軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴族制の廃止?

シルベスターには信じられなかった。あの「敵国」と言ってもいいルマニアがツブラ出身の学院長を助けるべく行動している——なんて。

今回の「龍腎華の葉捜索パーティー」もツブラにおいてはかなりのバクチだった。

他国と比べて明らかに小国であるツブラ。連合国でも重要なポストは他国が占める中、次世代教育機関にして最先端の研究ができる「国立学術研究院」の院長ポストを獲得できたことはきわめて重要だった。

だからこそ、学院長の身内がポーンソニア王国とクインブランド皇国による戦争のせいで大ケガを負ったと聞き、なんとかせねばという空気が生まれたのだ。

しかしながら実力ある冒険者たちは、みな、首都フォレスザードに行ってしまう。一度首都に到着すると故国のことを忘れる病気でも流行っているのか、ほとんどが戻ってこない。

ツブラは人口流出が進む一方だった。「氏族」という単位を大切にし、他国からも人口を受け入れて今なお拡大するルマニアとは対照的に。

武芸の心得があるシルベスターが捜索パーティーを率いる、と宣言した。もちろんツブラ王やその他の重鎮から猛反対を受けた。

しかし、である。

彼らのほとんどが老齢なのだ。彼らはもはや「ツブラは緩やかな衰退を受け入れるべき」と割り切っているのだ。彼らが生きているうちにツブラが潰れることはないだろうから。

若いシルベスターは違う。

幸い弟がいるから自分が死んでも弟にツブラを任せられる。

自分の命をチップにしてでもこの賭けに勝ちたかった。学院長の甥が重傷であることは連合国内に知られている。それを、ツブラの王族である自分が勇敢にも解決したら——ツブラという国を盛り上げる契機になる。

死んでも構わない、という気持ちもあった。

死ぬことで、みなが考えを改める機会になるのなら、と。

それくらいシルベスターはツブラという国に危機感を覚えていた。

多くの供を連れて行動するのは目立ちすぎるし、「自分が死んでも構わない」という心情からも犠牲者は増やしたくなかった。

「竜との戦いがあるかもしれない」という事情を盾に、供の者たちは麓の街に滞在させている——ヒカルが滞在していた街とは反対側の麓だ。

それすらもごく少数ではあったが。

そして探索中、レッサーワイバーンの飛行を発見した。着陸するらしい。運がいい。レッサーワイバーンの着陸地点付近には龍腎華のある確率が高い。

竜種は眠りに落ちるのも早いから、初撃はノーリスクで入れられる。

忍び寄って採取するというのはあり得なかった。近づく者に対して竜種は敏感なのだ。

起きて、立ち去るのを待つ、という手段も考えなかった。

勝てる、これは運が向いているのだ——と思ってしまったことと、患者の容態があまりよくないという報告を聞き、焦っていたからだ。

結果、謎の少年に助けられた。

「……殿下、ルマニアは学院長のポストを狙っているのではありませんか?」

シルベスターの剣の師匠にして、伯爵位を持っているザムイ=ディ=ボックがガリオスにポーションを飲ませながら言うと、少年が困ったように答えた。

「ああ、やっぱりそう思いますよね。一応言っておきますが、これはリーグ……緑鬼氏族の厚意です」

「信じられん」

「信じられないでしょうけど、僕がそれを言わないで、後から『実は厚意なんですよ』と言われても余計に信じないでしょう? たまたま成功したから恩を売りに来たとか思うのでは?」

「それは——そうかもしれんが、大体ルマニアにそんなことをする理由がない」

「ボック伯」

シルベスターがたしなめるが、ボック伯は止まらない。

「ヤツらの政治のえげつなさといったらルダンシャといい勝負ですぞ。あの手この手を使って圧力をかけ、ポストに氏族を送り込む」

「……そんななんだ」

少年がうめいている。どうやら政治には疎いらしい。

ボック伯を止めてシルベスターが話しかける。

「すまないが、貴殿は名をなんという? どの国の者だ?」

「……名前は、ヒカル。出身はずっとずっと遠いところですよ」

なにか含みのある言い方だとシルベスターは思った。

「その強さ、ツブラが欲しいと言ったらどうだ? いくら払えば来てくれる?」

「あいにく今誰かに仕えるつもりはありません。しばらく用事もありますしね。——それじゃ、僕は行きます。レッサーワイバーンは重すぎるので目だけもらっていきますよ。他はまるまるそちらの取り分でいいです。金額で言っても1:9くらいになりませんか?」

「それは——そうだが」

レッサーワイバーンの目は、加工することで薬になるためにとてつもなく高い値がつく。だが、残り全体と比べてしまうとそれはもう比べものにはならない。

肉は食って美味だし、皮は服飾品や防具部材としても優れている。

「……龍腎華の葉は僕も持っていきますよ。それが緑鬼の依頼なので」

「本気なのか、彼らは」

ヒカルは肩をすくめただけだった。

そしてレッサーワイバーンに近寄ると、別の短刀を取り出してズブリと目元に刃を差し入れた。解体は慣れているようだ。ものの数分で拳よりも大きい目玉を2個取り出すと、布にくるんで懐にいれる。

「では」

「あ、ああ……」

彼は去っていった。

シルベスターの横に、魔法使いミカエルがやってくる。

「行っちまいましたね」

「ああ……どうやって彼は、レッサーワイバーンを倒したのか……聞けずじまいだった」

「? そりゃ短刀でしょう?」

「短刀1本、一撃で竜種を倒した話など聞いたこともない」

「そいつは確かにそうですが——もしやあの小僧、緑鬼が抱えている 暗殺者(アサシン) とか?」

「それはないだろう。学院長を助けるなどと言う理由もないだろうし、目的が不明だ」

「それはそうですね。殿下がさっさと龍腎華の葉を持ち帰って解毒薬を作っちまえば、あの小僧は報酬ももらえなくなる——」

「私が、そんなけちくさいことをすると思ったか?」

「す、すみません」

にらまれ、すごすごと引き下がるミカエル。

「……待てよ」

シルベスターはふと思いつく。

「それこそが彼の狙いだとしたら……? 彼は、緑鬼の依頼を受けているとか、そんなことを言う必要はそもそもまったくなかったはずだ。わざわざ言ったのは——なぜだ? ……こちらの出方をうかがっている? なんのために?」

「殿下! ガリオスが目覚めましたぞ!」

「! そうか!」

ボック伯に呼ばれ、シルベスターは走り出す。

考えすぎか、と心に思いながら。

* *

スカラーザードのルマニア氏族専用レストランにヒカルとラヴィアはいた。

テーブルには龍腎華の葉が置かれてあり、反対側に座る緑色の髪をしたルマニアの青年——リーグは目を見開いている。

「その……これは」

「見ての通り、アンタが欲しがっていたものだ。それで、そっちは?」

「はい。コトビの先生に弟子入りしてきました」

「へえ」

そのとき初めて、ヒカルはリーグを見直した。

やる気なのだ。

ぎくしゃくしている7国に風穴を開ける気なのだ。

「大丈夫なのか? 緑鬼はルマニアじゃ偉いんだろう?」

「ご存じでしたか。てっきりヒカルさんは知らないものとばかり」

「龍腎華の葉を採りに行く途中で聞いた。——まあハプニングもあったけど、 リーグ(・・・) のこともあったから丁重な態度を心がけたよ」

「それは……どうも? ともあれ、ヒカルさん」

「ん?」

「ちょっとは私を認めてくださったようですね?」

「…………」

呼び名を変えたことに気がついたのだろう。

「なんのことかな? それで報酬の話だけど」

「すみません。お金ですが……まさか今日お持ちになるとは思っておりませんでしたので、まだ準備ができていません。ギルド経由での振り込みなら可能ですが」

「いや、それはいいんだ。そっちだって『対応』があるだろうし」

「対応……ですか?」

「ハプニングがあったって言ったろ?」

「ええ」

「ツブラの王子に会った」

「……え?」

「僕がリーグの依頼を受けて龍腎華の葉を採りに来たことを話した。彼も龍腎華の葉を手に入れている。今ごろは解毒薬もできているころだと思う」

「…………」

「どのみち話し合いが必要なんだろ? これを奇貨としてがんばってくれたまえ。それじゃあ」

ヒカルはラヴィアとともに部屋を出た。唖然としたままのリーグを置いて。

「——どうなるかしら?」

屋敷を出てからラヴィアはヒカルにたずねた。

「難しいと思うよ。彼らが成功するのは」

「そう……」

「ラヴィアは彼らに同情的?」

「いえ。でも現状を変えようとしていることは好ましく感じたわ。ヒカルはどうして難しいと思うの? ツブラとルマニアの頂点に近い2人なのでしょう? 彼らがもし組むことがあれば、影響力がありそうだけれど」

「そうだね……もちろんそれを考えて、シルベスターがリーグにコンタクトを取るように仕向けたというのはあるよ。でも、リーグが緑鬼氏族の中でどれくらいの立場なのかまではわからない。黄虎氏族の彼は確か、厄介払いされていたわけだろ?」

「ああ、そんな人もいたわね」

「あとさ、脈々と受け継がれている文化を変えることはほんとうに難しいということ。たとえばポーンソニアで『貴族制を廃止する』と王が言ったら実現できる?」

「……それは、とてつもなく難題ね。貴族制によって利益、権力を得ている人があまりに多いもの」

「リーグがやろうとしていることは、それに近い。彼はもっと堅実に進めるだろうけれど、問題の本質は『貴族制の廃止』と変わらないよ。抵抗する人間が出てくる。活動を進めれば進めるほど……」

しかしそれでもリーグは、行動している。

「『まず隗より始めよ』か」

「なに?」

「僕が生まれた世界にあった言葉。どんなに大きな計画も、手近なものから始めるべきという意味。リーグは、コトビの人間に師事するよう要請したら、ほんとうに実行したからね」

ラヴィアの言うとおり——ヒカルにとっても彼の姿は好ましく映った。

「ヒカル」

「ん?」

「あなたはきっと、またリーグに手を貸すと思うわ」

「そうなったらたっぷり報酬を請求するさ」

ヒカルとラヴィアはふたりの新居へと帰った。

翌日にはリーグから100万ギランの入金があり、その2日後、学院への通学が始まった。