軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの朝

街の入口で身分証代わりのギルドカードを見せ、ポーラ=ノーラはスカラーザードの街へと入る。

まだ、夜明けから2時間ほど経った——まだ早い朝だ。

乗り合い馬車が遅れ、昨日は隣町までしか来られなかったのだ。馬を休ませるために出発が正午だと聞いたラヴィアは——ポーラの目の前を歩く少女は「それなら歩いていきましょう。出発は夜明けと同時よ」と言った。

ポーラに選択肢はない。

ここに至るまで、馬車を選ぶのもラヴィアなら、宿を選ぶのもラヴィア、食事処を選ぶのもラヴィアなら、メニューを選ぶのもラヴィアだった。

(こんなに……怖い人だったっけ……?)

ヒカルの「相方」「パートナー」としてポーンドで見たときには——もちろん少年だと勘違いしていたのもあるけれど——大人しい雰囲気だった。

それが、どうだろう。

多くを語らないがはっきりとした物言いをするし、少女ふたりというどこか不安の残る旅であるはずなのに、躊躇も迷いも見せなかった。

ちなみに旅費はすべてラヴィアが出した。

ポーラは、今回のウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター掃討による報酬を期待していたためにほとんど持ち合わせがなかったのだ。

「——食事を買っていきましょう」

「あっ、はい!」

不意に話しかけられ、我に返る。スカラーザードの街は整然としてはいるものの人影がさほど多くない「ザ・地方都市」といった趣だった。

ポーンソニアの様々な街と比べると、住居の1つ1つが大きく、ゆとりのある区画になっているようにポーラには感じられた。

パンやチーズ、サンドイッチに肉を焼いたものなどを買い込んでいく。

「料理はしないんですか?」

ポーラはふと疑問に思ってたずねた。買っているものが「すぐ食べられるもの」ばかりだったからだ。

ピアやプリシーラと行動していたとき、ほとんど自炊だった。共同の炊飯場を借り、他の冒険者たちと食材を分け合えば、食費は安上がりになる。

だがラヴィアとの移動では一度もそういったことがなかった。急いでいるから、という理由も考えられたが、本拠地らしきこのスカラーザードで食材を買わないということは、「もともと料理をしない」と推測されるのも当然だった。

「……ヒカルといっしょにいるときはすることもあるけれど、ふたりとも料理を作ることに興味が薄いかもしれないわ」

「食べることは好きですよね」

「ええ」

ポーラから見るとラヴィアは非常に、食にうるさかった。食事処の料理を一口食べて、眉をひそめることもよくあった。「塩味が濃すぎるわ」といった文句くらいなら可愛いものだが「お肉の臭み消しが十分でないわ」とか「下ゆでしたせいでお野菜の美味しさが抜け落ちているわ」とか、細かいところまで言うのだ。

1軒だけラヴィアも満足した店があった。そこはポーラからすると「美味しすぎる」という水準だった。しかも「高すぎる」。あと「辛い」。

恐るべきことに「ヒカルはわたしなんかよりずっとこだわる」ということだった。

「もしもポーラが料理をしたいのなら、してもいいわ」

「あ……えっと、あのぅ……」

ポーラは言い淀んだ。するとラヴィアは気がついたように、

「お金のことを気にしているの?」

「……はい」

「大丈夫。ヒカルはお金持ちよ」

「でもそれに頼り切りというのも気が引けるというか……」

「なら、引け目を感じないほどに回復魔法の腕を磨くといいわ。上級の回復魔法を使うことだって今なら可能でしょうし」

「あの、そのことなんですが」

「——着いたわ」

国立学術研究院が目と鼻の先である場所が、住居だと知ってポーラは驚く。相当な賃料が要求されそうだ。

しかも部屋は3階建てのいちばん上。ルーフバルコニーつきのめっぽう広い部屋だ。

「わあ……」

片付いており、置いてあるものは少ない。

だがテーブルクロスや棚に並ぶ食器、ソファといった家具のひとつひとつは品のいいものばかりだった。

(いいなあ……)

十分なお金を手に入れたら実現したい——そんなふうにポーラが思っていた生活が、目の前にあった。

だがここの食器はふたりぶん。テーブルのイスも、ふたりぶん。

ヒカルとラヴィアの家なのだと思うと、今度はたまらなく寂しい気持ちになった。当然だが自分の居場所はここにないのだ。

「ポーラ。食事をしましょう」

ほんの少し果物を食べただけで移動してきたので、お腹が空いていた。先ほど買い込んだ食材をテーブルに置いて、ラヴィアはポーラにイスを勧める。

「これからのことも話さないといけないと思うの」

「——っ、は、はい」

ヒカルに、これからの人生を捧げろと言われた。でもヒカルにはすでにラヴィアという恋人がいる——それも信じられないくらい可愛らしい少女の。

これから——自分のこれからに、なにがあるのだろう?

「ヒカルがいなくて、ある意味よかったかもしれないわ。こうしてあなたと率直にお話し合いができるもの」

どんな話をするのだろう——とポーラが身構えていると、

「単刀直入に聞くわ。あなたはヒカルのことをどう思っているの? ひとりの男性として」

* *

「リーグ様、そろそろお時間です」

「わかった」

学院にいるときには考えられないほどにきらびやかな服を着せられたリーグ=緑鬼=ルマニアは自室を出て、吹き抜けとなっている邸宅のホールへとやってくる。

廊下の反対側から父が現れた。父はいつもと同じ厳しい顔をしていたが、今日は、ほんのわずかながら緩んでいるようだった。

「行くぞ、リーグ」

「はい」

ふたりは並んで邸宅を出た。すでに馬車が待ち構えており、ふたりを乗せるとすぐに走り出す。執事や召使いを乗せた馬車が後ろに何台も連なる。

そんな光景が、リーグの邸宅だけでなく他の邸宅の前でも見受けられた。みな建国記念式典に向かう、ルマニアの名家だ。もちろんリーグの家がいちばん大規模ではあった。

「危うかったな」

馬車に乗っているのはリーグと父のふたりだけ。不意に父がそんなことを口にした。

「なにが、でしょうか?」

「ウゥン・エル・ポルタン大森林のモンスター繁殖だ。ボーダーザードまで押し込まれたらしいが撃退に成功したという。失敗していたら建国記念式典どころではなかった」

「そうですね」

「話によると地竜までいたというぞ。まあ、眉唾であろうがな。竜がいたのなら、軍の出動がかかるはずだ。冒険者がどうこうできる相手ではない」

「…………」

「リーグよ。お前はモンスターの討伐がうまくいくと信じていたフシがあるな。なぜだ?」

「毎年のイベントです。多少の失敗があっても大失敗はないでしょう」

まさか「友人が竜を討伐すると思っていたので」とは言えない。平静を装ってそう答えた。

リーグが、ヒカルのことを聞いたのはクロードからの手紙によってだった。キリハル出身者でしかも名家であるクロード=ザハード=キリハルからの手紙は、本来は目立つので控えて欲しかったのだが、どうしても連絡しなければならない内容があった——クロードがジャラザックの説得に成功したかどうか、だ。ヒカルのことはその手紙に追記されていた。

心配した。いくらヒカルとはいえ、所詮は人間だ。竜を相手にひとりでどうこうできるものではない。ただクロードの手紙には「ヒカルは自信満々であった」とあったのでなんらかの策があるのだろうとも思った。

(ヒカルには特別なツテがあるのかもしれない。それこそランクCやランクB、あるいはランクAといった冒険者の知り合いがいる、とか)

いずれにせよヒカルが竜をどうにかすると言ったのなら、どうにかなるはずだ。リーグは予定通り建国記念式典に向かうしかない。

「それはそうと、学院でおかしなことが起きているらしいな」

「……おかしなこと、ですか?」

「ああ、なんでもキリハルのザハード家、その若者がジャラザックのアレクセイと戦ったとか」

「それは——おかしなこと、ですね」

声を漏らしそうになった。

もう、父はその情報を握っている。ジャラザック内部にもルマニアの手の者がいるのだ。

「聞いていないか、リーグよ」

「申し訳ありません。学院にいながら、聞き及んでおりませんでした。なにか思いつくことがあるかもしれませんので詳細をお聞かせ願えますか?」

「そうだな。聞いたところによるとキリハルの若者がアレクセイに1対1の戦いを申し込み、勝ったという」

「なんのために戦ったのかご存じですか?」

「……そこまでは知らされていない」

内心でリーグは安堵する。

クロードから送られた手紙には「観衆多き中、勝利。約束は果たすと明言された」とあった。

観衆が多い中での勝利——にもかかわらず、父は「なにを賭けたのか」知らない。

父の情報源はジャラザックの中枢にいるわけではないようだ。

「来年の式典で、正式にお前のお披露目を行う」

唐突な父の言葉に、リーグは目を見開く。

来年の冬が来る前に、学院生活を終わらせようという布石だろうか。

「なに、心配するな。有能な人間をつける。ほれ——」

「?」

父が馬車の窓を開けると、流れていくルマニアの街がそこにはあった。

リーグが驚いたのは、隣を進む馬上の人に、だ。

見たことのある金髪の若者——ローイエ=黄虎=ルマニアがいた。

確かに、黄虎の家はリーグの家から遠くはない。だがローイエは黄虎の家をつまはじきにされたのだ。それを取り入れるとはどういうことか。

(——まさか)

父の思惑に思い当たる。リーグへの牽制として、雇ったのではないか?

黄虎の家にいたままではルマニア内での立身出世は望めない。そんな彼が「友人でありルマニアの筆頭一家でもある緑鬼のリーグの補佐をしろ」——そう言われて断るはずがない。

こちらに気がついて、ローイエが誇らしげにニヤッとする。

気づいていない。裏があることに。

リーグは、自分の父が、若者の前途を救済するためにいいポジションを用意してやったりするわけがないことを知っている。

(どこかで、ローイエは父に迫られる。私の秘密を話すように、と——)

自身の息子を信用しない父だ。十分にあり得ることだった。

背筋が冷たくなる。まだ、ローイエが秘密をしゃべらされたような雰囲気はない。せめて——建国記念式典が終わるまではその機会がないことを願うしかない。今、「学生連合」と「合同結婚式」の話が父に知られれば、つぶされる。

(あと数日……)

ローイエにこのことを話すことはできない。父に利用されていると伝えても、信用されない可能性もあるし、あるいはそのことで態度に出たら危険だ。ローイエの態度がおかしいとなれば、父は早々に斬り捨てる——秘密を話させてから。ローイエが父に迫られて話さずにいられるわけがない。父ならばローイエの弱みくらい3つも4つも握ることだろう。

建国記念式典は目前。

すべての準備は整い、7票中4票は確保した。

だが成功への道のりは、ひどく細い道であるかのようにリーグには感じられた。