軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-1 三河 渥美半島 田原城1

空気がじんわりと湿度を上げてきたと思ったら、雨が降り始めた。

庇に打ち付ける雨粒の音の、ひとつひとつが重く、次第に強くなる。

東の空が明るいので、長くは降らないだろう。

孫九郎は目を細め、湾内の遠浅の干潟を見つめた。

広大な葦原が、雨に打たれている。

雨雲が立ち込め、その色が浅瀬に移ってよどんで見える。

「濡れますので中に」

次郎三郎に促され、孫九郎は頷いた。

腰を上げかけ、片膝を立てたところで、馬を駆る蹄の音が聞こえてくる。

まだ雨の降り始めだから、乾いた土を蹴る音だ。

二騎。いや三騎。

「来たようですね」

次郎三郎は呟き、立ち上がった孫九郎の視界を塞ぐように立った。

背が伸びた彼の、縦に細長かった身体に厚みが出てきた。それが頼もしくもあり、相変わらずの華奢な己が不甲斐なくもあり。

いや成長期は今からだからと、愛姫様に宣言したことをもう一度自身に言い聞かせながら、用意された広間の上座に向かった。

ここは田原城。東三河戸田氏の主城だ。

今川に従順し、細川侵攻のときには日和見より少しはマシな態度で参戦したので、今なお本領を安堵している。

直接かかわったことはないが、井伊殿とはそれなりにうまくやっているようなので、三河の主要国人領主のひとりとして認識していた。

ここを借りたのは、海に近い城であることと、客を迎えるのにふさわしい格があるからだ。

ただし本丸ではなく、浜に面した曲輪のひとつ、二の丸。

大潮の時には縄張りの際まで波がくるそうで、直接小舟で乗り付けることもできる。

海からくる客人を迎えるのに最適な城だった。

相手は、志摩のまとめ役五人。

何人かは神島にも来ていたそうだが、その時にはまだ 呼びつけられた(・・・・・・・) 感があった。

今回は、向こうからの内々の、しかし丁重で礼にかなった申し出だ。

しばらくして、庭先から近づいてきた武士が、こちらの護衛に行く手を遮られた。

志摩衆の到着を先ぶれする、戸田の家臣たちだろう。

田原城は今川に攻め落とされたわけではないから、急に使わせろといわれて、内心では不服もあるにちがいない。

だが、止められた戸田の家臣たちはそれを顔には出さず、その場で膝をついた。

「申し上げます。客が着きました」

こちらには丁寧でも、志摩のまとめ役、つまり海賊衆のことを下に見ているのがわかる。

あんな連中に会う必要があるのかと思っているのだろう。

顔には出ていないが、伝わってくるものはある。

田原城は、渥美半島の付け根当たりにあり、三河湾の更に深く切れ込んだ湾内に面している。

背後には低山。湾内は遠浅の葦原。

半島という地理的要素も踏まえると、攻め込むルートが絞られるなかなか堅固な立地だ。

敵ではないにしても、背の高い葦原に小舟を漕ぎ入れるには、相当の覚悟がいるだろう。

まとめ役たちの小舟は、二の丸の傍の浜に直接上陸したそうだ。

浜からこの場所までの直線距離は近いが、正式ルートで来るなら、かなり迂路を辿らなければならない。

遠回りさせられられた客人たちが到着したのは、先触れより四半刻ほども経ってからだった。

廊下の向こう側から、大勢の足音が近づいてくる。

身じろいだのは、ひとりだけきちんとした直垂姿の戸田だ。他の者たちは動きやすい素襖、あるいはもっと簡素に肩衣袴の者もいるが、孫九郎に対面する彼がそういうわけにはいかなかったのはわかる。

戸田がこの中で一番身分が高いように見えるのは意図したことではない。

だが、孫九郎が最上座には座らず、戸田の隣に座ったのはわざとだ。

ぎょっとした戸田が驚愕の表情をするのに対して、孫九郎の側付きたちは“またか”とでも言いたげだった。

ノリノリなのは、結局座っていた場所が最上座になった井伊殿と、席次などどうでもいいとばかりの承菊だけだ。

「さて、どんな話が出るか」

井伊殿がパチンと両手を合わせて指を深く組む。

孫九郎は、黙って唇だけを引き上げた。

来るのは五人と聞いていたが、七人だった。

「……熊野より参った。鈴木孫一と申す」

その男は、二の丸広間の座敷へ入ると、当たり前の顔をして一行の最前列に座り、静かに礼をとった。

藍色の仕立てが良さげな素襖に、侍烏帽子。背後の六人とは、あきらかに毛色が違う。

「このような席を設けて頂き、誠にありがたく存ずる」

年のころは三十を少しすぎたあたりか。こんがりと日焼けした顔には、複数の刀傷があった。

戦う男の顔だ。

一度だけ上げた顔で、上座のほうをぐるりと見まわし、戸田と井伊殿との間で視線が揺れた。

孫九郎のほうは見なかった。

「此度、志摩にて今川との衝突があったと耳にいたした。熊野灘の出来事とあっては、鈴木も知らぬ顔ではおれませぬ」

そこでわずかに言葉を切る。

「まずは、事情を伺いたく参った」

「おまちを」

どっしりと低い鈴木の声を遮ったのは、承菊だ。

「我らは鈴木殿とお会いする約束はしておりませぬが」

それはそう。孫九郎が聞いていたのは、志摩のまとめ役が正式に対話を求めてきたということだ。人数も違う。

だがこの男の名乗りから、熊野牛王の起請文のことを連想した。そちら方面から話を聞いて、口を挟んできたと考えるのは妥当だ。

「それは申し訳ない」

じろり、と承菊に圧のある目を向けて、鈴木は謝る気など微塵もなさそうな口調で続けた。

「ですがこれは重大な案件ですぞ」

承菊がイラっとしたのがわかった。

よく知らない者なら気づかないであろう穏やかな表情。にこやかな微笑み。

「あくまでも志摩衆と我らとの間の問題です」

ああこれは駄目だ。対戦モードに入ったぞ。この男と口で戦って勝てる相手がいるとは思えない。

「いや国司様は、今川家の介入をお許しになりますまい」

だが鈴木の態度は揺るがず。

孫九郎は視線を膝先に落とした。