軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-5 三河 渥美半島 田原城~高師1

ああ、気持ちいい。

地面は若干緩いが、踏み締められた街道の土は硬く、井伊殿が用意してくれた逢坂家の馬は上機嫌に走る。

緩い駆け足程度の速さで、軽快に風を切る。

正直、船より何倍も楽だ。

「早すぎます!」

後方から土井の苦情の声がする。これは土井の馬が遅いというわけではなく、徒歩の兵が追い付けないという意味だ。

孫九郎は手綱を緩め、振り返った。

それほどの速さではなかったので、主だった者たちは余裕でついてきているが、当たり前だが馬に乗れない者は汗だくだった。

こういう者たちを置いていくのは駄目なのだ。

兵の基本は騎馬ではなく徒歩だ。将だけが突出してもいいことはない。

ちょうど川が近いので、休憩することにしよう。

馬にも、汗だくで走っている奴らにも、水分補給が必要だった。

小川を見ると釣りをしたくなる孫九郎だが、今日は我慢する。

急用があるわけではないが、寄り道は駄目だ。

高師の町は、田原城から山田城までの、丁度四分の三あたりの場所にある。

距離的には、六里半から七里ぐらいだそうだ。

徒歩でも半日ほどだから、この時代だとかなり近い部類に入る。

「……何だ?」

やけにニヤニヤしていた側付きたちが、わざとらしく真顔になって首を横に振る。

「いえ、早う戻らねばなりませぬ」

やけに真剣にそういうものだから、孫九郎はぎゅっと眉間にしわを寄せた。

これはあれか? 冷やかされているのか?

さりげなく周囲を見回すと、護衛組の若い奴らまで意味深な顔をしている。

揶揄われるのは御免なので、渾身のスルースキルを行使して、何か言いたげな男どもから顔を背けた。

「御屋形様!」

先行していた井伊殿が、大きな声で呼びながら引き返してきた。

慌てている様子はないから、敵襲とかではないだろう。

「この先で倒木がありまして、道がふさがれております」

孫九郎は、初夏のうっそうと茂る藪に覆われた道の先に目を向けた。

この辺りに険しい山はない。なだらかな丘が続き、海に面している所は広い湿地に覆われている。

「先ほどの雨か」

「はい。商人どもが立往生しております」

この辺りの流通は船が主になるが、海から距離がある町はそういうわけにもいかない。馬か人力かで運ぶのだ。

それほど遠くはないようなので、直接見に行くことにした。

倒木ときいて、イメージしていたのは一本の木だ。

だが目の前にあるのは、倒木というよりも崖崩れだった。数十本の、大人の男の胴ほどもある太さの木々が、土ごと根こそぎ倒れている。

「迂回しますか」

井伊殿の問いに、孫九郎は首を傾けた。

険しい山岳ではないので、別の道もあるのかもしれない。だが、立往生している商人の困った表情を見ると、そうも言っていられなかった。

幸いこちらには人力がある。

「……台車が通る程度の道をあけてやろう」

井伊殿は頷き、さっそく背後の兵たちに向かって指示を出し始めた。

「これはまた、随分と」

孫九郎の後から、見物に来た承菊が被害の様子を見てつぶやく。

一部分だけ地面を削り取られたような無残な被害だが、水害に慣れた目には局所的なものに見えだろう。

だが承菊は興味深げにじっと様子を見守っていた。

いや倒木ではなく、それをテキパキと脇によけていく兵らの動きを見ている。

そういえば、井伊殿は土木系が得意な兵を抱えていたな。

京や曳馬城での仕事ぶりを思い出し、災害にも使えるとはたいしたものだと感心する。

「ありがとうございます!」

孫九郎は、ぬかるんだ地面に這いつくばっている商人に向かって手を振った。

孫九郎は何もしていない。仕事をしたのは井伊軍の働き者の兵たちだ。

「これでなんとか日があるうちに町に着けます」

ほっとした表情でそういう男は、まだ若い。

商人としては新米で、父の仕事の手伝いで荷運びをしているのだそうだ。

井伊殿は、運んでいる荷の、売り先が決まっているもの以外を買い上げていた。

吉田城は近いので、道すがらに備品を買い足す必要はないはずなのに。

だが商人は嬉しそうだし、井伊殿に対して悪い感情は持たなかったようだ。ペラペラと、聞かれたことを素直に話している。

重要な何かを聞き出そうとしているわけではない。天気の話から、この街道沿いで起こっている厄介ごとまで。さりげなくも堅実な情報収集だ。

この先の村の庄屋に孫が生まれた、という話で盛り上がっている二人を横目に、孫九郎は弥太郎が差し出した水筒から水を飲んだ。

「……三河風魔の者が来ております」

喉を潤し、水筒を返したところで、耳元でささやかれた。

井伊殿には井伊殿のやりかたがあり、孫九郎には風魔忍びという非常にハイスペックな忍び集団がついている。

ちなみに、かつての北条風魔衆で左馬之助殿のもとに行ったのは約半数。残りは三河の里に残っている。彼らは、せめて家賃分は、今川の為に働いてくれるつもりのようだ。

孫九郎が頷くと、弥太郎がなにか合図をした。

気づいた時には、旅人風の身なりの男がひとり、少し離れた場所で片膝をついて控えていた。

その姿に、ふっと、八雲のことを思い出した。