軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-9 三河 渥美半島 渥美半島 高師4

孫九郎が部屋に入ると、悪だくみ中の男たちが一斉にこちらを見た。

いや悪だくみと言い切るのは申し訳ない。そう見えると言い換えよう。

「御屋形様」

蝋燭のあかりが揺れる室内で、井伊殿が笑った。昼間は朗らかな人柄に感じるその笑みが、ひどく腹黒に見える。

「姫君はお休みになられましたか」

そこに含みを感じてしまうのは、この中途半端な明かりのせいだ。

「遅くなった」

孫九郎が集まりに遅れたのは、愛姫様に引き留められたせいではなく、侍従殿から説教をうけていたからだ。

いやあれは説教か? 気に入らない入り婿のあら探しのようだったぞ。

身なりから所作、書簡の受け取り方まで、孫九郎の適当を片っ端から矯正していく勢いだった。

だがきっと、公家の一員になるには必要な教養なのだろう。……いや、公家になるわけではないのだけれど。

「今、相模の話をしておりました」

承菊が控えめな口調で言った。

こいつの控え目は当てにならないが、声色だけはそうだ。。

「なんだ、悪だくみをしていたのではないのか」

「人聞きが悪い」

孫九郎が返すと、承菊は口元を手で押さえた。暗がりで、法衣の白が浮いて見える。

「小田原から清水まで、清水から伊良湖まで、波風が乗れば随分と早いのですな!」

「そう都合よくはいきませぬ」

夜にしては大きな井伊殿の声に、絶対に海の知識はないはずの承菊が知った風に言う。

「天気次第では策はたてられませぬ」

「それはそうだ」

井伊殿は頷き、腕組みをした。

「一度に運べる数も限られておるしな」

「ええ。ですが兵糧を運ぶ分にはいいです。今川領のおおよそが、海に面していますので」

よかった。健全な話題だ。

孫九郎は安心して、車座になっている一角に腰を下ろした。

「至急相談したいことがある」

周囲の男たちの目が、一斉にこちらを向いた。

それまではどこか楽し気な、気心知れた雰囲気だったのに、一気に空気が引き締まった。

「北畠が余計なことを言うて来た」

井伊殿が鼻を鳴らし、承菊の笑みが深まる。

他の者たちは険しい表情で、孫九郎の続きの言葉を待っている。

「万千代君の無事を喜び、体調を気遣い……愛姫様を側室に召し上げても良いと」

すっと、誰かが息を飲んだ。それは驚きというより刺々しい怒りの混じったものだった。

「……よくわからぬのですが」

次郎三郎が、部屋の薄暗さに埋没する日焼けした顔をこちらに向け、首を傾けた。

「摂家の姫を側室になどという厚顔無恥な言いぐさは、公家の界隈ではまかり通るものなのですか?」

通るか通らないかで言えば、通る。

たとえ本人が嫌だと言っても、互いの家門の合意があれば成立するだろう。

ただ、とてつもなく非礼だし、非常識だ。

こういう場合のやんごとなき姫君は、仏門に入るのが定番だ。身分が下がる家との縁組みもありえるが、いくらなんでも側室はない。

「気になるのは、そのような非礼を働いても構わないとお思いになられた理由です」

承菊は意外と丁寧に、次郎三郎の疑問に答えた。

「まるであらかじめ決めごとがあったかのような言い分です」

ああ、承菊ならそう考えると思った。

「どこが仕組んだ?」

「まだなんとも。いくつか考えられますが、一か所とも限りませぬ」

孫九郎は頷いた。

恐れ多くも、東宮位継承にかかわる何かが起こったのは確実だと思う。

一条家が側室腹の子に乗っ取られそうになっているのは、別の話かもしれないし、根っこは同じかもしれない。

さらには、土佐に戻ろうとした一条姉弟の身柄を確保する企み。

もしかすると、二人の身柄は、最初から北畠家に渡る手はずだった可能性もある。

万千代君が死に、愛姫様が北畠家の側室に納められてしまえば、寒月様も中納言様も敵の言い分を聞かざるをえなかっただろう。

敵。そう……敵だ。

一条家を乗っ取ろうとしている大内も、それに加担して姉弟に魔の手を伸ばそうとした北畠も。

敵ならば退ければいい。排除すればいい。

そこまで考えて、孫九郎は「ふう」と息を吐いた。

どうもいけない。すっかり頭が戦国仕様になってしまった。

だが流石に、伊勢に攻め込むのはまずい。

北畠は伊勢の国司だが、支配圏はせいぜい半国。志摩の影響力も、今回のことで弱まった。

単純に武力だけを比べれば、今川の前に吹き飛ぶだろう。

だがあの国には伊勢神宮がある。おいそれと踏み込むわけにはいかない。

「……いい加減目障りだ」

孫九郎がポツリとこぼすと、井伊殿がにゅっと口角をあげた。

何か楽しいことを聞いたかのような表情だ。

「どうされますか」

こちらも楽しそうに、承菊が囁く。

その声には、この男をよく知る者にしかわからないような、ねっとり昏い愉悦があった。

……どちらも楽しそうで何よりだな。

孫九郎は軽く顎に手を当てた。

「直接の戦にはならないだろう」

「伊勢を攻めるとなれば、途中の国も反発してくるでしょうからな」

井伊殿が頷き、「うーむ」と唸った。

「この機に織田に攻め込むというのは……」

それはお前の願望だろう。

「伊勢に軍勢を向けている間に、三河に攻め込まれるぞ」

孫九郎が首を振ってそう言うと、井伊殿はパチリと自身の額を叩いた。

「荷止めは如何でしょう」

次郎三郎が言った。

「北畠家の湊を封鎖するというのは」

孫九郎は軽く首を振る。

「いや、あのあたりは湊が多いし、陸路もある。効果はあまりない」

「お待ちください」

幾つもの意見が飛び交う中、承菊が手を挙げた。

全員が、何かを思案している僧形の男に注目した。

「……逆がよいやもしれませぬ」

「逆?」

「伊勢の湊に、潤沢な荷を送ります」

首をかしげたのは、孫九郎だけではない。