軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍の腹ぺこ事情

ヒカルが唖然としていると、ふわふわした白い生き物はマッシュポテトを食い尽くしてく。

ふわふわしているのは毛並みのせいだ。輝かんばかりの白い毛並み。やはりコートの襟元にくっついているファーに見える。

前足と後ろ足がそれぞれ2本ずつ生えており、顔の付近に前足が、後ろ足はだいぶ後ろのほうにある。鶏によく似た形状のピンクの足には滴る血のごとき色の爪があった。

頭には、後ろへなでつけられたような赤い角が2本生えているが、どちらも可愛らしい。角はとんがっておらず、ほんの数センチちょこんと生えている。

『ふう——食った』

振り返った顔は——。

「龍……なのか?」

小さいながらも左右に割れた口といい、龍で間違いないだろう。口にべったりとマッシュポテトをくっつけているが。

『むう、貴様が——我を解き放ったのか』

宝石をはめ込んだような赤い目を細める。ヒカルを威圧するかのように。

『解放を感謝する、と言いたいところだが……我は人間によって閉じ込められた。その忌々しい 魂吸石(ソウルドレイナー) に』

魂吸石。

これはヒカルも知っている——というよりヒカルの身体の前の持ち主であるローランドの知識にある。

文字通り生き物の魂——生命の根源を吸い取る石だ。魂を吸い取られた生き物は死ぬ。魂吸石が魂を吸い取ったあとは二度と吸い取ることがないが、その石の使い道はほとんどなく、ごく少数の魔術の触媒として利用できることが知られている。一般的には単純に「危険な」石である。

「そうか……『聖魔球』は魂吸石を媒介にして、龍のエネルギーを聖魔に変換するシステムなのか」

ヒカルはそのとき、ポエルンシニア王朝の地下遺跡で見つけた聖魔のシステムが、どのように運用されていたのか——その技術に気がついた。

聖魔をこの世界にもたらした、ヒカルと同じ日本人である太田勝樹は龍の協力を得ていた。しかし野心に目がくらんだルーヴィンヤードに裏切られた。

ほんとうはそこで聖魔の技術は失伝するはずだった。だがその後、ポエルンシニア王朝はルーヴィンヤードによる聖魔の軍事利用で大陸に覇を唱えることとなる。ルーヴィンヤードは、龍から無理矢理聖魔を絞り出す技術を身につけていた——。

『聖魔球? なんだそれは。聖魔については我々の力で間違いないが……なぜ人間の貴様がそれを知っている?』

龍の側は知らなかったのだろう、ルーヴィンヤードの技術を。

なぜライジングフォールズのキャディが、「龍珠の杖」——この白く小さな龍を閉じ込めた杖を持っていたのかはわからないが、古代ポエルンシニア王朝に関する遺物であろうとヒカルは推測した。

「いろいろと経緯があるし、話せば長くなる」

『経緯だと? やはり人間は信用ならんな……』

剣呑な目をこちらに向けてくる、小さな龍。それは今にも「食ってやる」とでも言いたげなほどだ。

ヒカルが脇差しを握りしめ、龍と向き合う——とき。

ぎゅるるるるるる……。

気の抜けた、場違いな音が聞こえてきた。

『やはり人間は信用ならんな……』

「いや、今のお前の腹の音か?」

『やはり人間は……』

「カッコつけても無駄なんだけど。腹減ったならそう言えよ」

『…………』

「…………」

『……べ、別に』

「そのマッシュポテトが気に入ったなら、何杯でも食わせてやるけど?」

『食べる! 5杯おくれよ、にーちゃん!』

「いきなりフランクになったな!」

ヒカルが面食らっていると、

『やっぱ「威厳」? ある? 言葉ってむずかしーんだよなー。おいら、里のじいちゃんたちからそういうふうに話せって言われてたからそうしたけど、やっぱ合わねーわー』

「お、おう……」

『ほら、早く、早く! おいらのお腹はぺっこぺこで今ならブタを丸呑みできそうだよ!』

とんだ腹ぺこ龍のようだった。

「…………まだ食うのか?」

『あともう1杯!』

あともう1杯はこれで3回目のセリフだった。結局、マッシュポテトを8杯食べて満足そうに龍は寝転がった。ヒカルが何度も買いに行くもので、屋台のオッサン(キツネ耳)は「お前んとこにはよほどの大食漢がいるようだな……」と呆れていた。

先ほどヒカルがいた神殿裏手は、とんでもない光が発生してしまったため——遠目から見ると巨大な光の柱が空へと立ち上ったように見えたそうだ——移動して、結局宿の1室を短時間借りることにした。

ベッドに寝転がった龍は、腹がぽっこり膨れている。卵を呑んだ蛇みたいだ。

「僕には聞きたいことが山ほどあるんだけど」

『おいらもだよ。ここどこ? 今は何年?』

ヒカルが聞く前に龍がたずねてくるので、ため息をつきながらヒカルが答えると、

『うげぇっ! もう300年くらいあそこに閉じ込められてたってことじゃん! ひゃー、このメシは300年振りのメシだったってことかー』

ちなみにアインビストの国名は知らないが、獣人の多く集まる国は知っているということだった。

「300年間もあの杖にいたのか……えーっと、名前は? 僕はヒカルというけど」

『おいらは児白龍』

「……白龍の幼生ってことか?」

『児白龍は児白龍だよ』

「まあ、いい。お前が龍であることは隠したほうがいいだろうから、便宜上名前をつけよう」

『そーなの?』

この世界にほとんど龍はいない。ワイバーンなどの竜ならいるのだが。

児白龍……略して、

「コウ、でどうだ?」

『コウ……コウ、うむ、名前をつけられるという経験は初めてだが、まあ悪くはないぞ、人間よ』

悪くないどころか寝そべっている尻尾がびったんびったんベッドを叩いてますが。喜びすぎだろ、とヒカルはコウを観察する。

「それで、まず聞いておきたいんだけど、コウが閉じ込められていた魂吸石は砕け散ってる。で、あの珠を追跡する魔導具があったんだけど、あれってコウを追跡していたのか? それとも珠に施された魔術のほう?」

ヒカルが気にしているのはライジングフォールズのライバーが持っていたコンパスだ。あれが、コウ自身を追跡できるのなら、今すぐヒカルも隠密レベルを上げて、「集団遮断」を5(MAX)にしなければならないだろう。

ちなみにコウのソウルボードを開くことはできなかった。

『おいらが閉じ込められてた魂吸石に掛かってるんじゃないかな? なにか別のものと結びついている魔力を感じたし。つい最近——たぶん最近——いやほんと全然時間の感覚がなくってさ——それが途切れてたんだけどね』

途切れてたというのは、ヒカルが「次元竜の文箱」に突っ込んだからだろう。

とりあえず、大丈夫そうだ。「魔力探知」で見てもコウからはさほどの魔力を感じない——。

「あれ? コウは龍種なんだよな? どうしてそんなに魔力がないんだ?」

『魂の代わりに吸われ続けてたから』

「でもついさっきまでとんでもない魔力が珠からあふれてたんだけど」

『魂吸石の中で循環してたんだよ。吸われ続けて、ぐるぐるぐるって。時々放出されてたみたいだけどさー』

放出されてた——杖として使われていた、ということか。

キャディが魔法を行使したときだろう。

『でも、そう遠くない未来に魂吸石もパンパンになって——今のおいらのお腹みたいに? ——破裂してたと思うんだ。そしたらおいらは、どっちにしろ解放されてたと思う』

「じゃあ、さっきの光で魔力は全部放出されたってことか……」

『半分はそう』

「半分?」

『うん。あんな光程度じゃあ消費しきれないくらい吸われてたよ。見てよ、おいらの毛……すっかり白髪』

「いや白龍なんだろ?」

『ジョーダンがつーじないなーヒカルはー』

龍相手ならその話はウケるんだろうか? 真面目に考察しかけて、首を横に振るヒカル。どうでもいい。正直。

『破裂してたら周囲一帯が吹っ飛ぶくらいにはなってたと思うよ。半分は光で済んで、残り半分は——』

ちら、とコウがヒカルの脇差しを見た。

「え……」

ヒカルはそのとき初めて、気がついた。

「魔力探知」で確認すると、とてつもない魔力が脇差しに宿っている。

『それが吸い取ってくれたみたい』

「…………」

魔力を帯びていたこの脇差しがあったおかげで暴発しなかった、とも言えるだろうか。「直感」に従ってやってみたことだけれど、自分の幸運に感謝した。

「わかった……で、コウは帰らないのか? 天に」

『……ヒカルはどーしてそこまで知ってるの? おいらたちが天界に住んでいること』

「前に別の龍を解放したことがある」

『ええ、すごいじゃん! おいらふたりめってこと?』

「すごいのかどうかはわからないが、ふたりめで間違いない」

ヒカルはふと、コウがこうして解放された以上、杖を返すことはできなくなったなと思った。いずれにせよ遠くない未来に暴発していたのだろうから、「龍珠の杖」はなくなる運命だったのだ。むしろ、キャディの命を救ったことにもなるかもしれない。

『おいらは天界には帰らないよ。この世界に下りてきたのだって、自分の意志だ。……里のじいちゃんたちはみんな止めろって言ってたけど』

「あー……」

『あー、ってなに!?』

「なんか、コウは、うっかりやらかしそう」

『それ! それ里のじいちゃんたちと同じこと言ってるからね! おいら傷ついて里を飛び出したんだからね!』

うわあ、やらかしてる……。

『おいら、人間たちに興味があるんだ! 人間が食べてるもの、美味しそう!』

「ただの食い意地か」

『いいじゃん! もっとマッシュポテト? 食わせてよお!』

「やれやれ……」

ヒカルは肩をすくめて見せた。

「人間の美味い食い物が、マッシュポテトだけだと思っているのか」

『な、なんだって……?』

「他にもあるんだよなあ……」

『た、食べたい! 食べさせて!』

「でもなあ、働かざる者食うべからずという言葉があってなあ……」

『働くから! コウいっぱい働くから! 魔力も回復したらいろいろできるから! 壊す? 城とか、山とか、壊す?』

やはり活用方法は破壊方面らしい。

ヒカルとしては、こうして救ったのも縁だし、コウを連れていくことはやぶさかではなかった。むしろ戦力として期待できるのではと思っていた。

『あ、でも、力吸われちゃってほとんど残ってないから……戻るのに時間かかるけど……そ、それでもがんばるよおいら! だから、ね! 美味しいもの食べさせて!』

ただし戦力になるには時間がかかりそうだ。

「わかった、わかったよ」

『ほんと!?』

ごろりんと寝返りを打って起き上がったコウは、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねていた。

『うぐ……お腹が苦しい……』

「食った後にはしゃぐからだ」

ヒカルは苦笑する。

(戦力にならなくても、まあ、いいか。悪いヤツじゃなさそうだし。それに——龍を連れている冒険者なんてのも面白そうだ)

ヒカルはイスから立ち上がる。

「よし、そうと決まれば出発するぞ」

『ええ、もう!?』

「今日中に国境を越えて別の街に移るんだ。そこでまた違うものを食べよう」

『行く行くーっ!』

コウはベッドでぴょんぴょん跳ねて——また、

『苦しい……』

こてん、と横に倒れた。

コウは襟巻きのようにヒカルの首にぐるりとまとわりついた。こうするとコウの顔や角が隠れ、毛皮のマフラーにしか見えないのだ。

馬車の中でヒカルは気がつく——「職業」の変化に。

【下級天ノ遣神:レッサーエンジェル】がなくなり、【上級天ノ遣神:グレーターエンジェル】となっていた——。