軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-3 三河 渥美半島 田原城3

沈黙を破ったのは、鈴木だった。

「ひとつ、伺ってもよろしいか」

「どうぞ」

承菊は促した。笑みは変わらない。

「英虞衆だけの仕業とお考えか」

一瞬、座の空気が凍った。

志摩衆の何人かが、目に見えて身を固くする。承菊の笑みは消えていない。だがその目が、真正面から鈴木を射抜いた。

「……続きをお聞かせください」

鈴木はすぐには答えなかった。

庇を打つ雨音が、なお一層重く響く。軒先から滝のような水が落ち、視界に一瞬、雷光が過った。数秒後に、ゴロゴロと重低音の雷鳴。遠い。

「我らの家門ではない」

静かな声だった。臆さぬ視線が、まっすぐ前を向いている。答えるまでの間、鈴木は一度だけ、ゆっくりと息を吸った。

「だが、動いた者どものことは、知らぬでもない」

重要な発言だった。鈴木が言っているのは、英虞衆のことか。あるいは、天王寺屋の船を紀伊の岸で襲った者たちのことかもしれない。

どちらにしても、この男は何らかの手札を隠し持っている。

「なるほど」

返す承菊の口ぶりは、いっそ異様といってもいいほど柔らかかった。

「声の出所をご存じだということですね」

「……見当がつかぬほど鈍くはない」

志摩衆の顔色が変わった。

鈴木は公の場で、婉曲にだが言ったのだ。一条家について、どこかからの指示があったと。

抜け目のない男だ。札を見せる。だが、絵柄までは見せない。交渉の糸口とも取れるし、ただの煙幕とも取れる。そういう出し方だった。

承菊は頷いた。

「それをお話しいただけると?」

「預けてよい相手ならば」

「す、鈴木殿、それは一体……」

志摩衆のひとりが、堪えかねたように身を乗り出した。

鈴木はその男を一瞥した。言葉はない。ただそれだけで、男は口をつぐんだ。居住まいを正し、膝の上に視線を落とす。他の志摩衆も、つられるように目を伏せた。

溜息のようなざわめきが、残った空気の中に広がった。

この話を聞いた志摩衆は、和具らが切り捨てられたという確信と、今後へのなお一層の不安を感じただろう。

英虞衆だけのことではない、その背後にある話まで、今川は知ろうとしている。……そう読んだはずだ。そしてその話を握っているのが、よりによって熊野のこの男だということも。

落雷の音がした。遠い。また空が光る。

鈴木はすぐには続けなかった。雨音が色を変え、重みよりも激しさを増す。その音が少し収まったところで、口を開いた。

「線を越えたなら、報いは受けよう。そこに異存はない」

そう言って、わずかに視線を孫九郎がいる方へ流した。

低く続ける。

「だが海には海の筋がある」

フッと息を吐いて、鈴木は毅然と顎を上げた。

「上が事を運び、下ばかりが始末を負う……そういう形はご免こうむる」

再び誰もが口をつぐんだ。徐々に遠ざかっていく雷鳴と、いまだ続く激しい雨音が、沈黙の間を埋めていく。

孫九郎は黙って鈴木を見た。真っすぐ背筋を伸ばしたその姿に、譲れぬものを持つ者だと思った。日焼けした首筋に、筋が浮いている。そこにあるのは怒りではない。ただ、何かが張り詰めている。

「では鈴木殿は、始末を負わされる"下の者"だという認識はおありなわけですね」

だが承菊も負けてはいない。鈴木の言葉が重い槍だとしても、承菊はそれを受ける盾ではなかった。

「"どこの"下の者かは存じませぬが」

いや盾だとしても、跳ね返す棘付きの盾だ。にこやかな微笑みの陰に、鋭い牙を隠し持つ男は、なおも穏やかな口調のまま続けた。

「越えてもおらぬ線の、責任を問うことはありませぬ」

さらに一段、笑みが深まる。

「ただし、海の上だろうが陸だろうが、御屋形様が敷かれた線をまたぐのはやめておいたほうがよい」

つるりと剃った丸い頭を傾けた承菊は、一見この場にいる誰よりも穏便に語りそうな男なのに、もはやその微笑みの下にあるものを隠そうとはしなかった。

鈴木の口元がわずかに歪む。笑ったのではない。苦く、納得したような表情だった。

しばらく、雨音だけが広間を満たした。

「線を越えるつもりはない。そちらが海を乱さぬ限りは」

鈴木の声は静かだった。啖呵でも懇願でもない。ただ、そこに一本の筋を通しただけの言い方だった。

「御屋形様は」

承菊は一拍置いてから続けた。

「誼を結ぶに足ると見た相手を、軽々しくは扱われませぬ」

「……それは、きれいな答えだ」

鈴木は皮肉気に言った。

「某が聞きたいのは、きれいごとではない」

座が、しんと静まる。

鈴木と承菊は、互いを見たまま動かなかった。井伊殿も、志摩衆も、口を挟まない。雨が屋根を叩く音だけが続いていた。

「預けるに足る相手か、鈴木殿ご自身が見てお決めになればよい」

承菊は笑った。最初と変わらぬ、あのにこやかな笑みで。

その笑みを、鈴木はしばらく眺めていた。値踏みするのでも、怒るのでもなく、ただ確かめるように。

鈴木はやがて静かに膝を払って立ち上がった。挨拶の口上などはなかった。この男らしい退き方だ。

互いに顔を見合わせた志摩衆がそれに続く。

鈴木はそのまま踵を返しかけて、動きを止めた。

ゆっくりと振り返る。

見る先は、承菊でも井伊殿でもない。孫九郎だ。

一拍ののち、鈴木は深々と頭を下げた。やはり言葉はなかった。

孫九郎は黙ってそれを受けた。

腹が見えたとまでは言えない。だが、この男が何を見ているのか――それだけは、はっきりわかった。