軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄の帰還

ポジの集落は、集落を囲むようにワイバーン除けの魔術結界が張られていた。

その結果、魔力が集落内に巡回し、黄金に結びついて思わぬ副作用——生物を魅了し、堕落させるような効果を持ってしまった。

今、魔術結界は破壊されており新たな魔力の蓄積がないことがヒカルの「魔力探知」によってわかっている。

今回のワイバーンの治療で「魔力探知」を使いまくっていたからこそわかることだが、ヒカルは、赤いワイバーンのトルアがブレスを吐いたときに屋根に貼られた黄金を吹き飛ばしたのに着目した。

黄金は蒸発し、融解し、滴った。

そのとき、黄金から多くの魔力が散逸していったのだ。

滴り、水たまりのようになった黄金には魔力が残っていないのである。

「ほほう……」

ヒカルが説明するとラヴィアは納得した。

「高熱で魔力が消えるということ?」

「そうかもしれない。でも、そうだとするとちょっと厄介なんだ。蒸発した黄金を僕らが吸い込んだら身体が大変なことになる」

黄金を吸い込んだ患者の話なんて聞いたことはないが、呼吸器に深刻なダメージを与えることは間違いないだろう。

「僕はトルアのブレスに、高密度の魔力が込められていることに気がついた。だから、魔力を当てることでそちらの魔力にくっついて、空気中に放出されるんじゃないかと思っている」

「そんなことあるの——」

言いかけたラヴィアは、ハッとした。

「——腫瘍には黄金の魔力が集まってる」

「うん。そうなんだよね。この黄金の魔力はかなり特殊な性質を持っているようで、腫瘍は成長のために魔力を吸い込んだのかもしれないけれど、いずれにせよ、どこかに集まったりくっついたりする性質がある。だから必ずしも高熱の魔法でなくてもいいんじゃないかなって」

「ヒカルの『呪魂魔法』でも?」

「そのとおり。ポーラの『回復魔法』でもいいかもしれない……ただ僕の魔力もからっけつだし、ポーラはワイバーンの治療に忙しい」

「わたしの出番」

むん、とラヴィアが胸を張った。

「熱のない魔法。アレがあるね」

ラヴィアはすぐにピンと来たようだった。

「早速試しても?」

「もちろん。お願いするよ——なるべく魔力を練り込んでから」

「ん。任せて」

ラヴィアは黄金から距離を置いたところで詠唱を始めた。

「――『我が歩みし聖道は罪過を贖う道にして、前途は険しく、囲繞する山嶺のごとき試練に、矮小なるこの身の心は萎縮すれども』――」

その詠唱はふだんラヴィアがぶっ放す「火魔法」の詠唱とは違う。

彼女が手にしたショートワンドに、すぐにも光が走った。

今までヒカルが見たことのあるこの魔法よりも、ずっと強い光が。

「――『常世に清浄なる光もて、昏く細き道を照らしたまえ』」

その光は、白。

渦巻くように白い光が彼女の周囲を包み込み、長い銀髪をふわりと浮かせる。

聖属性と火属性の 混合魔法(ミックス) ——。

「 贖罪の聖炎(アトーンメント・フレイム) 」

放たれた白の業火は太陽の光の下でもまぶしく輝いて見えた。

ヒカルは「魔力探知」で確認する——すさまじい量の魔力が練り込まれている。

トルアの放ったブレスといい勝負だ。

炎が黄金の屋根にくっついた瞬間、

「ッ!?」

「!!」

想像していなかった爆発が起きた。

とても静かな爆発だった。

屋根の黄金から魔力が吸い出され、隣家の屋根や屋内からも魔力が吸い出され、融合し、みるみる膨れ上がるとパンッと弾けたのだ。

そのひとつひとつに音はなく、静かな花火のようだった。

ただ、魔力に引っ張られた隣家の屋根が剥がれて飛んで、爆発後の家に激突するや支柱をへし折って建物が崩れ落ちる。

暴風と砂塵が舞い上がり、ヒカルはマントでラヴィアを包み込んで隠した。

「な、なに今の」

砂埃が落ち着いてきたところで、ふたりは魔法を放った跡地を見やった。

崩れた家と、屋根の剥がされた家、そして——。

「……こんな色だったんだ」

ピュアな黄金が、陽光を映じてきらめいていた。

今までの黄金もまばゆかったがこれを見ると、魔力を含んだそれらがまがい物であったことがよくわかる。

「まぶしい」

「うん。だけど成功だ」

ヒカルの「魔力探知」でもはっきりとわかる。

きれいさっぱり、魔力が抜け落ちていたのだった。

* *

「……世話になったな。矮小なヒトの——いや、ヒカルよ」

翌朝、すっかり元気になったワイバーンたちがいた。

魔力のせいで身体がなまっていたようだったが、一日眠ればすっかり元通りで、麓の動物を食らい尽くすとばかりに早朝から飛び立っていき、口を血だらけにして帰ってきた。

「う、ううむ……まだ信じられん。こんなヒトの子が? 我らを治したと?」

「エルブ。いい加減に受け入れよ。実際、あの灰色の子の魔法を見たであろう」

「それは……確かに、すさまじい『回復魔法』であったが……」

青のワイバーン、エルブもすっかり回復したが彼らを治療したのがヒカルたちだというのをいまだに信じられないようだ。

「では、そろそろ我らは行く」

「行くアテはあるのか?」

「うむ——以前棲んでいた住処へ戻ろうかと思う。ここからはるか西に向かった山中だ」

ヒカルが思うに、それはクインブランド皇国とポーンソニア王国が国境を接するグルッグシュルト辺境伯領内に思われた。ただ国境よりはだいぶ離れているだろう。

「なにかあれば我らを頼れ。恩人よ」

「うむ。我らは恩を忘れぬ」

「いいさ。こっちだって黄金を集めるついでだ」

ヒカルは親指でくいくいと指した方向には——太陽の光を浴びて本来の煌めきを取り戻した黄金の集落があった。

疲れ果てたラヴィアとポーラは、まだぐっすり眠っている。

「……ほんとうに黄金の魔力までなくしてしまうとは、末恐ろしいヒトの子だな」

エルブが顔をしかめている——ワイバーンの表情なんてわからないと思っていたが、意外と感情豊かであることをヒカルは知った。

「そうだ。そっちも飛び立つなら、そっちの ついで(・・・) でひとつお願いできるかな?」

「ん?」

「なんだ?」

「実は——」

ヒカルの頼みに、青と赤のワイバーンは顔を見合わせ——それからフッと笑った。

鉱山都市ゴードンの冒険者ギルドはざわついていた。

ランクB冒険者パーティー「流星クレア」が半壊状態で帰還したのはつい一昨日のことで、彼らの口から発せられた言葉——「真昼の梟」によって攻撃を受けたという報告で冒険者ギルドは調査隊を編制することになった。

ランクC冒険者数名を含む調査隊が出発したのが昨日の昼。

それらの結果がどうなるのかと、ギルド内はウワサ話で持ちきりだったのだ。

「——『流星クレア』の連中、静かなもんだったがあれは相当キレてるぜ」

「——俺は『真昼の梟』なんて連中は信用ならねえと思ってたんだ。でも、あの案内人、ずいぶん前からこの街にいなかったか?」

「——クレアちゃん、なんか心ここにあらずって感じだったよな」

「——おいおい、お前クレアちゃんなんて呼んでたら『流星クレア』のパーティーメンバーににらまれっぞ」

相変わらず、獣人も多い地元の冒険者が半分、黄金のウワサにつられてやってきた冒険者が半分といった感じだった。

「ふん。自分とは縁もない、はるか上位ランクのパーティーを見上げたって首が痛くなるだけじゃないのさ」

ウワサをしている冒険者たちを馬鹿にしたような目で見ているのは、獣人冒険者のファルナだった。

「っつったってしょうがねーでしょ、姐御。うちらの仕事にだって影響出ますぜ」

「そうそう。なんたって今日は朝から森が騒がしい騒がしい。なんかデケェ魔物が出たに違いない」

「こりゃ休むしかねえな」

ファルナのパーティーメンバーがそんなことを言うので、ひとりひとりの額にチョップをくれてやるファルナ。

「いでぇ!?」

「バカ言ってろ。ウチらの仕事は変わらないさ。街のために獣を狩る。それだけ」

「んなこと言って、昨日深酒して寝坊したのは誰だっけ?」

「うっ……」

ファルナはたじろいだ。

それは事実で、おかげで今日の活動は昼からスタートとなってしまったのである。

「と、とりあえず依頼票確認して行くぞ!」

とファルナが誤魔化すように言ったときだった。

「た、大変だ!」

ひとりの獣人冒険者が——この街で活動の長い冒険者が駈け込んできた。

「空に、大量のワイバーンが!! こっちに向かってる!!!!」

街は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

街のどこからでもワイバーンの飛来する巨体は見えており、その数が数十となると人々は建物に隠れようと逃げ惑う。

「お、降りていくぞ!」

ぐるりと街を一周したワイバーンたちは、街の北側、鉱山側の広場へと降下していく。

「ど、どうするんだ、姐御。今ならまだ逃げ——」

「それ以上言うんじゃないよ」

ファルナの全身に鳥肌が立って、今にも膝から崩れ落ちそうだったが、彼女は言った。

「あたしたちはこの街の冒険者だ。この街を守るのがあたしたちの誇りだ。違うか」

彼女の言葉に——仲間たちは一時、落ち着きを取り戻す。

「……違わねえ。そのとおりだ」

「それじゃ、行くよ!」

「オオッ!!」

そう動き出したのはファルナたちだけではなかった。この街で活動している冒険者パーティーのうち、いくつかが合流して街の北側へと向かう。

むしろ衛兵たちのほうが浮き足だっており、おろおろしているだけの者、町民といっしょに逃げ惑う者など統率が取れていない。

「逃げるなら南へ逃げろ! 道の真ん中は討伐部隊に空けろ!」

ファルナが叫びながら走っていく。

トロッコを引き入れることのできる北側の広場は、いつもならば鉱夫や兵士たちの姿が多いのだが、今は無人になっていた。

「で、デケェ……」

仲間のひとりが怯んだように言った。

それも仕方がないとファルナは感じる。

(なんなんだよ、あの赤と青の個体は! デカすぎんだろ!!)

これはダメだ。絶対に勝てない——そんな思いが頭に広がる。

「姐御ォ! どうするんだよ、アレ! ぜってぇ無理だよ! 軍隊だって無理だ!」

「……わかってる。時間を稼ぐぞ。それくらいならなんとか——」

と言いかけたファルナの前に、するりとやってきた人影があった。

「落ち着かんかい、バカ者が」

「え? ——ジ、ジジイ!? なんでアンタがここにいるんだよ!?」

それはファルナと同居しているホヤ老人だった。

恐怖に襲われながらもなんとか平常心を保とうとしていたファルナだったが、ここに来てパニックに陥る。

街の人を守りたい。その中には当然、ホヤ老人も含まれる。ファルナが守りたいランキングで言えば育ての親であるホヤ老人は1位だ。

「ジ、ジジイ、逃げろ! 今すぐ逃げろ! アタシが時間を稼ぐから、なっ!? アタシなら心配要らねぇよ、なんせこの健脚だ、ワイバーンを引きつけたらちゃちゃっと逃げ——あだっ!?」

ホヤ老人のチョップがファルナの額に落とされた。

老人の細腕とは思えない鋭いチョップは、額に当たったとは思えない「ゴンッ」という鈍い音を出した。

「姐御のチョップはジイさん直伝だったのか……」

意外なところで真相を知った仲間たち。

「うるさいわ、バカ者。さっきから言っておるだろ、落ち着けと」

「だ、だってよ、ここで落ち着いてなんて……」

「見ろ」

「え?」

「アレが、捕食者の動きか?」

額を押さえながら涙目になったファルナが見たのは——確かに、おかしな光景だった。

ワイバーンたちは着陸したまま止まっているのだ。大人しく、整列して。

「え?」

ワイバーンが首を下げて誰かと話している。

「え……?」

そこにいるのは3人の人影だ。

「え——?」

遠目だが、わかる。ファルナも見たことがある——。

「ええええええええええ——あだっ」

「うるさいと言った」

ファルナだけでなく、集まった冒険者たち全員が気づき、そして見た。

すぐに飛び立っていったワイバーン。

残された3人。

ワイバーンたちは、その3人を 運んで(・・・) 来たのだと。

ワイバーンを見送ったヒカルは、彼らを遠巻きに見ている完全武装の冒険者たちを見やった。

「あー、だから言ったんだよ……遊覧飛行なんてしなくていいって」

トルアとエルブに「街まで運んで欲しい」と頼んだヒカルは、どちらか1体がいれば事足りると考えた。

だが、「フッ」と笑ったその顔を見て察するべきだったのだ。

起こされたラヴィアとポーラは突然の事態に目をぱちくりさせていたが、事態をしっかり把握して嫌がられる前に、と、ヒカルはトルアの背中に乗り込み、ロープでしっかり固定した。

そして飛び立つという段階で——ワイバーン全員が羽ばたいた。

「そんなことしたら騒ぎになるから」とヒカルが言うと、「騒ぎにしてやろうではないか。お前は偉大な英雄だぞ。英雄の帰還だぞ」とトルアは言う。

「せめてサクッと下ろしてくれ」とヒカルが言うと、「せめて街を一周して我らの勇姿を見せようではないか」とエルブは言う。

こいつらは面白がっている。

歩くよりもはるかに早く、なんなら1時間も掛からないくらいで飛んでくることができたが、街をぐるりと一周回ったせいで北側広場に着陸したときには冒険者が集まってしまったのである。

(善意なだけにタチが悪い……)

トルアとエルブは明らかにヒカルが「遠慮しすぎ」だと考えているようだった。

そもそもワイバーンとヒト種族では考え方が違う。

「強い者はかくあるべき」というワイバーン的思考で判断されると、ヒカルは英雄のように帰還せねばならないということなのだ。

「どうする? みんなびっくりしてるけど」

「め、目立ってしまいましたね……」

「多少目立つのは許容範囲だったけど」

仕方ない、とヒカルは言った。

「逃げるぞ」

「えっ」

「あっ」

ヒカルはラヴィアとポーラの手をとって鉱山側へと走り出す。幸いこの辺には多くの資材やトロッコがある。

物陰に入るや「集団遮断」を発動した。

「——逃げた!?」

「——なんなんだ、アイツらは!」

「——追え、追え! 逃がすな!」

なんだか極悪人になった気分だが、ヒカルは「集団遮断」を使いながら——とっくにギルドカードの「職業」も隠密シフトになっている——大挙する冒険者たちの目をかいくぐって、ゴードンの街へと入ろうとした。

「あれ……間違いなく、ヒカルたちだったよな?」

「そうじゃよ」

ぽかんとして突っ立っている、ファルナとホヤ老人のふたりがいた。

「集落を見つけることはできたろうが、まさかワイバーンを手懐けるとはのう……」

今は離れておこうと遠ざかりながら、視線を向けたヒカルは——信じられないものを見た。

ホヤ老人が、アゴに手を当てて笑っていたのだった。

「ジジイ、笑えんのか、アンタ!?」

「黙れ」

「あだっ!?」

ファルナとホヤ老人の声が、遠ざかっていく——。