軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖魔の研究家

「聖魔」——その言葉をヒカルが知ったのは、ダンジョン「古代神民の地下街」だ。

その最奥にあった古代ポエルンシニア王朝の王城。

記録によれば古代ポエルンシニア王朝では「聖魔」の利用が当たり前で、王都全体で使われていたような節がある。

王都まるごとを地下へ転送したようだった。

ただしその技術は、巨人による侵略によって途絶した。

「『聖魔』とはどんなエネルギーなんですか、学院長?」

「それを答えるのは私よりも適任がいます。学院の研究者にして随一の魔導具師、ケイティ=コトビよ」

目録を見せてもらったことについてヒカルは丁寧に学院長に礼を述べた。学院長としては「なにかあったら私にも相談してください」と言って去っていったが、それは親切心のように見えつつも、「問題が起きる前に教えて欲しい」というようにも聞こえた。

ヒカルは図書館を出て、ケイティを探すことにした。今は講義中のはずだ。

「聖魔」に関する情報は知っておきたい。

転移者、あるいは転生者が開発した技術である可能性もあるし、ヒカルのリヴォルヴァーにも使われているだろうからだ。

「ここか」

講義A棟でも、いちばんの収容人数を誇る大講義室。

ドアはないので外まで声が聞こえてくる。

(すごいな……)

教壇を中心に、扇状に広がっている。

傾斜がついているので後ろの席でも教壇を見下ろすことができる。

座席だけで100席は優にあるだろう。それが満席どころか、立ち見まで出ている。

どこぞの「C棟」教官にも見習ってほしいものである。

席についている学生も、大剣講義の学生とはまったく違う。まず女子比率が高い。みんな細いし、そもそもジャラザックの学生がいないように見える。

みんな手元の書籍——おそらく教科書——と黒板を見比べて熱心に書き込んでいる。

(日本の大学もこんな感じだったのかな)

自分が行けたかもしれない未来を想像して、少しだけヒカルは寂しさを感じた。

「——魔導具の製造に関しては特別な届け出は必要ないが、魔力適合性能の高い触媒を利用したものについてはあらかじめ治安当局に話しておきたまえ。暴走した場合にすぐに対処してくれる。今冬の課題として魔導具製造を考えている」

教壇の女性——ケイティ=コトビはこちらに背を向けて、黒板に「課題」について書き記していた。

すらりとした女性だった。

白衣を着ているが汚れはついておらずパリッとしており、肘の少し下まで丁寧にまくってある。

細いフォルムのパンツスーツのような出で立ちで、ヒールのない青色の靴を履いていた。

長い、夜色の髪は左側にまとめている。三つ編みのような編み方で何筋もおろしていて、先端には銀色の装飾品がついていた。

コトビは貴金属製造で有名な小国だ。男女問わず多めのアクセサリーをつけるのが一般的だった。

聴講生にもコトビ出身者は多く、みんな銀色のアクセサリーをつけていた。

これが既婚者だと黄金になる。

「さて、講義の時間はそろそろ終わりだ。今日の講義について質問を受け付ける」

それまで課題について淡々と説明したケイティ。

その声は平板のようにも感じられたが、話の筋立てがわかりやすく、地頭の良さを感じさせた。研究家なのだから当然かもしれないが。

質問を受け付ける——と言いながら振り返ったケイティを見て、ヒカルは「あっ」と声を上げてしまった。

「ん? なんだ、質問かね」

「あ、え、あー……」

ケイティだけでなく学生たちの視線が突き刺さる——講義室の入口に突っ立っているヒカルへと。

ヒカルが叫んだのも仕方ないだろう。

「そうですね……講義の内容と若干違うのですが構いませんか?」

落ち着きを取り戻したヒカルは、こう聞いた。

「魔導具師ケルベックという人物を、先生はご存じですか?」

そう、ケイティは、ポーンド地下水路で出会った 盗賊ギルド(・・・・・) の長、ケルベックにどこか似ていたのだ。

それにケイティの頬から首筋にかけて、炎のような入れ墨があった——ケルベックと同じものが。

「……ふむ」

ヒカルの質問に、ガーネットのように深い赤の色を持った瞳が細められる。

冷たい感じはするが美人だった。

「ケルベック、という名の魔導具師は確かにコトビにいた。彼の作った魔導具は効率や使い勝手など完璧に無視した、とにかく『複雑』の一言に尽きるものばかりだった。説明書がついていなければ使うことすらままならないものだ。そう、複雑さだけで言えば、ツブラで出土する遺物に近いと言えるだろう」

ケイティの説明に「おお」とどよめきが発せられる。

それほどにツブラの遺物は有名なのだろう。

「しかし、だ」

どよめきを断ち切るようにケイティは続ける。

「10年ほど前からケルベックは消息不明となった。コトビの魔導具師ギルドからも除名され、その魔導具については厳重保管となり外には出なくなった。言うなれば『死んだ人間』という扱いになったのだ。——質問に対する回答としてはこれでいいかね?」

「はい、ありがとうございます」

少しだけ迷ったように視線を泳がせてから、ケイティは言った。

「君、名前は?」

「ヒカル」

「そうか。ヒカル、この講義後に私の研究室に来なさい」

興味を惹くには十分——というよりやり過ぎたような気がしないでもなかった。

なぜなら、学生たちのかなりの数が、ひそひそと話し合いながらこちらをじろじろと見てくるのだから。

ヒカルは大講義室を出て廊下にあったベンチに座っていた。

定刻通りに講義が終わると、大講義室からは学生たちが吐き出される。

「ヒカル」

声をかけてきたのはリーグだ。

そう言えばリーグのソウルボードには「薬器」1があり、魔導具の講義を受けたいが講師がコトビ出身者なので受けられないと言っていた。

その後、講義を受けるようになったと聞いたが、その講義こそがケイティのものなのだろう。

「これは、リーグ 様(・) 」

ヒカルとしては「よう」くらいの挨拶をしようかというところだが、リーグの後ろには3人の女子学生がいる。ルマニアの学生だろう。あまり、リーグと——ルマニアのトップ氏族の嫡男と、気安く接しているところは見せないほうがよさそうだと判断した。

立ち上がって答えたヒカルに、リーグは驚いたように目を見開いたが、すぐに意図に気づいたのだろう——「ありがとう」とヒカルにだけ聞こえる声で言って、続けた。

「それでヒカル——さっきの質問は、なんなんですか?」

「どうやら講義の邪魔をしてしまったようです。お恥ずかしい限りです」

「あなたも魔導具に興味があったんですか」

「興味はありますが……」

「でしたら今度いっしょに授業を受けましょう」

にこやかに誘ってくるが、リーグが意識しているのは彼の後ろにいる女子3名だ。「ねぇリーグ様、お話は長いのですか?」「早くお茶をしにいきましょう」「いやね、今日はお買い物よ」などと言っている。

相手にするのも非常にめんどくさそうだ。

「僕には才能がないようです。お邪魔しては悪いので遠慮しましょう」

「ご謙遜を。そうおっしゃらずにいっしょに勉学に励みましょう」

「いえいえ」

「いやいや」

強引に押してくるな、と思ったヒカルだったが、リーグは小声で、

「……ご助力願いたいことがあるんです」

と、困り切ったように言った。

ヒカルはふと、リーグが今日の小剣講義に来なかったことを思い出した。

というかいつもあの講義に来るとき、リーグはひとりだ。たまにローイエといっしょに来る。ふだんは女子学生を まいて(・・・) から来るのだろう。

それができなくなった、ということか。

「……考えておきましょう」

渋々そう言うと、リーグは明らかにほっとしたようだ。

「では次回の講義で」

女子3名に引っ張られるようにして去っていった。

「モテる男も大変だな」

遠ざかるリーグの背中にそうつぶやいてから、ヒカルはケイティの研究室へと向かった。