軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルートハバード

ポーンドから南へ、馬車で5日の距離にあるのがルートハバードだ。

歩いて10分程度の場所にダンジョン「古代神民の地下街」への入口がある。

ダンジョンが発見されたのが5年前。ルートハバードはダンジョンのために作られた急ごしらえの街だった。

そのため、街を囲う外壁などはなく、簡素な柵で囲まれているだけだった。出入りに際してのソウルカードチェックも行われていない。街には「冒険者ギルド」「錬金術師ギルド(出張所)」「商人ギルド」の3ギルドがあり、3ギルドが金を出し合って傭兵を雇っている。その傭兵が街の治安維持に貢献していた。

街道に沿って木造の建物が20軒ずつ並ぶ。裏道も多少あるが、その程度の街だ。村と言っても差し支えないが、建物はそこそこ立派なのでみなルートハバードを「街」と呼ぶ。

「住宅はほとんどないな」

「そうね……発展させる気がないのかしら」

「ダンジョンであらかた宝物の発掘や遺跡の調査が終わったら、街自体をなくすのかもな。あるいはただの宿場町として機能するか」

ダンジョンマスターがいて、宝箱が自動でポップアップし、モンスター素材をじゃんじゃん取って、ダンジョンの街として発展する——そんな都合のいいものはない。

ダンジョンとは言え、壁を破壊すれば壊れたままだ。宝を見つけても一度取ったら二度目はない。

ヒカルとラヴィアは宿を取って早めに休むことにした。この宿は身分チェックもなにもしていなかった。したところで誰が指名手配犯なのか知る手段もないからだ。宿泊客が何者かは自分で判断し、泊めるのは店主の責任なのだ。

翌朝、錬金術師ギルドの出張所へと向かう。このギルドだけわざわざ「出張所」と言っているのは理由があって、ギルドとしての機能は皆無なのだ。依頼を受けたりすることができず、単に錬金術師ギルドが販売しているアイテムを購入できるだけだった。それらのアイテムも近隣のギルドから取り寄せている。

ポーションを始め、魔法触媒や杖なども売っている。ヒカルは1,200ギランのポーション——輸送費がかかるために値上がりしているようだ——を2本買った。

「『魔除けの聖水』『魔毒の解毒薬』『病魔退散薬』……」

見慣れぬアイテムが並んでいる。それらは大体1,000ギラン前後だった。

若い男のギルド員がやってきた。ヒカルが2,400ギランをさらっと支払ったから、金を持っていると考えたのかもしれない。

「『古代神民の地下街』はアンデッドモンスターの巣窟ですからね。特殊なアイテムを使うとよいのですよ。『魔除けの聖水』は一時的にアンデッドを退けるもの。『魔毒の解毒薬』は、魔毒を持っているアンデッドモンスター、ポイズンガストに傷を負わされると十中八九感染します。これは是非買っていかれたほうがよろしいかと。『病魔退散薬』はゴーストが発する寒気に感染した場合に使いますが、気合いで治してしまう人もいますな」

ギルド員は1つ、言わなかったことがある。ポイズンガストは「古代神民の地下街」でも、かなり奥まで進まないと出現しない上位モンスターなのだ。これまで戦ったことがある冒険者は一握りである。

「これは?『聖油』……ランプ?」

ヒカルは別のアイテムが気になった。見た目は完全にアルコールランプだ。もちろんガラスのできが悪いので気泡が浮いて透明度は低いのだが。

「ああ……これはダンジョン内で一夜明かす場合に使うものです。これに火を点すと……火は見えないのですが実際には点いています。それで大体、半径で10歩範囲ですかね。アンデッドモンスターから見えない結界のようなものを作ることができるんです。長時間の休憩、つまり睡眠時に使います」

「なるほど。じゃあ、これを5個買う」

「——えっ?」

「5,000ギランだな」

「あ、あのぅ……失礼かと存じますが、時間的に夜間の時間帯になるとモンスターが活性化します。『聖油』1つで8時間程度しかもたないので、活性化したモンスターとも戦うことになるかと思いますが……」

「わかってる」

「今まで最長で探索していたランクCパーティーは3泊が限界でした。帰還したとき5人パーティーの内2人が亡くなっていまして」

「知ってるよ。それくらい調査済みだから。——5個買う」

「は、はあ……」

ギルド員の表情が、ヒカルを哀れむようなものへと変わる。彼はほぼ確信したのだろう、ヒカルがダンジョン内で死ぬだろうと。

(保存食の量を考えても5日が限度だろうな。水の精霊魔法石で飲料水を生み出せるとしても、食べ物は無理だからな……)

ヒカルとしては冷静に、滞在予定時間を考えていただけだった。

続いて冒険者ギルドに向かう。こちらは盛況だった。ポーンドとほぼ同じ広さのフロアには、多くの冒険者が集まっている。

「回復魔法使えるヤツ、いないか? 3名までなら組み込める。ランクDパーティーだ」

「今日1日だけつきあえる人員募集中! 当方ランクEだから高望みはしない!」

「霊石を集めるパーティーがあれば入れていただきたい。剣士1名とアーチャー1名。ランクはEだがギルドカードは5文字神を持っている」

ダンジョンに潜るためのパーティーメンバーをここで募っているらしい。

確かに宝箱などは一度獲得したらおしまいだが、その宝箱からレアなものが出る可能性がある。「美術品」「薬品」「武器」「書物」「虫」「薬草」……欲しがる 好事家(こうずか) は多く、彼らはこのルートハバードの冒険者ギルドに「依頼」を掲載している。直接的な金貨を入手できなくても、「依頼」達成を通じて大金をつかむこともできるのだ。

ダンジョンドリームである。

「よかった。ぎりぎり1冊残っていたか」

ポーンドとは違い、ここでは資料庫もよく利用されている。ダンジョンへの挑戦は金を稼げる可能性がある一方で、死の危険性も高い。

資料庫にはダンジョンに挑戦した冒険者たちから聞き取った内容をまとめた冊子がある。複写されて全10冊。冒険者はこれを熟読してからダンジョンに挑むのだ。

ヒカルは最後の1冊を手に取ると、ラヴィアとともに「集団遮断」を使い、フロアの片隅に向かう。集中して読みたいためだ。

伝聞形式を取っているために、記述が独特だ。

——XXX年XX月XX日、ランクD冒険者XXXXX=XXXXからの聞き取り。彼の者はリビングヘッドに遭遇し、九死に一生を得、帰還に成功する。リビングヘッドはこれまで知られていたとおり「浮遊する死体の首」であることに間違いはない。聞いた人間を怯ませるバインドシャウトを乱発する。「リビングヘッド5体に囲まれて、死を覚悟した。仲間が放った火魔法が酒瓶に当たってあたりが昼のように明るくなった。リビングヘッドから逃げた」——

脈絡のない言葉を聞いたとおりに書き留めたのだろう。

「微妙に参考になるな」

「リビングヘッドは光に弱いということ?」

「弱い、とまで言えるかはわからないけど、両目による視界に頼っているんだろう」

リビングヘッドに囲まれて「死を覚悟した」人間があっさりと「逃げた」となっている。逃げられる相手なら最初から「死を覚悟」したりはしないだろう。

ということは逃げることができる隙を作ったのだ。

資料を読み解く力が重要だった。

この点、ラヴィアも十分に賢いので話が早い。ヒカルも、自分の「気づき」が正しいかどうかを確認しながら読み進められる。

そうして1時間ほど読み進めていたときだった。

「おいおいおい、資料がねえじゃねーか! お前、もう読み終わっただろ? 寄越せ」

「あっ」

トラブルの予感がぷんぷんする声が聞こえてきた。

見ると、30歳前後という屈強な冒険者が、10代半ばという少年から資料を取り上げていたところだった。

「まだ読んでいる! 返せ!」

「あぁ? お前、よく見たらいつもここでパーティー募集しては誰からも相手されてねぇヤツじゃねえか。ランクEのソロでこんなところ来てんじゃねえよ」

「ランクとソロと資料はなんの関係もない!」

鳶色の髪の少年は、資料を取り戻そうと手を伸ばすが、相手は身長185センチはあろうかという男。高々と持ち上げられると届くわけもない。

周りの冒険者は笑っている。少年が、男に言われたとおり「いつもここでパーティー募集」していて、「誰からも相手されて」ないことをみんな知っているのだろう。

「ランクEのシビリアンなんて誰が相手にするんだよ」

「さっさと帰りゃいいのになあ」

少年に同情する者はいない。ギルドの職員はトラブルなど日常茶飯事なのか、単に忙しいのか、カウンターで冒険者とやりとりしているだけだ。

「俺らは明日からいよいよダンジョンに潜るんだ。だから俺らが読む。いいな? 読み終わったら返してやるからよ」

「関係ない! 俺だってダンジョンを攻略するんだ! 読む権利がある!」

「権利? ねぇなあ。冒険者は強さがすべてだ——よっと」

「!?」

男が放った蹴り、単なる前蹴りを食らった少年は吹っ飛んだ。柱に激突して止まる。

荒事にはみんな慣れているのだろう、誰も反応しない。

「よし、作戦会議だ——」

すぐに男は興味を失ったのか、仲間のところに戻る。

少年はうずくまったまま動かない。痛むのか、あるいは悔しいのか、涙がぽろりとこぼれる。

「……やれやれ」

「助けるの?」

立ち上がるヒカルにラヴィアはたずねる。

「他人のトラブルには興味がないけど、資料、読み終わったし」

ヒカルもラヴィアも読む速度が早い。ヒカルは日本でも本の虫であったし、ラヴィアも本を読みまくっていた過去がある。

すでにふたりは資料を読み終え、中身も頭に入っている。

「生きてるか?」

「うっ……君は?」

ヒカルが少年の元へ行ってたずねると、泣いていたのを隠そうとして少年は服の袖で目元をこする。

なかなか身なりはいい。服に使っている布地に高級感があるのだ。それに彼自身、顔にどこか「甘さ」がある。冒険者はたいてい厳しさを持っているものだが、彼にはそれがない。

【ソウルボード】ホークス=フィ=リンデン

年齢16 位階4

15

【筋力】

【武装習熟】

【剣】1

【盾】1

【鎧】1

ソウルボードを見て、ヒカルはずっこけそうになった。

弱い。めっちゃ弱い。よくもまあランクEになれたものだなと思うし、他の冒険者が言っていたことが確かなら「職業」も一般市民御用達「広域市民町民村民救済神:シビリアン」であることもうなずける。

それでも「剣」などにポイントが振られているのは、男爵位を示す名前「フィ」があるように、そこそこいい家で教育を受けたからか。

「これ、読むか?」

「……資料? いいのか?」

「ああ。僕はもう読み終わったから」

冊子を渡すと、それに目を落としてから、ホークスはヒカルに視線を戻す。

「申し訳ないが、俺は君をパーティーに入れる気はない」

「…………は?」

え、なに、パーティー?

「見たところ君はランクEになりたてなんじゃないのか? パーティーメンバーに餓えているのはわかるが、ダンジョンは遊びじゃない。ちゃんと成長してから、信頼できる仲間を見つけて、ダンジョンに挑むべきだ」

「あ、いや……」

「わかったら、帰るといい。ちゃんとした街で経験を積むんだ」

ホークスはそれだけ言うと、ヒカルに背を向けて手近なテーブルへと向かった。

「え、えぇ……?」

「ヒカル。見事にフラれたわね」

「僕、一言だって『パーティーに入れてくれ』なんて言ったか……?」

周囲の冒険者が今の話を聞いていたらしく「あのガキに断られたガキがいるぞ!」と言うと、大爆笑の渦が発生した。

ヒカルの頬がひくついた。

食堂で軽く昼食を取る。麺類に力を入れている店だったが、ヒカルが日本で食べ慣れた小麦やそばの麺ではなくて、米粉を使った麺だった。

つるりとしたのどごしがたまらなくよい。肉類の骨から取ったダシが効いていて、食べ応えも十分だった。

「ラヴィア。体調はいい?」

「ええ、問題ないわ」

麺だと箸を使いたくなるが、フォークしかないのでフォークでつるつると食べている。

いつ見てもラヴィアの食事姿は美しい。

「では参りますか」

「参りましょう」

なんとはなしにそんな口調になり、ふたりはぶらぶらと店を出て、街から出ていく。

向かうはダンジョンだ。

必要な保存食も、飲料水を出すのに使う精霊魔法石も購入済みである。5泊ならなんとか行けるだろう。快適とはほど遠い宿泊になるだろうが。

街を出ると荒れた土地が続く。地面が露出していて、半分枯れた茂みがぽつりぽつりとある程度。

道は細いが踏み固められている。どれほどの人間がここを通ったのか。そして、帰ることがなかったのか。

「ラヴィア。正直に答えて欲しいんだけど、今の気持ちを」

「……実はちょっと、怖いわ」

「怖い?」

「ええ……自分で冒険に憧れておいて、いざその場に向かうとなると……少しだけ足が震えるの。おかしいでしょう?」

ヒカルにはおかしいとは思えなかった。

冷静に考えれば、これから行こうとしている場所は、安全の保証がまったくない未開の地だ。何人もの人間が死んでいて最奥になにがあるかもわからない。

ヒカルもラヴィアも、金が欲しいわけではない。どうしても必要な素材があるわけでもない。ただ——「冒険」するためにダンジョンに行こうとしている。

「あ、あの、ヒカルを信用していないわけじゃないの。そこは誤解しないで?」

ヒカルが難しい顔をして考えたからだろう、ラヴィアがあわてたように付け加える。

「逃げよう」

「……えっ?」

「僕らの姿がモンスターに察知されるようなら、逃げよう。最初は大丈夫でも後から通用しない敵が出てくるかもしれない。そうしたら、やっぱり逃げよう。目の前に財宝があっても潔く逃げよう」

「ええ……ありがとう、ヒカル」

「僕だって命は大事だよ」

「わたしの命も?」

「——むざむざ亡くしたくないくらいには大事だ」

「ふふ。今はそれで満足しておくわ」

先ほどまでとは打って変わって、緊張の取れた顔でラヴィアは笑う。

(……まずいな)

もし仮に、これから先、出国したとして、ラヴィアが完全に自由の身になったとして——。

(僕の前からラヴィアがいなくなったら……彼女が実は僕からずっと「離れたい」と思っていたとしたら……僕は立ち直れないかもしれない)

知れば知るほどラヴィアに惹かれていく自分を、無視するわけにはいかなかった。

「あっ、あそこが入口かしら?」

ラヴィアの声で我に返る。

道の先に、いくつかの木造の家があった。

冒険者ギルドと王国の人員がいるのだろう。ダンジョンへ入場する者を管理しているのだ。

その先には石造りのこぢんまりとした——霊廟があり、ぽかりと口を開けていた。

「古代神民の地下街」への入口だ。

「ん、なんだ……お使いか? 誰か飯でも注文したっけな」

ヒカルとラヴィアに気づいた男が首をひねる。役人らしき、きちんとした身なりだった。

「冒険者だ」

ヒカルはギルドカードを示した。「職業」は空欄だ。

「冒険者……? ふうむ、確かにランクEではあるけど……そっちの男の子は?」

「彼は付き添いだ。ひとりがランクEならば入場可能だよな」

「規則はそうだけど、あたら若い命を散らせることはできない。入場は許可できないよ」

「は?」

思わず聞き返してしまう。規則を、勝手に曲げるというのか?

「おいおいなんだなんだ。子どもがダンジョンに入ろうってのか?」

小屋から出てきたのは5人の冒険者だった。

「いや、入れるべきではないと思って引き留めている」

「それがいい。どうせすぐ死ぬ。死なれて、中のアンデッドが増えたらたまらねえ」

男の冒険者が言うと、連れがどっと笑った。

「…………」

「ひ、ヒカル」

おそるおそるラヴィアが言う。

彼女が怯んでしまうくらい——ヒカルは不機嫌だった。

「——あの錬金術師ギルドの店員も、冒険者ギルドのランクEも、お前たちも——みんな、気にくわないな」

その言葉ははっきりと、係員にも、冒険者たちにもはっきりと聞こえた。

「君。子どもだからとすべてが見逃されるわけではないよ。失礼だな」

「失礼なのはお前だ。お前は、ギルドの人間か? 王国か?」

「……冒険者ギルドだが」

「ランクEの人間は通してもいいという規則になっている。その同行者のランクは問われない。これが決まりだ。それを勝手に曲げるお前のほうが、よほど失礼じゃないのか?」

「それは——」

「おいおいガキ。あまり調子に乗るなよ? ここから先は」

「生き死にを賭けているくらいで偉そうな口を利くなよ、オッサン」

オッサン呼ばわりされて、冒険者の額に青筋が走る。

「ああ!?」

「冒険気分を味わったら帰るつもりだったけど、気が変わった。どうせこのあとは出国するつもりだし、我慢する必要なんてない」

ヒカルは宣言した。

「このダンジョン、最奥まで踏破してやる」

残:24,390ギラン(+200,000ギラン)