軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スキルの検証

「ふんふんふふーん」

「あら、ご機嫌ですねえ?」

クエストの受理や達成報告をさくさくこなしていくジルを見て、女性が微笑む。

紫色の長髪は左右で縛っており、すとんと胸の上に流れている。

おっとりとした物言い。細い目はたまにうっすら開かれる。胸にあるふたつの大きなふくらみからも、冒険者たちの間では「癒やし系最高峰受付嬢」と名高いグロリアである。

「……そうね。アンタが今話しかけてくるまでは機嫌がよかったわ」

「ひどい言われようですねえ。わたし、病み上がりですのに」

頬に手をあてて、ほう、とため息をつくその姿に、冒険者たちが「大丈夫?」「グロリアちゃん、具合が悪いのかな?」とか言い出している。

ジルとグロリアの会話はごく小声で交わされているので冒険者たちが聞くことはない。

見た目は美人同士の微笑ましい会話だ。

男どもはだませてもジルはだまされない。

グロリアと話していると、ゆったりとした口調の裏にどす黒い悪意が見えることがあるのだ。

絶対に尻尾はつかませてくれないが。

なのでジルはグロリアにまったく油断しない。

「……なんでも、滅多に笑わないジルちゃんを笑わせ、泣かせた冒険者がいるみたいですねえ?」

「はあ!?」

思わず声が大きくなる。

それはヒカルのことだろうとジルは想像がついたが、どうして「泣かせる」までついてきたのか。

冒険者どもだ、と推測できた。

「情報は命」とか言いながらうわさ話で盛り上がるのが大好きなのが彼らだ。

「違う。それは勘違いだから」

「そうなのですか? では逆ですか?」

「ん?」

「ジルさんはその人のことを考えていたからご機嫌なのです?」

「!?」

ぎくりとする。

実のところジルは、ヒカルが今日もギルドにやってきてくれてほっとしていた。

嫌われてもおかしくない態度を取っていたという自覚はある。むしろ男から嫌われても「別に?」くらいの気持ちだったから。

でも、ヒカルに対してその考えは変わっていた。

ヒカルは特に才能もない少年だ。

見た目は……影が薄いが、どこか可愛い顔をしていると思う。

問題は中身だ。

依頼に対して誠実で、勤勉。それに正直だ。

今どき珍しい冒険者と言っていい。

ああいう冒険者がもっと増えてくれたら、楽しく仕事できるのに――とか考えながら仕事していたのは事実だ。

「べ、別にそういうんじゃないわよ……アタシ、お昼で上がりだからうれしいのよ」

「えぇ? 午後はわたしひとりなんですか?」

「……アンタが仮病使ったせいで昨日も一昨日もアタシはひとりでずっと回してたんだけど?」

「仮病じゃないですよお。ごほごほ」

白々しい。

が、咳をしているフリを見ていた「冒険者」と書いて「バカ」と読む連中は「大丈夫!?」「俺が癒してあげる!」とか言っている。

「とにかく、アタシは上がるから」

「はあい」

ジルはつっけんどんな態度だが、これでもグロリアのほうが年上だ。今年20歳というグロリアは、この世界では結婚適齢期である。

冒険者たちもそれを知っていて、ジルと同じようにグロリアに求婚する者も多かった。

「……そうだ、グロリア」

「なんですか?」

「ヒカルという冒険者が来たら、依頼を発注しないで」

「……?」

「明日の朝、アタシがいるから。そう伝えておけばいいから」

「はあい」

ジルはそう言うと去っていった。

ヒカルに合うクエストを選んでやるつもりだった。ひいき、と言われてもいい。そうすることでヒカルを着実に成長させるのだ。もうグリーンウルフに怯えて森へ行くようなクエストはさせない――というのはジルの勝手な勘違いなのだが。

「……ふうん?」

にっこりとジルを見送ったグロリアの――笑顔が止む。

薄く開かれたまぶたの向こう、紫色の 双眸(そうぼう) が油断なく光っていた。

「ジルちゃん、ずいぶん入れ込んでいるのねえ……?」

そんなやりとりがカウンターの向こうであったことなどつゆ知らず。

ヒカルは屋台で昼食を取ってから冒険者ギルドにやってきた。

カウンターの向こうには見知らぬ女性がいる。冒険者が取り囲んでいるのはジルと同じだけれど。

「美人をそろえてなにがしたいんだ、冒険者ギルドは……受付嬢が美人だと冒険者の生還率が高いとかいう統計でもあるのか?」

とはいえジルがいないことに、すこし、ホッとしていた。

疲労困憊という感じだった。

午後は休みなのだろう。ゆっくり休めるといい。

ヒカルは依頼掲示板へと向かう。

「プラントハンター」「モンスターハンター」……とそれぞれ分野別に依頼書が貼られている。

数が少ないのは「ボディーガード」向けだった。ただ1枚あたりの募集人数が冒険者10人以上と多いものがある。

ランクGで受注できる依頼やクエストは少ない。

戦闘が絡んでくるものはまだ難しいだろうか……と見ていくと、「掃除」や「買い物」なんてものもあった。こういうものならいいかもしれない。報酬もお駄賃程度だが。

「なにか依頼をお探しですか?」

「!」

話しかけられてびくりとした。

カウンターから出てきた紫の髪の女性――グロリアがヒカルのそばに立っていたのだ。

なんだか甘い、いいにおいもする。

(なんで僕に……いや、あの手は)

ここでヒカルは気がつく。グロリアは手に依頼書の束を持っている。ここに新たに貼ろうと持ってきたのだろう。自分に話しかけるためではない――。

(……それもそうか)

納得した。

だが周囲の冒険者はそうとらえない。

「おい、なんでグロリアちゃんがアイツに話しかけてんだ?」

「あいつってジルちゃんを泣かせたっていう……」

「俺はジルちゃんを脅迫して毎晩ベッドに連れ込んでるって聞いたぞ」

むちゃくちゃな言葉が飛び交っていた。

* *

(ふうん……?)

グロリアは小さく首をかしげる。

ジルが執心していた「ヒカル」らしき少年に話しかけたまではよかった。

だが、特に気にするほどのものも感じられない。

「依頼をお探しですか?」

ならば、探ってみよう。

「ランクはいくつです?」

ヒカルが差し出したギルドカードを見て、グロリアは、やはり、と思う。「名前」は「ヒカル」。ジルがわざわざグロリアに「手を出すなよ」と警告までした少年だ。

(……貴族ではありませんね。家名が入っていませんもの)

冒険者としては珍しいことではなかった。一般市民でも家名を持っている者が多いが、孤児や自ら家を捨てた者は「魂の記録」に家名が入らないのだ。

(貴族や富豪ではない……となると、職業ですが……)

予想外のことがあった。

柔らかなグロリアの眉がわずかにしかめられる。

グロリアは、ヒカルがなんらかのレアな職業を持っていると考えていたのだ。でなければあのジルが、「男は利用するもの」と考えているジルが、認めるはずがない。

だが「職業」は「広域市民町民村民救済神:シビリアン」だった。一般人の中の一般人である。

「……ヒカル様。職業はシビリアン以外になにがありますか?」

これくらいの年齢なら「よく見えるよう」見栄を張るのがふつうだ。特殊な職業を持っていたらそれを掲載するはずだ。

だがあのジルが直接話をしている以上、「職業を隠せ」と言った可能性がある。

操作できるものならグロリアが勝手にいじって確認したいが、本人以外、職業リストを閲覧し、選択することはできない。

「どういうことだ?」

「わたしはギルド職員ですので、教えてください。ジルも知っていることでしょう?」

ジルの名前を出せば教えてくれるだろう。

だがヒカルは首を横に振った。

「他にはない」

ない? シビリアンだけ?

(……違う。ジルだわ。ジルが絶対に隠すよう言ったんだわ)

先手を取られたな、とグロリアは思う。そこまで隠されると知りたくなる。ひょっとしたらルーキーとしては破格の4文字神……あるいは3文字なんていう可能性もあるかもしれない。

ならば、ジルではなく自分が手なずけよう。

「ヒカルさん、こちらの依頼はいかがでしょう? 届け物ですのですぐに終わりますよ? シビリアンであるヒカルさんにはぴったりです」

「……へえ」

依頼書を差し出すと、ヒカルはそれに目を通した。

「悪くはないかな。半日で終わりそうだし」

「では依頼を受理しますので、こちらへ。――依頼の詳細をお話ししますので奥のブースでお待ちください」

バリバリの裏がある笑顔で、グロリアはヒカルを案内した。

* *

ギルドを出て、ヒカルは歩いていた。

【クエストハンター】

【配達】……ポーンド在住のケルベックという魔道具師に手紙の配達を頼む。

街の地図をグロリアは見せてくれた。

地図は販売価格が高い上に、ギルドの地図はさらに詳細な特別製であるために貸し出すこともできないようだ。

ケルベックのいる場所への道筋を事細かに教えてくれる。

「なにか裏があるな」

ヒカルは思う。グロリアの態度を思って、だ。

ジルもあんなのといっしょに仕事をするのでは大変だろうと思った。

「ジルのほうが単細胞だから扱いやすいな」

ひどい言いようである。

だが――ヒカルの直感は正しかった。

グロリアの持ってきた「配達」依頼はとんでもないくせ者なのだ

* *

そのころ、ギルドのカウンターでひとり笑う受付嬢がいた。

「うふふ。問題を起こして泣きついてきてね? そうしたらわたしが助けてあげるから」

* *

ヒカルはグロリアに教わったとおり、ポーンドの街を歩いた。

街中を歩いているときにはよほどのことがない限り「隠密」スキルは使わないほうがいいことはわかっていた。

使って歩いていると、あちこちで人にぶつかってしまうのだ。

多少は見慣れた通りもあるけれど、ほとんどの道は初見だ。

ポーンドは、人口6,000人の中規模の街だ。

この国――ローランドが貴族として組み込まれていたこの国、ポーンソニア王国の王都ギィ=ポーンソニアに隣接しているのがポーンドだ。

王都へ入るための流通拠点として栄えているために「王都のおこぼれ」「なにもかも2流」などとも言われる。

しかし見方を変えれば、ほどよくまとまって、必要なお店はすべて手の届くところにあるよい街でもあった。

「さて……『隠密』先生の効果を検証するにはちょうどいいな」

昨日は空腹のためそんな余裕はなかった。

なので、依頼達成のために歩きがてらスキルの使用感について試すのだ。

まずはスキルなし。

「おうボウズ、果物ちょっと買ってかねえか?」

もちろん、屋台のおじさんからも話しかけられる。

次はスキルあり。

これは少し意外な結果が出た。

「そこの坊や、お母さんに花でもプレゼントしたら?」

「生命遮断」と「魔法遮断」は、ほぼなんの効果もなかったのだ。

当然と言えば当然かもしれない。

この2つは特定の探知スキルを遮断するものだから。

逆にすごかったのが「知覚遮断」だ。

「…………」

目の前を通るくらいでは、目も向けられない。

両手を振る、あるいは、両手を叩いて音を出すと、

「……? お? おお? ボウズ、いつからそこにいた?」

ようやく気づかれるレベル。

そして一度気づかれると遮断の効果は薄れるが、一瞬でも視線が逸れると、

「あ? ……どっか行ったのか? 見間違いかな……」

また見えなくなるらしい。

(スキルの効果とはいっても、物理的なカーテンが発生しているような感じかもしれない。光学迷彩とノイズキャンセラ―と……これはやっぱり、相当すごいものだな)

この「知覚遮断」は段階を設定できるようで、オフ、1段階から最高5段階までの、全6段階だった。

(1段階だけ使う意味とかあるのか? ……まあいいか)

だがさらにすごいものがあった。

「職業」による「神の能力補正」である。

「隠密神:闇を纏う者」を設定した途端――なにをしても、ほぼ、存在に気づかれることがなくなったのだ。

目の前で手を振っても、耳元で手を打ち鳴らしても。

(透明人間かよ)

これで女湯のぞき放題、とか、泥棒し放題、とは簡単には思えなかった。

ダンジョン――この世界にもやはりダンジョンがある――に存在する「トラップ」のようなもので、豪邸には必ず泥棒撃退用の罠が仕掛けられている。

それを解除する術がなければダメだ。

……ちなみに女湯なら大丈夫だろうが、そもそも公共浴場がこの国にはない。基本的に年中温暖であるので貴族や富豪が自宅にサウナ風呂を備えている程度だった。

(ひょっとしたら僕は――とんでもないものを手に入れたんだろうか?)

これさえあれば生命の危険はほとんどないだろう。

逆に、姿がわからずに他人からぶつかられたりといった事故の危険はあるが。

(……慢心はいけないよな。大体僕は事故で死んだわけだし)

気を引き締める。

スキルと職業、さらに注意もあればかなり死のリスクは少なくなる。

(あとは、ソウルボードの確認だな)

ソウルボードについても調べてみようと思っていた。

「? なにかそこにあるの? お兄ちゃん」

ギルドまでの道を教えてくれた幼女と偶然再会した。

試しに、と、ソウルボードを召喚して見せてみた。

が、幼女からは見えないようだ。

手を離してもそこに浮かんでいるので、掲げたり振ったりしてみたのだが。もちろんスキルや職業はすべてオフで。

(そうか見えないのか――あれ?)

そのときふと、幼女の身体の中心にもやっとしたものを感じた。

意識を集中すると、

【ソウルボード】ラーナ=ヴァルコン

年齢4 位階

4

「え?」

見えた。

他人のソウルボードが。

離れると――大体5メートルほど離れると、ソウルボードが消える。

「君の名前はなんていうの?」

震えそうな声を抑えてたずねると、

「……それを聞いてどうするの?」

めっちゃ警戒された。

「あ、い、いや、冒険者ギルドへの道をたずねただろ。ちゃんとたどりつけてギルドカードも発行してもらえたんだ。お礼を言いたくて、その相手の名前も知らないのは失礼かなって」

「ふーん? わたしはラーナだよ」

やはり、彼女のソウルボードだ。

「……そうか、ありがとう。これはお礼だ」

「わー、きれい! お金!?」

銀貨を1枚差し出すと、ひどく喜んでくれる。

(これも実験のためだ。ごめんよ)

心で謝りながらもう一度ラーナのソウルボードを開く。

【ソウルボードをアンロックしますか? 消費1】

「する」

「? なにかやるの?」

「い、いや、君は気にしなくていい――」

すると、

【生命力】

【自然回復力】0

【スタミナ】0

【免疫】

【知覚鋭敏】

アンロックできた。

ポイントも1減っている。

(……他者のソウルボードを確認できる上に、勝手にポイント消費もできるのか)

単に自分のソウルボード――スキルツリーをいじれるだけかと思っていた。

だが、これはすごい。

スキルツリーシステムへのフルアクセスだ。

「……いろいろありがとう。君が困ったことがあったら僕が助ける」

勝手にポイントを使ってしまった詫びとしては安いと思いながらも、銀貨をもう1枚追加した。幼女は大喜びで家へと帰っていった。

「さて、と」

歩き出したヒカルだったが、

「もう1つ気になるんだよな……」

実は自分のソウルボードを呼び出してみて、気がついたことがあった。

最初にポイントを振って以来、見ていなかったせいだろう。

【ソウルボード】ヒカル

年齢15 位階4

4

ポイントが、増えていたのである。