軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュカの悩み

実のところポーラはリュカやエカテリーナと直接の面識があるわけではない。ポーラがスカラーザードにやってきたのはウゥン・エル・ポルタン大森林での騒動が終わったあと。そのときにはリュカもエカテリーナも「建国記念式典」へと出ていたのだ。それからスカラーザードへは戻っていない。

ただこんな「酒万歳」といううらぶれた場所——料理は美味しいが少なくとも学生が来るような場所ではない——にいる少女ふたりという事実。さらには明らかにユーラバ出身とわかる青みがかった肌と、上等そうな外套。「酒万歳」が学生連合の集まりで使ったことをポーラも知っているので、このふたりが学生連合がらみだろうとすぐに気がついた。

「あなたは……」

エカテリーナは警戒心もあらわにポーラを見た。エカテリーナがスカラーザードを離れたときにはウェイトレスなんていなかった。

「あ、あのっ、私、ヒカル様のパーティーメンバーです」

「!」

「!!」

先んじてポーラが言うと、ふたりの少女に驚きの表情が走る。

「ヒカルさんが、スカラーザードにいるのですか」

「は、はい、一昨日戻りました。あ、あの……なにかあったんですか? 確か春には合同結婚式が——」

「シッ」

エカテリーナの人差し指が立てられ、彼女は周囲を警戒する。

ポーラはそのとき、なんらかのトラブルが起きたのだと察した。

フォレスティア連合国ルマニア領を実質的に掌握している緑鬼氏族。当主であるビリオン=緑鬼=ルマニアの長男であり次期当主と目されているリーグ=緑鬼=ルマニアは数日に及ぶ旅程を終えようとしていた。

「ようやく着きましたか……」

馬車の客室から下りると吹雪が襲いかかってくる。フォレスティア連合国の中でもジャラザック領は北限に接している。真昼だというのに分厚い雲が空を覆っているせいで周囲は薄暗い。

「ようこそお越しくださいましたな!」

屋敷のドアは開かれ、煌々とした明るさが外へと漏れ出ている。出迎えに当たったのは学院でも顔見知りである大剣教官ミハイルだった。

「お久しぶりです。私などに丁寧な挨拶は不要ですよ」

「いえいえ、今回は緑鬼氏族の名代でお越しになったと伺っております。丁重に対応するようにとアレクセイ=ヴォン=ジャルザード=ジャラザックからも言われております」

リーグを抱き込むように背中に手を回すと、屋敷の扉は閉ざされた。

「ふぅ……」

中に入れば温かな空気が満ちている。頬に一枚氷が貼り付いていてそれが溶けていくような感じさえした。壁は分厚く、扉の機密性も高い。換気もきちんと行われており酷寒の地で暮らす人々の智恵を感じさせる。

「リーグ殿にも、ジャラザックの寒波は堪えますかな?」

「氏族名代の仕事と思えばさほどのこともありません。——早速ですがアレクセイ殿に会えますか?」

「無論です。——リーグ殿をお部屋へお通しするように。では、私は当主を呼んで参ります」

「よろしくお願いします」

教官と学生、という間柄ではない——各地域の利害を代表するふたりの立場がそこにはあった。

(ミハイル教官のほうが徹底していますね……私が気を抜いてどうするんですか、まったく)

内心でため息を吐く。

建国記念式典で「学生連合」の発足や「合同結婚式」の実施を認めさせてから、リーグは極力他のメンバーとの連絡をしないようにしてきた。それもこれも実の父であるビリオンに、リーグこそが緑鬼氏族を継ぐ者として認めさせ、痛い懐を探らせないためである。

あれから4カ月、長い冬に突入した首都フォレスザードでリーグは多くの人と出会った。そして父の人脈を引き継ぎ、自分の人脈を広げてきた。

ようやく学生連合のみんなと会える——それは、自覚していなかったけれども、とても心浮き立つことだったらしい。ミハイル教官に学院にいたときのように接して欲しいと思ってしまった。

(でも、ここでも自分は見られています)

リーグについてきた使用人たちは父の息が掛かっている。どのように報告されるかわかったものではない——隙を見せるわけにはいかない。

応接室に通された。外套を使用人に渡し、ソファに腰を下ろす。リーグの連れてきた者たちはリーグが命じると部屋を出て行った。運んできた荷物を整理するのだろう——今日はここに泊まる予定だからだ。

ふう、とため息ひとつ。

ようやくひとりになれた——。

「リーグ!」

バァン、と扉が開かれてリーグは飛び上がった。

「な、なんですか!?」

「久しぶりじゃねえか! 学院にいたのがずいぶん前に思えるぜ!」

「ああ、イヴァンさんに——」

部屋に入ってきたのは、学生連合のジャラザック代表のイヴァン、それに、

「——ク、クロードさん……?」

思わず疑問符をつけてしまう。

そこにいるのは、スピリットエルフにしては年齢どおりの見た目であるクロード=ザハード=キリハル——の、はずだった。

冬が明ければ結婚する新郎の、はずだ。

「よ、よぅ……」

だが彼の目元は青く腫れ上がっていて、明らかな暴力を受けた痕があった。

「ど、どうしたんですか?」

「それがなぁ……」

イヴァンが困ったように言い淀むが、クロードが深いため息とともに言う。

「……リュカに、逃げられた。でもってアレクセイ様にぶっ飛ばされた……しばらくこの顔でいろって……」

「いったいなにがあったんですか」

このときばかりはルマニア領を代表する者としての顔を忘れてリーグは聞いてしまう。すぐに自分の失態に気づき、この場に付き人たちがいなくてよかったと心底思った。

クロードはイヴァンを見て、イヴァンは肩をすくめる。

「実は——」

「——つまり、クロードはジャラザック領でアレクセイと同等の剣技を見せたがゆえに、モテモテになった結果、増長してリュカを放置気味だった、と」

話を聞いたヒカルは右の手のひらで額を押さえた。

ここはヒカルとラヴィアの住むアパートメント。ポーラが血相を変えて学院にやってきたのでヒカルとラヴィアも大急ぎで帰ってきたのだ。「酒万歳」で聞けるような話ではなさそうなので自室に戻ったというわけで。

「あのバカ……」

思わずうめいてしまう。

エカテリーナは学生連合の一員であるし、ユーラバの実家の用事もあってジャラザック領を訪れていた。そのときにリュカがひとり寂しそうにしているのを見て、事態を知り、あまりにもあまりのことだと ブチ切れ(・・・・) 、リュカを連れてスカラーザードへとやってきたのだそうだ。

先ほど エカテリーナ(読書仲間) との再会を果たしたラヴィアは、彼女に聞く。

「でも……リュカさんの身柄をジャラザックから出すのは危険ではないの? もともと結婚式のぎりぎりまではジャラザックにいる予定だったでしょう」

「それはそうなのだけれど、あの調子だとルダンシャから刺客が送り込まれても気づきそうにもなかったわ。私の到着すら知らず、たぶん知ったのは、私がリュカを連れて出て行った後よ」

「そんなに?」

「……ジャラザックは特に寒いから、お酒を飲んでる時間が長いのよ」

寒さを克服する意味もあるし、ジャラザック人の気風にもよるのだろうが、冬の間は酒量がかさむ。警戒心も薄れているようだ。

ヒカルは、うつむいたままなにも話さないリュカを見る。

「リュカさんはどう思っているんですか。ほんとうに、ジャラザックを出てきて——クロードから離れて正解だったと?」

「…………」

ヒカルの読みでは、全面的にクロードが悪い——とも言えないのではないかと思っている。大部分はクロードが悪いのだろうが、リュカの態度もヒカルが知っているそれとはちょっと違っているからだ。

「離れたのは……どうでしょうか、わかりません。……と言うより、こんなに 大事(おおごと) になってしまったことが……想像を超えていたというか……」

「大事」

「私たちのことが劇になったり、1,000組を超える結婚の申し込みがあったり……ジャラザックでは毎日のように婦人方から話をせがまれて……そんな中で、これから先のことを冷静に考える時間もなくて」

「……なるほど」

ヒカルはうなずいた。

(これはマリッジブルーだな。それに拍車をかけるクロードの態度に、周囲の行動)

となれば、

「リュカさん、僕の考えつく限り、やるべきことはひとつです」

「……ひとつ?」

リュカがヒカルを見つめ返す——救いを求める信者のように。

「向き合ってください。クロードに。あなたの問題を解決できるのはクロードだけで、クロードの人生をともに歩む相手もあなただけなんですから」

「それは——」

「戻りましょう、今から」

ヒカルは立ち上がる。

「ジャラザックへ」