軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アリス=サンボーンの計画

どこか少年のようにも見える少女から「師匠を殴って」と言われたとき、ヒカルはこう思った——「ああ、こいつバカだな」と。

「ば、バカじゃないわよ!」

「おっと口に出ていたか。——いや、バカだろ? 僕はお前をわざわざ見逃してやったんだ。さっさとどこかに消えるのが三流。僕の後を尾行するのが二流。頼み事をするのは論外だ」

「うぅ、でも、思いついちゃったんだからしょうがない。——ちなみに一流は?」

「自分で考えな」

「ひどい!」

なにがひどいものか。むしろ命を助けてやったのだから感謝されてもいいはずだ。

ちなみにヒカルの考える「この状況での応対ベスト3」の基準は、「本来求められている使命を果たせるかどうか」という点で判断している。

スパイとして、「見逃されて逃げてきた」というのは単なるミッション失敗。三流だ。

ヒカルを尾行して情報を得ようとする姿勢はよろしいが、これは二流。なぜなら、ヒカルが尾行してきたことにまったく気づいていなかったのに、ヒカルを尾行できるはずはないからだ。

では一流は——「ぎりぎりまで情報を引き出すこと」。その点で言えば話を引き延ばそうとしたのは間違っていない。しかし「頼み事」、しかも本気で頼もうとしているのは論外もいいところだった。

「お、お願いだよ。あの師匠を殴れる人なんてこの世界にいないって思ってたんだ。でも、アンタならできそう」

「どんな師匠だよ……」

「よくぞ聞いてくれました!」

「そういう意味じゃない。呆れたんだ」

「ウチの師匠はとにかく見えないの! 姿を消す天才なんだ!」

「————」

「ちょっと瞬きする間に見えなくなって——きゃ!?」

ヒカルは思わず、少女アリスの腕をつかんでいた。

「面白そうな話だな。——詳しく聞こう」

アリスから話を聞いて——ヒカルはその「師匠」とやらにひとつの仮説を持った。というかおそらくアタリだろう。だがそれをアリスに話す必要はない。

師匠はケーカイと名乗っている男だそうだ。アリスがなぜべらべらとそんな情報をヒカルに話したのかと言えば——彼女はヒカルが敵国ポーンソニアの人間ではないと気づいていた。ヒカルが見逃してくれたという事実もそうだが、彼女が持っている「職業」にもよる。

「凡魂色判別神:ソウルリーダー」という5文字神は、かなりレアな「職業」だ。これは相手が自分に対してどのような感情を抱いているか、信頼に足る人物か、など、断片的な情報が流れ込んでくる。

逆に言えばそれだけに、ヒカルが——読めなくて、アリスは恐ろしさを感じたのだ。これはアリスの「師匠」も感情を読めないので「隠密」スキルが影響しているのだが、アリスはそこまでわかっていない。

ソウルカードに記載されたその「職業」まで見せてようやく、ヒカルはアリスの話を信じた。クインブランド皇国で発行されたカードだった。

(どのみちポーンソニアが内乱に進む道は避けられない。ま、上手くいけば無血でクーデターが実現するだろう。あとは貴族たちの仕事だ)

内乱の行方によってはラヴィアへの追っ手としてつけられていた特務部隊もお役御免となるはずだ。

国王を一発殴るだけならいつでも達成可能な目的だから、とりあえずアリスの「師匠」を見てみようとヒカルは思った。

(僕と同じタイプの人間が、どう振る舞っているのか気になる)

まだこの「隠密」をどう利用すべきか研究の余地があるとヒカルは思っている。だから先人を参考にしたい。

「じゃあ、僕をその師匠とやらのところまで連れて行け」

「え!? ほんとうに来てくれるの!?」

「ああ。お前は任務に失敗し、師匠に怒られる。それもこってりと絞られる。それを回避するために僕を利用しようってことだろ? ついでにささやかな復讐も果たせる」

「うっ! そ、そこまでお見通しだったか……」

アリスは駈け出しの隠密としてはそこそこの実力だろうが、いかんせんアホの子だった。そのほうがヒカルとしても扱いやすくていいのだが。

「あのぅ、お名前はなんとお呼びすれば」

「 白銀の貌(シルバーフェイス) だ。行くぞ」

「あ、はいっ! シルフェさん!」

「変な略し方するな」

「シルシルさん……」

「蹴るぞ」

「痛い!? 蹴りながら言わないでください!」

アリスの語った計画は、こうだ。

師匠に報告する合流地点へとヒカルと向かう。そこで任務失敗を報告する。おそらく師匠が激怒する——その直前あるいは直後にヒカルに襲撃してもらう。

ヒカルには師匠を殺すことはせず、1発2発、3発4発殴ってくれればいいとアリスは言った。

(恨み過ぎだろ)

ヒカルがちょっと引くくらいの「恨み骨髄に徹す」という感じだ。いやまぁ殺さないだけいいのか……? と悩んでしまうが。

アリスたちの合流地点は、山奥の大岩の前だった。獣道しか通っていないような場所で地元の猟師くらいしか知らないだろう。

(クインブランド皇国がここまで地理を把握しているのか)

ヒカルも気をつけてここまでやってきたが、この闇の中、街まで帰ることができるのか若干心配ではある。近くの川を下ればいいとアリスは言っていたが、それほどの山奥だった。

ヒカルと別れたアリスはとぼとぼと大岩へと向かっていく。うやむやにするとわかっていながらも失敗の報告は気が重いのだろう。

ヒカルはすでに「隠密」を発動している。肉眼では誰もいない大岩があるだけだったが、ヒカルの「魔力探知」にはもうひとりの反応——ケーカイという人物の反応があった。向こうも「隠密」を発動しているのだろう。

「……アリス、ずいぶん早い帰りじゃな」

「ひっ!? し、師匠!? もういらしてたんですか」

「お前たちの情報を待つ必要があったからな。——それで、首尾のほうはどうじゃった? ガフラスティ=ヌィ=バルブスはやはりおったのか」

「あ、はい。それが、いるにはいたんですが……屋根裏に忍んでいたのがすぐにバレまして」

「バレたじゃと!? どういうことじゃ。お前、まさか——ワシの言ったとおりにちゃんと気配を消さなかったのか?」

「い、いえ! 消しました! 消せなかったら屋根裏にすら行けませんよ! 室内には事前に聞いていた人相通りのガフラスティ=ヌィ=バルブス、グルッグシュルト辺境伯がいました。それにガフラスティの付き人と、金髪を刈り込んだガチムチがいまして」

ガチムチ言うなよ、とヒカルは内心で突っ込む。そのヒカルは「師匠」の死角から近づいていく。

「付き人——女性なんですけど、それとガチムチがすぐに気づいたんです。ですから全然話なんて聞けなくて……」

「ちょっと待つんじゃ。そのガチムチ……体格のいい男についてもうちょっと教えろ」

「え? ええ。いいですよ」

アリスがローレンスの見た目について説明する。ほとんど観察する時間はなかったはずだし、屋根裏の小さい隙間から、薄暗い室内を見ただけのはずなのにアリスはよく観察していた。

「おいおい……そいつは、ローレンス=ディ=ファルコンじゃろうな。むしろよく生きてここまで——」

あっけなく、同室にいた人物が騎士団長ローレンスであることを見抜いた「師匠」だったが、次の瞬間、

「何者じゃ!!」

腰から短剣を抜いて構えた。

そこには——「隠密」を解除した、銀色の仮面をつけた少年が立っていた。

「アンタが、クインブランドの隠密をまとめてるのか?」

十分だった。この短い時間で、ヒカルは「師匠」のソウルボードを確認できた。

そこにはこう書かれていた。

【ソウルボード】ウンケン=フィ=バルザック

年齢211 位階51

47(使用74)

【生命力】

【自然回復力】2

【スタミナ】5

【免疫】

【魔法耐性】1

【知覚鋭敏】

【嗅覚】1

【味覚】2

【魔力】

【魔力量】6

【筋力】

【筋力量】9

【武装習熟】

【小剣】6

【弓】3

【投擲】4

【鎧】2

【敏捷性】

【隠密】

【生命遮断】2

【魔力遮断】2

【知覚遮断】2

【集団遮断】1

【器用さ】

【器用さ】3

【道具習熟】

【薬器】2

【精神力】

【心の強さ】3

【直感】

【直感】4

【探知】

【生命探知】1

そう——「師匠」ことケーカイは、

「ポーンドの冒険者ギルドマスターが、なにをやっている?」

ヒカルに、モンスターの解体を教えてくれたあのウンケンだったのだ。

ちなみにヒカルの「予想通り」ではあった——アリスから「師匠」の人相を聞くと、それでしかも隠密の達人となると「ウンケン」しか思いつかなかったのだ。