軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国家は踊る、されど運命は動く

上質な白の岩石を利用して作られた城砦がある。しかしながらこれを「城」と呼ぶことは許されていない。なぜならばこの建物は宗教施設であり武力の象徴ではないからだ。ゆえに、人々はこれを「白亜の塔」と呼んだ——どう見ても城であるにもかかわらず。

この「白亜の塔」があるのはビオス宗主国の中心地、聖都アギアポール。

塔の最上階にある部屋は——塔の持ち主にしてビオス宗主国の長、教皇のものだった。

歴史を振り返れば相当に長いこの国だが、なぜ「宗主国」という名前なのかと言えば、各国から「不可侵」の契約を結んでいることがまず上げられる。そして各国神殿、教会はあくまでもビオスからの「派遣」であり、すべての国はビオスの「一段下」という考え方なのだ。

だから、「宗主国」。

自然とこの国の支配層は各国を下に見るようになっていた。

「……ライバーからの報告を見たかね?」

光沢のある上質な法衣に包まれた、白髪の男が言った。その目の色は赤であり、白を基調とした服装の中でぎらついていた。

「はい、教皇聖下」

ひざまずき、うなずいたのは紺色の長い髪をそのまま流している女だ。銀縁のメガネをかけ、その奥には髪と同じ紺色の目がある。この世界の女性にしては珍しくすらりとしたパンツスーツに近い出で立ちで、「色気よりも仕事」と主張しているようですらある。

彼女は、教皇の上席秘書官だった。

「『龍珠の杖』を失ったとあったぞ」

「はい」

「余は、あれの存在を確認してすぐ、取り上げよと命じた」

「はい」

「それをカティーナ……貴様と、枢機卿が『取り上げず監視に留めるべき』と進言したのだ」

「はい」

「——それがこのざまであろう!」

バン、と机を手のひらで打つ。なかなかの衝撃だったが、羽根ペンを差してあるペン立てはまったく動かなかった。それほどに重くどっしりとした執務机だった。

「教皇聖下、恐れながら申し上げます」

「申してみよ」

「改めてお説きする必要もありませんが、あの時点で武器を取り上げたとあれば、『成功した冒険者から武器を取り上げた』と教会の名声は地に落ちていました。『龍珠の杖』をライジングフォールズが手に入れてすぐのタイミングであれば違ったでしょうが、彼らはあの武器を使ってあまりにも有名になりすぎました。それには教皇聖下にもご賛同賜りました。——監視についてですが、ライバーは教会内部でもかなりの腕利きでございます。その彼がミスをしたのであれば他の誰に任せても結果は同じでしたでしょう」

「杖をあきらめよと言うのか」

「いえ……『龍の羅針盤』は今また改良が加えられております。ライバーに持たせたもの以上の性能がある、新たなものを持たせましょう」

「探し出せるというのだな?」

「はい」

「ならばよい。行け」

上席秘書官は再度うなだれると、後じさりながら部屋の入口まで行き、部屋から出て行った。

「……『龍』の研究は進んでおらぬ。その中で見つかった新たな『龍』の魔導具であったというのに——」

ため息をつき、執務机に置かれていた別の紙を手に取る。

そこに書かれていたのは、

「——ポーンソニアの内戦調停、か。アインビストに頼った愚かな王太子が泣きついてきたか」

オーストリンがビオス宗主国に送った書状だった。

「ならば王女の出方を見るとしよう——誰か」

ちりん、とベルを鳴らすとすぐに文官がやってきた。

「お呼びでいらっしゃいますか、エヴァンゲロス教皇聖下」

「『リンガの羽根ペン』でポーンソニア王都へ通知せよ。内戦の調停を求められているとな」

「承知いたしました」

文官はすぐに部屋を出て行った。

「…………」

誰もいない部屋でひとり、教皇は考える。

「……確かに、カティーナの申すとおり、ライバーでどうにもならなければ仕方のない部分はある、あるが……何者だ? ライバーを出し抜くなどよほどの人材ぞ」

とん、とん、とん、と人差し指が執務机を叩く。

「待てよ」

その指先が、止まる。

「……このタイミングでの『龍珠の杖』の強奪。前国王の不審死。いずれもクジャストリア王女の『利』となっている。そしていずれも——『隠密』の仕事だ。よほど腕のいい隠密を手に入れたか? ……わからぬな」

とん、とん、とん。

「わからぬのならば、探り出すか」

ちりん、ともう一度教皇はベルを鳴らした。

ポーンソニア王国内、要塞都市レザーエルカではオーストリン王太子とアインビストの冒険者ランクA、ゴットホルト=コステンロス=アンカーがそれぞれ取り巻きを連れて向かい合っていた。

「……今、なんと?」

「お、王都への進軍は一時的に停止したいと言ったのだ」

二足歩行の人型ではあるが、顔にも虎の血が色濃く出ているゴットホルトが顔をしかめると、オーストリンは小さく「ひっ」と喉を鳴らした。それほどに凶悪な顔だった。

「理由をうかがっても?」

「……現在、調略を施しておる」

「調略とはどのような内容ですか」

「そ、それは——」

「答える必要はございませんぞ、オーストリン様」

オーストリンの横でささやいたのは侍従長だ。

侍従長は前国王の機嫌取りで権力を得たが、オーストリンの後ろ盾につくという判断ミスで今や立場が危うくなっている。

この戦いで勝利すれば王都に返り咲くことができるが、冷静に考えればその可能性は半々だ——クジャストリアがクインブランド皇国と同盟を結んだとあっては。

侍従長にとって、今はレザーエルカを中心に独立国を立ち上げる方向で考えが練られていた。つまるところ、ビオス宗主国による「調停」も侍従長の発案である。

一方のアインビストは、王都を叩きつぶす気満々だった。その後どうするかは獣人王の胸三寸だが、ゴットホルトは戦うためにここにいる。

それを突然「調略」——聞きようによっては「陰でこそこそ活動する」と言われれば、戸惑わざるを得ないし、不審を覚える。

「同盟軍の代表である私に話せないというのはどういうことですかな」

「と、時が来れば話す。それでよかろう」

「時とはいつですか」

「……いつだ?」

オーストリンが侍従長に顔を向けると、

「数日内には答えが出るでしょう」

「と、いうことだ。それでは」

それだけ一方的に告げると、オーストリンは侍従長や取り巻きを連れて去っていく。

「……ゴットホルト様、さすがにそろそろ我慢の限界なんですが」

ゴットホルトのパーティーメンバーや軍部の隊長たちは、怒りで顔を赤くしていた。

「わかっている。連中がなにを企んでいるのか探れ。私は、国王陛下に伺いを立てよう」

ポーンソニア王国の王都ギィ=ポーンソニア。その王城では突如として届いたビオス宗主国からの連絡にあわてていた。

「オーストリンが教皇聖下に調停を依頼したということですか? 戦端を切ったのは向こうだというのに?」

会議室に集まった面々を見て、クジャストリアが問うと、宰相がうなずく。

「そう考えるのが妥当でしょう。こちらがクインブランド皇国と同盟を結んだことを知ったとあれば」

クインブランドとの同盟は、オーストリン軍の戦意をくじくためにも、すでに公表されている。

「文面を見るに、教皇聖下は調停に乗り気かどうかはわかりませんね……」

「はい。ビオス宗主国へ使節を派遣せよと言っているだけですね。相変わらずの上から目線ではありますが——『一応、要請があったから調停の場を設ける』という意味合いに見えます。これで破談になればそれでもよしと」

すると軍人のひとりが声を上げた。

「なにをバカな! オーストリン殿下はすでに追われた身。さらには獣人どもを引き入れるような真似をしている反逆者! 教皇聖下がなぜオーストリン殿下の話を聞くのかがわからぬ!」

軍人たちはその声に賛成しているようで、しきりにうなずいている。

クジャストリアはため息をつきたいのをこらえて、

「私たちの考えがどうあれ、教皇聖下は教皇聖下で考えがおありなのでしょう。……それにしても参りましたね。次から次へと厄介ごとが降ってきます。告発文といい……」

告発文、という言葉に、軍部や貴族の面々は顔を強ばらせる。

オーストリン軍が攻めてこない王都ではあったが、防衛準備に忙しくしていた——そのさなか、騎士団長ローレンス=ディ=ファルコンの元に投函された「告発文」。

教会や貴族の腐敗について、書簡の実物や契約書とともに、わかりやすく書かれていたのだ。真偽を確かめるよりも前に、すでに神殿騎士は動いているようだったのでクジャストリアは貴族に向けて公表せざるを得なかった。

だが、混乱は小さかった。書類の盗難に気づいた貴族は王都から脱出していたのである。内戦のどさくさに紛れて他国へ亡命するのだろうと思われた。

クジャストリアは彼らを放っておいた。どのみち、内戦を生き残らなければどうしようもないのだ。

ただ、この内戦を契機に、王国の膿をすべて出し切れるのではないかという予感がした——今もって、その告発文を投函した人物が誰なのかはわかっていない。

「——ともかく、使節の件です。こちらの主張を通さなければなりませんから、誰かに行ってもらう必要があります。それと——こちらが重要ですが」

クジャストリアが顔をしかめると、居並ぶ面々は何事かとささやきあう。事情を知る宰相が、後を引き取った。

「『事前協議が必要なので、使節を10日以内にアギアポールへ到着させよ』という指示です」

「10日!?」

「それはできないであろう」

「いや、大急ぎで馬を飛ばせば、あるいは行けるのではないか?」

「なにを言う。それはレザーエルカを通るルートであろう」

「あ……」

みんな、すぐに気がつく。王都からアギアポールへの最短ルートは、レザーエルカを通り、国境にあるアインビストの街、アインガンシュタットを抜けてアインビスト国内を通過するのだ。今の状態で、クジャストリアの使節を「はいどうぞ」と通してくれるのかという疑問がある。

「幸い、事前協議は『文書による主張のみでもよい』という連絡です。なぜこのようなやり方をするのかはわからないのですが……教皇聖下直々のご希望とあったので、従わないわけにはいかないでしょうな」

使節本人ではなく、文書の到着でもよい。

さらにはその文書に、王女直筆のサインが必要。

これが教皇の出した条件だった。

「実際の使節は安全策を採りましょう。外務卿、行っていただけますか?」

クジャストリアの問いに、渉外担当の、老人がうなずいた。

「この老骨、最後の大仕事と参りましょう」

「いえ、外務卿にはこの後も多くの仕事があります。必ず帰ってきてください」

「ほっほっ。これはこれは、厳しい女王になりそうですな」

「外務卿は、ヴィレオセアンを抜ける海上ルートで向かっていただきたいと考えています」

海洋国家ヴィレオセアンはポーンソニアと接している国のひとつだ。ヴィレオセアンから船でビオス宗主国へ向かうのがいちばん安全で、早い。

「あとは文書ですね……」

それまで黙っていた騎士団長ローレンスが手を挙げた。

「騎士に、冒険者の変装をさせましょう。そして文書を持たせ、アインビストを突っ切る。これが最速です。同じ文書を数人に手分けして持たせれば確率は上がります」

「なるほど……それはいいかもしれませんね。適任者はいますか?」

「はい、何名か。なんなら私が向かってもいい」

すると、「ぷっ」と噴き出す音が聞こえた——「愉快痛快」のリーダー、センクンだ。

全員の視線がそちらに向いたので、センクンは苦笑いしながら口を開く。

「あー、悪いね。思わず笑っちゃって」

「センクン殿、なにがおかしい?」

「いやさ、アンタみたいな有名人が馬に乗って現れたら、絶対関所で止められるって。それにアンタが行ったらここの守りはどうするんだよ」

「調停中に戦闘は起きないだろう」

「ハッ。じょーだんきついって。手段を選ばずアインビストの軍を借りてくるようなヤツらだぜ? 今回の調停騒ぎだって、油断を誘う作戦かもしれない」

その可能性は考えていなかったのか、むう、とローレンスが黙り込む。

「でもさ、騎士に化けさせるってのはひとつの手だと思うよ。だけどオイラはもっと違う方法を提案したいね」

「——センクン殿が行くのか?」

「だーかーら、違うって。オイラだってこれでもランクA冒険者だし目立つんだよ。それにオイラが抜けたのがバレたら、それもまたこっちが手薄になったって向こうが思うだろ? ——ただ、まあ、惜しい。オイラじゃないんだ。他の、本物の冒険者に行かせるんだ」

その言葉に軍人や貴族たちがざわつく。そのどの顔も「冒険者などに任せられるか」という顔だ。

真面目にセンクンの提案を脳内で検討したのはローレンスとクジャストリア、それに宰相と外務卿だけだった。

「……センクン殿、詳しい説明を」

「クジャストリア様! まさか本気で冒険者を!? 連中は信用なりませんぞ!」

悲鳴に近い声が上がるが、

「センクン殿も、その冒険者ですよ? そして彼の実力はみな知っているでしょう」

先日の模擬戦のことを言っているのだ。センクンの罠に対して、ポーンソニアの精鋭はあっという間にやられてしまった。

クジャストリアの指摘に、みんな黙り込む。

「これは、どうも……だいぶ腕を買っていただいたようで」

信じてもらったことが意外だったのか、拍子抜けのような顔でセンクンは言うと、

「オイラが考えているのは、今言ったように、冒険者に文書を持たせて運ばせること。ルートは、まあ、アインビストを突っ切るのがいいだろうね。ただランクB以上はダメだ。目立ちすぎる。それより下のランクで、腕の立つヤツにやってもらう」

「ランクCの冒険者で、そんな人物がいるのですか? センクン殿が認めるほどの?」

「ランクE……いや、もうDか。ランクDのヤツなんだけど、いるよ」

会議室にどよめきが走る。ランクDなんて一般騎士程度の力量だ。

だがどよめきはさらに大きくなる。

「……実は、オイラが模擬戦して負けた相手なんだ」

センクンは苦笑しつつ頬をかいた。