひと目でわかった。

孫九郎は溜息をついた。そして視線を、両手を床について控えている静殿へ向ける。

隠さず素直に報告を上げてきたのは、今でなければ解決できないという察しがあったからかもしれない。

それはここ、高天神城にもかかわることだった。

何故なら掛川の家老職中村家は土方の出だからだ。家門の多くの者が、いまだこの地に根付いている。

「さぞ苦労をしただろう」

地方に根付いた勢力は厄介だ。後から来た者は、どうやっても排斥の対象になる。

多くを語らない孫九郎の労いに、静殿は首を横に振った。

「いいえ」

幸いにして高天神城は小さく、地の者の多くの目が掛川に向いていた。

広大な城、豊かな田畑。町も大きく、人も多い。

土方の地で小さくまとまっていた地侍たちが、外の世界を知ったのだ。

それはそれは魅力的に映ったことだろう。

「過ぎたるものだったか」

そして、増長したのだ。

身の丈に合わない……いや、己がそれに見合うと信じて。

「とても許せぬことがございます」

そう口を開いたのは、倉辺だった。

「意図的に、川久保と柳原を食ったようにございます」

川久保は亡き誠九郎叔父が、柳原は源九郎叔父が養子に入った家だ。

「中村家から新たな養子が整えられました」

「それは……不満が出たのではないか?」

主家である福島家からの養子ならまだしも、家老格である中村家からというのは……。

「もとより後継ぎがおらぬ故に、我が殿が養子に入ったのです」

それにしてもだ。一族郎党の血筋が絶えたわけではないだろうに。

「代役の養子はそれなりに優秀な男たちです。気性も悪いとは聞いておりませぬ。川久保家に入った者は、川久保の娘を娶り、柳原には子もおりませんでしたので、分家の娘を娶りました。ただ」

倉辺は悔しそうに唇を噛んだ。

「今回調べましたところ、それぞれに側室がおり、すでに嫡男を設けております」

形だけはきれいに整えるが、次の世代は中村の血筋になるということか。

「改めて調べるまで、気づきもしませんでした」

限られた狭い土地では、結束を血で固めるのは間違ったことではない。

ただ、狭い世界での常識が、どこでも同じように通じると思ったら大間違いだ。

孫九郎はひとつ息をついて、倉辺に頷きを返した。

「排他的な考えでは、大きな家はやっていけぬ」

「はい」

改めて、かすれた文字を目で追う。

そのうちのひとつ、どうしても目についてしまうものを見て、福島家を出たのだから口を挟むのは控えるべきか、という考えを捨てた。

「……宗田屋」

静殿にも倉辺にもピンとこない屋号かもしれない。

だが孫九郎にとっては、忘れられない名だった。

かつて父の側室だった桂殿の生家だ。

今川領からは撤退した、あるいは廃業したはずだった。それが名も変えず堂々と出てくるのには、きっと理由がある。

そういえば、越前朝倉氏に出された亀千代も、もとは中村姓だった。

いろいろとつながっている。

「川久保と柳原には、ほかに跡をつげるような男子はおらぬのか」

「分家に数人おります。ですが年が行き過ぎていたり、幼すぎたりです」

「呼べ」

倉辺は背筋を伸ばしたまま、まじまじと孫九郎を見た。

「新たに家を興すでも、分家にするのでもかまわぬ。この治部大輔が後見になる」

コンコンと脇息を指先で叩いた。

この報告書のどこにも、志郎衛門叔父の名前がない。

それが静殿や真田忍びの忖度なのか、調べることはなかった、あるいはできなかったのかはわからない。

「田所もだ」

おそらく、この状況をもっともよく理解しているのは、田所家だ。

翁がいなければ機能しない一族ではないはずだ。

「……今日中だ」

孫九郎の命を受け、静殿と倉辺だけではなく、その場にいる全員が一斉に頭を下げた。

「次郎三郎」

再び部屋が開け放たれ、山の風が心地よく吹き込んでくる午前。

考え事をしながら懐かしい櫓を見上げていた孫九郎が、側付きの少年の名を呼んだ。

「はい」

土方にはまったく土地勘も愛着もないはずなのに、やけにこの場が似合っている。

その武士としての自信が垣間見える若い顔に、孫九郎は確信した。

古い根は時に整理が必要だ。

当り前のように大地を這っていても、それが健全だとは限らない。

新しい木が育つ余地がないなら、作ればいい。

それができるのは、福島家当主でる父ではなく、孫九郎だ。

「今のうちに、弟たちに会うてこい」

次郎三郎の、作業をしていた手が止まる。

「兄弟は仲ようせねばな」

優秀な次郎三郎の弟たちも、利発そうな少年たちだ。いずれは福島家の、いや今川家の将となって大いに活躍してくれるだろう。

彼らのようなまっすぐに伸びた若木を、丁寧に植えていくのが孫九郎の仕事だ。

「……はい」

次郎三郎はしばらく黙って孫九郎を見ていたが、やがてしっかりと頷いた。