軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍の道

「ほんとうに……これだけで終わり?」

『終わりだよ』

「なにも変わってないように見えるけど」

『終わりだってばー』

「ほんとうのほんとうに?」

『……ヒカルってもしかしてオイラに対する信頼ない?』

「ヨダレ垂らしてる食い意地張った謎の生き物にしか見えないからな」

ヒカルと白い龍——コウが話をしていたのは、ポーンドとレザーエルカの間にある森の中だ。

ここに「龍の道」があると聞いてやってきた——ヒカルが特別な「指名依頼」を請け負った翌日のことである。

日は暮れようとしていた。最悪、森の中で野営することになることも覚悟していたが、この周囲には凶悪なモンスターはほとんど見られないので安全だろうと判断した。

森の中央に小山があった。そこには洞窟——と呼ぶには小さな穴が空いており、熟練の狩人なら「クマが冬眠する穴だな」とか言いそうな場所である。

ここが龍の道の入口だと、コウは言い切った。そしてむにゃむにゃと詠唱した。それで——終わり。中は暗くて見えないが、ヒカルが「生命探知」「魔力探知」を走らせてもなにも反応がない。

「ヒカル。とりあえず入ってみましょう」

「ま、そうなるよね……」

改めてコウを首に巻いたラヴィアに促され、ヒカルは懐中電灯の形に加工された魔導ランプを手に取る。屈めば通れる程度の穴の奥は——意外と深いようである。

「ラヴィアとポーラは僕がいいと言うまで入らないで」

『信用ないなあ……』

コウがげんなりした顔をするが、龍のくせに表情が豊かとはなかなか生意気だとヒカルは思う。

入ってすぐ傾斜になっている。わずかに足を滑らせながらヒカルは中へと進んでいく。途中で横幅が広がり、すっくと立って歩けるようになった。土をくりぬいただけの通路は風が吹いている——どこかにつながっているらしい。

「これ、ダンジョンじゃないだろうな……?」

疑ってみたが、ダンジョンならば生命の反応があるはずだ。ヒカルの探知にはなにもかからない。

下りだった道は平坦になった。

「…………?」

ふと、空気が暖かくなった気がした。冬の冷気がわずかに緩んだ、とでも言うべきか。

進んでいくと今度は上りの傾斜になる。土の雰囲気が若干変わったようだが、地層の専門家でもないのでどう変わったかは説明しづらい。

「んん? 階段?」

形の良い石をはめ込んだ、石段になっている。半ば崩れているが。

そしてヒカルは——建物の中へと出た。

石作りの祠だ。なんの神かはわからないが、石像が置かれている。

祠の入口には両開きの木戸があったが、朽ちて片側が倒れていた。そこから外に出て——。

「……ウソだろ」

ヒカルは唖然とした。それなりに深い森にいたはずだ。それなのに——小高い丘の上にいたのだ。

そして眼下には街が広がっていた。見たことのない、砂岩を中心とした石材で作られた家が並ぶ街。そう、ヒカルが一瞬だけ入ってコウを解放することになった街、アインガンシュタットにどこか似ている街だ。

日没まで時間があったこともあり——太陽の位置は先ほどよりも若干高い位置にあった、まるで巻き戻ったように——宿は簡単に取ることができた。関所で聞くのは怪しいことこの上なかったので、さりげなく宿の主人に確認する。この街は「ノーデンシュタット」と言うようで、間違いなく多人国家アインビストの国内だった。

「——ほら、食え」

『ヤッホーゥ! 砂糖をまぶした揚げパン! オイラこれだーいすき!』

紙袋一杯に大量の揚げパンを買ってきたので、それをコウに与える。すでにラヴィアとポーラは部屋でくつろいでいて、ヒカルはポーラにお茶を淹れてもらいながらたずねる。

「それで、コウ。アレはなんなんだ?」

『だからー、龍の道だって。前に説明したでしょ』

話は聞いていた。しかし実物を目にすると言いたくなるものである。

「あんな通路が存在してたら国境の関所なんて意味がなくなるだろ」

『だからー、聖魔を流さないと発動しないんだって。ふつうの人間は通れないよ』

コウはさも「当たり前」のように言うので、いちいち確認するのが こと(・・) だった。

龍の道とは、龍が地上を移動するときに使う「通路」——ショートカットだということだ。この世界には豊富に魔力を蓄えた大地があり、そことそこをつなぐ。ワープするというのではなく、空間をねじ曲げて一時的につなげる、と言うほうが正確だ。

聖魔は魔力の上位に位置する力であり、「魔法」や「魔術」でできる以上のことができる。人間が体内にこれを蓄えることはできないが、触媒を使って魔導具に封じ込めることはできる——効率は悪いが。

「それじゃコウはどれくらいの聖魔を消費したんだ? ラヴィアが魔力を供給しているんだよな?」

コウはラヴィアから供給された余剰魔力を聖魔に変換することで、自分の体力回復に努めている。

口の周りに砂糖をまぶした腹ぺこ龍が答える。

『んー、今日貯めたぶんは全部使っちゃった』

「1日1回しか使えない、か」

『まあ、もっと魔力をもらえば使えるけどね』

「ラヴィアの全力の魔力を渡したことはなかったんだっけ?」

「ないわね。——やってみる?」

「ああ。もちろん全部じゃなくていいよ、できる範囲までで」

「わかったわ。コウちゃんも、いいかしら?」

『いいよー』

ラヴィアがコウに手を当て、目を閉じる。コウは気にせずむしゃむしゃ揚げパンを食べているが。ヒカルが腕を組んで、ポーラが興味深そうにそれを見つめる。

「——行きます」

ぶわ、と彼女の髪の毛が逆立ったように見えた。その瞬間、彼女の体表からにじみ出るほどに魔力が膨れ上がる。ああ——彼女と出会ったときのことだ、とヒカルは思い返す。あれはモルグスタット伯爵邸の地下、魔力牢。初めて出会ったヒカルに、ラヴィアは自分の魔力を——自身の異常性を見せてくれた。魔力牢越しに見ても相当の魔力を感じたけれど、目の前で見ると迫力が違う。

カタカタとお茶の入っているマグカップがテーブルの上で音を立て、窓ガラスにぴしりとヒビが入る。

『ファッ!?』

揚げパンを食べていたコウが目を見開き、

『いやちょっ、待って待って待って多い多い多い!』

「え?」

コウが止めたせいで、ラヴィアの魔力がしゅううと縮まっていく。

『すごいじゃないか! そんなにあるなんて知らなかったよ!? 人間の魔力ってちっぽけだからオイラ結構手加減して吸ってたのに——もっと吸って良かったかな?』

「す、すごい、ラヴィアちゃん……あれだけの魔法を使えるのだからすごい魔力量なんだろうって思ってはいたんだけど、こんなに……」

ポーラも驚いている。

確かにソウルボード上のラヴィアの「魔力量」は11で、そんじょそこらの魔法使いではまったく歯が立たないほどだ。今までヒカルが見た中では1人をのぞいてぶっちぎりトップ。セリカが「魔力量」19とかいうアホみたいな数値を出していたが、セリカは意識して「レベリング」していたので例外と言っていいだろう。同じ東方四星のシュフィですら「魔力量」7だった。

「…………」

すごいすごいと言われたラヴィアは自分の手のひらを見つめている。その姿にヒカルは心配になる。ひょっとしたらラヴィアは、自分が「恐ろしい道具」のように扱われていたころを思い出してしまったのでは——。

「……ねえ、ヒカル」

「どうかした?」

「不思議ね……わたし、自分の力をすごいと言われて、うれしいと思うようになれるなんて思わなかった」

ヒカルの心配は杞憂だったようだ。

「ああ、僕だってラヴィアの魔法は誇らしいよ」

「ありがとう——うれしい」

彼女は花開くような笑顔を見せた。

それからコウは、『これだけ魔力をもらえるならもっといろいろできるかもなあ』とこれまたツッコミどころのありそうなことを言ったが、それでも龍の道を開けることに疲れたらしく早々に眠りについた。珍しく、揚げパンを半分以上残して。

ヒカルはそれからノーデンシュタットを観光し、十分余裕を持ってビオス宗主国のアギアポールを目指すことができた。教皇やコニアはポーンソニアからアギアポールへ「7日」という時間でたどり着いたヒカルに驚いていたが、王都呼び出しの1日と、さらにアギアポールへの到着は2日早く着くことができたので、実際には「4日」で着いたのだった。

「まだアギアポールへは入らないのですか?」

アギアポール手前の宿場町で時間をつぶしていたヒカルに、ポーラはたずねる。

ヒカルはラヴィアから借りた本を読みつつ、お茶を飲んでいた。

「ああ、早く行くとさすがに警戒されるからね」

「……7日で着くのだって異常な速度なんですよね?」

「でも、やってやれないレベルじゃない——と、彼らは考えるはずだ。僕が腕利きの冒険者、あるいはなんらかの特別な移動方法を持っている冒険者だとね。たとえば、馬ではない俊足の魔物を手なずけているとか」

「す、すみませんヒカル様。私の理解が全然追いつかないのですが……それなら10日ぴったりで着くほうがさらに目立たなくていいのではないでしょうか?」

「僕が7日で到着することで、教皇の出方を見るんだ。今回のやり方は王女を試すような形で、ちょっとばかし気にくわない。こっちにだって向こうを試す権利がある」

「向こうを、試す……」

にやり、とヒカルは笑った。

「平和主義者なら情報を探りつつ手は出さない。野心家なら僕を自分の陣営に引き込もうとする。冷徹な策士なら——さっさと僕を殺そうとするだろう」

お茶を口に含むとマグカップをテーブルに戻し、ヒカルは本に視線を戻した。

「今から楽しみだ」