軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仇敵との邂逅

銀色の竜はゴルジアが連れてきた竜よりもずっと大きく、そびえるように立っていた。唖然として立ちすくむ兵士たちだったが、すぐに動き出した者もあった。

ガリクソンや親衛隊がポーラを守るように立つ。

そして国王ドリアーチもまた集団の先頭へと進んだ。

『そこにいるのは……コウキマルさんですか』

静かな、しかしよく通る声でたずねると、銀竜の頭の上に人影が現れた。

長い白髪は適当にうしろで結ばれ、ボロ布のようなマントを背負っている。服は見た目こそ悪かったがモンスターの皮を使っているらしい。

『!』

その人の、コウキマルの目を見てドリアーチは絶句した。

白目の部分が黒く染まっているのだ。

『……お前が現国王か』

『そ、そうです。コウキマル……街を追われし知恵者。その目はどうしたというのですか』

『目?』

言われて初めて気づいたとでも言うように、コウキマルは目元に手をやった。

『ああ……こんなもの、真実の代償に過ぎぬ』

『真実?』

『それより、街を捨てるのか』

無人の街。今までコウキマルが、こうなる過程を見ていたのかはわからないが、結果としては彼の言葉のとおりだろう。

『そうです』

『ふっ……はは、はははははははははははははははは』

突然、乾いた笑いがコウキマルからこぼれ出た。その笑いは止まることなく、あふれ出てあふれ出て延々と続いていく。

『……あなたの、希望通りになってうれしいのですか?』

『はははははははははは——いや、こんなことを希望などしてはいない』

ぴたり、と笑いを止めたコウキマルは、

『この街はたいした障害ではなく、 我が主(・・・) が行く道に転がっていた、石ころに過ぎぬ』

『な……』

『——先ほどから聞いていれば図に乗って! 貴様が指図したモンスターの襲来なのだろうがッ!』

憤ったドゥインクラーだったが、即座にドリアーチに制止される。

『抑えて』

『王様! しかし』

『いいから。コウキマルさん……私たちが石ころ程度なのであれば、ここを通していただいて問題ないでしょう? おっしゃるとおり、私たちはこの街を捨てます』

『……そうだな。構わない』

『それはよかった。では通らせてもらいます』

有無を言わせずドリアーチが先頭に立って歩き出すと、兵士たちもあわてた様子でこれに続いた。

(なぜ、なぜ! このような屈辱を味わわされた我らが下を向いて逃げ出さなければならないのだ! 敵の首魁が目の前にいるというのに!)

ドゥインクラーは叫び出したいのをこらえていた。

銀竜が道を塞いで立っているので、その隅をこそこそと通っていかなければならない。今ここで竜を怒らせてなんの得もないことはわかっている。ブラストキャノンもない今、竜を相手に致命傷を与えることはできない。

数隻停泊している避難船にもブラストキャノンは積んでいるだろうが狙って当てるには少々遠いし、外せばドゥインクラーたちが被弾する可能性もある。

おそらくドリアーチは——ドゥインクラーが敬愛して止まない王様は、瞬時のうちにそこまで考えてコウキマルとやりとりした。

前を行くドリアーチの手は固く握りしめられている。犠牲を最小限にできたとはいえ、何十人もの兵士が死んだ。その敵が目の前にいるのだ。

(王様がいちばんお悔しいに決まっている……お労しい……)

ドゥインクラーもまた両手を固く握りしめた。

ザッザッと1列になって横を通り抜けていく人々を、銀竜は興味深そうに見ている。特に竜のそばを通るときには誰も顔を上げず、目が合わない。

そこへとやってきたのは、ロープでぐるぐる巻きにされ、担架に乗せられたディーナだった。彼女は気を失っていたが、コウキマルは彼女に気づいていない。しかし銀竜はディーナが気になるようにゴロゴロと喉を鳴らした。

『どうした』

だが銀竜は、首をぐるりを回し、ディーナではなく先頭を進む人間に目をつけた。

この銀竜の行動に特に意味はないだろう。なんとなく嗅いだことのあるニオイがして、先ほどから興味がある人間を—— ちょっとばかし(・・・・・・・) 食ってやろう(・・・・・・) という気になっただけだ。

『おい——おいっ!』

コウキマルが呼んだが、銀竜は完全な支配下に置かれているわけではなかった。

先頭の人物目がけて竜は首を動かした。

それはとてつもない速さで並み居る軍人たちですら反応できなかった。

がばっ、と口を開いた銀竜はその人をぱくりと噛むと、翼を広げて飛び立った。

『ちっ、このバカ竜め……つまらんものを食いおって』

口からは大量の血がこぼれ、地面に滴った。

ラヴィアをお姫様抱っこしたヒカルは街の東へとやってきた。姿を見せながら逃げるのはなかなかスリルがあったが、ヒカルには「魔力探知」があるので先回りされることもなく、無事に逃げおおせた。

船着き場からは十分に遠い川縁がこの逃避行のゴール地点だ。

「そろそろいいかな」

「……大丈夫、ヒカル?」

「これくらいならたいしたことはないよ。むしろ徹夜で走り回ったことがしんどい」

「わたしも」

ふたりであくびをして笑っているが、

『あのさ! 向こうからモンスターが迫ってきているんだけど、ふたりともだいぶ悠長じゃないか!?』

コウが至極当然なことを指摘した。

確かに、土埃をあげた集団がこっちに迫っている。あと1分も掛からずここに到着するだろう。

「ああ、アレならまあなんとかなる。それじゃ、そろそろ行こうか」

「ごめんなさい……あなたに痛い思いをさせてしまって」

『な、なにするんだよ……』

苦笑しながらヒカルはリヴォルヴァーを出した。

すでにモンスターは目と鼻の先だ。

「じゃあ、僕をつかんで離すなよ」

「ん」

『なにするの!? ねえ、なにするの!?』

足の速いチーターのような——サイズは5倍くらい大きいが——モンスターがヒカルに向けて跳んだ瞬間、ヒカルは引き金を引いた。

銃口からオレンジ色の光が放たれ、ふたりの身体は斜め上に飛んでいく。「 爆火光線(フレイムレーザー) 」を込めた弾丸だ。見る間にモンスターの群れが眼下に小さくなり、勢い余った集団は川へと突っ込んで行く。

「——わわわっわわわわ!?」

『おほあああああ!?』

「快適とは言えない空の旅にようこそ。ていうかコウは空飛べるだろ」

『それとこれとは勝手が違うううううう!』

上空でもう一度「爆火光線」を撃つとふたりプラス1匹の身体は川を渡って向こう岸へと飛んでいく。

「……ん」

そのときヒカルは、巨大な竜が北方へ飛んでいくのを見た。

(まさか街にいたのか……? あんなのがいたら「隠密」があるポーラはともかく、他の人はヤバイんじゃ)

だが船着き場の船が破損した様子は見られず、すでに出航していた。避難は無事に済んだようだが。

「ヒ、ヒカル、ヒカルッ! 落ちる落ちる!」

「ああ、そうだった」

『落ちるうう!』

「だからコウは空飛べる……ってまあいいや」

すさまじい速度で地面が近づいてくる。グラヴィティ・バランサーを使ってふわりと浮いて、ふたりは着地した。

「ふぅぅぅぅうううううう……」

と、ラヴィアはその場にへたりこんでしまった。ついでにコウも。

「これ……最高に身体に悪いと思うの」

「だよね。僕もなるべくなら使いたくないよ……っつつ」

「あっ。腕はどう!?」

魔法の反動で持ち手である腕に相当な負担がかかる。ヒカルは痛みをこらえつつ、額に浮かぶ脂汗を拭った。

「痛みにもちょっとは慣れるといいんだけどね……」

「ポーラにも魔法を込めてもらえれば良かったのだけれど……肩、貸そうか?」

「ありがとう」

ヒカルがこの街に戻ってきてから、「隠密」中のラヴィアとは合流でき、火の精霊魔法を込めてもらった。だがポーラとは接触できず、先ほどの短い時間で込めてもらうにはさすがに周囲に目がありすぎた。

「ポーラとはすぐに会えるだろうから……」

その代わりポーラには、無事に船まで避難できたら、ヒカルたちが今いるこちら——大河の南側に移るようにお願いしておいた。

『そんな無茶までするのかよー……』

「腕を一本やっちゃうくらいで、あれだけの移動手段を確保できるんだからむしろお得だと僕は思うけどね。——それよりコウ」

『ん?』

「大穴を掘れ、ってなに」

竜石をたらふく食って眠ったコウは、夜半に目が覚めるなりラヴィアにそう言ったらしい。だがその真意を確認する余裕もない騒ぎの真っ最中だった。

『あ、それそれ! 実は……』

ふんふんと話を聞き、最後まで聞き終わったヒカルは天を仰いだ。

「マジかー……」

そして眉間に寄ったシワを親指でこすろうとして、それが痛めた手だと気がついてあきらめる。

「あのさあ、コウ。もしそれが可能なら……いや、まあいいや。できるかどうかわからないし、とりあえず僕のやったことはあの時点では最善だったと思うし」

「ヒカル、コウちゃんだから」

「そうだね。コウだからね」

『ちょっとちょっと〜。オイラ、やると言ったらやるよ?』

「そうだな。常識くらい2つ3つ余裕で飛び越えるよな」

『いきなり空飛んだヒカルに言われたくないんだけど!?』

「失礼な。あれはオーバーテクノロジー気味な魔道具を信頼すれば誰にでもできることだぞ」

『それがおかしいの! オイラができることは、まあ、龍ならトーゼンってだけだし』

「その『龍の当然』がイカれてるんだよなあ……」

そんなことを話しながら歩いていくと、前方からやってくる人影があった。

「あ……ヒ、シルバーフェイス様!!」

遠くでちぎれんばかりに腕を振っているのはポーラだ。

どうやら無事に合流できたらしく。ポーラは駈け寄ってくるとすぐにヒカルの腕に回復魔法をかけた。

「ありがとう、ポーラ……ポーラ? どうしたんだ」

ふと見ると、彼女だけでなく親衛隊たちも表情が優れなかった。

「実は……シルバーフェイス殿」

「ガリクソンさん、私から話します。……シルバーフェイス様、実は私たちの撤退中に銀の竜が現れました」

「ああ——空を飛んでたアレか。えっ、遭遇したの?」

「はい、それで」

ポーラは悲しむように顔を伏せながら、

「竜は、この国の王、ドリアーチ様を食べようと口を開きました。誰も反応できず……たったひとり、動いたのはドゥインクラーさんでした」

その話の先は、聞かずともわかった。

「ドゥインクラーさんが、竜に食べられてしまいました……おそらく即死だったと思います」

ドゥインクラーが王の身代わりになった。

それは思いもよらないほどヒカルの心を乱した。

「ドリアーチ様もひどく取り乱していらっしゃいましたが、そのまま船に乗せられ、先行している避難船を追いました」

「……そうか。南には残らなかったんだな」

混乱していたのが逆に良かったのだろう。ドリアーチはもともと残留組に入るつもりでいたはずだ。

「そうか。あのオッサン、死んだか」

小太りなオッサンは、相手の裏をかいたり政治をしたりするのが大好きな、狸のような男だった。

だが彼の信念は非常に明快で、すべては国王ドリアーチのため、だった。

「…………」

ヒカルは息を吸って、吐いた。

ろくなオッサンではなかった。ヒカルがもしも敵対していたら、容赦なく攻撃してきただろう。

だけれども彼は、ただの一度として信念を曲げることがなかった。その行動すべてが信念に従って徹底していた。

意外と、自分は、ドゥインクラーのことが気に入っていたらしい——。

「……あの銀竜は、必ず僕が殺す」

ヒカルはひとり、決意した。