作品タイトル不明
学園都市での再会
「だいぶ寒くなったな……」
吐く息が白い。スカラーザードに到着した乗合馬車を降りたヒカルは、真っ直ぐに自宅を目指していた。
クインブランド皇国の皇都を出てからは寄り道せずに戻ってきた。皇都はまだ暑さが残っているくらいだったのにスカラーザードはこれほどの寒さ。住みやすさで行けばやはり暖かいほうがいいよな……とそんなことを思う。
スカラーザードの町並みは変わっていなかった。ボーダーザードに大量のモンスターが押し寄せても、7カ国会議で一悶着あったとしても、単なる地方都市には影響がないのだ。そう思うと、リーグのやろうとしている「7カ国の国境をなくす」「キリハルとルダンシャの敵対心をなくす」といったことは相当に難しいと感じられる。もちろん、だからこそ、リーグは一生をかけてやっていこうと思っているのだろうが。
「ただいま——」
国立学術研究院のすぐそば、3階建ての3階にある自宅に戻ると、
「ヒカル?」
「!!」
テーブルでお茶を飲んでいるラヴィアと、キッチンで料理をしているポーラのふたりが反応した。
「思っていた以上に時間がかかった。ごめ……」
言いかけて、止まる。
「ヒカル様!!」
いきなりポーラが、土下座した。
「申し訳ありませんでしたぁぁあああっ!!」
きょとんとしたヒカルがラヴィアを見ると、彼女は気まずそうに口を開く。
「えーっと……おかえり、ヒカル」
長旅で疲れていたヒカルは、とりあえず着替えをさせてくれと寝室で着替えてきたが、それでもなおポーラは土下座したままだった。どうでもいい話だが、この世界でも土下座は最上級の謝罪方法らしい。
「どういうことなんだ、これ?」
たずねたヒカルに、土下座スタイルのままポーラは説明を一通りする。
「……ふーん。なるほど。僕に命を救われた——それも3度目だっけ? ——にもかかわらず言いつけを破って回復魔法を人前で使ってしまった、と。そしてラヴィアがさらわれるタイミングではなんの役にも立たなかった、と」
ヒカルが、誘拐されたラヴィアを救って戻ったときには、回復魔法を見ず知らずの冒険者に使ったことを言っていなかった。
その後、ラヴィアとともにこの家に戻ってきてからその話をしたところ、ラヴィアの表情が強ばり「ヒカルとの約束を破るなんて……あなたは命知らずね」と言われたのだそうだ。
「重ね重ね申し訳ございません……」
「ヒカル。わたしの誘拐はポーラとは関係ないわ」
「で、でも、私が目立つことをしなければラヴィアさんが見つかることもなかったはずですっ……!」
「あそこにポーンソニアの特務部隊がいるなんて誰も思いもしなかったわ」
「でも!」
「あー、もういい」
ヒカルは手を振って、ふたりのやりとりを止めさせる。
「ポーラ、立って」
「でも……」
「土下座なんてされてたら話しにくくて仕方がない」
言われて、ポーラはのろのろと立ち上がる。
よく見るとげっそりした表情だ。それに気づいたヒカルに、ラヴィアがささやく。
(ヒカルがなかなか戻らないからトラブルに巻き込まれたと思って心配していたみたい)
(……ラヴィアは?)
(ん?)
(ラヴィアは心配しなかったの?)
(ふふ。 わたしの(・・・・) ヒカルがちょっとやそっとのトラブルに負けるわけないじゃない)
無限の信頼である。
それはそれでうれしいのだが、心配されてみたいとも思ってしまうのは贅沢な悩みなのだろうか?
ヒカルの隣にラヴィアが、向かいにポーラが腰掛ける。
「あの、ヒカル様……」
「ポーラ」
また謝ろうとするポーラを遮る。
「『もういい』と僕は言ったんだ。これ以上は言わないよ。——人間なんだから失敗することだってある。失敗から学び、同じ過ちを二度と繰り返さなければいい」
「……はい」
「友だちとの別れはつらかったんじゃないのか? よくがんばったな」
「ヒカル様……」
ポーラの目に涙が浮かぶ。これでもポーラのほうが2つ、年上なのだが。
「あ、あのぅ、ヒカル様。私はヒカル様のためになにをすればいいのでしょうか? この身を捧げよと仰いましたが……」
「あー、うん。とりあえずなにも考えていない」
「……え?」
「僕だってまだ この世界で(・・・・・) なにをなすべきか決めかねてるんだ。それが決まるまでは、その都度ポーラに依頼することがあるかなって程度だよ。だからとりあえず今は、自由に暮らしてくれて構わない。冒険者稼業を続けてもいいし、学院の学生になってもいい」
「ですが……あの、大変言いづらいのですが……手持ちが……全然ありません……」
「お金? それなら僕が出すから心配しなくていい」
「ダメですよ! 私、与えられてばかりじゃないですか!?」
「でも、なにができる? ポーラの回復魔法は、僕がいいと言うまで使ったらダメだ。回復魔法を使えないとなるとポーラが金を稼ぐ手段はほとんどないんじゃないか? 魔法を使うなと言うのは僕の意志だから費用面はその分気にしなくていい」
「それは——はい……」
しゅんとなるポーラだったが、ハッと思いついたように、
「で、でしたら働きます!」
「え?」
「これでも読み書きや計算はできますし! 飲食店でも働けますし!」
「お、おう……そうしたいならそれでもいいけど」
「いつまでもおふたりの厚意に厄介になれません!」
どうやらヒカルが戻るまでずっと、ラヴィアとふたりで暮らしていたらしい。
「わたしとしてはポーラに料理を作ってもらえると楽でいいのだけど」
「ふーん。ポーラは料理が上手なのか?」
「なかなかの腕」
「ほう」
「そそそそんな! お口汚しになるだけです!」
やたら謙遜しているが、ラヴィアが褒めているのだから期待しても良さそうだ。
「……一応聞くけど、激辛料理とかじゃないよな?」
「えっ、ヒカル様は辛い料理がお好きなのですか?」
「違うならいい。まあ、ポーラがどこで暮らすにしても強制はしないよ」
「はい!」
ヒカルは当面学生でいるつもりだから、街を出るタイミングでポーラに声をかければ問題ないだろう。
(貴重な回復魔法を死蔵するようなもんだけど、大体、お金にはさほど困ってないしな……面倒なヤツらに目をつけられるリスクを考えれば、ポーラにはバイトでもしてもらってるほうがいいか)
ヒカルがそんなことを考えていると、
「それで、ヒカル。帰りが遅かったのはなにがあったの?」
「ああ、それなんだけど……」
ラヴィアにたずねられ、ヒカルはちらりとポーラを見る。
「わ、私がお邪魔でしたらバルコニーに出て耳を塞いでいます!」
「あー、いや、そこまでしなくていい。……そうだな、ところどころ隠さなきゃいけない情報はあるけど、ある意味ポーラも一蓮托生だから情報共有しておこうか」
「いいのですか……?」
「うん。だから新しいお茶を淹れて」
「はいっ、ただいま!」
ポーラはすぐさま立ち上がると次のお茶を淹れた。その間にヒカルは、ラヴィアに、ポーラのソウルボードについて話をした。
(回復魔法8ですって!? どれほどなのそれって!!)
(東方四星が言うには、四肢の欠損を治し、石化状態も回復させる、ポーンソニア王国でも屈指の実力者らしいよ。それでもなおポーラには余裕があるみたいだから、実際にはもっと上だな。世界基準でどれくらいの実力者なのかはわからない)
(すごいわ……。って待って。東方四星、って? 東方四星のいた冒険者ギルドから逃げたでしょ、わたしたち? あの後会ってないわよね?)
ヒカルは、ラヴィアとポーラが馬車に乗って去っていったあとに東方四星に話しかけられたことを伝える。
「…………」
「ラヴィア?」
「……どこで、お話ししたの?」
「東方四星の宿だけど。それが?」
「…………」
「ラヴィア?」
「……いいの、なんでもない。…………これが嫉妬という感情なのね……複雑だわ……」
「え? 今なんて?」
「お待たせしました!」
そこへポーラがお茶を持ってくる。ラヴィアはいつも通りのすました表情に戻っている。なんだったのだろう……とヒカルは思うが、答えてくれそうにない。
カップに新しいお茶が入ったところで、ヒカルは口を湿らせた。
「そうだな……なにから話そうか。とりあえず僕はグルッグシュルト辺境伯領を目指したんだ——」
ヒカルは辺境伯の邸宅で、クインブランド皇国のスパイを発見し、ウンケンと再会した話をした。
「え、ええ!? ウンケンさん、って、ポーンドのギルドマスターなんですか!? 素材買い取りの職員さんかと思ってました! それが、クインブランドのスパイ? え? え?」
ポーラが混乱する。ポーンドの冒険者ギルドで、ウンケンにモンスター素材の査定をしてもらったことがあるらしい。
「まあ、ツッコミどころ満載だよな。それはともかく」
「『それはともかく』で終わらないでください……!」
「ラヴィアの追っ手の件はどうにかなりそうだった。それにウンケンが直接国王を叩きに行くと言っていたから、僕が国王を一発殴りに行くのはナシになった」
「ヒカル様……本気で、国王陛下を殴りに行く気だったんですね」
当然である。ラヴィアに手を出そうとしたのだから、しっかり報復しなければならない。
それを断念したのはウンケンが、自らの命を賭けようとしていたからだ。その覚悟に免じたのだ。
「わたしの追っ手は……もう来ないの?」
「ああ、おそらく。ウンケンの件もそうだけど、グルッグシュルト辺境伯とガフラスティも動いている。王国はしばらく混乱するだろう。それに……」
東方四星から聞いた情報があるが、確度の低い情報なので言うべきか迷った。
ソリューズは「情報交換」として、ヒカルにこう言った。
——国王陛下は、非合法の薬漬けらしいよ。
稀なる快感と引き替えに、幻覚も見るし、強迫観念に囚われている。そのために、クインブランド皇国へ侵攻したのだと。ソリューズのツテで、王城内で働く小間使いから仕入れた情報らしい。
ヒカルも東方四星も知らないことだが——ヒカルが特務部隊を1人生かして戻したことで、国王がパニック状態になったのもこの薬のせいだった。だが、薬を与えていた侍従長は、国王の主治医も自らの息のかかった者を当てているために、秘密が外に漏れることを可能な限り防いでいた。
「それに?」
「あー、いや、たいした情報じゃない。ともあれ、ラヴィアはもう安全だと思う」
「……そう」
「よかったです!!」
「なんでラヴィア本人よりポーラのほうがうれしそうなんだ?」
ヒカルが疑問に思うと、ラヴィアとポーラは視線を交わして「ふふふ」「えへへ」と笑っている。ヒカルがいない間に女の友情が育まれていたらしい。
「それから、ヒカルはどうしたの? それで終わりだったらもっと早く帰って来られたでしょう?」
「ああ、実はクインブランドの皇都へと向かった」
「クインブランド?」
「ウンケンが皇帝に手紙を渡してくれって。それで時間がかかった」
「……簡単に言うけれど、ヒカル。まさか皇帝の私室に忍び込んだりしていないわよね?」
「え? 忍び込んだけど?」
ヒカルの答えに、唖然とするラヴィアとポーラ。
「だってそうでもしないと時間かかってしょうがないだろ。ウンケンの手紙が本物かとか証明できないし、そもそも皇帝にどうやって面会するのか僕は知らないし」
「それは——そうだけど……」
「ラヴィアさん……ヒカル様はこういうお人なんですね……」
「ええ……常識で考えても意味がなかったわ」
「人を非常識みたいに言わないで欲しいんだが」
心外である。ラヴィアだって、ヒカルがこの国の女王に直接会ってることを知っているはずなのに。
ポーラがいるのでそのあたりはまだ言わないが。
「そうだ。手紙と情報を渡したことで、褒美をもらったんだった」
ヒカルは荷物から紐で結ばれた文箱を取り出した。
「? これはなに? 上質な革のようだけれど」
手渡されたラヴィアは紐をほどく。興味深そうにポーラもテーブルの向こうからラヴィアの手元を見ている。
「なんか『次元竜の文箱』って言うらしい」
「!?」
「ブホッ!!」
ラヴィアが「次元竜の文箱」を取り落としそうになり、ポーラはお茶を噴いた。
「汚いなぁ……」
「え、ちょっ、ごほっ、ごほごほっ!」
「今のはヒカルが悪いわ!」
「え? なんで?」
「こ、これがその『次元竜の文箱』だというの!?」
「皇帝はそう言ってたけど」
ラヴィアは文箱をテーブルに置いた——爆発物でも置くように。
「……わたし、『次元竜の文箱』って伝説にしか出てこないものだと思っていたわ」
「私もです……」
「ちょっと待った。僕にもわかるように説明してくれ」
ヒカルが言うと、ラヴィアは深々とため息をついて、
「西の勇者の伝説に出てくる、モンスター退治の話。その戦利品が『次元竜の文箱』なのよ」
「都市伝説で聞いたことがあります。『次元竜の文箱』が出品されたオークションで、史上稀に見る金額がつけられたとか……」
ラヴィアとポーラが説明する。
知らなかったのはヒカルばかりである。最近、ヒカルの情報仕入れ元である、元の肉体の持ち主ローランドは「世界を渡る術」以外に相当疎かったのではないかという疑惑がある。
「いや、でも実際は使い勝手悪いぞ?」
ぱかりと開けてひっくり返す。食べかけのパンがごろんと出てきた。
「あ、3日前に食べ損ねたヤツ、入れっぱなしだった」
「ヒカル……」
「ヒカル様……国宝級のアイテムにそれは……」
なんかドン引きされた。
逆さにすれば中でひっくり返るし、時間経過もあるし、ヒカルとしては使いにくいアイテムでしかないのだが。実際、カグライ皇帝もそう言っていた。
そのとき、来客を告げる鐘が鳴った。
「誰か来たみたいですね」
「ん……リーグとかか?」
「わからないわ。数日前に、クロードさんが来たきりだから」
「とりあえず出てくる」
ヒカルは立ち上がり、玄関を出た。軽くあくびをしながら階段を降りていく——と、表通りに見知った顔が立っていた。
『学園都市に住んでいるとは——青春ね』
セリカ=タノウエが日本語で、言った。