軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トリーランドの商人ギルド

ニーノが言ったとおり、確かに、コウナツを仕入れに来た「トリーランド」は「田舎町」ではあった。周囲は広大な農耕地であり、街の外壁は木の柵という始末だ。凶暴なモンスターが現れたことがないので防衛設備は必要ないらしい。

だが、街の規模は大きかった。

交易品——特に農作物が多い——を格納する倉庫が建ち並び、あちこちで商談が繰り広げられている。商人ギルドが幅を利かせていて、冒険者ギルドはあるのかないのかわからないという程度の、小屋があるだけだった。これならばヒカルがギルドカードを再発行した宿場町のほうがはるかに大きい。

「私はコウナツを仕入れてきますので! ヒカルさんたちは今日は自由行動で!」

町に着くなりそう言うや、ニーノは片腕を上げてどこぞへと消えていった。

商人と、近隣の農村から納品にやってきたらしい農民たちが入り交じる大通りは、あちこちに商談テーブルや、露店が出ている。

店はと言えば商人の護衛でやってきた冒険者や傭兵が繰り出す酒場、それにいかがわしい感じの風俗店が多い。

「……ヒカル、今日はどこに行く?」

いかがわしいお店をちらりと見ていたヒカルに掛かるラヴィアの声が、いつもより数度温度が低い気がする。

「あ、あ〜……商人ギルドに行く予定だよ」

「え?」

その返答は予想外だったのだろう、ラヴィアが目を瞬いた。

「皇都になにか動きがないか聞こうと思ってね」

すでに山賊の件はラヴィアたちにも伝えている。その後、彼らがどうなったかはまだわからないが、今ここで皇都の情報を仕入れておくことも意味があるだろう。

その点では魔道具「リンガの羽根ペン」によって長距離通信ができる各ギルドに行くのがいちばんだ。ヒカルは商人ギルドの会員ではないけれど、まさか露店より規模の小さい冒険者ギルドに「リンガの羽根ペン」は設置されていないだろう。

「そうなのか。それならば面白い商品があるかもしれないから見てみるといいよ」

「面白い商品……商人ギルドに?」

「うんうん。知っての通り、皇国の南方貴族たちは新興派と呼ばれているだろ?」

当然知っているだろうという感じで話してくるが、そう言えばヒカルは自分たちがポーンソニア王国出身だということを告げていなかったなと思い返した。

「コウナツの栽培が得意な伯爵もいれば、日持ちする海産物の加工法を編み出した男爵もいる。それに、魔術の研究に長けた伯爵もいるんだ」

「へえ……どんな魔術なんだ?」

「私は魔術に明るくないからよくわからないのだけれど、薬学に通じているらしい。回復魔法を使えなくとも、傷薬を魔術で改良することで薬効を上げたりしているそうだ」

「それはいいね」

なかなか偉いじゃないかとヒカルは感心した。

回復魔法なんていう便利なものがある世界ではあるけれど、ケガや病気がもとで死んでいく人間はあまりにも多い。それを、魔術によって救える命が増えるのならばすばらしいではないか。

もちろん、商品の金額が高ければこの感動も薄れてしまうのだけれど。

「それじゃあ、商人ギルドはあっちの方角だから。また後で!」

ニーノが手を振って去っていった。

ヒカルたちが向かった商人ギルドは、冒険者ギルドと同様に「大きい」とは言えなかったが、冒険者ギルドに「比べれば」はるかに大きく2階建てのしっかりした建物だった。

内部は身なりのちゃんとした商人が数人いるきりで、落ち着いたものだった。カウンターは4席あったが1人しか受付嬢がいないのが不思議ではあったけれど。

ロビーでくつろぐ商人が、明らかに冒険者然としたヒカルたちに胡乱な目を向けたが、ヒカルは気にせず受付嬢のところへと向かった。

「お客様は、商人ギルドの方でしょうか?」

「違います。ですが情報を買うことはできますか?」

ヒカルは懐から上等な革袋を取り出した。中には金貨の詰まっている音がする。受付嬢は「それなりに金は持っているのだな」と小さくうなずき、

「どのような情報でしょうか?」

「皇都。特にカグライ陛下の、 その後(・・・) の情報について」

「!?」

皇帝陛下の暗殺未遂など、皇城内では一大ニュースだろうけれど、一般市民が知ることになるのはずっとあと——すべてが片付いてからになるはずだ。

だが一方で、目端の利く商人たちがこんな重要な情報を見逃すはずがない。商人を束ねるギルドならばなおさらだ。

「……どこからその情報を?」

「それをここでは明かせません。そちらが情報をお持ちならば売っていただきたい」

「わかりました。上の者を来させますので、直接ご確認くださいませ」

受付嬢はちりんとベルを鳴らした。しばらくして2階から降りてきた、むっつりとしたメガネの女性がヒカルたちを手招きする。

2階は執務室のようだったが、小さなテーブルとイスがあって応接もできるようだ。むっつりした女性とともにヒカルたちが入っていくと、中にいた5人の職員らしき人たちはおしゃべりを止め、隣室に移る者、階下に降りる者と分かれた。

その誰もが、ヒカルたちを興味深そうに見ていた。

「商人ギルドトリーランド支部のマスターをしておりますカタリナです」

「冒険者ヒカルです」

商人ギルドは商売を行うための許可証を発行したり、商売上のトラブルの仲裁、仕事の斡旋などを行っている。税の徴収は領主の仕事だったが、商人ギルドはスムーズに納税が行われるよう領主に協力しているという側面もあった。

つまり商人ギルドは、商人の味方であり、敵でもある。

(海千山千の商売人を相手にするには、この人は意外と若いな……でも、若くしてギルドマスターになるということは、やり手なんだろう)

ヒカルが相手を見つめながら考えていると、相手もまたヒカルの容姿から推測される年齢と、差し出されたギルドカードのランクDを見て同じように考えているらしかった。

用心深い口調で聞いてくる。

「……それで、なにか皇都の情報を聞きたいとか」

「売っていただきたいんです。あと、皇都ではなく皇城です」

「情報の購入にこだわりがあるようですが、それはなぜでしょうか?」

「金銭では済まないのなら、僕が情報を聞く対価に僕の情報もあなたに話さなければいけなくなります」

「なるほど。そのとおりですね」

むっつりとした顔のまま口元だけをゆがめて——どうやらカタリナは笑って見せたようだ——彼女は言った。

「皇城に関する最新の動向については10万ギランいただきます」

ヒカルの横に座ったラヴィアの、膝に置いた手が思わず浮いて、ポーラが目を剥き、ちょっと離れたところでお茶を飲みつつ聞き耳を立てていた職員が「ブッ」とお茶を噴き出した。

「わかりました。王国金貨の支払いでも構いませんか?」

即決したヒカルに、ぎょっとした顔でラヴィア、ポーラ、職員たちが顔を向けた。

「…………」

まさか承諾されるとは思わなかったのだろう、カタリナの鼻の頭にシワが寄る。それもそうだ、10万ギランと言えば日本円の価値でいう100万円。この世界では10万ギラン稼ぐのに半年かかるという市民もざらにいる。

カタリナの答えを待たず、ヒカルはテーブルにポーンソニア王国で流通している金貨を10万ギランぶん置いた。

「さあ、教えてください」

* *

商人ギルドの建物の2階、その窓から通りを見下ろしているのはカタリナだ。彼女の瞳には、足早に建物を出て行った3人の少年少女の姿が映っている。

「——よろしかったのですか、マスター」

職員のひとりが気遣わしげに聞いてくるが、

「当然です。彼は情報にそれだけの価値を見いだし、即断即決し、対価を支払いました。あの場で私が情報を出し渋れば、商人ギルドの看板に泥を塗ることになったでしょう」

「しかし……まさかほんとうに10万ギランもの大金を払うとは……」

職員はチラとテーブルに置かれたままの王国金貨を見やる。紛う方なき黄金の輝きは、ヒカルと名乗った少年の存在感がそのままそこに残っているかのようで、一方、商人ギルドが提供した「情報」が本当にそれほどの価値があったのかを問われているかのようでもある。

「……彼はこのトリーランドに来たのは初めてなのでしょう。すべてが物珍しいというような顔をしていました。となると考えられるのは、皇都からここにやってきたということ……皇都からトリーランドまではおよそ5日掛かりますから、その間に起きたことを知りたかったであろうことは間違いありません」

「皇都ギルドから伝わってきた情報は、確か——『皇城会議に参加できる貴族の顔ぶれに変化があった』ということでしたね」

「ええ、それは結果に過ぎませんが。『守旧派の代表格である右大臣閣下の、長年に渡る不貞が発覚』したことが発端です」

「確か相手は、西方を守るコーン辺境伯の奥方……。辺境伯閣下は西方に駐屯し、長い間ポーンソニア王国との国境を守っておられたはずですが、奥方は皇都にお住まいだったとは知りませんでした」

うなずきながら、カタリナはなにかを考えている。

「……辺境伯領にいない辺境伯夫人。当然そこにはなにか理由がある。そしてその『不貞』の相手が『右大臣閣下』であるという情報を、ここで出したのは——」

「ゼペッタ伯爵です。新興派の代表格のひとり」

「そう。ですが、ふだんならばその程度で右大臣閣下の降格人事など行われなかったはずです。……右大臣職の所管する軍部への指令権は一時的に宰相閣下が預かることとなり、代わりに新興派のロン伯爵が皇都司令官として、代表閣僚となりました」

「おかしいですね」

「おかしいです」

情報が、皇都から届いた時点ではカタリナもそこまで考えてはいなかった。しかし改めて、ヒカルという冒険者に掘り下げられて初めて違和感に気づいたのだ。

「どうしてここまで新興派貴族に気を遣うような人事が行われたのでしょうか?」

カタリナにとって不幸だったのは、彼女には「皇帝暗殺未遂」の情報が届いていないことだった。

だからこそ、不可解な点が数多く残る。

「……この話を聞いた彼が急いでギルドを出て行ったことを考えるに——この先にまだ、何かもう一波乱があるということでしょう」

それでも彼女が覚えた不安は、まさに未来を言い当てていた。