作品タイトル不明
フォレスティア連合国の建国記念式典
ヒカルがギィ=クインブランドを目指しているころ、フォレスティア連合国の首都フォレスザードでは建国記念式典が始まっていた。
式典、とはいっても一般市民が参加するようなものではない。とはいえ年に一度のことで、国が貯めている古い備蓄を放出したり、一部規制が緩くなり屋台が出たり、そもそも時期的に秋の収穫直後であることなどからも、首都はお祭り騒ぎだった。
各地方から——キリハルをのぞく6地方から代表者が見事な馬車を仕立ててやってくるのもまた彩りを添えていた。馬車の行列が来ると、やれ「ジャラザックだ」「いいやあれはルマニアだ」「よおく見ろ、コトビだろうが」などと市民は言い合い、その豪華さに大喜びする。
こういった「首都市民の目」があるからこそ、各代表はどうしても行列を派手にせざるを得ない。威信が掛かっていた。ちなみにキリハルから馬車が来ないのは、キリハルの長は現女王陛下であり、彼女はフォレスザードに居住しているからである。
「フォレスザードはさらに華やかになりましたね」
「ふん。ルマニアに比べれば田舎者のどんちゃん騒ぎのようなものだ」
ルマニア代表団の1名としてフォレスザードに到着したリーグが素直に感想を言うと、父は不快そうに鼻を鳴らした。
それはただの負け惜しみだった。ユーラバとコトビの、かつての国境上にあるフォレスザードは、連合国が建国されてから造られた歴史の浅い都市だ。ルマニアの元首都に比べればまだまだ小規模だが、なにより美しい。フォレスザードが今後も活気づいていくのは間違いない。
リーグはこの連合国が「バラバラだ」と感じているが、フォレスザードが活気づけばつくほど、連合国は1つになっていくという予感があった。リーグが無理にがんばらなくても時間が解決してくれる問題なのかもしれない。
(でも……世界情勢がそれを許してくれません)
ポーンソニア王国がクインブランド皇国に兵を出した。今は小康状態を保っているらしいが、その矛先がこちらに向かないとも限らないのだ。
「行くぞ、リーグ」
「はい」
式典の序盤は記念行事や夜会が目白押しだ。
高い天井に天地開闢についての絵が描かれている謁見の間には、キリハルをのぞく6地方の代表がやってきた。それぞれ数人、供をつけている。リーグは初めて父とともにこの場に立った。
「よくぞ来てくれた。今年も、この日を迎えられたことを大変うれしく思う——」
マルケド=ミラルカ=キリハル。連合国の現女王が挨拶を述べていく。リーグたちは一度跪いてからは右手を胸に当てる臣下の礼を取って、彼女の言葉を聞く。これほど間近で——とは言っても10メートル以上の距離があるが——女王を見たのは、リーグにとって初めてだった。
(……可憐ですね)
スピリットエルフである女王は、旧キリハル王家一族の中でも抜きん出て魔力量が高いと聞いている。小柄な彼女には不釣り合いに大きな王冠をかぶっているが、そのギャップは好ましく映った——リーグの斜め前に立つ父は、あくびをかみ殺しているが。
女王も気になったが、リーグがさらに気になったのは女王の背後に控えている大柄な女性だ。正確には女王の背後には10人ほどが横に並んでおり、それらが連合政府の大臣たちであることはわかっている。他は全員男、という中に、彼女は身長でも負けていなかった。
(ゾフィーラ=ヴァン=ホーテンス。あれが筆頭大臣ですか)
大柄だが、出るところは出て引っ込むところは引っ込むというプロポーション。リーグが見つめていると、向こうも気づいたのか小さく笑んでリーグを見返してくる。
(っ……)
ぶしつけに見てしまったことを恥ずかしく思ったリーグは、目を伏せた。
(……非常に有能だといわれています。なんの権力もなく形ばかりだった連合政府に、一歩ずつ——いや、半歩ずつ力を与えてきた……女王陛下と二人三脚で)
ゾフィーラはジャラザック出身で、マルケド女王はキリハル出身。このふたりがどう結びついたのかリーグは知らないが、ふたりの関係はまさにリーグの目指す連合国の未来像だ。任期が終われば王がすげ替えられてしまうのがもったいない。
(ヒカルは確か、女王陛下に直接話をつけた……みたいに言っていましたがほんとうでしょうか? いや、ヒカルがウソをついたことはない……クロードもキリハルの有力家の出身でしたし)
リーグにとってヒカルは謎めく存在だった。「お飾りの王」なんてルマニアの貴族たちは言うが、こうして見ると、王としての威厳を感じる。リーグからははるかに遠い存在だという感じがあった。そんな人と、ヒカルはつながりを持っている——。
夜会が始まると、リーグはあちこちの令嬢から話しかけられ、ダンスに誘われた。ルマニアの令嬢だけではない、他地方からの令嬢も多かった。女王との謁見にリーグが参加したことはすでに知られている。それはつまり「ルマニアの次期筆頭はリーグ」だと公言したようなものなのだ。
「あら……そのドレスはどちらで調えたのですか、ご令嬢? 趣味が流行とは違うようですわ」
「ほほほ。ルマニアの方々は恐ろしいですわ。リーグ様、文学について語らいませんか?」
「わたくし、リーグ様が白ビスの花がお好きと聞いて、このとおり髪飾りとして取り寄せましたの」
「あらあら、コトビの田舎にはまだ白ビスが咲いているの?」
「……口さがないルダンシャの女性はどうも遠慮を知らないようですわ」
丁寧な言葉にくるまれているが丁々発止のやりとりが続く。気が休まらないし、リーグの精神をごりごり削ってくる。……学院はよかった。「酒万歳」でイヴァンやローイエと話したり、ヒカルの作るカクテルを飲んだり、訓練場でトレーニングしたり……。
「——一曲お相手願えますか?」
「!」
目の前にするりと入り込んできた女性を見て、リーグは目を見開いた。
「もちろん、行きましょう」
リーグが応じると、「えっ」という驚きの後「なんで!?」「どこの女!?」と悲鳴に近い声が上がる。
それらを無視して相手に手を差し出した——相手は、その青い皮膚の手をリーグに載せた。
いつもの青みがかった三つ編みはほどかれており、銀粉がまぶされている。エメラルドグリーンのドレスは彼女によく似合っていた。
「見違えました、エカテリーナ」
「近くを通りがかってもまったく気づかれないので強硬手段に出ざるを得なかったのはそのせいかしら?」
学生連合のひとりであり、ユーラバ出身のエカテリーナ。この会場に来ている数少ない同志でもある。
ダンスフロアに出ると、適当に踊ったふりをするために身体を近づける。
「他のみんなは?」
「シルベスターさんとリュカさんはもちろんいらっしゃるわ。イヴァンさんは来てるけど夜会なんて面倒だって庭に出てるみたい。クロードさんは女王派の家系ではないから来ていないわ。フォレスザードには来ているみたいだけどね。ケイティ先生は学院」
「……ヒカルとラヴィアは?」
「ラヴィアちゃんは帰ってきたと、手紙が届いたわ。ヒカルは……まだやることがある、って」
「やること……?」
「とりあえず、ウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター異常繁殖はどうにかなったみたいだから、気にしなくていいわ。放っておいてもそのうち帰ってくるでしょ」
リーグは苦笑する。相変わらずエカテリーナはヒカルに手厳しい。
「それで本題よ」
「本題ですか? ダンスより重要な?」
盛大なため息を吐かれた。
「あのメス狼の群れに戻りたいなら今すぐダンスを切り上げるけど?」
「ごめんなさい、ちょっと冗談が言いたかっただけですよ」
「まったく……私だってあちこちの令嬢に恨まれるのを覚悟でやってるんだからね?」
「いやほんと、申し訳ない」
「これが終わったら手ひどく私を振って。私が振ったらより恨まれるわ。振られればみんな納得して私のことなんて忘れる」
「……りょ、了解」
女は恐ろしいなとリーグは思った。
「それで、もらった学生連合の規約だけど、ほぼ修正することはないわ。気になるところはあったけど、提案としては十分で、7カ国の承認だけ取れればあとで直せる範囲」
リーグがスカラーザードを出発前に、ヒカルに託した学生連合規約の案についてだろう。ヒカルとエカテリーナから意見が欲しくてお願いしたのだが、ヒカルがここに来られない以上、レビューするのはエカテリーナの仕事ということだ。
「私からの要件は以上よ」
「それだけ?『問題なかった』と言うために、わざわざ他の令嬢に恨まれる真似を?」
「『問題なかった』と伝えないと、すべてを自分で抱え込んで責任を背負い込む人間がいるから、仕方ないじゃない」
リーグのことを言っているのだ。図星を突かれた格好で、リーグは目を瞬かせる。
「ラヴィアちゃんも、ヒカルも、与えられた責務をきっちりこなしたわ。私の役目なんて小さいけれど、それでもきちんと果たさないとね。——曲が終わるわ。戻りましょう」
「え、ええ……」
リーグは終始彼女のペースで話し終わっていたことに気がついた。ここまで自分が主導権を取れない会話なんて、同年代との間では滅多にないことだった。
「そこまで来たら手を振りほどいて、手厳しく私を振ってね」
「…………わかりました」
フリ(・・) とはいえ、彼女に冷たく当たることはつらいことだった。ここまで気を遣われたのならばなおさらだ。しかし——エカテリーナが言ったのだ。自分の責務を果たすべし、と。彼女は汚れ役を引き受けてくれた。これに応えなければそれこそ男ではない。
小さく息を吸って、リーグは表情を消した。
「——このような拙いダンスはもうしたくない」
「お時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」
エカテリーナが深々と頭を下げると、貴族令嬢たちがワッと喜んだ。手を叩いている者までいる。
そんな人たちを見て、リーグは奥歯を噛みしめた。
(……必ず、成功させます。会議を通してみせましょう。ですから——)
スカラーザードでこの埋め合わせをしたいとリーグは思った。この気難しい少女が喜ぶことは、なんだろう?