軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「隠密」とスキルツリーで異世界を生きよう

時をさかのぼる——ラヴィアを護送する馬車が1度目の休憩を終えて、動き出してからのことだ。

ラヴィアは揺れる馬車の中にいた。イスに腰を下ろし、膝に載せた手元をじっと見つめていた。手錠の嵌められた手を。

あれから、あの少年は来ない。ヒカルと名乗った少年は。

今日、この日に救出すると言っていた。魔力牢を破壊できないからだ。

だけれどまったく連絡がない時点でそれは儚い望みであったのだろうという気になっていた。ヒカルのリップサービスだったのだと。

もちろん、護送に当たっているのはたった3人。大勢で囲めば突破することはたやすいだろう。だけれどそこまでやるほどの価値が自分にはないだろうとラヴィアは思っているし、もし仮にラヴィアの「戦力」を欲しい人間がいるとしても、この国の国王を敵に回してまで動くだろうか? あり得ない、とラヴィアは思う。

つい、漏れてしまうため息だって深くなろうというものだ。

「はあ……」

「僕の育った国では『ため息を吐くと幸せが逃げる』という言葉がある」

「でも、ため息だって吐きたくなる——」

びくん、とラヴィアは身体を震わせる。

今、なんて?

「おっと、声を上げないでくれよ。大声を上げられるとさすがにバレる」

馬車内のイスに——黒髪黒目の少年が座っていた。

「あ、え、あ、あう」

「どうやって僕がここにいるのか、だろう? 説明してやりたいところだけれど、僕はまだ君を信用していない」

「信用……?」

「すべて話すのは、君がちゃんと自由になり、そして僕が君を信用できたとき。それでいいかな?」

いいも、悪いもない。

ラヴィアに選択肢などなかった。

いまだに信じられない思いでヒカルを見つめていた。

そう——こともなげにこの場に現れた少年を。

——この人は、わたしの救世主。

ひとつだけ信じられることは、ヒカルはきっと、自分をここから救い出してくれるということだった。

ヒカルはこの作戦を決行するまでに、あらゆる護送パターンを想定していた。

特に気にしたのは「カギ」だ。

いくつの錠があり、いくつを突破すればラヴィアを自由にできるのか。

いちばん厄介なケースだと想定していたのは錬金術師のギルドマスターが同行することだ。

魔力牢を構築して王都まで同行。王都にて魔力牢を解除する——となると護送の途中でラヴィアを逃走させるにはギルドマスターを殺す以外に方法がない。だがギルドマスターはそこまでヒマではなかったらしい。錬金術師ギルドに忍び込んでギルドマスターの予定を確認したところ、今日、ポーンドのレストランで会食予定があったのだ。

次に厄介なケースは、複数のカギだ。

特に、合い鍵がポーンドと王都にそれぞれ用意してあって、護送中にカギを持ち運ばないケースは厄介だと思っていた。

その場合は、

・馬車にラヴィアが乗り込みカギがかけられる

・屋敷の人間や騎士の誰かがカギを保管庫に入れる

・ヒカルが保管庫からカギを盗み出す

・大急ぎで馬車を追いかける

・ラヴィア救出後にカギを保管庫に戻す

という手順が必要だったが、カギは御者が運ぶこととなった。想定していた中でいちばん楽なケースに落ち着いた。

もうひとつ厄介な可能性は、ラヴィアが馬車そのものに——たとえば柱や幌の骨組みに——つながれることだ。

こうなると馬車のカギ以外にラヴィアの拘束を外すためのカギが必要になる。これが「魔力牢」がらみだと最悪だったが、錬金術師のギルドマスターは「時間が経てば勝手に取れる」手錠を嵌めた。カギも必要なく、ある程度の拘束も可能という合理的な判断ではあったが、ヒカルにとってはラッキーだった。ただラヴィアを連れ出すだけで時間が経てば手錠が外れるのだから。

その他にも想定できるパターンを考え、そのために行動すべき手順の確認やカギの保管庫の位置を前日のうちにチェックしておいた。

ただ現実は案ずるより産むが易しであり、ヒカルが手に入れるべきカギはたった1つとなった。

御者だ。

御者は常に御者台にいる。忍び寄って盗み出すのは「隠密」向きの仕事と言えた。

この日、ヒカルはラヴィアが嵌められる手錠を確認するために伯爵邸の地下牢に向かい、錬金術師のギルドマスターが手錠をかけるところを確認した。

次に、馬車へラヴィアが載せられ、そのカギは御者が保管することとなったのを知ると、王都方面の街の外門へと移動。馬車が警備兵の確認を受けているときに馬車の「屋根」にうつぶせに乗った。

馬車は頑丈だったのでまったくびくともしない。重さを感じたのか馬がちらりと振り向いたのにはひやりとしたが、それだけだった。

あとは1度目の休憩が終わるまで馬車の屋根の上でのんびりと寝そべっていた。馬車自体が大きいので「隠密」スキルを使わなくとも護送の冒険者たちからは見えなかっただろう。

そして1度目の休憩が終わって動き出すと、御者に忍び寄ってカギを拝借し、馬車のカギを開ける。ヒカルは馬車に入り込んだ、というわけだ。

それくらいやっても冒険者に見られないだろうことは「隠密」スキルと職業「隠密神:闇を纏う者」の複合によって可能であることはわかっていたが、念には念を入れて、商隊などのすれ違いのタイミングで実行した。

こうして、ラヴィアの前にやってきたというわけである。

「今のうちにシーツと枕を使って、馬車内で寝ているという偽装をして。足りなければ服とか詰めて。あとこれを着て」

ヒカルは指示を出す。

偽装することで、これからする「脱出」の後、ちらりとのぞき込まれたとしてもすぐには「脱出」が露見しないだろう。

背負っていたリュックから取り出した、地味な茶色の外套で手錠を隠すのだ。

(さて、ここからが重要だ)

ラヴィアを逃がすに当たって、懸念事項がある。

それはラヴィア自身に「隠密」スキルがないことだ。

いや、おそらくないだろうという推測に過ぎないのだが。

「ラヴィア、作業をしながらでいいからひとつ確認したい」

「?」

「ここから逃げるために、なにをしてもいいね?」

「……はい」

その内容が「なに」なのかも聞かずに、ラヴィアはうなずいた。

ヒカルもまたうなずいた。

これで心置きなく彼女の「ポイント」を使うことができる。

【ソウルボード】ラヴィア

年齢14 位階6

0

【魔力】

【魔力量】11

【魔力の理】2

【精霊適性】

【火】5

(うお……)

声が漏れそうになった。

めちゃくちゃ偏っているソウルボードだ。ヒカルとて他人のことは言えないのだが。

「魔力」項目にしかポイントが振られていない。それに「11」という数字や「5」というのは、どんな熟練の冒険者にも見られなかった。ウンケンくらいだ。

(これは国王が欲しがるわけだ、戦力として……)

高い魔力量と熟練の火魔法。それに謎のスキル「魔力の理」。他人のソウルボードなので項目を確認できないのがもどかしい。

(ポイント残量が0だから「隠密」は取れないな……これは想定の範囲内ではあるけど……)

「名前」の欄が気になった。

本来なら「ラヴィア=ディ=モルグスタット」となるはずが、ただの「ラヴィア」。

彼女の中では完全に「家」が切り離されているのだろう。

(ならばこのプランで行くしかないな)

ヒカルは自分のソウルボードを開く。

【ソウルボード】ヒカル

年齢15 位階16

10

【生命力】

【魔力】

【筋力】

【筋力量】1

【敏捷性】

【瞬発力】1

【隠密】

【生命遮断】1

【魔力遮断】1

【知覚遮断】5(MAX)

【暗殺】3(MAX)

【直感】

【探知】

【生命探知】1

【魔力探知】1

残りのポイントは10だ。

これを「隠密」の「生命遮断」と「魔力遮断」に1ずつ振る。

(よし、やっぱり「集団遮断」が出てきたな)

【集団遮断】……自分の肌が触れている相手にも「生命遮断」「魔力遮断」「知覚遮断」を付与できる。最大で5。付与の最大値はそれぞれスキルの上限まで。

(ようは、「生命遮断」「魔力遮断」「知覚遮断」をMAXにしないと「集団遮断」をMAXにしても意味がないってことか)

今は「生命遮断」と「魔力遮断」が2だ。「集団遮断」を3にしても、2までの効果しか得られないのだろう。

(想定内だな)

残りポイントは8であり、ヒカルは「生命遮断」「魔力遮断」に1ずつ、「集団遮断」に3を振る。

これで、「隠密」3のスキルをラヴィアに付与できることになる。

しかしラヴィアはギルドカードの「職業」による恩恵がない。不安は残るが、隠し通せると考えるしかない。

ノグサの「生命探知」は1だし、「救国の英雄」であるウンケンですら「遮断」2に「集団遮断」1だったのだから、ヒカルとしてはかなりの安全マージンを取ったつもりだ。

さらに、そのためにヒカルは、もう1つ別の手も打っておいたのだ。

(残り3ポイントをさらに注ぎ込んでもいいんだけど、これは温存しておこう。あとは——)

ギルドカードを確認する。

新たな職業として「集団遮断神」とかを期待したが、なかった。MAXではないからだろうか。

望んだ職業はなかったが「凡市街地夜盗神:タウンシーフ」が出ていた。

(あちこち忍び込んだせいか……ますます他人に言えなくなってきたな、この職業欄……)

そうこうしているうちにラヴィアの偽装準備が整った。

「そろそろ時間だ。馬車から脱出する心の準備を」

「ここから先のことを教えてもらえる? 聞いておいたほうが動きやすいと思うの」

「そうだな。錠はかかっているふうになっているだけだから、それを外して僕が扉を開ける。いっしょに外に出る。錠をかけ直す。馬車から飛び降りる。街道脇の木陰か茂みに一度身を伏せる」

「……それでうまく行くの……?」

「ひとつ忘れていた」

ヒカルは、言いづらかったが、言わねばならないことなので恥ずかしいのを我慢した。

「……行動中、僕とずっと手をつないでいるように」

差し出された左手。

どんな意味が? とは思ったものの、ヒカルの頬がちょっと赤いからだろうかラヴィアもまた頬を染めて、

「……はい」

そっと手を握りかえした。

細くて、か細い手だった。

「おい、ノグサ! 前!!」

「! なんだ……行き倒れか?」

「す、すみません、水を分けていただけませんか? 森で迷って、ようやく出てきたところで……」

馬車の外でイレギュラーな出来事が起きる。

これこそ、ヒカルが打っておいた最後の一手。ダメ押しの一手だった。

一瞬だけ彼らの注意を引くために「行き倒れ」を装ってくれと——盗賊ギルドのケルベックに依頼したのだ。お値段たったの2万ギラン。ぼったくりめ、とののしりたくなったがその条件は呑んだ。

「行くぞ」

ヒカルはその瞬間、カギを外してドアを開けた。ラヴィアを引っ張ってふたり馬車の外へ。

段差がついているところにラヴィアを立たせると、彼女は目を見開く。左右には冒険者が馬に乗っているのだ。

彼らは正面の「行き倒れ」に警戒しつつも街道の外側に視線を投げる。

そう、この手の妨害でありがちなのは、「馬車を停めること」。そして「左右からの襲撃」。

彼らは想像すらしていない——「馬車から護送対象が逃亡すること」なんて。

ヒカルは即座に馬車の屋根をよじ登り、御者へと近づく。その腰にカギを戻し、ラヴィアの元へと戻る——今がいちばん危うい。ここでラヴィアを見られればすべてが終わりだ。

彼女の手をもう一度握ったときの安堵は、驚くほどに大きかった。

これで「集団遮断」がかかっていれば確実に気づかれず、脱出できる。

「手を離すなよ」

「はいっ」

カギをかけるやヒカルは足場を蹴って後ろに跳んだ。

宙に浮くふたり。

馬車が遠ざかっていく。

ノグサが行き倒れらしき男に近づいている。

「こっちへ」

ヒカルは周囲を確認するや、行き倒れらしき男とは反対側の街道外——茂みへと向かう。

その距離は5メートルほどしかなかっただろう。

だけれどラヴィアにとっては心臓が張り裂けそうなほどに緊張する時間だった。

どうして彼らは自分たちに気づかなかったのか?

あの行き倒れらしき男はなんなのか?

ヒカルが自信満々でいることの根拠は?

わからないことだらけだった。

だけれど茂みに入ることができた。誰にも気づかれずに。

逃亡できたのだ。

「……油断するな。ここはまだ安全じゃない」

「!」

ヒカルの言葉に気を引き締める。

そう。ここはまだ街道の途中。ラヴィアがいないことに気づいたら冒険者たちは大急ぎで戻ってくるだろう。

「ここから2キロほど戻った場所に、小さな集落がある。商隊が休憩に立ち寄ることが多い。その商隊にこっそり便乗する」

「……距離があるのね」

「今ここに商隊が通りがかればいいんだけどな」

茂みを通ってノグサたちから離れると、街道に出た。

「その先は? 商隊にくっついてどこに行くの?」

「ポーンドに潜伏する」

「……え?」

「いちばん調べられそうなところになぜ潜伏するのか、と思っている顔だな」

「そ、そんなことは……でもどうしてポーンドに?」

「君の逃亡を助ける、あるいは君を誘拐するような人間は『誰』だと追っ手たちは推測する?」

ラヴィアはちょっと考える。

「……有力貴族、あるいは他国の人間? でもわたしの能力を他国の人間が知っているとは思えない」

「そのとおり。つまりほぼ確実に貴族が疑われる。そしてポーンドは王家の直轄だからポーンドに屋敷を構える貴族は多い」

「だったらやっぱりポーンドは捜査されるんじゃ」

「いや、王家の直轄なのだから強権的に捜査されることだってあり得る。ポーンドはかくまう場所として不適切なんだ。となると、なるべく早く自領に逃げるべきだろう。ポーンドは一通り捜査されるはずだけれど、街への出入りで君が確認されなければポーンドは安全だと言える」

「…………」

「街への出入りで、どうやって確認されないのか? という顔をしているな」

「わたし、そんなに顔に出やすい?」

「街への出入りについては、ある方法でクリアするが、それは秘密だ。君を信用できるようになってから——」

言いかけたヒカルは、ハッと口を閉じた。

ラヴィアの手を引いて街道の外へと逃げる。

「なに——」

「シッ」

細い木の陰に隠れ、身を潜める。

ヒカルは息を殺して待った。

街道の遠くから走ってくる米粒のように小さな存在。それはだんだん大きくなってくる——馬を飛ばしているのだ。

(早馬か? 違う……!?)

ヒカルは目を疑った。これこそイレギュラーだ。

馬に乗っていたのは騎士だ。

きまじめな顔をいっそう険しくした騎士——イーストだ。

彼を乗せた馬がこちらに向かっている。

(なぜ? いや、おそらくラヴィア関連だろうけど……僕の計画が露見したとかいうことはないだろう。イーストは冒険者を信用していないふうがあったよな。だからか……? 自分も護送に加わろうというのか?)

舌打ちしたくなる。

彼が馬車に追いつけばその時点で馬車の中を確認するかもしれない。ラヴィアがいないとなると、ヒカルやラヴィアが街に戻る前に追われる彼らは捜索を開始する。

もちろん「隠密」があれば隠れることはできるだろうが、隠れられるというだけだ。食事をどうするかという問題もある。それに冒険者ギルドのジルあたりがなにかを言うかもしれない。ヒカルが伯爵殺害事件のことを気にしていた、と。

予定では、ポーンドに戻ってからはこれまでどおりに振る舞うつもりだった。目の届くところにヒカルがいれば、ジルだってラヴィア逃亡を聞いてもまずヒカルに話を聞こうとするだろう。大体、逃亡を主導した犯人が毎日冒険者ギルドに顔を出して依頼をこなしているとも考えないはずだ。

それが、ポーンドに戻れないとなると——流浪の旅が始まることになる。「ヒカル」という名前が要注意となればギルドカードから足がつく可能性もある。他国へ出奔するしかない。

出国自体は問題ないが、ヒカルもラヴィアもそれほどの長い距離を移動したことがなく、ノウハウがまったくない。ラヴィアは特に、長年、カゴの中の鳥だったのだ。体力的にも問題がある。

(イーストを足止めしよう)

それがヒカルの結論だった。

「ここにいて。絶対に動くなよ」

「あの人は?」

「追っ手だ」

ヒカルは太陽神のお面を取り出して装着した。

そしてソウルボードを操作する。

(ポイントを3、残しておいてよかった)

ヒカルが選んだのは、「筋力」の項目だった。

「武装習熟」をアンロックして1を消費。

「投擲」に2を追加する。

【筋力】

【筋力量】1

【武装習熟】

【投擲】2

「筋力」1でかなりパワーアップされているし、「武装習熟」でのレベル2はかなりの上級者であるはずだ。ヒカルがいかに戦闘の素人だとしてもスキルの恩恵でそこそこの力を発揮できるはず。

「投擲」あるいは「弓」を取ることは、もともと考えていた。「暗殺」の先に「狙撃」がある。「弓」を選ばなかったのは、弓矢は狭い場所では戦いづらいこと、矢がなくなると攻撃手段がなくなること、そもそも武器がかさばること、などの理由だ。「投擲」ならばなんでも投げられる。そう——足下に転がっている石でも。

ヒカルは石をいくつか拾い集めてポケットに突っ込んだ。

(さて、と……今度は「職業」に「強盗神」なんかがつかないことを祈ろう)

うんざりしながら、疾駆する馬に視線を投げた。

イーストは馬を駈っていた。

あの冒険者たちの態度が気に掛かっていた。ただでさえ今回の事件は気になる点が多いというのに。

(くっ……それはすべて我らが殺害を防げなかったせいでもあるが……!)

殺害を防げなかったこと。つまり自らの過失を気に病んでいたことがイーストを駆り立てる理由でもあった。

ならばせめて真実を明らかにしたいと思っていた。

(無茶を言ってしまったが、調査ならば王都でも受けられる)

他の騎士には調査官の出迎えと調査受け入れをすべて任せて、自らは馬でポーンドを飛びだしてきた。問題行動であることは間違いないが、この護送が終われば真っ直ぐ騎士団長の下へと向かって事件について洗いざらい話そうと決めていた。

すべてはイースト個人の正義感に発することだった。

(このまま行けばほどなく護送馬車に追いつけるはず——)

その、瞬間だった。

「!?」

馬の右目が、吹っ飛んだ。

いなないて馬が上半身を起こす。イーストはこらえようとしたが背後へと振り落とされた。

スピードが出ていたこともあって全身を地面に強打する。馬はよろめいてから横倒しに倒れた。

「な、なにが……」

身体のあちこちに触れて確認する。骨は折れていない。だが、あばら骨にヒビくらいは入ったようだ。

馬の、不自然な傷のつき方から「襲撃された」のだと気づいた瞬間、イーストは剣を引き抜いた。

「っつ!?」

その右手に激痛が走った。

石つぶてが当たったのだ——しかも手の骨を砕くほどの速度で。

剣を持ち続けることなどできず、取り落としてしまう。

「両手両膝を地面につけろ。そうすれば命は取らない」

「っ!? バカな、私は騎士だぞ! 騎士を攻撃してどうなるかわかっているのか!?」

「ぼ——おれに必要なのは金だ」

「茂みから出てこい! 声を聞けば子どもじゃないか!」

「冷静に考えろ。命令しているのはおれだ」

「チッ——」

イーストは左の手のひらを、声の聞こえてくる茂みに向けた。

「『我が呼び声に応えよ精霊。原初の明かりたる焔もて、焼き尽くせ』」

左手につけていた指輪。これには火魔法が込められてある。

魔法を使えない騎士に貸与されるアイテムだ。

ゴウッ、と放たれた火球は一抱えほどもある大きさだ。

青々とした茂みは高熱を受けて水分を飛ばすや即座に燃え上がる。

「……やったか?」

「それ、フラグな」

「!?」

あり得ない、と思った。

声が聞こえてきたのは茂みの反対側——しかも街道を挟んで反対側だったのだ。

瞬間移動したとしか思えない。

この街道を渡った人間なんていなかったのだから。

「残念だが、騎士 様(・) にはしばらく休養を取ってもらう必要があるな」

「貴様——っつ!?」

無事だった左手に石つぶてが直撃した。

次は足だ。乗馬靴のつま先を重点的に3回打たれた。

イーストは驚愕する。つま先はもっとも強化されている部位だ。それを破壊され、足の指を折られたのだ。

同じ場所に、ほぼズレもなく3回連続で当てられたのだ。

(く……これでは走ることもできない。馬車を追えない)

歯ぎしりする。手も足も出ないことに。護送馬車を追うという目的を果たせないことに。

しかも相手は茂みの中から姿を見せもしないのだ。

「命までは取らない」

「……それは私が貴族だからか?」

「騎士 様(・) が貴族かどうかなんておれには関係ない。命を取らない主義というだけだ。さあ、金を出せ」

「……あいにく両手が動かなくてね、腰に吊ったこの革袋に入っている」

「ああ、そうだったな。おれがダメにしたんだ」

皮肉を、あざ笑うように返された。

これほどの屈辱はない。視界が真っ赤になるほどイーストは憤りを覚えたが、もはやどうしようもない。

「地面にうつぶせになれ。こちらに顔を向けるな」

「…………」

「侮辱されたら死ぬべし、というのが騎士団の教えなのか?」

「くっ……」

イーストは身体を伏せた。そして顔を声の聞こえる反対側に向ける。

彼は、茂みをかき分ける音、足音が近づいてくるのを聞いた。

予想以上の強さだった。「投擲」2だけでなく「筋力量」に1振ってあるのもいいのだろう。

10メートル程度の距離なら百発百中で当てる自信がヒカルにはあった。

(スキルツリー様々だな)

それに先ほどのイーストの魔法攻撃。詠唱されたからこそ「隠密」を起動して逃げるチャンスがあった。

茂みを抜け出して街道を横切ってもイーストから発見されないのだから、対人ではとんでもない性能だ。もちろん、ヒカルの姿をはっきり認識されていると「隠密」スキルは使えないので、最初から隠れている必要があるのだが。

この「隠密」とスキルツリーがあればたいていのことは乗り切れるのだとヒカルは痛感した。

戦闘なんて素人のヒカルが、明らかにその道の訓練ばかり受けてきたであろうイーストを凌駕する。

とんでもない力だ。

掟破り(ルールブレイカー) だ。

「もらっていくぞ」

地面にうつぶせたイーストは顔を背けながらも横目でこちらをにらんでくる。

逆光。しかも太陽神のお面をかぶっているヒカルは、彼にはどう見えるのだろう。

ヒカルは短刀でイーストの革袋を結びつけたヒモを切った。そこそこの小銭が入っているようだ。

「……私には果たさねばならない任務があった」

絞り出すようにイーストは言った。

「見なかったか? 護衛3人のついた馬車を」

「……見た」

「どんな状況だった」

「護衛は油断なく周囲を警戒していたから、おれは手を出すことができなかったな」

「そうか……」

ヤツらはちゃんと仕事をしていたのか、と小さく、どこか安心するようにイーストはつぶやいた。

イーストは悪人ではない。それはヒカルもわかっている。

だから、多少の心の慰みにはなるだろうかとウソをついたのだ。

「……しばらく寝ていろ」

「嫌みか? 起き上がりたくても起き上がれん」

「ずいぶん元気じゃないか」

くっく、と小さく笑ってヒカルはその場を後にした。

すぐに木の陰へ周り、ラヴィアの手をつかむ。「集団遮断」が発動してふたりは街道に出る。

急がねばならない。

「ヒカル」

「なに」

「ありがとう」

「……まだ安全なところには行っていないと言っただろ」

「そうじゃない。あの騎士の命を取らないでくれて、ありがとう」

「約束したもんな。誰の命も取らずに君を救うと」

「はい」

ラヴィアのつかんだ手から込められた力が増した気がした。

ヒカルたちは集落で休憩していた商隊が出発するところにちょうど行き会った。

荷馬車の後ろに乗っかってそのままポーンドへ移動する。

門を警備する兵士がまったく自分たちに気づかないことにラヴィアは驚いたようだった。ただそれについてはなにも言わず、ヒカルに手を引かれるまま街へと入った。

街へ入ったタイミングで手錠が外れた。思いの外早く、手錠の魔力は切れたようだ。

ヒカルは「ビジネスホテル」でさらに3泊追加していた。

個室に入り、ドアを閉めたところで——、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

とヒカルの口から長い長い息が漏れた。

さすがに緊張していたのだ。

「とりあえず、これで安全だ。もう手を離してもいい」

ようやくだ。

ようやくこれで、逃亡作戦は成功したと言えるだろう。

「…………」

「ラヴィア?」

「……この手をつかんでいると、姿を消せるの?」

「まあ、そんなところかな。でもここなら手を離しても大丈夫だ。大声を出したら隣の部屋に聞こえてしまうかもしれないけど」

「そう。だったら……声を出さないように気をつけるわ」

「? いや、小声で話す分には問題ないけど——んぐ!?」

その瞬間、ヒカルは手を引かれて後頭部をラヴィアにつかまれた。

直後、彼女の唇がヒカルの唇に当たっていた。

口を割って滑り込んでくる舌は、ヒカルよりもずっと体温が高くて温かかった。

「——ぷはっ」

数分続いていたかに思えた長い長いキスだったけれど、実際はずっと短かったのかもしれない。

突然のことに軽いパニックに陥るヒカル。

ラヴィアの瞳はとろんとしていて、頬は上気している。

「わたしを助けてくれたら、あなたにすべてをあげると言った」

「——僕が怖くないのか」

「怖い?」

「魔法のように馬車の中に現れた。君の言うとおり、姿を消したりしていた。騎士を手玉に取って大ケガを負わせた。そんな僕だぞ。まともじゃないだろ」

「まともじゃない。うん、まともじゃないわ。だからなに?」

「だから——」

「わたしはね、わたしを助けてくれたら、あなたにすべてをあげると言ったの。憶えていない?」

「……憶えている」

「あなたが残虐非道の冷血漢でも、あなたが腐れ果てたアンデッドでも、あなたが人間に化けたモンスターでも、わたしは自分の言葉を違えない」

ヒカルは、心が震えるのを感じた。

彼女はきっと、ほんとうに、心の底から「すべてをあげる」と言ったのだ。

思えばヒカル自身、ソウルボードのあまりに高い能力を恐れていたのかもしれない。

だからこそ他人を遠ざけようとした。いつかこの強い力に溺れた自分がそばにいる人を傷つけてしまうかもしれない、と。

でもラヴィアは違う。ラヴィアならすべて受け止めてくれる。

「君のすべてを、ほんとうに僕にくれるんだな?」

するとラヴィアは耳まで赤くなって、上目遣いでヒカルを見た。

「は、初めては痛いと聞いたので……なるべく声を出さないようにするから。それにできればあなたとずっと手をつないでいたいの」

その姿を見てヒカルの理性が吹っ飛んだ。

長時間、街道を通ってきて汚れていたけれどそんなことも気にならなかった。

もつれ合いながらその日は夜遅くまで過ごして——死んだように眠った。

目が覚めたとき、

(この世界での目標が、もう1つできたな。僕はこの「隠密」とソウルボード……スキルツリーを駆使して彼女を守ろう)

安らかに眠るラヴィアの顔を見てヒカルは決意した。