作品タイトル不明
ふたりの対抗心
脂汗にまみれたドゥインクラーは「ギギギ……」と歯ぎしりしながら帰っていった。それを見送ったグルゥセルが淡々とヒカルに告げる。
「4人1組のチームを組んで、敷地内に駐屯させる。30分おきに外壁に沿ったパトロールを実施する。チームは1日3交代としたい。構わないか」
「交代については構わないけど、敷地内の駐屯は止めて欲しい。敷地外に警戒用の小屋を建ててくれ」
「小屋か……」
「ドゥインクラーをつっつけば彼が金を出して建てるだろうさ」
「いや、我々の負担で行おう。要望はそれだけか?」
「30分おきのパトロールに関しては、もうちょっと時間に幅をもたせてランダムにしてくれ。パトロール時間は日々変わるようにし、当日決める。30分おきだとわかっているパトロールなんてなんの意味もないだろ?」
「……そのとおりだな」
警備員の巡回コースなども、セキュリティレベルが高いところでは毎日変更され、変更内容は当日担当者にのみ共有されるものだ。
「他には?」
「他にはないよ。ありがとう」
「……ひとつ聞きたいが、なぜ我々を? まさか本気でドゥインクラーを疑っているというわけではあるまい?」
グルゥセルも、まさか自分に警備の依頼がくるとは思っていなかったようで困惑顔だ。先日、手ひどく「信用できない」と言ってきた相手が警備を依頼してきたのだから当然だろう。
「ドゥインクラーに落ち度はない」
あっさりと言ったヒカルに、ますます怪訝な顔をするグルゥセル。
「ならばどうして――」
「だからこそ、さ」
「……お前の言わんとしていることがわからない」
「アンタには言う必要はないんだが、まあいいか。ドゥインクラーはこれで焦るだろう。うちの回復魔法を独占しているという立場が揺らいだわけだからな。だから必死で襲撃の首謀者を探そうとするはずだ」
「…………」
「いや、 首謀者はわかっている(・・・・・・・・・・) から、その尻尾をつかもうとする、かな?」
「…………」
「いずれにせよ事態が動く。そうなれば 裏切り者(・・・・) はあぶり出され、捕まえることだってできるだろう。正直、おれはこんなところでアンタらの小競り合いに付き合っている時間はないんだよ」
「……だから、強硬手段を採った、と?」
「ハッ。こんなのが強硬手段だと言うのか? 殺そうとしたのは向こうだぞ」
仕掛けてきた相手に慈悲を与える気などヒカルにはまったくない。
それを知ったグルゥセルは背中にうっすらと冷や汗をかく。
「せいぜい、アンタも襲撃者の尋問をがんばりなよ。確たる証拠をつかんだら迷わず相手を叩き潰せ」
「……わかっている。犯罪を許す気はない」
答えながらもグルゥセルの冷や汗は止まらなかった。こちらを見つめる、仮面の奥の瞳が恐ろしかったのだ。
* *
寝不足だったヒカルは出発の予定を1日ずらすことにした。準備をしっかり整えなければ命取りになるからだ。
「気をつけてね、ヒカル」
「ヒカル様でしたら大丈夫だとは思いますが、なにがあるかわかりませんからくれぐれもお身体をお大事に……」
ラヴィアは淡々としたものだったがポーラはやたら心配そうな顔で言ってきた。
「そっちこそ、必ず2人で行動するようにね。なにかあったらラヴィアも出し惜しみせずに『集団遮断』を使って」
「ん。任せて」
別行動をするにあたって、ラヴィアには「集団遮断」を設定することにした。年齢とレベル上げの結果、「魂の位階」も上がっている。
【ソウルボード】ラヴィア
年齢15 位階33
4
【生命力】
【スタミナ】3
【魔力】
【魔力量】15
【魔力の理】2
【精霊適性】
【火】6
【魔法創造】1
【敏捷性】
【隠密】
【生命遮断】3
【魔力遮断】3
【知覚遮断】3
【集団遮断】3
「探知」系で2を持っている者もいるかもしれないので、3あればとりあえずは大丈夫だろう。ヒカルとしてもいくらグルゥセルが警備を請け負ってくれるとは言ってもそこまで信用しているわけではない。
「帰りは……10日後?」
「それくらいだな。コウが食べ過ぎなければ」
『心外だなー。オイラはグルメだから保存食なんて食べないよ』
「褒めるポイントがないんだよなあ……」
美味ければ予定以上に食い尽くす、と言っているようなものである。
ヒカルは軽装だった。背中に小さめのバックパックを背負っているだけである。ただそこには「次元竜の文箱」が入っている。見た目は文箱ながら中は拡張されているという代物で、そこに保存食と飲み水を多めに入れておいた。この「次元竜の文箱」は中に入っているものが軽量化する、というような摩訶不思議効果はついていないのでバックパックは相当に重い。
とはいえヒカルのソウルボードも「筋力量」3があるので、力持ちの大人よりもパワーがあるかな? というレベルである。軽々ととは言えないものの行動に不自由がない程度の重量ではある。
ソウルボードのポイントは3余っているので、最悪「筋力量」を増やすこともできる。
「じゃあ行ってくる」
銀の仮面をつけたヒカルは、新居を出ていった――ところで、
「おはようございます。シルバーフェイス様、ご出発と聞きまして」
にこにこ顔を貼り付けたドゥインクラーがそこにはいた。
ちらりと見ると急造した小屋にはグルゥセルの部下らしき兵士がいて、こちらを苦々しい顔で見ている。見張りの者たちだろう。
「ああ、おはよう。なにをしに来たんだ? おれが出発するからスターフェイスとフラワーフェイスのふたりに取り入ろうとでも思ったのか?」
「いえいえ、とんでもないです。シルバーフェイス様の不在時に、緊急以外、来ません」
「それはいい心がけだ」
「ただご近所の挨拶に来たのです」
「……近所?」
ドゥインクラーは取り巻きを振り返ると、取り巻きは風呂敷に包まれた四角い箱をうやうやしく差し出した。
「……これは?」
「乾麺です」
「乾麺?」
「我らが偉大なるエイーチ様は、引っ越しの際に周囲の方へ乾麺を配る文化を定着させました」
「ああ、引越し蕎麦――」
って、なに日本の風習を持ち込んでるんだよ……とヒカルは呆れたが、
「――でも、それはおれが周囲の人間に渡すものだろう?」
「いえ、いえ、そうではありません。あちら」
ドゥインクラーが指したのはこの庭園邸宅の目の前、3階建ての、そこそこ広い住宅だった。
「私、引っ越してきました」
「…………なんだって?」
「シルバーフェイス様、危険が及ぶよくない。私もまたここで暮らすことで、私 たち(・・) に牙をむく愚か者を牽制します。――おっと、これから重要な会議あります。では」
ヒカルに風呂敷包みを押し付けると、ドゥインクラーは取り巻きを連れて風のように去っていった。
「……マジかよ」
ドゥインクラーを焦らせた結果が、これか。シルバーフェイスを大事にしており、その身になにかあれば黙っていない――というアピールでもあるのだろう。
よく見ると、その住宅の中には多くの作業者が入って改装を進めていた。中の家具が運び出され、代わって豪華な家具が運び込まれている。
ドゥインクラーもまた、一筋縄ではいかないようだ。
出ていった直後に帰るというちょっとバツの悪さがありながらもヒカルは乾麺をラヴィアたちに渡し(結構喜ばれた)、ドゥインクラーの動向を伝えてから、改めて出発した。
首にはコウを巻いてふたり、大河へと向かう。
船着き場は上流に民間の船があり、こちらは小舟ばかりだ。網で川魚を獲ることが多いが釣りをやったりカゴ罠を仕掛けたりもするらしい。
下流には軍船だ。千人は優に乗れる船もあるがこれらが最下流にあった。
『シルバーフェイス!』
その、軍の方の船着き場に行くとグルゥセルを始め数人の軍人と、苦り切った顔のジンがいた。
そして、
「おお、来たか」
「――あれ、ワカマルさん」
マンノームの子孫であるワカマルもいた。
「ジンのヤツが船を扱うのはいいが、言葉が通じないでは困るじゃろう? 通訳代わりで同行したいとワシが志願したんじゃ」
「いや、でも……ワカマルさんは民間人でしょう?」
「昔は軍部にいたこともあったからの、OBじゃな。ま、陸に降りはせんから船に乗ってる間だけの通訳として使ってくれ」
「……ありがとうございます」
ヒカルは、「塔」の調査に向かう――軍から船を借りるに当たって、扱いに慣れた人間もつけてくれるよう頼んでいた。陸地に降りてからはヒカルがひとりで行動するのだから特に言葉の不自由は感じないだろうと思っていたが、それでもこちらの言葉が通じる相手がいるのはありがたい。
ワカマルはここにいる誰よりも、過去を知っている人物だ。だからこそ向こうの大陸からやってきたヒカルが気になっているのだろう。
その厚意を、ありがたく受け取っておくことにした。
『んじゃ――ええと、それでは、そろそろ参りますか?』
ジンが言う。どうやらちらちらグルゥセルたちを見ているあたり、上官が多いここは居心地が悪いのだろう。
『待て、ジン』
グルゥセルは先を急ごうとするジンを止めると、ヒカルへと顔を向けた。
「『塔』の調査に当たってこの小軍船を貸し出そう。軍としては調査結果についても興味があるが、それ以上にシルバーフェイス 殿(・) が無事に帰ってきてくれることを望んでいる。くれぐれも無理はしないでいただきたい。それはここにいる軍団長以上全員の総意である」
グルゥセルが言うと、彼より年上らしき軍のお偉いさんたちが一斉にうなずいた。
(あー、これはアレか。軍として僕らに協力しているアピールをしなければいけないんだな。グルゥセル以外の連中は見たことないけど、ポーラの回復魔法をあてにしているのかもしれない)
一応、茶番に乗ってやるかと、
『わかった。気遣い、感謝する』
こちらの言葉で言った。これにはグルゥセルだけでなくみんな驚いたらしい。ラヴィアから昨晩、教わっておいてよかったとは思うものの、ここにいるのは全員男――オッサン以上の割合が高めなのでオッサンたちの喜んだ顔を見てもつまらないところではある。
『では皆様方、行ってまいります』
ヒカルとワカマルが船に乗り込むと、ジンは出船した。
船は滑るように大河を進んでいく――目指すは「滅びの大陸」に突如現れた、謎の「塔」だ。
(それと、滅んだ街に行って「リンガの羽根ペン」が生きているかも確認だな)