軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇城の混乱

皇都が遠目に見えてきたころには、ヒカルたちの旅装束もだいぶ薄汚れていた。

毎日歩き通しではあったけれど、ポーラの回復魔法もあって行きと同じくらいの疲労感で済んでいた。ラヴィアは、馬車の揺れが苦手らしい。

当然、山賊は現れなかった。ニーノに「山賊が出なくて護衛代金がムダになったな」とからかって聞いてみると、

「あなたについてきてもらってほんとうによかったと思っているよ。安心感だけでなくて、話していてこんなに楽しい護衛の人は初めてだったから」

と真正面から笑顔で言われて逆にヒカルが戸惑ってしまった。商人特有のリップサービスだったかもしれないけれど、言われて気持ちがいいものだなとヒカルは感じた。

「ヒカルさん! あの外壁が見えたらあと1時間ってところだよ!」

「……でもなにかおかしくないか?」

ヒカルが指摘したのも無理はない。

皇都の入口には城門があって、検問が行われているのは常のことだけれど——検問と、輸入に関わる納税もここで実施している——その行列があまりにも長いのだ。

行列の最後尾につくと、商人たちの会話が聞こえてくる。

「——やれやれ、なんだいこの混雑は」

「——わからないけどねぇ。なんでも警備強化のためとかなんとか」

皇帝の暗殺未遂のせいだろうということがうかがい知れる。

「くそっ……こんなところで足止めさせられるなんて」

ヒカルがつぶやくと、ニーノが言った。

「ヒカルさん、先に行っててよ」

「——え?」

「これじゃあ日が暮れても中に入れないかもしれないし、荷物を持たない冒険者や旅人は別の検問ですぐに皇都内に入れるはずだよ——君にはなにかやらなければいけないことがあるんだろう?」

「ニーノさん……いいのか?」

「私の護衛はここまでで十分さ。ああ、ここから城門までの距離は、代金から引かせてもらうけどね?」

わざとらしい口調で言うと、ニカッと笑って見せたニーノ。自分の気兼ねをなくそうとしてくれているのだとヒカルは察した。

「ありがとう。そうさせてもらう——ラヴィア、ポーラ、聞いた?」

「ん」

「はいっ。準備はオーケーです!」

「じゃあ、僕たちは先に行きます。あと少しですが、気をつけて」

ヒカルは短く別れを告げると足早に進んだ。

向かう先にクインブランド皇国皇都の長い長い城壁が見えている。

だが東の空から重苦しい雲が現れ、今まさに皇都上空にかからんとしていた。

* *

「ここまで上手くいくとは! まさにゼペッタ伯爵の策士振りはみごとでございますな」

おだてられて悪い気はしない。でこぼこのある鷲鼻の男——伯爵ゼペッタは同じ新興派貴族から追従され、大いに笑った。

「こんなもの、商売人同士の駆け引きに比べればたいしたものではないでしょう。いかに守旧派の貴族たちがたるんでいるかがわかろうというもの」

「少しずつ守旧派を切り崩し、皇城会議には我ら全員が参加できるようになりたいものですな」

「切り崩しと言えば、コーン辺境伯は今回のことに大変お怒りであり、守旧派貴族と隣接する境界には検問をもうけるとか」

「関税の値上げだと聞いておりますぞ。積み荷の半分が税金になってしまうとは、怖い怖い」

「商人たちはますます、我ら南方地域の街へとやってくることでしょう。我らの間だけでも自由な交易ができるよう関税を無料にしたのは大成功でしたな」

南方貴族は新興派貴族だ。彼らにはそれぞれ得意な分野があり、共通する境遇があった——守旧派貴族からいいように富を吸い取られ続けたという境遇だ。

そこでコウナツの栽培で大もうけしたゼペッタ伯爵が声を上げ、南方貴族はひとつにまとまった。

関税の撤廃により、商品の流動性が上がり一般市民の生活レベルは大きく向上した。

ウワサを聞きつけた守旧派の領内からも移住者が大勢出た。

もともと急峻な山に囲まれて往来に不便であり、「田舎」と蔑まれていた皇国南方地域は急速に発展していった。

それを黙って見ている守旧派ではない。彼らは「不便な田舎」に住む新興派貴族たちに高い金で様々な物資を売りつけていたのだが、それができなくなり、領民が移住し始めると今度は移住に税金を課すようになったのだ。そんな法律はないのだけれど皇城会議で決定されてしまえば新興派貴族が口を出すことはできなかった。

だからこそ、皇城会議に参加枠を持つというのは新興派貴族にとっての悲願だった。

「しかし……宰相閣下もよくもまあ参加枠をお許しくださったな。とりあえず右大臣閣下の罷免だけで終わるかと思っていたが」

ゼペッタが首をひねる。

「ま、まぁまぁ、それはいいではありませんか! 結果がすべてでございますぞ」

「そうそう! おっと、そろそろお時間ではありませんかな? ゼペッタ伯はこれからロン伯爵に呼ばれた重要な会議がござろう?」

「そう言えばそうであった。それではお先に失礼する」

ゼペッタは貴族たちに一礼すると、部屋を出て行った。

それを見送った貴族たちの目に、後ろ暗い光が点る。

「……まったく、ゼペッタ伯爵ものんきなものですな。我らが危険を冒しているというのに」

「……皇城会議の枠も、ロン伯爵にお願いしたことも疑っておられぬようでしたしな。順当に行けばゼペッタ伯爵が入るのがふつうでしょうし」

「……ま、あの御方は我らの旗印としての役割しか期待しておりませぬ。旗は軽い方が振りやすかろう」

くっくっく、と笑った。

* *

日が暮れる前には宿に入り、早速ヒカルはシルバーフェイスとして活動を始めた。

まずは皇国のスパイであるアリスのところへと向かう。

「うーん……これ以上だめですよぉ、シルシルさん……あっ、そこは……」

「おいこのアホスパイ」

「——いだっ!?」

自室で気持ちよさそうに眠っているアリスの頭にゲンコツを落とした。

ここは皇都内でも一般市民が住んでいるエリアで、アパートメントの一室だ。アリスは市民に溶け込んで生活しているのである。

「ちょっ!? シルシルさん!? どうして!? 今ふたりで巨大なケーキを食べていたのに!?」

「……お前、そんな夢を見ていたのか?」

「最後にとっておいたイチゴを、シルシルさんに奪われて……」

「お前にとっての おれ(・・) の印象ってそんなものかよ」

ため息を吐いたヒカルだったが、

「それよりも、今皇城内でなにが起きているか教えてくれ。まずはカグライの容態からだ」

「!」

アリスはハッとしてベッドの上でヒカルに向き直る。

「とっ、トドメを刺すのですか!? 陛下に!?」

「違うっての。お前もおれが暗殺犯だと思っているクチかよ」

「……違うんです?」

「おれなら仕留め損なったりしない」

「なるほどー」

そこで納得するのかよ。

「陛下はまだ昏睡状態だと聞いていますよ……刃に塗られていた毒が未知のもののようで」

「どこに運び込まれた?」

「それはトップシークレットです」

「そうか。宰相に聞くわ。お前が教えてくれないからしょうがないな」

「なんでウチのせいになるんですかね!?」

イタズラっぽくヒカルは笑った。

「だってお前は答えを知っている。だけど、それを言わない。宰相閣下はおれが来ることを心待ちにしているはずだぞ? なぜならこっちには『花仮面の女神』と呼ばれる回復魔法の達人がいるんだからな」

「あっ——」

部屋の隅に、いつからいたのか浮かび上がったのは花模様の仮面をつけた女性——ポーラだ。

「さあ、皇帝の場所を言え、アリス。フラワーフェイスならばカグライを昏睡状態から醒ますことも可能だ」