作品タイトル不明
年越しの華祭り
上着がなければさすがに肌寒いが、軽く一枚羽織るだけで十分夜の寒さをしのげるのがアインビストの首都ホープシュタットの気候だった。今ごろ、ヒカルの借りているアパートがあるスカラーザードでは雪が降っているころだと思うと大陸の長さを感じる。
「ああ、ほんとうに今日はお祭りみたいなものなんだな」
夜も更けているというのに、ホープシュタットの明かりは消えない。それもそのはず、今日は日本で言うところの大晦日、一年でいちばん最後の日。年越しは夜通し歌って騒いで過ごすのがアインビスト流である。
ヒカルはラヴィア、ポーラと連れ立ってホープシュタットの街に出ていた。ラヴィアの首にはしっかりとコウが巻かれている。
屋台だけでなく、店舗を構えたレストランも店の外にテーブルを出してすぐに食べられる食事を売っている。食べ歩きは当たり前。楽器を抱えた音楽家たちは窓から身を乗り出してリュートをかき鳴らし、恋の歌を、収穫の喜びの歌を、気が早い者は新年の歌を歌っていた。
「せっかくだからなにか食べようか?」
『待ってました!』
コウが真っ先に反応してくる。苦笑したヒカルは、ラヴィアやポーラの希望を聞いてあれこれと料理を買っていく。立って食べられるスタンドがいくつか用意してあり、そのうちの1つを確保した。
酔っ払いたちが肩を組んで歌い、よそ行きの服を着た少女が意中の少年の前で踊りを披露している。それを眺めながらヒカルは羊肉の串焼きを食べる。香辛料の効いた熱い肉汁が口いっぱいに広がる。身体の中から温かくなる。
「今年中に終わると思わなかった」
ポーラが持ってきた熱めに入れたお茶をすすりつつラヴィアが言う。
「『龍の道』がなければできなかったよな。助かったよ、ラヴィア。魔力をいっぱい使わせちゃったけど」
「ううん。……わたしたち、あまりヒカルの役に立てなかった」
しょんぼりしたラヴィアと、つられてしょんぼりするポーラ。
「いやいや、ふたりがあれこれ情報を仕入れていてくれたから動きやすかった。これはほんとにそう」
アインビストの統治形態や内部事情についてラヴィアたちは積極的に調べてくれていた。ラヴィアは冒険者ギルドで、ポーラは教会で。それらの情報があったからこそヒカルは的確に動けた。
その上で「龍の道」を活用できたからこそ、全部 終わった(・・・・) のだ。
「ヒカル様。ほんとうに戦争は終息するでしょうか?」
「うーん、100%確実とは言えないけど、かなり高い確率で停戦になるんじゃないかな。ポーンソニアはレザーエルカを失うけど内乱にケリをつけられる。アインビストは国宝が手元に帰ってきて、さらには先代王の娘ジルアーテも帰ってくる。いい落としどころだと思う」
実際にもその後、ヒカルの想定したとおりに物事は動いていった。
こうしてみるとポーンソニアが一方的に損をしているように見えるが、元々アインビストを国内に引きずり込んだのは王太子オーストリンだ。クジャストリアは、この損害は内乱によるものとして、国内を二分してとことんまで戦わずに済んで良かったと考えるべきだろう。
「ポーラがジルアーテのことを教えてくれたから、ポーンソニアの背中を押すことができた。ありがとう」
「そ、そんな、たまたまここの教会で耳に挟んだだけですし……私のできることなんて小さなことですから……」
ストレートに感謝されてポーラがもじもじする。それを見たラヴィアがにまにましているのがヒカルとしては気になる。
「……ラヴィア、なに?」
「ん。仲良きことは美しきかな」
「なにを言ってるんだか……」
ヒカルは小さく肩をすくめた。ふと見ると料理の半分ほどが消えている。犯人はラヴィアの胸元にべったりソースをつけている白い生き物だ。
「あーあーあー、ひどいな」
「あう!? ちょっと、コウちゃん!?」
ラヴィアがバタバタと胸元を拭いていると、ポーラが、
「……その、ヒカル様。ビオス宗主国はどうなるでしょうか?」
「んー?」
「場合によってはアインビストと戦争になるかも……しれませんよね?」
ポーラにとってビオスは、自分がずっと育った場所である教会の総本山だ。気になるのも無理はないというものだ。
「戦争になるかどうかは教皇の判断次第かな……。でもまぁ『塔』が混乱すれば地方教会の司祭たちが大挙して中央を訪れる。そうだろ?」
「はい、おそらくは……中央に大事あれば地方が立ち、地方に大事あれば中央が治める。これは教会の原理原則です」
「アインビストはいきなり戦争を仕掛けたりしない。でも、せいぜい派手にクレームを入れてくれることだろう。そうしたら地方の司祭は『塔』へと向かう。そのときが正念場じゃないかな」
ヒカルが見た範囲では「塔」は腐りきっていた。地方の有力司祭がどうなっているかはわからないが、彼らが真っ当であれば「塔」をなんとかするだろう——混乱を奇貨として。教会の自浄能力が試されている。
(ここまでお膳立てしてやったんだよ、ギルベルトさん。自爆特攻なんて止めといたらいい……アンタの力をもっと生かせる場面がある)
今なお「塔」に監禁されているだろうギルベルトがどうするか、グレイヴィ師に預けたコニアがどうするか、それは彼らの自由だ。ヒカルはこれ以上、深く関わるつもりはない。所詮は信仰の問題であるがゆえに本人たちにしか解決できないのだ。
「うーん……それにしても移動移動移動でちょっと疲れたな」
口にしたホットレモンがやたら甘く、それが意外と心地よい。意識していなかったが結構疲れているらしい。
アギアポールからとって返し、獣人王に国宝の「届け物」をし、ギィ=ポーンソニアのガフラスティと密会する。聖魔武具は2つとも渡してしまったがヒカルにとってはリヴォルヴァー——「全能の筒」と言うらしいが——さえあればいい。
人間には過ぎた強大な力を持つつもりもない。
「ふー、取れた……。コウちゃん、もっとお行儀良く食べなきゃ駄目よ」
『うう、ゴメンよ……』
ラヴィアに叱られている児白龍。龍としての威厳なんて欠片もない。
「コウは疲れていないのか? あちこち連れ回してしまったろ」
『オイラ、疲れてないよ。ヒカルにくっついてただけだし』
「そうか。『龍の道』は便利なんだけど、コウがいなければ使えないのが不便だよな」
『聖魔さえ供給できれば誰でも使えるんだけどねえ』
「そうか……技術的な問題ならなんとかなる……かなぁ。いつまでもコウがいっしょにいるわけではないしな」
『ちょっとヒカル! オイラを厄介払いしようとしてない!?』
「コウは『龍の道』では役に立ってるよ。『龍の道』では」
『いやいや! みんなの愛されマスコットとしても大活躍——って、ん、なんだろ?』
周囲の人たちが一斉に静かになっていく。なにかと思うと、遠いところからカラーン……カラーン……と鐘の音が聞こえてきた。
「コウちゃん、あの鐘が12回鳴ると日付が変わり、新年になるんですよ」
お姉さんぶってポーラが教えている。雑然としていた街が不意に静かになっていく光景は、なんとも言えず厳かな気分にさせられた。
あと少しで今年も終わる。
「!」
ラヴィアの左手が、ヒカルの右手をつかんだ。横目でヒカルを見て微笑む彼女がいる。
(——いろんなことがあった年だったな……)
この世界に転生し、ラヴィアを救出した。ポーラと出会い、ダンジョンを踏破したりフォレスティア連合国の問題に取り組んだり、モンスター襲撃を治めるために地竜を倒したりもした。そして今回の戦争騒ぎ。
(来年も、再来年も、ずっと……君と、いっしょにいよう)
そう思いを込めて、ラヴィアの手を握りしめる。ラヴィアの手もぎゅっと力が入った。
カラーン……最後の鐘が鳴った。
ワァァァァと歓声と拍手が湧き上がる。抱き合って喜ぶカップルがいれば、今年もよろしくとばかりに隣の人に頭を下げる大人もいる。
そしてヒカルは、
「ラヴィア、ポーラ、それにコウ。明けましておめでとう」
「……? 明けまして、なに?」
「ああ。これは僕の故郷の挨拶なんだ。新年の喜びを伝える言葉」
「そう——ヒカル、明けましておめでとう」
「ヒカル様、おめでとうございます!」
『今年もいっぱい食べよう』
そこへ、夜空が様々な光に包まれた。遅れて、ドーン、という音。
「花火だ……」
日本の花火とは違う、もっと原始的でハッキリした光を放つ花火だ。
パッとストロボを焚いたような光は様々な色で彩られており、幻想的な光を地上に降らせる。
火薬を使わない——おそらく魔術的なもの——からなのか、煙が流れて視界の邪魔になることもない。純粋に美しく輝く光の花火だった。
年越しを祝う祭りを「華祭り」とアインビストでは呼ぶ。フィナーレがこの花火だ。この後は朝まで飲んだり、帰宅して就寝したりと人によって様々だが、屋外で大騒ぎするのはここまでとなる。
「ん——」
『……あれ?』
そのときふと、ヒカルとコウは色とりどりの光の中に——生き物の影を見たような気がした。それは一瞬ですぐに消えてしまった。ヒカルの「魔力探知」にも引っかからないから見間違いか、あるいはずっと遠い場所になにかがいたのか——。
ヒカルはコウと視線を交わしたが、なにかを目撃したのはふたり以外にいないようだった。
「見間違いか……」
『——ヒカル。オイラ……屋台のご飯買い占めていいかな?』
「それ、キリッとした顔で言うセリフじゃないから」
ふたりは今見たものを忘れることにした。光の加減によるただの勘違いかもしれなかったし、正しかったとしても自分たちに関係があるものだとは到底思えなかったからだ。
ふたりが、その生き物について知るのはもう少し先の話である。
「帰ったら寝よう。僕はちょっと眠い」
「わたしも……」
『オイラはまだ食べ足りない!』
「はいはい、コウちゃんのぶんは買って帰りましょうね。私がお茶を淹れてあげますよ」
3人と1匹はホープシュタットの街を歩いて行く。
彼らが、各国を巻き込んだ戦争を止めるのに一役買ったなどとは誰も思わないだろう。そしてヒカルにとってはそれで、よかったのだ。
カラフルな光が降って、ヒカルたちの夜道を照らす。新たな1年が始まろうとしていた。