軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

赤のワイバーン

ワイバーンの群れのボスらしき片割れ、赤い鱗に金の角を持つ巨大ワイバーン。

その巨大な顔が、ヒカルのすぐ目の前にあった。

口を開いて話しているのではなく、音だけを作りだしているようだった。

しかしその言葉に、敵意はないようにヒカルは感じた。

「……僕はヒカル。冒険者だ」

すると、赤のワイバーンはふーっと鼻から息を吐いた。それだけで砂塵が舞い上がりヒカルのマントの裾もはためく。

「ついに冒険者がここまで来るようになってしまったか……」

「お前はワイバーンか」

「見ての通りよ。悪いことは言わん、ここから立ち去るがよい」

「それは黄金が人を狂わせるからか?」

「……知っているのか」

「黄金が怪しげな魔力を放っているからね……」

ヒカルが懐からネックレスを取りだした。このネックレスの黄金からも魔力は放たれている。

「……それは、この集落の物か」

「ああ。ここの生き残りの老人が麓の街に住んでいる。老人が僕に依頼をしたんだ」

「そうか……生き残りがいたか」

ふっ、とワイバーンは瞳を細めた。それは安堵のような、あきらめのような、不思議な表情だった。

(ワイバーンの表情が読めるっていうのも変な話だけど……)

するとワイバーンは、

「ならば、帰るがよい。そのくらい小さいものならばさほど影響はないだろう」

「いや、ちょっと待ってくれ。この集落はなんなんだ? なにがあった?」

「黄金の魔力に気づいたお前ならば想像がつくだろう。そこからさほど、変わらない」

疲れ切ったようにワイバーンは言った。

「……なら、お前たちのことを教えてくれ」

「我らを?」

「なぜここにいる? この集落にはワイバーン除けがなされていたはずだ」

「ふむ……おかしなことを聞く人間だ」

「ヒカル」

「そうであったな、ヒカルよ。……最後に少しくらい話をするか」

最後、という言葉が気に掛かったがヒカルはワイバーンに話させるに任せた。

「……ここに集落があることはわかっていたが、我らは本能的に近づくことを避けておった。それはヒカルの言うとおり、我らを避ける魔術が働いていたからだろう」

知識のあるワイバーン——この赤いワイバーンのような個体はほとんどいないが、対になる青いワイバーンも言葉を扱えるらしい。

彼らは魔術についても理解がある。

「人間とは愚かよな。黄金の魔力に心をやられ、同族殺しをしたようだ。そうして、戦いから逃れて隠れていた女が生き延びたが……女は病を患っておってな。ほどなくして死んだ」

そして「やはり」と言うべきか、「意外にも」と言うべきか、魔道具が破壊されてここに来られるようになったワイバーンたちは、たったひとり、最後に生き残っていた女が死んでいくのを看取った。集落の最後の火が消えるのを見守ったのだ。

「だが……ワイバーンもまた愚かであった。否、驕りがあったと言うべきか。自分たちは大丈夫だと過信してここに留まった結果、我らもまた黄金の魔力に取り憑かれた」

「ワイバーンも?」

「うむ……。ゆえに我らはここを離れることができぬ。心が、ここに縛り付けられておるのだ」

今は、まだ動ける若い個体が餌を獲って運んできてくれているが、やがて彼らも動けなくなるだろうと赤いワイバーンは言う。

人間と違い、ワイバーンは黄金のそばにいられれば幸せなので同族殺しなどはしないようだったが。

「なんで……こんな黄金に魔力が?」

黄金そのものが魔力を宿しているのなら、同じ黄金を産出しているはずのゴードン鉱山でも同じ現象が起きていなければおかしい。

しかしゴードン鉱山には問題がない。

「ここの場所に問題があるのか……?」

「ふむ。そこまで気づいて、なぜわからぬ」

「え。お前は答えがわかっているのか? 黄金が魔力を宿した理由を」

「当然よ。なぜ我らがこの集落に近寄らなかったと思っている」

「それはこの入口にある、集落の四方に設置されている魔道具のせいだろう——あっ」

ヒカルは「魔力探知」を拡大して、わかった。

建物の配置だ。

建物そのものが魔術を増幅するような回路になっている——詳細はよくわからないし、見たこともないような魔術ではあるのだが。

「集落そのものを使った魔術だったなんて……」

「そのとおり。魔術発動のカギとなるのが、そこに壊れている魔道具だった」

入口の柱の魔道具が壊れれば発動しないようになっているのだろう。

巨大な電池があってもスイッチが壊れていれば電化製品が動かないように。

「不思議な魔術ではあった。魔術を発動しつつも、大気中の魔力を取り込んでおったからな。そのせいで黄金に魔力が蓄積したのだろう……そして魔術によって魔力は変質した。少しずつ……」

それが理由か、とヒカルは腑に落ちた。

集落は長い年月を掛けて黄金を集めたはずなのに、それまで集落内で暴動が起きなかった理由だ。

少しずつ、バケツに一滴ずつ水を垂らすように、黄金に魔力が蓄積され——人々の心を蝕んでいった。

最後にそれが崩壊し、ホヤ老人は崩壊の少し前に逃げ出すことができたのだろう。

「ヒカル、お前も長くここにいれば心を壊すことになる。そうなる前に離れなさい。あと100年もすれば魔力は消えるだろう……そうしたら黄金でもなんでも好きにするがよい」

「でも、そうしたらお前たちは……」

「……愚かな者は死ぬ。それが自然の定めよ」

ワイバーンはそう言うと、のしのしと歩いて去って行った。

「…………」

風が吹くと、湿気のない冷たさにヒカルは身震いした。

いつの間にか身体が冷え切っていた。

それからラヴィアたちのところに戻って話をした。

集落の黄金のこと。

なにが起きたのか。

そしてワイバーンのこと。

夜遅くまで話し合い——ひとつの結論に至った。

翌日、仮眠を取っただけの寝ぼけ眼をこすりながらヒカルたちはもう一度集落へと向かった。

ワイバーンの多くが目覚めており、こちらに目を向けたがすぐに興味を失ったかのようにフイッと顔を背けてしまった。

以前——フォレスティア連合国で遭遇したレッサーワイバーンは一回りも二回りも小さかったけれど、獰猛だった。

それを思うと、このワイバーンたちの異常性がよくわかる。

彼らは獲物を捕らえる、食べることよりも大事に思うことがあるのだ。

ただ感じること。

黄金の魔力を感じること。

ワイバーンは寝そべっているだけに、怠惰に生きているだけにしか見えないが、彼らはもはや依存症のようになっていた。

赤いワイバーンがあきらめているということは、すでにこの集落を離れることもできなくなっているのだろう。

「……これ、すごい」

「……はい。気を抜くと意識を持って行かれそうです」

ラヴィアとポーラにもソウルボードを通じて「心の強さ」を3まで振っておいた。ふたりとも「精神力」のカテゴリーはアンロックされているので3ポイントずつ減り、ラヴィアは残り17ポイント、ポーラは残り28ポイントある。

ヒカルたちの来訪に気づいたらしく、向こうから物憂げな赤い巨顔がぬっと現れた。

「……なにをしに来た。まさか、黄金が惜しくなったとでも言うのではなかろうな」

ヒカルがもう一度やってきたことを怪訝に思っているらしく、赤いワイバーンは渋面を作った。

「黄金が惜しくなったのは確かだよ。だけど、それだけじゃない」

「なに?」

「すこしあがいてみたいと思ってね……。ポーラ、どうだい?」

ワイバーンを観察していたポーラが答えた。

「はい……。麻薬の中毒症状ではなく、精神的なダメージを受けているように感じられます。肉体の反応ではないので、通常の回復魔法では太刀打ちできないかと……」

「まさか、お前たちは我らを治そうとでも思ったか?」

赤いワイバーンは喉をそらすと、

「ブワッハハハハハハ! これは愉快。我らがなにもできなかったことを、人間ごときが挑戦するなどとは。おこがましいとは思わんのか? 矮小な人間よ」

「おこがましい? じゃあ聞くけど、『自然の定め』だから、『運命だから』とあきらめ顔で死を受け入れる……そんなのが、謙虚で、慎ましく、賢明なのだと言いたいのか?」

ヒカルは自分の言葉が少々ささくれ立っているのを自覚していた。

それは黄金の魔力が悪さをしているのかもしれなかったし、違うことを——後ろで、自分を見ているラヴィアがいたからかもしれない。

一度「死」を経験したヒカルがこの世界にやってきたとき、殺すか、殺されるかという状況に巻き込まれた。その余波はラヴィアにも届き彼女は粛々と自分の運命を受け入れていた。

そんなの、許せなかった。

運命に弄ばれるなんて許せない。運命は切り開くものだ。

ヒカルの信条でもあった。

「なにが『自然の定め』だ、バカバカしい。人間が造ったものじゃないか、この魔道具は。大体、『自然の定め』なのだとしたら、あがく権利だって与えられているはずだ」

「——ッ!」

赤いワイバーンの目が見開かれる。

ヒカルの言葉に、なにか感じるところがあったのかもしれない。

「僕たちはあがく。だから、邪魔だけはするなよ——」

そう言ってヒカルは赤いワイバーンに背を向けた。

赤いワイバーンはそれから——なにもしなかった。

日がな一日を寝そべって過ごし、若い個体が運んできた動物を食べる。面倒がって食べたがらない個体を促して無理やり食べさせる。それくらいはした。それくらいは、群れのボスの役目だからだ。

だがもう1体のボスである青いワイバーンはそんな赤いワイバーンを見て鼻で笑った。彼はこのまま群れが死にゆくことをとっくに受け入れ、とっくにあきらめている。生きながらえてもなにもないと感じている。

赤いワイバーンよりも動きが少ない青いワイバーンは、すでに足が砂に埋もれていた。体表は、鱗の魔力によって砂埃が溜まらなかったのだが。

「……あがく、か」

ヒカルたちは日中は集落に来てなにかを試し、長居すると精神がやられるせいかしばらく離れ、またやってきてはなにかを試した。

日が暮れた今、離れたところでキャンプをしているようだ。

——私も村から出て行きたかったけど、私にはその体力がもう残ってなかった。ただ集落の人たちがひとりずつ死んでいくのを聞く毎日……もう耐えられなくて。

最後に残った集落の女性。

名前を一度だけ聞いたような気がしたが、思い出せなかった。

——私を地下室に閉じ込めた***は、今日、集落内で大きな抗争がありそうだって言ってた。私は3日間、地下に籠もって……それから出てきたの。そうしたらもう、みんな死んでいたわ。

そこまで話すと女性は咳き込んだ。

ひどい咳で、血を吐く彼女がもう長くないことを賢いワイバーンは悟っていた。

——あなたたちも早く逃げて。トルアとエルブ……あなたたちは私と違って翼があるのだから。こんな黄金のないところへ……。

ああ、思い出した。

トルアとエルブ。

この集落の古い言葉で 赤(トルア) と 青(エルブ) の意味がある。

あの女性がつけてくれたのだ。

彼女といっしょにいた時間は1か月にも満たなかった。

だから忘れていたのかもしれない。

「……もう、遅かった」

人間にしか効かない魔力だと思っていたのに、仲間のワイバーンはこの集落を巣にすると言い張り、離れることを説得しようと思っていたトルアも、結局はその魔力に囚われてしまった。

「彼女が健康な身体であったなら、もっとあがいていたのだろうか……」

翌日もヒカルたちはやってきたが、回復の進捗は悪かった。

3人集まって、腹を出していびきをかいて寝ているワイバーンを上からのぞき込む。

「うーん……魔力中毒っぽいんだけど、違うってこと? そもそも僕は回復魔法に疎いからな……」

「一通り思い当たる回復魔法は使いましたけど、他の魔法をひとつずつ試しましょうか?」

「ん。 混合魔法(ミックス) の可能性もある。わたしがいくつか覚えてるのがあるからやってみる?」

「ミックスまで含めたら膨大な数になるけど……それしかないかな。ひとつずつやって、体内の魔力を僕が観測する。変化が大きいものを分析して……って何日掛かるんだ」

「食料がなくなっちゃいますねー……」

苦笑するポーラだったが、その表情は明るい。

こんな山奥で「ワイバーンを治療する」なんてバカバカしいにもほどがあることに首を突っ込んだヒカル。

ラヴィアもポーラも、それに付き合ってくれている。

「よし、試してみよう」

そうして1日試してみたが、上手くはいかなかった。

日暮れになるとヒカルたちは引き返していく——。

「…………」

トルアはそれをじっと見つめていた。

「とりあえず今日がラストチャンスかな。帰り道を考えると食料がもたない」

ヒカルが言うと、ラヴィアもポーラもうなずいた。

だがその日は少々勝手が違った。

集落へとやってくると、赤いワイバーンが待っていたのだ。

「……我を先に治療しろ。話が通じたほうがやりやすいだろう」

「どういう風の吹き回しだ? それにお前は身体が大きくて——」

「トルアだ」

「ん?」

「我の名だ。そう呼べ」

ヒカルたちは顔を見合わせた。

どういう心境の変化かはわからなかったが、赤いワイバーン——トルアは協力してくれるらしい。

その日はトルアに話しかけながら、改めて初歩的な回復魔法から順にかけていく。それらは根本的な回復にはならなかったが、それでもトルアにとってはだいぶ楽になるものもあったらしい。

「悪くないぞ」

トルアはにやりと笑って見せた——めちゃくちゃ獰猛な笑顔だった。

「そうか? だけど、残念だな」

「む。なにがだ」

「もう食料がない。だから僕らは今日をもって一度帰る」

「食料なら我らのものを分けてやる。もう少しがんばれ」

ヒカルたちは顔を見合わせた。

「マジで、なにがあったんだよ。変わりすぎだろ」

「気にするな」

「気になるだろ」

「……我もあがきたくなっただけよ」

トルアが持ってきたのは、麓の森にいる鹿だった。胴体は爪がめり込み、頭はかじられもげている。

だが肉があれば、もう数日は滞在を延ばせそうだ。

「そうか、人間は肉を焼かねばならぬか」

夜、集落から近いところで肉を焼いていると、黄金から離れたくないがために遠巻きにヒカルたちを見ていたトルアが言った。

「そう言えば、最後に残った女性といっしょにいたんだっけ」

「ああ。彼女の名前も覚えていないがな……」

焼いた肉をかじると、ぽたぽたぽたと肉汁がこぼれ落ちる。鹿の肉は鉄の味がしたが柔らかく、久々に食べる新鮮な肉は美味かった。

問わず語りにトルアは彼女の話をした。

誰かに聞いてもらいたくて仕方がないようでもあった。

「というわけで、なかなか聡明な人間であった。だが悲しいかな、彼女は——む、どうした。そのような呆けた顔をして」

「いや……ちょっと気づいたことがあって」

ヒカルは今の話を聞きながら、違和感を覚えた。

「なんで、その人だけは 無事(・・) だったんだ?」

「む? だから言ったでろう。彼女は、地下に閉じ込められておった」

「そうじゃない」

ヒカルは手にしていた鹿肉をおろし、トルアを見つめる。

「今聞いた話だと、その女性は黄金の魔力に取り憑かれていなかったように理解できたんだ。実際はどうだった?」

「!」

トルアの目が見開かれる。

「そ、そうだ……そのとおりだ。なぜだ? なぜ彼女は無事だった?」

「装飾品に特別なものはあるか?」

「いや、わからぬ。我らは人間のことには無頓着だからな……そうだ、彼女の墓があるぞ」

「見せてくれ」

ヒカルは立ち上がった。

「そこに、黄金の魔力をはねのけるヒントがあるかもしれない」