軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

少年の忠告

外務卿の居室に雪崩れ込んだコニアは、そこに目的としていた少年冒険者を発見した。あわてるでもなく悪びれるでもなく「ようやく来たか」といった態度のヒカルに、コニアはひどく苛立つのを感じた——そしてそんな自分の苛立ちに驚いた。これまで、そんなにも誰かに対して敵 愾(がい) 心を抱いたことはなかったからだ。

ポーンソニア王国——つまり他国の外務卿も驚いた顔でコニアを見つめており、コニアは我に返る。

(たぶん私は、ギルベルト様のことで相当動揺している……)

自己分析しながらも、なるべく感情的にならないよう気をつけて声を発する。

「冒険者ヒカル。あなたには『灰の修道』に対する暴行容疑があります。大人しく取り調べを受けるように」

「暴行をふるった記憶がありません。そんなバカバカしいことに付き合ってはいられませんよ」

「後ろ暗いことがなければ素直にすべて話してくれればいいのです」

「あなたにたずねますが、不案内な国へ任務で向かった際、身に覚えのない嫌疑を掛けられなおかつ武力勢力が押し寄せてきて、大人しく従うのですか?」

「私たちは武力勢力ではないし、私たちは公平中立です」

「人畜無害を主張するならまず完全武装の騎士を連れてくるのを止めたらどうですか?」

「それは! あなたが約束を破って身をくらませたからでしょう!」

「約束? ああ、冒険者ギルドで待つということですよね? 僕も行ったんですがあなたが来なかったので帰ったんですよ」

「ふざけないでいただきたい! 私は朝いちばんでギルドに行った! あなたが、私たちの到着を知るとそそくさと逃げていったことも確認済みだ!」

「お腹が痛かったもので」

「このっ……!」

「これ、これ」

コニアが頬を紅潮させたところへ、外務卿が手を挙げた。

「話が見えぬのう。この冒険者は我が国の指定依頼を受けて親書を運んでくれた者じゃ。その際問題があったとは聞いておらんがの」

「特に問題はありませんでしたし」

「いえ、ありました。『灰の修道』の頬を殴ったと聞いています」

「『灰の修道』を殴ってなんていませんよ」

「だからそれを取り調べに——」

「これ、これ」

ふう、と外務卿がため息をつく。

「これでは話が進まぬぞ……『青の騎士』殿。我々がポーンソニア王国を代表する使節だとはご存じですかな?」

冷静な口調に、コニアも威儀を正す。

「王国外務卿と承っております」

「ならば、ヒカルの言ったとおり、武装した状態で踏み込んでくることが外交上大問題であることは知っておられるかな?」

「……犯罪の疑いがある場合、『塔』内部においても我ら『青の騎士』には逮捕特権が与えられています」

「そうですな。でしたら我らは 使節特権(・・・・) を行使させてもらおうかの」

「! それは……!」

コニアの顔色が変わるが、お付きの神殿騎士たちはその意味がよくわかっておらず小声でたずねてくる。

「……コニア様、いかがなされました?『青の騎士』なら有無を言わせず捕縛できるはずです」

「……外交使節の特権として、調停が終わるまでは手を出させないということができるんです」

「……調停が終わるまで『お預け』ですか……」

「…………」

下唇を噛みながらコニアはうなずいた。

「わかりました、外務卿……。しかしご承知おきいただきたいのは、特権は使節団全員に及びますが、その冒険者も使節の一員だとそう仰りたいのですね?」

「左様」

「しかしながら調停が終われば、特権が適用されるのは使節代表のみ——すなわち外務卿本人のみとなります。まさか冒険者ヒカルが使節代表などとは仰せになりませんよね?」

「ほっほっ。もちろんじゃ。さすがに、クジャストリア陛下から仰せつかったこの役を、任せるわけにはいかぬよ」

「それならば結構」

コニアはマントを翻して立ち去ろうとした——そこへ、

「あのさあ」

ヒカルが声を掛けた。

「目に見えているものだけが真実じゃないんです。そのくらい、地位ある人間ならわかっていて欲しいんですけど」

「……どういう意味ですか」

「『知らなかったことはしょうがない』と言えるのは子どもだけです。地位ある人間が無知であることは大きな罪だと僕は思う」

振り返り、コニアは問う——不機嫌そうな少年に。

「なにを言いたいのですか」

「その顔と声なら……もっと僕を驚かせるような本質を突いた言葉を吐いて欲しい……ま、これはただのワガママだとわかっているんだけど……」

ぶつぶつとなにか言っている。

「……足止めしてすみません。もう他に言うことはありません」

「…………失礼する」

コニアは再度、身を翻すと部屋を出て行った。ヒカルがなにを言おうとしていたのかはさっぱりわからなかった。

「さて、と——外務卿、僕が使節の一部とまで言う必要はなかったんじゃ? 皆さんお怒りですよ」

部屋にいる使節のメンバーは明らかに憤怒を瞳にちらつかせていた。彼らはヒカルがここまで外務卿に大切に扱われる理由がわからないからだ。

「そっちこそ、ワシを利用しておいてよく言う」

「十分利益になってるんだからいいでしょ? 見事でしたよ、 既成事実(・・・・) の作り方は」

「ほっほっ。ヒカルの誘導も見事じゃったし、まさか使節特権のことなど知っているとは思わなんだ。どうじゃ、本格的に外交を学んでみては?」

「あれはたまたま貴族の知り合いがいて、知識があっただけです——それじゃ、僕は行きます」

「いいのかの。『塔』を出たらお尋ね者に逆戻りじゃよ」

「だからこそ今がいちばん向こうも油断している——僕が『塔』にしばらくいると思うでしょうし。……僕としては今日の目的はあの『青の騎士』に話がしたかっただけですから」

「そうか」

「それじゃあ、外務卿。お世話になりました。あなたがいるうちは王国も安泰でしょうね」

それだけ言うとヒカルは、サインしてもらった依頼票を懐に突っ込むと部屋を出て行った。

立ち去った後に外務卿は笑い出した。

「ほっほっ。あの騎士がここに押しかけてくることまで想定していたか。実に愉快な少年じゃ」

「外務卿!」

それまで黙っていた使節メンバーが口を開く。

「どういうことですか!? 我らは重責を負う使節団! あんな子どもの冒険者を使節に加えるなどと……口先だけのこととはいえおっしゃるとは!」

「彼は使節としてすばらしい仕事をしたぞ?」

「親書を運んだことでしょう。それはギルドの依頼で——」

「違う」

え? と固まるメンバー。

「彼は『既成事実』と言ったろう? そう、ワシは先ほど『王国の使節特権』と言い、『青の騎士』もそれを認めた。つまり王国の王権はクジャストリア陛下にあることを『青の騎士』に認めさせたということじゃ」

「あ——」

ぽかん、とするメンバーたち。そのことがどれほどの意味を持つのか、さすがにわかったのである。

コニアは「塔」の内部でも「青の騎士」という地位のある人間だ。今は「赤の司祭」と調停を進めているとはいえ「青の騎士」もクジャストリア王位に賛同していると言っても構わないのである。

それを、単なる言葉のあやだとはいえ、ヒカルは言わせた。ヒカルからすれば「自分を庇護してもらいたい」というシグナルを外務卿に発し、外務卿が庇護するためならば「使節特権」を持ち出すしかないとわかっていた。

そこで外務卿も「使節特権」が発生するのは正統な国家統治者の外交使節においてのみだとわかる。「青の騎士」が「使節特権」を認めれば自分の利益になると判断した。

「あ、あの短い時間で、そんなことをお考えだったのですか……!?」

「そうじゃよ。それが外交というものよ」

「…………」

完全に黙り込むメンバーたち。外務卿は愉快にそうに続けた。

「あのヒカルは、ワシが『使節特権』を持ち出すに違いないと思っておった。もしワシが彼のサインに気づかずに彼を見捨てる発言をしていれば、逆のことが起こっておったろうな——ワシが、いや、王国が彼に見捨てられていたのだろう。……たったひとりの少年に見捨てられるということではない。能力の低い者が責任ある立場にいれば、少年ひとりだけでなく多くの国民にも見捨てられる。そういった事実を、あの少年は鼻先に突きつけていったんじゃよ」

最後に外務卿は優しい顔をした。

「とはいえ、ヒカルはあの騎士に執着があるようじゃの……そこは年相応に若いと言うべきか」