軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信頼への飢餓

この町では最高級のホテル「グランドホテル・ポーンド」の一室で、ポーラはお茶をすすっていた。広くて落ち着かない部屋だ。内装も、まるで貴族のお屋敷であるかのように華美であり、使っているティーカップひとつとっても、落として割ったりしたらいくら請求されるのだろうかとびくびくしてしまう。

反面、ラヴィアは堂々としたものである。ベッドサイドの魔導ランプを点けて、広いベッドにひとり大の字になって本を読んでいる。

ケルベック暗殺を食い止めてから、10日ほどが経った。毎日が毎日この調子だ。いつ始まるかわからない戦争に、市民は不安を覚え、街の雰囲気は暗い。このホテルもふつうなら飛び込みで宿泊などできないのだが、宿泊キャンセルが相次いだせいで部屋が空いていた。

命が救われたとはいえ大ケガをしたケルベックは安静にしていなければならず、今はケイティがついている。ケルベックは身体が動かせないながらもベッドの上からあれこれと部下に指示を出しているらしい。そしてそのケルベックから、命を救ってもらったお礼だと、100万ギランをもらっていた。

最初ラヴィアはポーラに「これはポーラのぶん」とすべて渡そうとしたが、さすがにポーラだって受け取れない。そもそもヒカルに「万が一のことがあったら躊躇せず回復魔法を使ってくれ。判断に困ったらラヴィアが決める」と言われて動いただけだ。自分の身柄も、回復魔法も、すべてヒカル様のものです——とラヴィアに言うと、ラヴィアは驚いたように見えながらも、「ならヒカルに渡しましょう」と言った。

「……ヒカル様」

その、ヒカルである。ポーンソニア入国後に別れてからまったく連絡がない。「いちばんいいホテルに泊まって待ってて」と言っていたのでこのホテルに来たが、正直落ち着かない。戦争になるというし、お金は節約しておいたほうがいいのではないか——そんなふうに庶民派のポーラは思ってしまうのだ。

お茶の水面に映る自分の顔は、こんなハイグレードホテルには似つかわしくないのだ。

「なかなか美味しそうなお茶だな」

「あ、はい。さすが一流のホテルですよ——え」

ハッとして顔を上げたポーラは、そこに、

「ヒカル様!?」

「うん。さっき馬車が着いたんだ——おっと」

無言でラヴィアが飛び込んで来てヒカルに抱きつく。そして額をぐりぐりしている。

「ヒカルっ! ヒカルのにおいがする……」

「ら、ラヴィア……長旅でホコリっぽいから、さ」

困り顔のヒカルは、確かに外套がくたびれている。ポーラはあわててその外套を受け取ろうとして、

「あれ……ヒカル様、その襟元、素敵ですね」

ポーラは、見慣れぬ白い襟巻きがあるのに気がついた。

「あ、ああ、これは……えーっと」

ヒカルが言いにくそうにしていると、

『ふぁああ……あれ? もう着いたの?』

襟巻きから顔が出てきたと思うと、しゃべった。

「————」

部屋に、ポーラの叫び声が響き渡った。

「り、龍!?」

「龍ってあの、神話に出てくる神の使いである龍のことなのかしら」

ひととおりヒカルの説明を聞いたポーラとラヴィアが反応する。

服も着替えて、お湯を使って身体を拭いてだいぶさっぱりした。

当の本人であるコウは、部屋にあったお菓子を見つけてがっついている。

「ああ。300年くらい力を吸われていたから本来の力がまったく発揮できないらしい。ああやってメシを食うだけのちょっと変わった生き物だと思ってもらえれば問題ない」

「も、問題ありますよ!」

「いつか天界へ帰るの?」

「さあ……気まぐれっぽいし。まあ、帰りたければ帰したらいいんじゃないかな」

「ヒカル様、軽いですね……」

「あー、うん。話を聞いたところさ、人間の身勝手さのせいで捕まったようだし。こっちはできる限りその罪滅ぼし——ってわけではないんだけど、コウを満足させてやりたいなって。 あれ(・・) の偉いところは人間を恨んでないってところなんだよね」

「……ヒカル。力を回復させるのに魔力は必要ないの? なら、私が上げられるかもしれないわ」

「そう言えばそうだな——コウ」

『ん?』

口の周りにお菓子のカスをいっぱいつけていたコウが顔を上げる。ヒカルが魔力について話をすると、

『確かに魔力をもらったほうが早いよね。じゃあ、ふだんはこの子にくっついてようか? ヒカルの首にまとわりついてても、ヒカルって全然魔力ないんだもん。すっかすかのスポンジケーキみたいだよー』

「ぷっ」

「……ラヴィア、笑うなよ。コウが調子に乗る」

「ごめんなさい。でも、おかしくって。ヒカルをスポンジケーキに例えた人……龍なんて初めて見たわ」

ラヴィアが笑ったことでコウは機嫌をよくして、彼女の首回りにくるりと収まった。

『余分な魔力だけもらうようにするよー』

「温かいわ。ほんとうに襟巻きみたいね」

「ラヴィアが気に入ったのならよかった。まあ、君の服にもべったり食べカスがついているけど」

「あ」

今度はヒカルがにやりと笑った。

「さて、それで? そっちの状況は?」

ヒカルがたずねるとラヴィアとポーラが事情を話す。

東方四星がポーンドの冒険者をまとめたこと。クジャストリアの軍はまだ王都に駐屯していること。どうやらクインブランド皇国との同盟が成立したらしいこと。

それと、ケイティをケルベックに会わせ、ケルベックを暗殺しようとした獣人を捕らえたことも。

「そうだったのか、やっぱりラヴィアとポーラがいてくれてよかったな。ありがとう、ふたりとも」

「ポーラががんばってくれたの」

「そ、そんな! 私はただラヴィアさんにくっついていただけで——」

「ありがとうポーラ」

「——は、はいっ!」

真正面から見つめられ、ヒカルから感謝されたポーラは頬を赤く染める。

「それにラヴィアも」

「わたしはたいしたことをしていないわ」

「暗殺者の腕を落とすなんて、気持ちのいい仕事じゃなかっただろ?」

「それでも、ケルベックさんはわたしのことを助けてもくれたから」

「……そうだったな」

ラヴィアを護送馬車から救出するときだ。ケルベックに頼んで、 役者(・・) をひとり派遣してもらっていた。馬車を停めさせ、一瞬、気を逸らしてもらった。それだけで十分だった。ヒカルはラヴィアを連れて馬車を脱出した。

「しばらく戦況は動かないかもしれない」

ヒカルは、コウを助け出す前について、話した。ライジングフォールズの杖を奪ったことやオーストリンたちの状況などだ。

「……なるほど。そうなってくるとケルベックさんがアインビストのスパイを叩いていたことは大きな意味を持つのね」

「そう。オーストリンやゴットホルトは、この街に罠が仕掛けられているか、兵力が駐屯しているかどうかもわからない。自然と、ポーンドに兵力を割きながら、王都へ向かわなければいけなくなる。王都決戦はオーストリンにとってもクジャストリアにとっても消耗戦になる。避けたいだろうな」

「それじゃあ、どうなるのかしら?」

「クジャストリアがレザーエルカを攻めるかと言われれば、これも怪しいな。アインビスト軍がいる以上、レザーエルカでの戦いも消耗戦になる。となれば——しばらくにらめっこ、あるいは、停戦」

「停戦……」

ヒカルとしてはどれもこれもありそうで、なさそうな気がしている。

「消耗戦は避けたいし、にらめっこも金と兵糧が消えていくので避けたい。停戦するにもきっかけがない。まあ、連中が悩めばいいさ。僕らはこれでフォレスティアに帰ればいい」

「えっ、ヒカル様、ポーンソニアを出るんですか!?」

「むしろこれ以上留まる理由はないじゃないか。ポーンドが灰燼に帰すことはなくなったんだし」

「あ、う、えーっと……え? そ、そうなんですか?」

ポーラは今の話の半分も理解していなかったようだ。その平和な反応に、ヒカルはふと口元が緩む。

「ヒカル。すぐに出発するの?」

「いや、実はやらなきゃいけないことがひとつあって」

ヒカルは懐から「次元竜の文箱」を取り出した。フタを開けて逆さにすると——そこからするりと脇差しが落ちてくる。

その脇差しがまとう空気が、違っていることにラヴィアもポーラも気がついた。

「レニウッドさんの武器工房で、この気配を消せる鞘が作れないか、聞いてみたいんだ」

ヒカルはラヴィアとともにホテルを出て、「レニウッド武器工房」へと向かう。ポーラは「おふたりの時間を過ごしてください」と遠慮して(そのくせさみしそうな顔で)ついてこなかった。

レニウッドはやせっぽちのエルフなのに、武器を造るのが大好きという変わった男だった。そして微妙な付与効果を持った武器を造る。

ポーンドを離れてから数か月しか経っていないのに、やたら懐かしく感じられる。ヒカルは「レニウッド武器工房」へと入った。

「こんにちは——」

入ってすぐ、気がついた。

中には、光沢のあるジャケットにパンツを穿いたドワーフ、ドドロノがいたのである。

ドドロノはドワーフなのに服飾大好きという変わった男だ。ヒカルの服や、ポーラが使った隠蔽竜の革製の外套も彼が手がけている。

「おっ、ヒカル! ようこそ来たのう!」

「ちょっと待てぇい、ドドロノ! ここは俺っちの工房だってぇの!」

カウンターを挟んでふたりで何事か話していたらしい。

「あー……なんか商談中? ちょっと外で待ったほうがいいかな?」

「てぇしたことじゃあねえよ! ささっ、こっちに入りなよ。そっちのお嬢さんもどうぞ。——さ、ドドロノ。てめぇは帰りな」

「ヒカルはうちのお得意様じゃぞぉ!『隠蔽竜』だってヒカルがいたから使えたんじゃからな! つまりワシもここにいていいのじゃ!」

「意味がわからねえよ、この唐変木!」

「あ……やっぱり外で待ってようか?」

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいや」

「だからなんでてめぇが いやいや(・・・・) 言うんだよドドロノぉ!」

「じゃからワシも知りたいんじゃよ! ヒカルのことじゃからとんでもないぶっ飛び性能の武器を探しに来たんじゃぞ!」

「な、なんだって……?」

「いや。ごくり、って感じでつば飲み込んでこっち見ないで。勝手にふたりで完結しないで」

「こぉんなジジイと完結できねぇよ!」

「こんな痩せっぽちと完結できないわい!」

「…………」

やたら仲の良いふたりだった。

ふたりが落ち着いたところで聞いてみると、ヒカルのようにドドロノに「隠蔽竜」を使わせようとする冒険者はほとんどいないようだ。やはりドドロノはドワーフで、鍛冶以外では信頼されないのだろう。だからドドロノの記憶に強く残ったし、それをレニウッドに何度も吹聴していたようだ。

ヒカルも「別に構わない」と言ったので、ドドロノも同席している。

「で? 今日はなんの用事でぃ? 俺っちの『腕力の短刀』のメンテナンスかい?」

「ああ、それもお願いしようかな。——先に聞いておきたいんだけど、ちょっと面倒なお願いかもしれないんだ。時間はある? お金は——そこそこ出せると思う」

「ああ、ああ! 時間ならあるとも。戦争のために剣を打つなんてクソみてぇな仕事はほっぽりだしてぇと思ってたんだ!」

どうやら戦争のせいで鬱憤が溜まっていたらしい。ドドロノもドドロノで、ある程度人々が自衛できる防具が出回ったので、ちょっと落ち着いてきたところだそうだ。

「じゃあ、お願いなんだけど……ちょっと目を閉じててくれる?」

ヒカルはふたりが目を閉じるのを確認すると——どういうわけかラヴィアも目を閉じていた——「次元竜の文箱」から脇差しを取り出した。取り出した瞬間、ぴくり、とレニウッドとドドロノの眉が動いた。

「次元竜の文箱」をしまってからヒカルは言う。

「もういいよ」

目を開けたふたりは——脇差しを見入った。

じっくりと、まばたきもせず、数十秒。

「…………ヒカル」

「なに」

「こいつは魔剣か?」

「魔剣ってなに?」

「魔剣ってぇのは、魔力の入った剣だ。付与効果とはまた違う。特殊な鍛冶でやるか、 魔法銀(ミスリル) を使って打つ。そうするとな、魔法使いみたいに剣を媒介にして魔法を使えるんだ」

「ああ……そう言われると、それに近いかもしれない。どんな魔法かは知らないんだけどな。頼みは、これの鞘なんだ。この気配を消せるような鞘が欲しい」

ヒカルが脇差しを鞘から抜くと、レニウッドも、ドドロノも、ぎょっとしたように背を反らした。

それほどに威圧感があった。

「武器を造って欲しいんじゃなくて、鞘なんだけど……どうかな?」

冷や汗をかいたレニウッドは、ヒカルをにらむように見る。

「……ヒカル。どうして俺っちのところに来た?」

「どうして? どうして、って?」

「俺っちは……エルフだぞ」

「知ってるよ。見た目からして明らかじゃないか。まあ、強いて言えばレニウッドが信頼できるからだけど、他に誰か紹介してくれるってこと?」

「いや、いや! そうじゃねぇ。そうじゃぁねぇよ! あっはははははははは!!」

「?」

急に高笑いしたレニウッドに、ヒカルはラヴィアと視線を交わす。

がばりとレニウッドが立ち上がる。

「聞いたかよぉ、ドドロノ!」

「ああ。聞いた」

「信頼——信頼さ。そうだ、俺っちを信頼してきたんだもんなぁ!」

「ええと。引き受けてくれるってことでいいのか?」

「ああ、もちろんだ!」

どん、とレニウッドは痩せた胸を叩いた。

「俺っちに任せなぁ! 難しい素材でも、エルフの秘宝でも、なんでも使ってこの鞘を仕上げてやらあ!」

「いや、犯罪には手を出さないでね?」

「くう、うらやましいのぉ……そんな面白そうな依頼を」

「あ、ちょうどよかった。ドドロノにも頼みがあるんだ」

「ふぉっ! そ、それはあれか? ワシを信頼して……?」

「え? あ、ああ、もちろんそうだけど……。回復魔法使い用のローブを仕立てて欲しいんだ。予算は100万ギラン」

ケルベックからの報酬だ。ポーラが受け取ろうとしないことを先ほどヒカルは聞いた。

それなら、ポーラのローブを作ろうと思ったのだ。

「聞いたかぁレニウッドぉ!」

がばっとドドロノも立ち上がる。

「100万ギランじゃぞ!? ヒカルはのぉ、ワシを、信頼しておるんじゃよ!」

「聞いたぞドドロノぉ!」

がっ、とふたりで腕を組んでいる。

「なんなんだ……」

「だ、大丈夫なのかしら」

「腕は確かなんだよ、腕は」

このふたりがそこまで、「信頼」というものに対して飢餓感を覚えていることを、ヒカルは知らなかった。