軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「職業」と龍と神と冒険者ギルドと

「アヒージョ、これはたまらんな!」

「口の周りをオリーブオイルでべたべたにしたまま厨房から出てこないでくれ」

クマのような「パスタマジック」の店長に、ヒカルが返す。店長はできたばかりのアヒージョの皿を置いてのっしのっしと厨房へ戻っていく。こちらも先ほどヒカルが教えたレシピだ。刻んだニンニクとオリーブオイルで具材を煮込むもので、クマ店長が今回作ったのはエビとマッシュルームというオーソドックスなものだった。

ポーンドでも変わり種の食材を卸している店からニンニクを大量購入できたらしい。今後はフォレスティアから定期的に仕入れると鼻息が荒かった。

「それで——ヒカル。コウちゃんのことなのだけれど」

ふーふーとエビに息を吹きかけていたコウは「ん?」とラヴィアに顔を向ける。

「……コウちゃん? ちゃん、ってガラじゃないと僕は思うけど、コウは」

『いやぁ、オイラの可愛らしさはあふれ出てしまうからしょうがないっしょー。それでなにかな、人族のお嬢さん?』

「龍、というのは、その……天に住んでいるのよね? 神様とは知り合いなの?」

『天に住んでいるというのは大体合ってる。でもね、神様に会ったことはないよ』

そのあたりはヒカルも疑問に思っていろいろとコウに聞いた。

簡単に言うと、龍とは神の代弁者であり、神の代わりに「地上の調停を行う者」であるという。龍が生まれるのは親がいるのではなく、神が必要とするから生まれるのだとか。

神はやはりこの世界のシステムの一部なのだ。そのため龍やその他生き物の前に姿を現すことがない。

神に属する龍が「聖」であり、秩序を壊し混沌をもたらす竜は「邪」であるという。コウは龍として年齢や知識が浅く(それでも百年は生きているのだが——珠に封じられていた時間を抜いても)あまり多くの情報を持っていなかった。ソウルボードの存在も知らないと言う。

「それならコウちゃんが天から離れて人間の世界にやってきたのも、神様が必要としているから、ということなのかしら?」

「コウの言葉が正しければ、そうなる。人選……龍選を間違えたんじゃないかと言いたくなるけど、神は過たないはずなんだよなあ」

『ヒカル! 聞こえてるよ!』

そんなことを言っていると、店の扉が開いてカランカランと鈴が鳴る。

「もう……毎日毎日こんなに張り詰めてるとしんどいわ!」

「まぁまぁ、だからお酒を飲んで忘れましょう、ということでしょう? あら、珍しくこの時間からボックス席が埋まって——」

見たことのある、2人組だった。

ひとりは赤い髪のショートボブ、きつめの顔立ちだが美人である。

もうひとりも美人だが、どこか裏のありそうな顔だ。紫の長髪を左右でストンと下ろしていて、たわわに実った胸の上にのっている。

ポーンドの冒険者ギルドの受付嬢のジルとグロリアである。

ヒカルを見るや立ち止まり、凍りつく。ジルは特に口をぱくぱくさせている。

「久しぶり」

ヒカルが軽く手を挙げると、

「ひ、ひ」

しゃっくりのように「ひ」を何度か繰り返したジルが、

「久しぶりじゃないわよぉぉぉ!? なに!? 他に言わなきゃいけないことがいっぱいあるんじゃないの!?」

「あら。あら。ヒカル様ですか、このタイミングでポーンドにお越しとは」

駈け寄ってきて、後ろからゆったりと含みのある感じでグロリアが近づいてくる。懐かしい感じすらある。

「いや、特に言うことはないかな……あと10日もしたらまたポーンドを出るし」

言いながらヒカルは、「次元竜の文箱」を片づける。コウは空気を読んで——というか腹一杯になったので寝こけている。ただのファーと化してラヴィアの膝の上だ。

「え、ポーンドを出る……って、どこに行くの?」

「フォレスティア連合国のスカラーザード。一応そこに部屋を借りている」

「えええ!? そんな遠いところに!?」

「おいジル、来て早々なに騒いでやがる」

店長が次の料理を持ってきたタイミングで、ジルは多少冷静さを取り戻したようだった。近くの席からイスを運んできてお誕生日席に座る。なぜかグロリアはちゃっかりヒカルの横に座っていた。圧迫感(主に胸の)が怖いヒカルである。正面のラヴィアからも冷たい視線が送られてきているように感じられるし。

「あー、いや、僕らはそろそろ帰ろうかと……」

「なに言ってるヒカル! 今日はお前のためにたっぷりと新作料理を用意してるんだぞ」

なんという店長のありがた迷惑。確実に明日はニンニク臭に悩まされる。

「ヒカルく——」

「それでヒカル様。今回はなんのためにポーンドへ?」

ジルが言おうとしたのを先んじて、グロリアが言う。

「……装備品の調達。あと店長にニンニクを教えたかったから、それだけだよ」

「ずばり聞きますが、今の国内の内紛にヒカル様は関与されていますか?」

ほんともうこの人苦手、とヒカルは言いたくなる。

どこまで知っているのかわからないが、ずばり核心を突いてくる。とはいえ、ヒカルが「古代神民の地下街」を踏破し、それを認めた貴族がガフラスティであることを知っていれば、なんらかの関係があるとにらむのも当然かもしれない。

「 今回の(・・・) 騒動にはなんの関係もないし、興味もない。王女が勝とうと王子が勝とうとね」

「でも東方四星の皆様はポーンド防衛のために戦ってくださるようですよ?」

「ランクBともなれば責任が発生するから当然じゃないか。僕は、ランクEだよ」

「……そうでしたね、ヒカル様はランクEでした。迷宮踏破の功績でランクDに上げるよう上に掛け合いますから、明日はギルドに顔を出していただけませんか?」

「なんだって?」

「こちらのお嬢様と、ポーラ様もパーティーメンバーでしょう? 失礼ですがすでにパーティーは結成されていますか? していないのであればポーンドで結成してはいかがでしょう? きっとヒカル様たちは名を残す冒険者になる、そんな気がしていますから、そのパーティーの最初の一歩をポーンドに刻んでいただけるのは光栄ですわ」

「ちょっとグロリア、なに言ってるの? ヒカルは『シビリアン』よ?」

「うふふ」

ジルはいまだにヒカルが「職業」シビリアンだと思っているらしい。

パーティー、と聞いてラヴィアが目を輝かせる。

そう言えば、ラヴィアはギルドカードを作ったもののパーティーはまだ結成していなかった。結成するとパーティー限定依頼を受諾できるようになるが、逆に言うとメリットはそれだけだった。だが冒険物語で「パーティー」は必ず出てくるものだ。ラヴィアが憧れるのもわかる。

「……わかった。明日、顔を出すことにするよ」

ヒカルが言うと、グロリアは細い目をさらに細めてパンと両手を合わせた。

「それはよかったです。冒険者ギルドでは『職業』に関する相談も承っていますので、お気軽にご相談くださいね」

「……あ、ああ」

グロリアはまだヒカルの「職業」を探ることをあきらめていなかったらしい。このしぶとさは驚嘆に値する。

「——ヒカルくん」

そこへジルがジト目で聞いてきた。

「そちらのめっちゃ可愛い女の子は……どなた?」

「…………」

今日は面倒なやりとりがひどく多そうだ、とヒカルはため息をついた。

「彼女はラヴィアって名前で、冒険者だ」

「ふぅん、ラヴィアちゃんねえ……どこで知り合ったのかしらぁ? ……あれ? どこかで聞いたことがあるような名前——」

「フォレスティア連合国で。ラヴィア、ギルドカードを」

「あ、ほんとうだ」

ラヴィアのギルドカード登録はフォレスティアで行ったから、ジルはごまかせた。が、グロリアは目を見開いている。ラヴィアが、ちょっと前にポーンドを騒がせたモルグスタット伯爵殺害事件の被害者の娘であり、さらに容疑者であることに思い至ったのだろう。

だが彼女はなにも言わず、ただヒカルににっこりと笑った。

(ひとつ貸しですよ?)

(なんのことだか。彼女は姓を持たないただのラヴィアだ)

(そうですか。あの事件の続報を個人的に少々追っていたので、ヒカル様がお知りになりたいかと思ったのですが……)

(……僕らのなにが知りたい?)

(明日またお話ししましょう、ね?)

視線だけでやりとりをする。ヒカルとしては知らぬ存ぜぬで通すこともできるのだが、モルグスタット伯爵殺害事件の扱いがその後どうなったのかには興味がある。聞いてみるのは悪くない。

どのみちもう、ラヴィアを追う人間はいないはずだし。

(いい性格してるよ、アンタ)

(褒め言葉として受け取っておきますねぇ)

(その狡猾さを使ってさっさと結婚すればいいんじゃないのか)

(…………)

ぴきっ、とグロリアの笑顔が固まった。すでに結婚適齢期のまっただ中であり、ジルよりもいくつか年上のはずだ。

一矢報いてやった、とヒカルが満足すると、なんのことかわからないラヴィアとポーラが怪訝な顔をしていた。