軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

緑髪の男

野草の採集依頼をいくつか書き写し、「資料庫」——この冒険者ギルドにもあった——で近隣の地図や植物について確認する。

採集依頼ならあらかじめ受けておく必要はない。採集が済んだらカウンターに行くのだ。

まだ昼前ではあるが、出発は明日だろう。寝具を買っておかねばならない。

ヒカルとラヴィアが冒険者ギルドを出たときだった。

「ちょっといいですか。君たち」

「————」

ヒカルは十分警戒して振り返る。

そこにいたのは緑髪だ。

「話を聞きたいのですが、いいでしょうか?」

緑の直毛は長く、後ろで縛っている。

どこか知的な雰囲気を漂わせており、さっきの金髪とは違うなと感じた。

【ソウルボード】リーグ=緑鬼=ルマニア

年齢19 位階4

11

【魔力】

【魔力量】1

【精霊適性】

【土】1

【器用さ】

【道具習熟】

【薬器】1

【直感】

【ひらめき】

【発明】1

【知性】

【演算】1

学者タイプだ。

よく見ると右手の中指と薬指に妙な たこ(・・) がある。「薬器」がらみだろうか。

「それに僕が応えるとでも? アンタは金髪のお仲間だろ」

「ああ、ちゃんと覚えていてくれたんですね。てっきり他人にはまったく興味がないのかと思っていました。彼の非礼はお詫びします。学院に通うことになった経緯が、実家でどうも厄介払いに遭ったようでしてね……『役立たず』とか『使えない』とかそういう言葉に敏感に反応してしまうのです。お詫びの印に、私が食事をごちそうするというのはどうでしょうか?」

「僕が食うにも困っていると思うのか?」

「いいえ。お召し物はなかなか値の張るものでしょう。ですから、私が美味しい食事店を紹介します。紹介者がいなければ入れない、名店ですよ。知っていれば次またご利用いただけます」

「…………」

ペースに乗せられるのはシャクだが、ヒカルはなんだかんだ言って美味い料理が好きである。

「交渉成立ですね。どうぞ、こちらです」

「まだ行くとは言っていない」

「あなたの舌に合うといいのですが——ああ、そう言えばお名前はなんとおっしゃるんです?」

ここまでマイペースに話を進められたのは、こっちの世界に来て初めてだった。

(ま……いいか。おかしな様子があったら「集団遮断」で逃げればいいし)

どう考えても「古代神民の地下街」以上の危険があるとは思えない。

「この人すごいわ。ヒカルを相手に口先で一歩も引かない」

「ラヴィア。変なところで感心しないでくれよ……」

「ヒカルさんとおっしゃるんですね。私はリーグ……まあ家名はよろしいでしょう。リーグと呼び捨ててください」

ぐいぐい会話にも入ってくる。

しかし不思議なことに、嫌悪感が湧いてこなかった。

それはリーグの話し方に感情が乗っていないせいかもしれないし、ラヴィアに全然興味がなさそうなせいかもしれない。

もちろん「なにを考えているのかわからない」という不気味さはあるので警戒は怠らないが。

「魔力探知」を使いながら歩いていくと、住宅街に入り込んだ。一軒一軒が大きい、ギィ=ポーンソニアならば貴族の邸宅のような雰囲気だ。

その一軒の前でリーグは止まる。

「こちらです」

「……僕の目にはただの邸宅に見えるけど?」

「そこがミソです。ルマニアの氏族の子女が案内しないと入れないんですよ」

「じゃあ僕が気に入ってひとりで来ようと思っても入れないじゃないか。さっき今度またご利用してどうのとか言ってなかったっけ?」

「…………」

ぽん、と手を叩くリーグ。

「それは盲点でした……」

そうしてしゃがみ込んで頭を抱える。

「ああ……どうしよう、他に飲食店なんて知らないのだが? こうなればいっそ、私が料理を作るか……料理も薬の調合も似たようなもの、大丈夫、いけるいける。計算上は問題ない。もう私はディナーのフルコースを作った経験があるようなもの」

「ちょっと待て。不穏な言葉が漏れ出てるぞ」

すっ、とリーグは立ち上がった。

「では店を変えましょう。私のアパートメントに向かいます」

「行かないっての。アンタ料理したことないんだろ?」

「…………。大丈夫です」

「なんで『溜め』たんだよ。大丈夫な気がまったくしないんだが」

「計算上は」

「そんな計算は存在しない。——わかった、ここでいいよ。確かにひとりでは来られないけど、こういうことでもなければ味わえないのは事実だし。美味しいんだろ?」

「はい。それはもう。そういう評判です」

「……評判、って」

「私はなにを食べても食材を思い浮かべるだけで、美味いマズイがわからないのです」

「それでよく僕に手料理を振る舞おうとしたな?」

リーグに導かれて邸宅に入ると、執事やメイドが出迎えてくれた。

すべて個室で食事が提供されるということで、2階の部屋を勧められたがヒカルは1階にしてくれと希望を出した。閉塞感がイヤだから、と理由をつけて窓付きの部屋だ。

「なるほど、ヒカルさんは私のお誘いが罠ではないかと疑っておられるのですね? 妥当な判断です。私だって、私のようなうさんくさいヤツと食事などしたくありません」

「自分で言ってて悲しくないのか?」

「感情の起伏が他人より少ないようで、悲しいとは思いませんね」

変人だな、とヒカルは思う。それにしても、

「…………」

「どうしたの、ヒカル?」

「いや、ラヴィアは、会話に入ってこないなって。あの筋肉教官のときには話してるとイライラしてるふうだったのに」

「言われてみるとあんまり気にならない——って、ヒカル。わたしそんなにイライラしていた?」

「まあ、それなりに」

「あぁぁ、どうしよう。ヒカル、わたし独占欲が強いのかしら? そんなこと……考えたこともなかった」

「独占欲の強さも愛情の一環でしょう。一般論ですけども」

と感情の起伏が少ないらしいリーグが口を挟んできた。「あ、愛情なんて、そんな、でも……」だなんて言いながらまたもラヴィアがおろおろしている。

(そんなラヴィアも可愛いな)

ヒカルはどうでもいいことを考えていた。

それから食事が運ばれてきた。

連合国の、と言うよりリーグたちの出身であるルマニアの郷土料理であるらしい。

大量のチーズを加熱して溶かし、白ワインで伸ばす。そこに食材を入れてチーズを絡めて食べる——チーズフォンデュだ。

「どうです。なかなか珍しいでしょう?」

とリーグは自信満々である。

「聞きたいのだけど、アンタの故郷は高地に草原が広がっていて牧畜・乳業が盛ん。安価で乳製品——ソフトチーズやハードチーズが出回っている。たとえばチーズの塊を担保に金を貸したりとかそういうことがある。——そんなところか?」

「よく調べていますね! そのとおりです」

転生者が広めた文化じゃないのか……。

「なるほど……そういう文化は『ある時期』を境に『急速に』普及しなかったか?」

「そうなんです。実は乳業の創始者という人物がいましてね——」

名前を聞いても、日本人やフランス人やスイスの人間の名前ではなかった。こっちの世界の人名である。転生者だろうか。

ちょいちょい転生者、あるいは転移者がいて、この世界に影響を与えている。だけれど大きなインパクトに至っていない。たとえば蒸気機関を造ったり、ペニシリンを作ったりということがない。

なぜだろうか?

ヒカルの推測では、この世界に「魔法」があり「神」の恩恵——「職業」によって補正があるせいではないか——。

転生者や転移者がいても、彼らは世界を一変させるほどのチート能力を持っていない。ヒカルの「ソウルボード」のようなものを持っていなかったのだ。

セリカ=タノウエも優れた冒険者ではあるのだろうが、ランクB止まりだ。意図的に止めている可能性はあるが。

ただし彼女が世界的に有名かどうかというと、

「もう1つ聞きたいが、セリカ=タノウエという冒険者を知っているか?」

「……? 知りませんね。有名なんですか?」

「知らないならいい。ありがとう、リーグ」

その程度だ。

「魔法」や「職業」があるのだからわざわざ技術を発展させる必要がない、と思ってしまうのも無理はない。医学を発展させるくらいなら「回復魔法」を効率的に使えるようにしたほうが手っ取り早いのだ。

(……でも金儲けを考える人間はいっぱいいるはずだよな? そういう人間がいれば地球の文化を持ち込んで、一大ビジネスになってそうだけど……? たとえば火薬、銃——リヴォルヴァー…………待てよ)

ふとヒカルは気がつく。

古代ポエルンシニア王朝に、転生者、あるいは転移者がいたであろうことは間違いない。

彼、あるいは彼女、は一気に時計の針を進めようとした。

しかしそれを気に入らない存在がいた。

そいつが巨人を差し向けた——文明を滅ぼすために。

(そいつを「神」だというのはあまりに短絡的だ。大国に虐げられたどこぞの民族が、禁忌の魔術を使ったとか……あるいはそれこそ別の転生者が巨人を造ったとか、そういう可能性も排除できない)

「ふっふふふふ」

ヒカルが考え込んでいるとリーグが笑い出した。

「『ありがとう、リーグ』か。『アンタ』呼ばわりからするとだいぶ親しみが籠もるようになったと思っていいのですか?」

「うるさい、調子に乗るな」

「ああ、いいですよ。問題ありません。あなたはなかなかどうして照れ隠しをするようですから。私にはわかっています。あなたがほんとうは親愛に満ちた方であると」

この野郎、勝手言いやがって——とは思ったものの、ヒカルはなぜそんなふうにリーグが言ったのかという「真意」に気がついた。

食事を給仕してくれる使用人たちは相当に洗練された動きだ。礼儀も正しく、特にリーグに対して深い敬意を持っているように感じられる。彼が「氏族」でありルマニアの国では重要人物であることはほぼ間違いない。

そんなリーグに、明らかに他国の者であるヒカルが無礼を振る舞っているのだ。使用人たちが暴走しかねないとリーグは考えたのかもしれない。「不慮の事故」が起きないようにと。

「……なかなかの気遣いじゃないか、リーグ」

「お褒めにあずかりまして。ヒカルさんも聡明であられる。私がこれまで会った中でもトップクラスの人物ですよ」

「当然です」

なぜかラヴィアが胸を張った。

「食事はいかがですか、ラヴィア嬢?」

「チーズのニオイ消しのために香り豊かな上質の白ワインを使っているようですが、逆に味わいが強すぎてチーズの風味を損なっています。もっと安いもののほうがチーズを楽しむ料理としてはよろしいのではありませんか?」

「……これは、なるほど、ラヴィア嬢もまた一角の人物ですね。おそらくシェフが気を利かせたのでしょう。ルマニアのチーズはクセが強いものですから、他国の方をおもてなしするためにマイルドな味わいになるよう調整したということです。お出しする前に確認するべきでしたね。——そうシェフに伝えて」

リーグが使用人のひとりに言うと、彼は深々と頭を下げて、

「かしこまりました」

退室した。

これで部屋には誰もいなくなった。

「ヒカルさん。1つお願いがあります」

来たな、とヒカルは思った。

なんの目的もなくヒカルを食事に誘うわけがない。

はっきり言ってくれるならこちらとしてもやりやすいが——。

「——依頼を受けていただきたいのです」

「なんの?」

「『龍腎華の葉』を取ってきていただきたい。成功した場合は、ギルドの報酬に加えて同額を私からお支払いします」