軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

交渉(脅迫)の結果と行動

立ち去ったと見せかけて、ヒカルはいまだ王宮内で息を潜めていた。この王宮は「魔力探知」に引っかかる仕掛けが驚くほどに少ない。それは獣人王の自信の顕れかもしれないが、ヒカルにとっては好都合だった。

「…………」

王座の間では王、ゲルハルトが王座に腰を下ろして不愉快げな顔をしている。そこに先ほど座っていた少年——つまりヒカルのことを考えているのかもしれない。

亀人族の老人以外にも各氏族の代表たちが続々と王座の間にやってくる。

(夜も遅いというのにご苦労なことだ)

夜の闇はヒカルの味方をする。「直感」持ちがいたとしても隠れおおせることができるだろう。

代表たちはここに来るまでになにが起きたのか聞いているらしい、いちいちゲルハルトの前で事情を聞く——つまり先ほどの醜態を王が何度も聞かされる——という事態は免れていた。

「……して、賢明なる我が王よ、いかがなさいますか?」

亀人族の老人がたずねると、

「あぁ!? いかがなさいますか、だと!? てめぇ、なにが言いてェんだ!」

「よもや侵入者の言うことに従うことはございますまい? ポーンソニア王国討伐は我らが悲願。いまだ無実の罪で城に囚われているという者たちの解放は今をおいてありません」

すると、代表たちも「そのとおり」、「左様」と言って同意を見せる。

(ふーん……ポーンソニアの王城に、そんな人たちが捕まってるのか。でもそれは、クジャストリア王女に言えば解放してくれるんじゃないのか?)

ヒカルが考えていると、ゲルハルトは、

「……だが、竜人王の『断絶の刃』は……」

「あれは陛下のミスではありません。管理していた者に手落ちがあっただけでしょう」

「宝物殿に入れるのは、ここにいる者や高位の冒険者、他には警備やメンテナンスのために入る者しかいねェ。あとは招かれた来賓ぐれェだがこいつらは除外していいだろう。『断絶の刃』が盗まれたとき、てめェは言ったな?『波風が立つから犯人捜しは止めよ』と。それがどうだ、ポーンソニアのガキが『断絶の刃』の在処を知っていると来ている。どういうことなんだよこれは!!」

「王は、盗んだのがポーンソニアとお考えで? であればなおさら侵攻を——」

「ちげェよ、バカかてめェは!」

面罵されても亀人族の老人はまったく気にしたように見えない。彼は意図的に「バカ」のフリをしているのだ——王にすべてを話させるために。

頭のどこか、わずかに残っている冷静な部分がそれを理解しているので王はさらにイラ立ちが募る。

「あのガキがポーンソニアの手の者なら、なおさらこの国内に『断絶の刃』があったほうが好都合だっていうことだ! ガキにとっちゃ、アインビストにあったものをアインビスト内で移すだけなんだからよォ」

それを聞いて各氏族の代表たちが驚きの声を上げる。

「ま、まさか陛下は、我らの中に盗人がいると!?」

「盗人どころではないぞ、明確なる叛意だ!」

「あり得ん!」

ここまでの流れはヒカルの予想通りだった。ヒカルはもちろん「断絶の刃」がアインビストではなくビオス宗主国——聖都アギアポールにあることを知っている。だが彼らは知らない。そうなれば疑心暗鬼にもなるだろう。

白銀の貌(シルバーフェイス) は王宮に忍び込んで見せた。つまり、この中にいる氏族代表の家に忍び込むこともたやすい——とみんな考えるはずだ。シルバーフェイスなら「断絶の刃」を裏切り者から取り上げられると。

これで、お互いがにらみ合いになれば完璧だ。内に裏切り者がいる状態で戦争など仕掛けられるはずもない。

(よし、なら僕はさっさとアギアポールに行こうかな)

議論が紛糾し始めるのを見て、ヒカルはさっさと王宮を後にした。実のところヒカルには「誰が『断絶の刃』を盗んだのか」についても心当たりがある。それを話すか話さないかは、また後で決めればいい。

* *

その3日後、ポーンソニア王国首都ギィ=ポーンソニア。その王城でクジャストリア王女は報告を聞いていた。

「——アインビストの侵攻準備が止まっている、と?」

報告したのは上位執務官だ。彼は今、クジャストリアの筆頭側近としてあらゆる情報が集まる場所にいる。

「はい。クインブランド皇帝カグライ陛下が内々にお知らせくださいました。クインブランドはアインビストの首都、ホープシュタットにも情報網がおありのようでかなり確度の高い情報であるとのことです」

「……なにがあったのでしょう」

「そこまでは……。どうしましょうか?」

「わたくしたちが慢心するわけにはいきません。あと数日もすれば外務卿も戻るでしょうし、最大限の警戒態勢を続けます。——ローレンス」

「はっ」

「ちょっとわたくしについてきてくださいますか」

「はっ」

「王女殿下? ご用であれば私が——」

「これはローレンスにお願いしたいのです」

「……わかりました」

クジャストリアがなにをしようとしているのか全部把握しておきたい上位執務官は悔しそうな顔を一瞬したが、すぐに平静を保つとふたりを見送った。

クジャストリアはローレンスを連れて部屋を出ると、王城内を歩いていく。ぞろぞろと取り巻きを連れて歩かないのは以前からの癖だったし、護衛にしてもローレンス以上の者はいない。

「……なるほど、地下に行かれるのですか」

「はい」

彼女が向かったのは城の地下だった。先代王が「有罪」として捕らえた人々が収監されている地下牢である。

もともとここに地下牢があることはクジャストリアも知っていたが、手を出せなかった。どんな人物が収監されているかすらも極秘だったのだ。それが、第一王子オーストリンを始め、彼の取り巻きが王都を追われるように出て行くとここに入れるようになった。

まず驚いたのは、あまりにも不潔であったことだ。鎖につながれた者は糞尿垂れ流しという状態である。クジャストリアはすぐにも全体を掃除するように命じ、今は、地下であるのでじめじめはするものの悪臭も汚れもなくなっている。

「…………」

「………………」

「…………」

鉄扉が外と内とを分断している。監視窓の向こうから、こちらを無言で監視している人々の視線を感じる。

先代王がなにをもって「有罪」としたのか、記録はほとんど散逸していた。だから、すぐに彼らを「解放」することができなかった。ほんとうに有罪であった場合に取り返しのつかないことになるからだ。急ピッチで彼らの有罪記録を洗い直させているが、まだまだ時間がかかる見込みだった。

鉄鎖による拘束は解かれているものの、彼らの疑心、警戒心、憤りは非常に強い。

「……また来たの」

地下牢の最奥にいたのは、翡翠色の鱗を持った 竜人族(・・・) の少女だった。竜人族は人化の術を使って接近してきた竜種が、人間種族と交わりできたと言われている。その数は非常に少ないが、筋力、魔力ともに優れた種族だった。

そのため、アインビストの過去の歴史を振り返っても王が竜人であった時代は意外と多い。

「あなたに助言を請いに来ました……竜人王の娘、ジルアーテ」

ローレンスが鉄扉を開き、クジャストリアは中へと入る。

身体は人型だが、手の甲や背中など、一部に翡翠色の鱗を持っていた。

「——今さら謝罪は受けない。貴様らの血によってすべてがあがなわれなければならないのだ」

ジルアーテと呼ばれた少女は、赤い目でクジャストリアをにらみつけた。

死んだ父も厄介なものを残してくれた、とクジャストリアは頭痛がした。

* *

ヒカルは王宮から戻り、仮眠を取ってからアギアポールへ向けて出発した。首には児白龍のコウを巻いている。

出がけにラヴィアとポーラが面白いことを教えてくれた。

「そう言えば、今代の獣人王は竜人王に対して引け目があるみたい。確かに『断絶の刃』を盗まれたこともそうなのだけれど、竜人王の娘がポーンソニアにお忍びで旅行中に彼女はさらわれて、今も見つかっていないとか」

「あ、私も聞きました。獣人王は若いころ、竜人王に武技を教わっていて……確か同じ門下で腕を競い合ったとか」

やはり獣人王の弱点は竜人王にあったらしい。これならポーンソニア侵攻の足止めはうまくいくかもしれない——ヒカルは重要な情報をもたらしてくれたふたりに感謝しつつ、ヒカルが戻ってくるまでに獣人王と竜人王についても情報を集めてくれるよう依頼した。

街の人間が知っているようなオープンな情報は、足を使わないとなかなか聞くことができない。ラヴィアとポーラがふたりで動いてくれるのはありがたかった。

もちろんその竜人王の娘がまさか王城に囚われており、しかも復讐の鬼であることはヒカルも知るよしがないのだが。

「さて——と、『龍の道』を使うと遠いところに来たっていう感覚がないのが残念だな」

その日のうちにヒカルは、聖都アギアポールから1日という距離の街までやってきた。ラヴィアの魔力をコウに分けて蓄えてはあるが、そう何回も「龍の道」を使えるわけではないのが残念だ。

「明日は朝早くから動くとして、今日はさっさと寝るかな」

『そ、その前に屋台! 屋台行こうよヒカル!』

「どんだけ 屋台飯(ジャンクフード) が好きなんだよ。ていうかここはビオス宗主国だから屋台はないよ」

『えええ! ズルイ!』

「いや、ずるいって言われても……」

とかなんとか言いながら、冒険者をターゲットにした、小汚いが活気のある宿を取った。そうして食堂にやってくる——と、10ほどあるテーブルの半分以上が埋まって、冒険者が食事を取っていた。

こういう喧噪の中で食事、っていうのはあんまりしたことがないな——と思いつつヒカルは席に座る。宿のオススメであるチキンの揚げ物を食べつつ膝の上に置いたコウにも食べさせてやる。

「——ええ、ほんとうか?——」

「——ほんとうだよ。聖都じゃちょっとした騒ぎになってる——」

お、なんだか面白そうな話が聞こえてきたな、とヒカルが耳を澄ませる。

「——『青の騎士』様の反乱なんて、なぁ——」

反乱。青の騎士。

なんの確証もないのにヒカルの脳裏によぎったのは——コニア=メルコウリ。ヒカルにとって唯一日本への郷愁をかき立てる存在である、葉月先輩にどこか似ているコニアだった。