軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雨の夜の殺意《レイニー・レイニー・シリアルキラー》(3)

「——というわけで、クインブランド皇国のスパイ立ち会いの元、殺人鬼を 消滅(・・) させてきた」

「…………」

ヒカル——シルバーフェイスの報告を受けたまま、この国のトップであるパトリシア総首領は凍りついていた。

この 仮面の亡霊(シルバーフェイス) はいつだって唐突に現れては、とんでもないことを言う。だが今日のことはふだんよりもはるかにタチが悪い。

「……お前は、私が誰でここがどこなのかわかっているのかい?」

と、それだけ口にするのがパトリシアの精一杯だった。

「知ってるさ。アンタはパトリシア=ジルベルスタインでここはアンタの 寝室(・・) だ」

「……そうかい。わかってて平気な顔をしているならこれ以上は言うことないよ」

「アンタが、側近から離れるのはここしかなかったからな。仕方ないだろう? ——で、ここに、皇帝カグライからの親書がある」

「! カグライからのか!」

パトリシアは、ヒカルが差し出した封書を受け取ると魔導ランプのそばに行って中身を確かめ始めた。

ここは彼女の寝室であるので、ネグリジェのような薄手の着衣を羽織っているきりだが、パトリシアも国のトップを張るだけあって羞恥心のようなものは一切見せない。

あれから——ヒカルとアリスが街中で遭遇してから、5日が経っていた。もちろんヒカルが言ったとおり、殺人被害者はその後出ていない。

ヒカルは、アリスに頼んでカグライからの手紙を取り寄せてもらっていた。パトリシアを説得するために彼の信用を借りるというわけである——信用されなくてもかまいはしないのだが、疑われたままなのもイヤだし、事件が迷宮入りしてもみんなスッキリしないだろうから。

「……カグライからの手紙には、お前が言うことはすべて正しいだろうと、そう書いてあるね」

「まあな。そのために皇国のスパイも同席させたんだ」

「連続殺人犯を殺したって言ったかい?」

「違う。 消滅(・・) させたんだ。アレは不死系のモンスターだからな」

「——なんだって?」

パトリシアの目が見開かれる。

「順を追って説明するが、まずふつうの人間には『誰からも気づかれず人を殺す』なんてことはできない」

「…………」

お前はできるんだろ? とパトリシアの目は口ほどにものを言う。

「ふつうの人間は、だ」

「はいはい。それで?」

「……おれは、『隠密』の達人が無差別殺人なんてやっているという可能性はまず排除した」

「どうしてだい」

「 目立つから(・・・・・) だ」

「……ん?『隠密』だから目立たないだろう」

「そうじゃない。おれほどの『隠密』の使い手はこの世界にふたりとはいないものの、これより数段劣ったレベルであっても数えるほどしかいないだろうということだ」

「ずいぶんとまあ自信家だねえ」

「今は客観的な話をしている。そんなヤツが連続殺人を始めたらどう考えたって犯人候補が絞られる」

フン、とヒカルは鼻を鳴らした。「隠密」関連スキルをMAXまで取っていて、【隠密神:闇を纏う者】の「職業」を持ち、さらにソウルボードの拡張機能「ソウルブレイズ」によって限界以上に強化されている「隠密」能力持ちが——自分以外にいるとするならばそれはそれで会ってみたいところではあるが——いると仮定して物事を考えるのは非現実的だろう。

「それに被害者が『 無作為(ランダム) 』で選ばれているというのも不可解だ。人間がなすことであれば必ず偏りができる。侵入しやすい場所、殺しやすい相手、そういった傾向が出るはずなのに、今回の事件にはそれがない」

「だから犯人はモンスターだと……?」

「そういうことだ。人間性を失ったモンスターならばそういった偏りをなくすことができるからな」

「でもどうやってモンスターを見つけたんだい。それこそ、どこに出てくるかわからない神出鬼没なんだろう?」

ヒカルはうなずいた。

相手が不死系のモンスターであると仮定すれば対応はさほど難しくない。そのモンスターはなんらかの力で姿を隠しつつ、ひとりで行動している人間を探り当てている。その「なんらかの力」とはなにか——「魔力」である。この世界で、そんなことができる力は「魔力」しかないのだ。

そうなると「魔力探知」MAXで「探知拡張」MAXで【広域探知神:グランドソナー】の「職業」持ちのヒカルにはもってこいの案件となる。

おかしな「魔力」を探せばいいだけだからだ。

とはいえ、けして楽ではなかった。

探知範囲を広げながら町中を歩き、人間の持つ魔力ではない 揺らぎ(・・・) を探す——根気の要る作業が必要だったのだ。

アリスと会った翌日、ヒカルは昼から街を歩き回り、「魔力」の揺らぎがある場所を見つけ出し、夜にアリスとともにその場所へ向かった。一日中歩き通しで足は棒のようだったし、「魔力探知」の使いすぎで脳は焼き切れそうなほどに熱かったが、その日を逃して場所を移動されたらまた探知のし直しであるからなんとかがんばり、モンスターを発見。そして始末した。

「……モンスターの見つけ方については秘密にしておこう」

「秘密、ねえ」

「そうだ。モンスターを討伐した証拠はこれだ」

ヒカルが差し出したのは、煤で汚れた短剣だった。

刀身は反り返り、柄には宝石のようなものが埋め込まれてあったがひび割れていた。

「この剣は……?」

「そのものずばり、連続殺人犯さ。——『 悪霊の飛剣(イヴルソード) 』と言うらしい」

「イヴルソード……聞いたことがない」

「高位の不死系モンスターだ。頭のネジがぶっ飛んでた人間が所持者であり、なおかつそいつが強い怨念を持って死ぬと所有物であった剣がモンスター化する」

「それは『フライングソード』だろう? 低位のモンスターのはずだ」

「フライングソードを放置し、他のモンスターを殺しまくり、多くの怨念が統合されるとイヴルソードに進化するんだとさ。冒険者ギルドの古い文献にそう書かれてあった」

モンスターを見つけるのは簡単で、始末するのもさほど難しくはなかった。ラヴィアとポーラを連れていき、ポーラの聖属性魔法でイヴルソードの動きを鈍らせ、ラヴィアが「 贖罪の聖炎(アトーンメント・フレイム) 」で焼き尽くして終わりだ。

だが問題は、そんなモンスターがどこから出てきてなぜこの都市で活動したのかを調べることだった。これには少々てこずった。

最終的には答えがわかったのだが——、

「問題の根本はまだ解決されていない」

「……問題の根本?」

「こんなイヴルソードが他に何本もあったら困るだろう? おれは不思議だった。フライングソードがイヴルソードになるまでに必要な生き血は、相当な量だ」

ヒカルが思い出したのは、冒険者ギルドの依頼掲示板である。あそこには大量の依頼が張られてあった——冒険者による怠慢で、依頼の遂行が滞っていたのだ。

「新大陸に浮き足立ち、ヴィル=ツェントラ周辺のモンスター監視がおろそかになっているんだ。結果として、モンスターが統合されてイヴルソードみたいなモンスターが生まれた」

「…………」

「冒険者たちの怠慢も大きいが——」

「私の責任だな。確かに、グランドリーム大陸にばかり気を取られ、足元が留守になっていたと思う」

「……わかっているなら、いい。その証拠はアンタにやる」

ヒカルはそれだけ言うと、ドアへと向かう。

「シルバーフェイス」

その背中に、パトリシアが声を掛けた。

「殺人鬼——いや、モンスターを討伐してくれたことに感謝したい。なにか礼をしたい」

「要らない。……いや、そうだな、ひとつ頼み事をしようか」

「なんだ。できることなら応えよう」

ヒカルは振り返った。

「次にこういう事件が起きても、すぐにおれを疑わないように」

「……え?」

「こんな血なまぐさいのは、好みじゃない。それにおれは、自分の力を私利私欲に使ったりはしないぞ」

「あ、ああ……それは、すまなかったな」

「じゃあな」

言うだけ言って、すっきりした気持ちでヒカルは寝室を出て行った。

あっけにとられたパトリシアだけがそこには残されていた。

パトリシアの邸宅を辞すると、外はムッとするような湿気に包まれていながらも雨は降っていなかった。三日月が照らす路上にいたのは、ヒカルと同様暗い色の外套に身を包んだアリスだ。

「いやぁ〜、アレがモンスターの仕業だったとは全然思いませんでしたよ。ウチのスパイ活動は完全に骨折り損ですね」

「市民の命を奪う存在を駆逐できてよかったじゃないか。……殺されたほうはたまったもんじゃないだろうけどな」

「これからどうなりますかね?」

パトリシアはヒカルに、今回の事件が起きた理由の一端は自分にあると言った。であればなんらかの手を打つだろう。

すぐに思いつくのは冒険者ギルドの尻を叩くことだが——事件の犯人がモンスターだと発表したら市民はどう反応するだろうか。

冒険者ギルドを責めるか。あるいは為政者であるパトリシアたちを責めるか。

どちらにせよ、「新大陸」の熱に浮かされていたこの街には冷や水を浴びせることになる。

「……ま、悪いほうには転ばないだろう」

どっちみちグランドリーム大陸に渡るには相応のリスクが必要だし、船の数も全然足りていない。「新大陸だ」と騒いだところでどうしようもない人々は一定数出てきてしまう。そんな彼らが地に足を着けて働くようになるのなら、それはいいことだろう——多くの犠牲が出てしまった後となっては後味はほろ苦いが。

「そうそう、シルシルさん。皇帝陛下が遊びに来いって仰せですよ」

「お断りだ」

「即答!? なんでですか! 名誉なことじゃないですか。なんでも故郷に招待したいとか」

「よりいっそうお断りだ」

皇帝カグライはマンノームという種族の一族で、マンノームたちはクインブランド皇国を陰から操っているし、皇国以外にも陰から勢力を伸ばしているフシがある。

ヒカルが想像するところの彼らは「マフィア」である。

そんなところにほいほい出かけていったら骨の髄までしゃぶられる。

「え〜、残念です。なんでも陛下の故郷には大変面白い本があるんだとか……」

「本!」

そこへ、少女の声が上がった。

星の紋様が入った仮面をつけた——ラヴィアだ。

ここで落ち合う予定だったので仕方ないのだが、最悪のタイミングだ。

「…………」

聞かれてしまった。ヒカルは仮面の額に手を当てた。

「シルバーフェイス」

くいくいとヒカルの袖を引っ張ってくる。

「シルバーフェイス」

くいくい。

「シルバーフェイス」

くいくい。

「シルバーフェイス」

「あはは……あきらめたほうがいいかもしれませんよ、シルバーフェイス様」

同じく仮面をつけたポーラも苦笑いしていた。

(ま……なるようになるか。いや、なんとかなるし、なんとでもなる、か)

いざとなったら逃げればいい。逃げ足には自信がある。

「わかった。それじゃ招待を受けようかな……」

ヒカルは言いながら空を見上げた。

夜空には雲ひとつなく、三日月のそばで星が瞬いている。

明日からは晴れるだろう。

そうして暑い夏が始まる——北方のクインブランド方面へ避暑というのも、しゃれているではないか。