軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間話:動乱の傍観者

長袖のシャツに、膝まである長いカーディガンを着た大柄な女性が歩いていた。

女性であるにも関わらず、ぴっちりとしたパンツを穿いているのはこの世界では珍しい。動きやすいように、という軍部の女性や、力仕事に従事しているごく一部の女性くらいのものだ。

だが、彼女は好き好んでパンツを穿いていた。

170を優に超える身長であるのに、ヒールがある靴を履いているのもそれが「好き」だからだ。

シャツを押し上げる大きな胸も、ぴっちりとしたパンツのせいでよりいっそう強調されるお尻の大きさも、本人はまったく気にしない。

頭のてっぺんでひとつにまとめた青灰色の豊かな髪をなびかせて彼女は歩く。

完璧に磨き上げられたタイルの床に、ヒールが音を立てる。

すれ違う官吏や使用人たちが恭しく彼女に頭を下げる。

魔物の革を使った鎧で武装している兵士——重装で鳴らすポーンソニアの騎士が見たら鼻で笑いそうな——が敬礼して彼女を迎える。

「やあ、女王陛下は中かい?」

「はっ!」

その気軽な物言いは親しみやすいものではあったが、警護していた兵士2名は顔を赤らめる。

髪と同じ色をした切れ長の目はメガネによって隠されているものの、隠しきれない色気がある。

紅を引いていないにもかかわらず赤い唇もまた十分に彼女の美しさを引き立てていた。

だけれどもそんなことに気づかず、彼女は言う。

「通るよ」

「はっ! ——ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンス様がいらっしゃいました!!」

彼女、ゾフィーラは小さく手を挙げると、兵士たちが開いた木製の扉を抜けて中へと入る。

そこはフォレステイア連合国、国王が持つ執務室だ。

初夏ではあるがポーンソニアより北方に位置しているために、盛夏を迎えても日陰に入れば肌寒いほど。

巨木から切り出された柱。

応接用のイスやテーブル、執務机もすべて木製。その木目の美しさから「神の描きし流線」とまで言われる 香緑(こうりょく) 樹をふんだんに使っている。

室内にいたのは、8人。

7人が立っていて、座っているのは1人だけ。

執務机のイスに座っていたのは小さな少女だった。年の頃は10と言ったところか——人間ならば。

「よう来た」

美しい金髪はこの地方では珍しいものではない。

だがその下にのぞく目——宝玉をはめ込んだようにきらめく赤い目は、彼女がとある一族であることを示している。

「はっ。スピリットエルフの代表にしてフォレスティア連合国女王陛下であらせられるマルケド様におかれましてはご機嫌麗しく存じます」

「…………」

片膝をついて口上を述べたゾフィーラに、心底イヤそうな顔を向ける女王——マルケド。

一方で突っ立っている7人は満足そうな顔をしている。

「堅苦しい挨拶はよい。立て。——お前たちは席を外せ」

マルケドがそう命じると、立っている7人全員がにこりとした。それは「拒否」を表している。

彼らはみな、違う国の人間だった。ポーンソニア王国にいてもまったく違和感のない人間が4人。マルケドと同じ、赤い目をした者が1人。毛むくじゃらの大男が1人。青ざめた肌をした者が1人。

民族衣装のように洋服のデザインがばらばらなので、非常にちぐはぐに見える。

「陛下。我々は神に愛されし7国を代表する者。そして女王陛下をお守りする存在であり……」

「 去(い) ねと言ったのだ。聞こえたか? その耳飾りでじゃらじゃらした耳の穴に、余の声は届いたか?」

「…………」

確かに、代表で話した男は耳に大量の輪っか——ピアスやイヤリングと言うには過剰な——をつけていた。

非常に不愉快だ、という顔をしている。

「他国の者をいともたやすくこの部屋まで忍び込ませたお前たちに、余を守る力があるとは思えぬ」

「……その態度、後悔めされるな?」

ぞろぞろと7人が出て行く。

7人は出がけに、いまだ片膝をついてうなだれたままのゾフィーラをにらみつけていく。それを知っているのかゾフィーラは彼らを一顧だにしなかった。

扉が閉じられると、マルケドは執務机から応接イスへと歩いていく。

その服は最高級の布地を使ってはいるが、シンプルなワンピースだ。ブレスレットやネックレスといったアクセサリーは、魔術が施されており彼女の身体を守っているが、見た目は簡素である。女王陛下には見えない。

「なあ、どう思う? 毎年思うけどアイツら、本気で余のことを舐めくさってるよな? 余と同郷のキリハル出身者ですらこうだぞ?」

「まあね。あの7人が毎年入れ替わって毎度こうってことは、陛下にも問題があるのよ」

「はぁ!?」

「つまりは若すぎるってこと」

突然砕けた口調で立ち上がると、ゾフィーラはお茶の準備をしてマルケドの向かいに腰を下ろす。

「はぁ〜〜? これでもゾフィーラより年上だけどぉ〜〜?」

「その態度がガキくさいって言ってんの。飲む?」

「うん。お砂糖いっぱい入れてね」

ほらガキくさい、とでも言いたげにゾフィーラは肩をすくめてみせたが、マルケドは気づかない。

いかに舐められても、ガキっぽくても、彼女は正真正銘連合国の国王だ。

そしてゾフィーラはわずか22歳にして国政トップの筆頭大臣に就いた。

このような人事があったことには様々な事情があったが——決め手となったのはたった1つの理由しかない。

マルケドは連合国を構成する7つの小国の、キリハル王家の血を引いている。そして7国で持ち回りである王座が回ってきた年に王族内で最も魔力が高かっただけ——任期はあと4年。

ゾフィーラは、官僚の家系に生まれ育ち、きわめて有能——財務的に沈みかけていたこの連合国の税制改革に着手し、見事浮上させた。この国の誰もかなわないほどに有能だった。

ふたりはほぼ同じ時期に今の地位に就いた。

待っていたのは各国代表者7名だ。「国政相談役」という肩書きだが、体のいい監視役である。この連合国は微妙なバランスの上に成り立っていた。

ふたりとも、周囲からやっかみや嫉妬を受けていた。

必然的にふたりは結びつく。

「お茶おいし〜〜。やっぱゾフィーラが淹れるお茶がいちばんね」

「お茶を汲ませたら私の右に出る官僚はいないよ」

「うふふ」

スピリットエルフ——エルフの一種——を象徴するとんがった耳がぴくぴくと動く。リラックスしたときのマルケドのクセだった。

「それで? ゾフィーラのところにはポーンソニアの様子、伝わってる?」

「控えめに言っても大混乱。それもそうよね、一応、600年続いた王朝を否定してるんだから」

「5年前にバルブス卿が連絡を取ってきたときは妄想ジジイかと思って半信半疑だったけど……あなたの助言を全部受け入れて、実行したんだからなかなかの人物よね」

「ええ。彼も、ダンジョン『古代神民の地下街』が見つからなければ行動を起こさなかったでしょうね」

「……600年、限定した家族にだけ伝えられた歴史、ね……」

マルケドは目を細めて、1度だけ会ったことのあるガフラスティを思い返す。

当時はマルケドも国王になって1年程度のころだ。あれやこれやと慣れない政務で疲れていたが、「どうしても会うべき、とうちのアグレイアが言っている」とゾフィーラに言われたのだ。アグレイアの「勘」は時に、とんでもないものを引き当てる。

『あのダンジョンには、正統なる王の血筋を示す文書が残っているはずじゃ。これを見つけられれば今の王を……ニセモノの王を外すことができる』

ガフラスティはマルケドに助力を求めた。

彼女たちにとってみればガフラスティが失脚しようとたいした問題ではないし、リスクでも何でもない。ただ、ポーンソニアの現王は他国侵略に食指を動かしていた。まずはクインブランド皇国だろう。彼の国がもしも敗れた場合は、次にフォレスティア連合国に進軍するであろうことは容易に想像できた。

ゆえにゾフィーラがガフラスティに助言をした。

まず王から資金を引き出しダンジョンを踏破すること。ガフラスティの家では古代王朝は「超テクノロジー」を持っていたというので、「ダンジョンを踏破すればそのテクノロジーが手に入るかもしれない。手に入らなくとも財宝は必ずある」などとそそのかしてなんとか国の予算をつけなければいけない。個人でダンジョンを踏破するにはバルブス一家の財務状況は真っ赤だった。

次にアグレイアを連れていくこと。ガフラスティは王国内でほぼ孤立している貴族であり後ろ盾がない。護衛にも事欠く始末だ。であればアグレイアはきっと役に立つ——もっとも、ガフラスティがその「超テクノロジー」を悪用し、連合国に弓を引くような真似をした場合にはガフラスティを亡き者にできる保険でもあったが。

最後は連絡方法だ。ポーンソニア国王は強欲で堕落しているが疑り深い。ガフラスティがダンジョン踏破を言い出せばきっと目をつけられる。連合国と連絡を取ることは極めて危険なので、何重にも間に人を挟んでやりとりしたほうがいい。その方法はアグレイアに任せること。

ガフラスティはそのすべての助言を守った。そして結果を出した——その結果はどうやら単なる幸運ではあったようだが。

うまいことガフラスティがやったことには、ダンジョン踏破について冒険者ギルドを関与させたことだ。「古代神民の地下街」が「古代ポエルンシニア王朝」に関わるものだ、ということは「国王認可」の「ポーンソニア王家遺物研究会」が認めている。

あのダンジョンから王族系譜の巻物を入手したことは、一応独立している「冒険者ギルド」が確認している。

ポーンソニア国王がガフラスティの主張を否定しようとしても、二重のチェックが入った状態になっているのだ。

おそらく冒険者ギルドは国の内乱に巻き込まれたことを自覚した頃合いだろう。ダンジョンに派遣された係員は自分が記録した内容によって、国王に恨まれたということを理解しているだろうか?

「クインブランドは胸をなで下ろしていることでしょうね。これでポーンソニアはしばらく足止めだし」

「バルブス卿が殺されなければいいけどね」

「そのためのアグレイア——あなたの従姉妹じゃない」

「あの子だけでどうにかなるとも限らないよ。なんせポーンソニアにはあんな少年がいるんだから……」

「あー、あの……」

ふたり、無言になる。

彼女たちは思い返していた。この部屋へ、ふらりと現れたひとりの少年——太陽神のお面をかぶった黒衣をまとった少年のことを——。