作品タイトル不明
賢者の話
ウィーザが「動物の汚染に関して研究をしている人を紹介する」と言ったので会ってみることにした。この大陸で邪に連なる者がはびこっているのを食い止める手助けになればと思ったのである。
その人物はザハドゥと言い、確かにウィーザたちからも「賢者」と呼ばれているのだが――考えていた「賢者」とは違った。
「やあやあ、ようこそ来てくれたねえ。君が最近、獣を多く狩ってくれている『肉の狩人』シルバーフェイスくん? いやあ、ありがたいよねえ。こんな年になっても肉は食べたいからさあ」
麦わら帽子をかぶり、着ているツナギは泥や草で汚れている。
にこやかな顔にはしっかりとしわが刻まれており、その肌はよく日に焼けていた。
「ああ、汚い格好でごめんねえ、裏で飼ってる動物の世話をしてたんだ」
「そうですか……そのずいぶんと言葉が上手ですね」
「昔は結構、あっちの言葉も勉強したものだよ。最近は教えてないみたいだけどねえ。あ、ここで立ち話もなんだから入って入って」
身長180センチは超えているだろう。すらりとした上背で、年齢も60は確実に過ぎているだろうにその動作はきびきびしている。
ザハドゥの住居はドリームメイカーでも東の外れにあった。外敵の侵入を防ぐ土壁に近く、手入れのされていない街の外縁は雑草がボウボウだ。
その草むらにいるのはニワトリたち――ニワトリのように見えるが、羽が4枚あってトサカが青い――である。
「お茶を淹れるねえ」
ここにはヒカルとコウだけで来た。ラヴィアとポーラは相変わらず「新居」に夢中だったからだ。
街の中心部にあるどことなく近代的な建物と比べると、この家は農作業小屋のようなものだ。土塀はぼろぼろだし、窓枠も隙間だらけ。単なる小屋でないと思えるのは使い込まれた台所があり、奥の間は寝室になっているようだからだ。
「ぼくはねえ、賢者だなんて呼ばれているけど、あれはみんながからかっているんじゃないかと思うんだよ」
「……それは、そうですか?」
微妙に答えにくい話を振られる。
だが人当たりもよく、人間的にも悪い感じは受けなかった。相手が丁寧に応対してくれるのならばそれにきちんと返すのも礼儀だと思うヒカルである。まして今回は、こちらから話を聞きにきたのだから。
出されたお茶は欠けたカップに入っていたが、ツンと鼻をつくような香りのするお茶だった。
「この辺で採れる茶葉だから高価なものではないのだけど」
「いえ、嫌いな味ではありません。――ザハドゥさんはこちらで養鶏を?」
「卵をね。その過程でいろいろと動物の面倒を見ることがあるんだ。ポジドンキーなんかが怪我をすると運ばれてくるしねえ」
賢者、というより医者のようだなとヒカルは思ったが、次の言葉でハッとした。
「動物が暴走することがあるんだ。その病気には心臓に貼り付いた黒魔石が関係していてねえ。それを安定させた状態で国の魔術局に卸す、なんてこともしている」
「――動物の汚染、とはそういうことですか」
「その話を聞きに来たんだっけねえ。ならばこれを見てもらったほうがいいかな」
ザハドゥに連れられて家を出ると、野に放たれたニワトリ(?)たちに見つめられながらさらに奥に立っている掘っ立て小屋へと向かう。
『臭い! 臭い臭い臭い臭い! ダメだよここ!』
突然コウが叫んだものだからザハドゥが目を丸くした。
「ん? その動物はしゃべるのかい? すごいなあ、あちらの大陸だとふつうなのかな?」
「ああ、いえ、そんなことはないんですが、実は――」
こうなったら隠しても仕方がないだろうとヒカルは事情を話すことにした。コウが特殊な事情で「邪に連なる者」を討伐しなければならないこと。「黒魔石」はコウに言わせれば「竜石」であること。
その間にコウは遠くへ逃げていってしまったけれども。
「なるほどねぇ……とりあえずこっちも、これを見てもらおうかな」
ザハドゥに続いて掘っ立て小屋へ入ると、
「おお……すごい数ですね」
小屋の壁はすべて棚になっており、そこには大小様々の黒い石が置かれてあった。彼らの言うところの「黒魔石」だろう。
「時間をかけて置いておくと黒魔石の魔力が安定するようなんだ。水につけてみたり、他の黒魔石と反応させたりしてみたけれども、最終的には放置するのがいちばんだとわかった」
「安定した黒魔石はどうなるんですか」
「魔術局が魔術の道具として利用するよ。君がここにやってきたときに乗っていた軍艦にはふんだんに使われているはずだよ? まあ、よほど安定しないと、ああいう場所には使わないで天然の魔石を使うけれども」
「天然の魔石というのもあるんですね」
「それはあるさ。魔石鉱山で採っている――あれ、これは言ってはいけなかったのかな?」
「我々の大陸でも同じように鉱山がありますよ。ただ魔石とは言わず、精霊魔法石と言います」
ヒカルが「精霊魔法」と「聖」と「邪」に連なる魔法の区別について話をするとザハドゥは目を輝かせた。
「そうか、そうなのか! 私たちは魔法が使えないからねえ、そういうことも知らないんだよ」
「でも精霊魔法石――魔石を使って魔道具を作れる、と?」
「先人が遺した知識を利用しているだけさ。発展も、しているがね」
黒魔石は安定すると高純度魔石として利用でき、その出力の高さから大規模工事での「発破」として、あるいは巨大な魔道具を動かすときに使い捨てで利用するようだ。
「でも魔術局は、今は大規模な浄水施設の建設を計画していてね……そこで使えないかって考えているらしいんだ。私は止めたほうがいいように思うのだけど」
動物を暴走させた原因らしき石を使って、人間の飲用水を作るとは――ヒカルがちょっと聞いただけでも「絶対止めたほうがいい」案件ではある。
「魔術局は生活の基盤を支えているからねえ、建設局よりもずっと発言力が強いんだよ」
「9つの氏族の長がいる、とかですか」
「そうなんだ。ルーデンドさんは今回の計画に絶対の自信があるようだし、確かに飲用水はすべて井戸で賄っていて水量が少ないのはみんなの不満の種でもあったから、表立って止める人がいなくてね。魔石鉱山の産出量も、今の生活を支えるので手一杯だから黒魔石に目をつけたんだろうけど……」
なかなかこの国の懐事情も厳しそうだ。完全な自給自足というのはなかなか成り立たない。
黒魔石は時折発火したりもするために、住居から離したこの小屋に置いているらしく、「長居するのは危険だから」とザハドゥとともに掘っ立て小屋から出る。
『いだいいだいいだい! ああ、助けてぇー!』
出ると、コウがニワトリ(?)に突っつかれては追われていた。どうやら卵を食べようと狙っていたところ、手ひどい反撃に遭ったらしい。
「……うちの龍がすみません」
「いやあ、ははは」
これにはさすがの賢者も苦笑していた。
ザハドゥとの話でいろいろとわかったことがある。
汚染された、という動物は暴走する以外に特に変化はなく、肉質が変わったりするわけでもないらしい。むしろ肉質が柔らかく美味だとして人気があるほどだ。
黒魔石に関してはエイーチの書き残しなどもない。むしろこの100年ほどで見つかったものだという。だからこそまったく新しい研究となるのだが、ザハドゥが調べ始めるまで誰も注目しなかったものだった。
「なにかあればまたお知らせしますよぉ」
「ありがとうございます。こちらもなにかあれば来ますね」
ザハドゥと別れて歩き出したヒカルの首元には、ふー、だなんて息を吐いているコウがいる。
「魔石が生活に直結しすぎなんだな……コウはなにかわかったか?」
『あの竜石全部捨てよ?』
「そういえばあれを食べるとでも言い出すのかと思ってたけど」
『いやいや、なに言ってるんだよ。オイラだって腐りかけの竜石は食べないよ。だけど腐っても干からびても竜石は竜石だから、捨てたほうがいいよ』
「――コウからすると、魔力が安定した竜石は『腐敗』扱いなんだな。僕が持っていた巨大な竜石はどうだったんだよ。お前が食べてしばらく起きなかったヤツ」
『あっちの竜石とは全然違うよ。本来竜石ってのは何年何十年置いておいても腐るようなものじゃないから』
「つまり……黒い竜石は 不完全(・・・) ということか?」
『うん、そうそう! そんな感じ! でも当たり前だよね。竜についてない竜石なんて最初から不完全じゃないか』
ヒカルはピタリと足を止めた。
「……それだ」
竜についてない竜石(・・・・・・・・・) 。
どうせコウの不思議ワードだろうと当たり前のように受け止めていたけれど、あれは「竜石であって竜石でない」ものなのだ。
『なに? ヒカル?』
「――コウ、教えてくれ。竜石は竜にとってどんな役割を果たしているんだ?」
『ん? 決まってるでしょ。邪の手先であることの証であり、龍と敵対する者の証さ。竜にとっての力の源』
「それは――竜に、誰が与えるんだ?」
『誰が? ん……親?』
「もっと前の話だよ。いちばん最初の竜は誰からそれをもらったんだ?」
『ああ、そういうこと。それはね、世界の根源に潜む、邪、そのもの。世界の理を司る神を討たんとする存在。世界の調停者たる龍を敵視する存在』
珍しくコウの舌はなめらかだった。
『口癖のように里の長老が言っていたからねえ』
耳にタコができるほど聞いたらしい。
「ならば、竜が 擬似的な竜石(・・・・・・) を他の動物に与えることもできるか?」
『それは――どうだろう。考えたこともないや』
「いやおそらく、できる。竜が子を生んで竜が生まれる場合、子竜の竜石は親が与えたものということになる」
『うーん、そうなれば、そうなのかなあ』
「それを 人工的に(・・・・) 与えようと、考える存在がいてもおかしくない」
『んんん? どういう意味?』
「……それはまがい物の竜石だ。偽の竜石を与えられた者はさらに配下を作るためにまがい物の竜石を作り出す。その精度はどんどん落ちていく――」
ヒカルの脳裏には、日本で禁止されている「ねずみ講」のようなイメージが浮かんでいた。
配下を作れば作るほど、上層はなにもせずに儲かる仕組みである。「あなたも仲間を増やせばどんどん儲かるよ」と甘い言葉で囁いて。
「――なぜ人はねずみ講を作る? 金儲けをするためだ。なら魔物はどうだ? 竜は? 邪に連なる者は?」
『ヒカル、どうしたの? なんだか真面目な顔して――』
「これは仮定の1つだけど」
と言いながらも、それが答えなのでは、とヒカルは思っていた。
「黒い魔石は、北限にいる『邪』の……数代下の配下なんじゃないか? 黒い魔石のネットワークが広がっていく……それは緩やかな侵略だ」